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2014/06/14

協力の「図々しい」関係

Img_6413 梅雨の季節にもかかわらず、名古屋は連日30度を超え、真夏が到来した。宿泊しているホテルを出ても、日陰を探して、歩いて地下鉄の入り口へ足早に入っていく。前を歩いていた通勤客も、迷って1つ前の入り口から入っていった。地下へ潜りたいという欲求を持つほどに、日差しが暑いのだ。

放送大学の面接授業の一時間目の開始時間には、2種類あって、通常は10時からなのだが、この愛知学習センターをはじめ、いくつかの学習センターでは、9時45分始まりにしている。今回もてっきり10時始まりだと思い込んでいた。早めに行ったので、遅刻することはなかったのだが、ちょっとひやっとした思いだ。

Img_6416 面接授業のはじめの数分は、たいへん気に入っている時間なのだ。それは、講義に入る前に、学生の方々に経験を語っていただくことにしていて、この「白紙状態」の発言には、興味深い内容がしばしばみられるのだ。今回は「協力」というテーマなので、なおさら協力の経験には、聞くべき発言が多かった。なぜ協力ということに興味を持ったのか、この問に対する参加者の理由は多彩だった。

Img_6429 ボランティア活動を行っている方々が多いらしいことがわかって、自分の経験での紹介でもこの事例が多かった。たとえば、1つだけ紹介すると、一緒に協力活動をしていて、いつの間にか「図々しい」人が現れるのだが、どうしたら良いだろうかという体験談があった。この「図々しい」という表現が面白かったので、印象に残っている。もちろん、理論的には、いくつかあって説明はできるのだが、協力活動というものは、絶えず二重化する性質があって、ほんとうの協力活動はいつもインフォーマルなところに沈潜化してしまい、表面にはうその(図々しい)協力活動浮かび上がってきてしまう、ということだと思われる。

Img_6424 形式的な協力活動が表に出てきてしまうのだ。図々しい状態とは、よく言ったものだ。「図」という形そのものが二重になって現れるのだ。形式の度が過ぎていることが「図々しい」状態なのだ。図の内容は、潜在化してしまうことになる。協力活動には、絶えずこのような危険性がつきまとう、というエピソードが最初から始まったのだ。結局、授業の内容もこれに準じて、活発な議論がわいたのだった。

Img_6428 授業が終わって、映画に行くには、まだ陽が高い。地下鉄の途中駅である本山駅で下車して、ちょっと近辺を歩き、コーヒー専門店の「N」へ行く。今日最後のコーヒーは、コンゴの豆を使ったすこし苦めの味のものだった。Img_6426 それから、チーズケーキがこの店の特色だったので、焼いた種類のものを注文した。渇いた喉を柔らかい疲れが下って行った。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。