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2014/06/11

「迷うことは、惨めな状態ではない」

Img_6387 映画「Parked(邦題:ダブリンの時計職人)」を観る。車上で暮らすホームレスがいる。彼が海に面した駐車場(Park)で遭遇する出来事が多くを占めていて、路上のホームレスとどこか異なる雰囲気を持って描いている映画だ。じつはこのパークには幾重にも意味が込められていて、本当のところは最後まであきらかにされないのだ。でも人生には、しばしばParkが必要であることはわかる。

「迷うことは、惨めな状態ではない」という主人公の日記帳からの引用から、映画が始まる。主人公は英国からの長い暮らしから故郷のダブリンに戻って、パークで車上生活を始める。時計を直す専門の道具を持っていて、すぐ直すことができるから、「時計職人」だっただろうと想像がつく。公衆トイレで身体を洗い、車のタンクからの水で、歯磨きと植物への給水を行う毎日だ。この駐車場の前の海がアイルランドらしい風景を持っている。どんよりと曇がいつも立ちこめていて、晴れる日は一度もない。濃い青色した海が駐車場越しに広がって、重く冷たい日々を演出している。

この映画「ダブリンの時計職人(原題:Parked)」は、この時計職人だった主人公フレッドと、カハルというドラッグに染まった青年との間の友情物語だ。カハルが自動車を修理したり、フレッドが時計を直したりという出来事の積み重ねが友情を育くむ。そして、夫に先立たれた女性のピアニストとの付き合いがそれに加わる。けれども、これらの人びとの間には、微妙な距離感が常に存在する。この距離感は、一体なんなのだろう、と考えているうちに、早くも最終場面の悲劇に結びつくが、これも事故であるかのような、微妙な距離感が支配している。

この主人公フレッドの英国での人生に重い何かが隠されていることは、匂わせるのだが、それ以上には、この映画は踏み込まないのだ。だから、結局のところ、この主人公がどのような半生を送ってきたのかは、やはり不明だ。けれども、映画の中で、この謎の男が自然な自信に満ちてくるにしたがって、何か確からしい日常が現れてくる。そして、映画は終了する。現実とは、真実とは異なるのだと行ってしまえば、その通りなのだが。

人生に立ち止まって考えてみる時期があって、それは凄く必要なことだと思われる。この詩人のように付けられた日記帳が「迷うことは、惨めな状態ではない」と言っていることはそういうことだと思われる。

Img_6384 今日も名画座ジャック・アンド・ベティの最終回上映に間に合った。支配人のKさんが最後まで勤務していて、観客たちに笑顔をみせていた。この映画館の近くには、横浜の伊勢佐木町をずっと登ってきた趣の商店街が広がっていて、映画を見る前のちょっとした時間をつぶすことができる喫茶店があるのだ。喫茶店「P」でモカを飲んで、映画館に入ったのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。