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2014/10/05

映画のグランド・シャルトルーズ僧院を観る

Img_7902 映画「大いなる沈黙へ(原題も同じ)」を観る。映画に「大いなる」という題名をつけると、大いにヒットするのだろうか。「大いなる幻影」から、ずいぶんとこの題名の映画を見てきたように思う。沈黙に関しては、「大いなる」とは、どのような「大い」さなのだろうか。宣伝文は、こう語っている。

「静けさのなかに 聴こえてくる

 ふりそそぐ光の音 ふりしきる雪の音

 グランド・シャルトルーズはフランスアルプス山脈に

  建つ伝説的な修道院。

 これまで内部が明かされたことはなかった。

 1984年に撮影を申請、16年後に扉が開かれる。

 差し出された条件は、音楽なし、

  ナレーションなし、照明なし

 中に入れるのは監督一人のみ。

 そして5年後、完成した映画は大きな反響を

  巻き起こす。」

Img_7904 グランド・シャルトルーズ僧院の中に、カメラが入るのに、「16年かかった」、という広告文で、グッときて観に行った観客はかなりの数いると思う。「ほんとうの聖域」というものが無くなりつつある現代において、数少ない聖域のひとつだ。

それから、今勉強している「音」論の中で、僧院の鐘の音は、沈黙の中でも唯一調和する音として、この映画に「出演」していて、音とは何か、と考える上でも恰好の「音」映画だと思ったのだった。沈黙には、ほんとうに鐘の音が似合うのだ。互いに顔を合わせても、しゃべることをしない生活のなかで、身体いっぱい使って、縄を引っ張って鳴らす鐘の音がもっとも饒舌なのだ。

この映画では、宣伝文が語っているように、監督と僧院との契約で、音楽を使ってはいけないことになっている。それで、かえって、どのような音が出てくるのかが興味深いのだ。冒頭のシーンで、朝早く起きた僧侶が、自室で祈りを始める。すると、「カッ・・・カッ・・・」という小さく静かな音が入る。何の音だろうか。

Img_7906 会話も「音」なのである、ということを、この映画を見ると理解してくる。だから、1週間のほとんどにおいて、会話が禁止されている、この僧院の場合には、会話以上の会話を自分の中に持っていないと、あれほどすっきりした顔を持つ僧侶にはなれないのだと思う。Img_7907 映像に時々差し込まれる僧侶の顔は、充実していて、絶えず会話をしているような上気した肌の色を見せている。それは、たいへん不思議なことだと思ったのだった。その顔は、会話を許されている、日常生活の世話をしている僧侶の手伝いの人びととまた違った顔付きを持っているのだ。

Img_7911 結論は、もっとも常識的なものだった。僧院で、最も饒舌なのは「沈黙」だ、これ以外のこの映画の結論はあり得ない。

昼食は、C劇場近くの喫茶店Rで、ロールキャベツ定食とコーヒー。禁欲的な食事と、比べながら賞味した。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。