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2014/06/17

音にとって贅沢な場所

Img6472 世の中に「贅沢な場所」だと思われているところは、たくさんあっても、実際にその人にとって好ましいと思えて、なおかつ、ぴったりと思えるほどの感覚を持てるところはそう多くはない。つまり、贅沢な場所とは、五感を満足させるところということになるのだが、これも贅沢に付き物の「飽き」ということがあって、多様な感性を実現することはたいへん難しい。たとえば、味覚の贅沢はよく描かれているが、ユイスマンスの「さかしま」のように、頽廃的なところへ直ちに行ってしまう場合が多い。

Photo それで「程よい贅沢」がどのようにして現出するのか、この点はたいへん微妙で難しい問題を持っている。職人が時間を掛けて工房を形成するように、外から観ていて、程よい贅沢が実現されているとよいのだ。もっとも、本人がそのように認識しているのか否かは定かでないのだが。つまり、鑑賞者が贅沢を感ずるところと、制作者が贅沢を感ずるところは異なるのではないだろうか。

今日、寄せもらったところは、まさに職人的な贅沢な場所を形成していて、作り手にとって、たいへん羨ましい限りの場所だった。北千住にあるT芸術大のスタジオを、S大学音楽学のT先生、放送大学コミュニケーション学のO先生、物理学のK先生と一緒に訪問した。放送大学のラジオ番組で一緒に制作することになっているK先生に、音楽スタジオを案内していただいたのだ。耳が悪くなっている、わたしのような老人が、このような良い耳をもった若者の巣のようなところを訪れてもよいのだろうかとの逡巡はあったのだけれど。

Asutajio 北千住の駅を出て、放送大学の学習センターのある方向とは逆の盛り場のほうへ向かって、少し歩くと、近代的な建物が見えてくる。玄関で待っていると、程なくK先生が現れた。いくつかあるスタジオの中で、特徴ある3つのスタジオを見せていただいた。

最初に通されたスタジオ部屋では、学生が音圧(デシベル)の強さを訓練する部屋として使われているところだった。このデシベルを変えて、どのくらいの強さなのかを、体感し認識する訓練を行うそうだ。これによって、録音のときの適切な音のレベルを設定することができるのだ。絶対音感と同じようなデシベル音感が身に付くのだそうだ。それぞれ低音部、中音部、高音部のデシベルを変えて、聞き分けるのだそうだ。O先生は、ファゴットを吹いているので、このようなデシベル訓練に興味を持ったらしい。音楽を嗜まないわたしでさえ、つい引き込まれるような、訓練だった。

二番目に案内された部屋は、体育館を改造した小ホールになっていて、ちょっとした演劇公演にも使われている部屋だそうだ。壁面が鏡になっていて、ダンスの練習にも使えそうである。

Img6484 三番目のスタジオ(Aスタジオ)がまさに「贅沢な場所」のイメージにぴったりのところだった。調整室も然ることながら、このAスタジオでは天井が意外に高くとってあって、ホールとしても使用されているらしい。檜の香りがして、木造のホールだ。建設するときに、実際に耳で確かめながら、音の響きを設定していったらしい。ホールの響き方をどのように設計するのか、疑問に思っていたのだが、やはりこのように努力の賜物として、響きというものが存在するのだ。

Photo_2 原型の音をどこに定めるか、というのは、たいへん難しいらしい。けれども、響き方はあとで、反響材を入れたり吸音材を入れたりすることで、どのようにでもコントロールできるので、むしろ原型を耳に馴染む音にしたのだという。その際、もっとも気を使ったのが、音の遮断だそうだ。良い音を創り出すということは、雑音からの遮断が必要なのだそうだ。調整室との間には、ガラスが張ってあるのだが、空気による遮断が行われている。金魚鉢の窓は二重窓になっていて、この中の空気が遮断材の役目を果たしているらしい。

音楽学のT先生が、設置されていたグランドピアノを弾いてくださったのだが、「柔らかい」音がした。直ちに反響が来るのではなく、T先生の表現を借りるならば、「包み込む」ような音が演奏者自身に届くらしい。鑑賞者に優しいホールはたくさんあるけれども、演奏者に優しいホールはそう多くはないと、K先生はおっしゃっていた。

調整室を挟んで、このホールの反対側には、録音用のスタジオももうひとつ附属されていて、ちょうど学生たちによる「ポケモン」コーラスの多重録音が行われていて、聞かせていただいた。ここに籠もり始めたら、昼夜がわからなってしまうので、夜はかならず錠をかけ、人が入れないようにしているのだそうだ。そうそう、このスタジオから離れられなくなって、とうとう博士課程に進んでしまった学生もいるとのことだ。たぶん、それほど彼にとって「贅沢な場所」だったに違いない。

Kissatenn 帰り道に洒落た喫茶店を見つけたが、その後幕張へ向かう必要があったので、残念ながら、今日の最後のコーヒーには有り付くことができなかったのだった。しかし、そのかわり、素晴らしい音たちをたくさん感じることができたような気がするのだ。新しいラジオ番組にも、希望が湧いてきた感じだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。