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2014/05/11

中華街から近代文学館へ

Img_5780 来年出すテキストの初校を返送しなければならない時期にきている。特別にメールで断りを入れておいたので、十分見直しに余裕ある時間をもらっている。それでこの優遇措置を無駄にしてはいけないと思い、ここ数日間、もうひと踏ん張りをしてみた。Img_5789 考えれば考えるほど、アイディアが重なってくるので、どれを残すのか、ということになってきて、それで厚塗りの原稿になりつつある。画家のポロックくらいの厚さになってきており、ふっと単純でシャープな考えが浮かび上がってくればよいなと思う。今日も、結局は計画した倍以上の枚数になってしまった。明日は編集者の方に郵送することにしよう。

Img_5790 妻が近代文学館で行われている「太宰治展」の切符をとってくれたので、連休を利用して家にきていた娘と出かける。途中、中華街へ寄って、昼食を摂る。休日の中華街は、観光客がいっぱいで動けなくなるので、いつもは避けていたが、今日はちょうど地下鉄関内の駅から文学館へ行く真ん中にこの街があるので、仕方ないだろう。どこかへ潜り込むことは可能だろうと思ったのだが。

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近年になって、たくさん食べることにはそれほど欲望を抱かなくなった。本来は、食いしん坊なので、バイキングなどへ行くと腹一杯食べてしまう方なのだ。けれども、すこしであっても味を堪能すれば、それでいいと思うようになってきた。どうやら消化器官が衰退期に入ってきてしまったのではと思い始めている。

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ところが、娘は若いだけあって、きょうは最初からバイキングだと言っている。ちょっと・・・と思ったが、一人がそのような欲望を持ったからには、止まらないだろう。娘が赤ん坊のころ、家族で入ったYへまず行く。店内は空いているように見えたが、それは表面だけであって、単にそこで待っている人が少ないだけで、登録待ちが2時間後だそうだ。この店は諦めた。もう一軒、老舗だが、中心部から外れたところに本店がある店でも、件のバイキングをやっているというので、そちらへ向かうと、ちょうどふたり席が空いたとのことだった。

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その方式は有名なオーダー式バイキングという方式で、ふつうのバイキングが造り置きして冷めてしまう欠点を改善したものであった。好きなものをその都度頼めて、しかも食べ放題という利点がある方式なのだ。写真入りのメニューには百種類以上の料理が並んでいて、その番号をメモ用紙に書いて渡すと、数分で料理は届く。料理店にとっても、無駄のない注文になるから、食材の過剰を防ぐことができるメリットがある。それにしても、Img_5804 これだけのメニューを瞬時に作らなければならないという体制は、これまでのバイキングのように造り貯めておくことができないだけに、料理人の数を確保しなければならない、という最大の難点があるのも事実だ。したがって、中華街のなかでも、料理人をたくさん抱えている店でしか、このオーダー方式はとることができない。調理場はおそらく戦争状態を呈していることだろう。

Img_5805 オードブルに軽いものをとって、スープはフカヒレ、青菜、肉料理、鳥料理、飲茶、北京ダックなどと進んだ。アヒルの炭火焼がほんのり煙の匂いがして、美味しかったのを覚えているが、なにしろ種類が多いことのほうに、つまり多様性を楽しむほうに、わたしの舌は作用した。本来の中華料理はそうなのだろう。食事前に思っていた食欲減退というのは、単なる思い込みに過ぎなかった。Img_5813_2 これだけ多くの料理を食べて、まだまだ食べられそうな脳の反応に戸惑うばかりだった。デザートは、苺の杏仁豆腐と桃の饅頭、そして仕上げは、甘い餡子のはいった胡麻団子だ。最後のころには、写真を撮ることさえ忘れて、舌鼓を打つほうに集中してしまったのだった。

Img_5815 中華街料理の特徴は、腹一杯に食べても、ちょっと歩くと、腹八分目ほどになって、満腹感がすぐに解消されるという点にある。消化薬が一緒に入っているのでは、と思うほどだ。それで、元町へ出て、フランス山の元フランス領事館跡地を通って、港の見える丘公園へ出る。いつも不思議に思うのだが、なぜフランス領事館なのに、風車があるのか、ということだった。Img_5818_2 それは、近くの井戸で、答えがわかった。つまり、わたしたちのように、坂道が苦手な人びとが住んでいたらしく、揚水用に風車が使われていたとのことだ。それは良いアイディアだと思われるのだが、なぜ現代にもImg_5828 それは使われていないのだろうか。現代でも、風のある街ならば、もっと広がっても良い風習だと思われた。

Img_5830 緑林の中のポスターは幻想的だ。橋を渡って、ちょっと違った世界へ行こうと誘うに、ぴったりの雰囲気だった。さて、近代文学館の太宰治展の最初の展示物が、この展覧会全体を表していたと思われる。1つ目は、二重の黒いマントなのだ。そして、脇にこのマントを所望する太宰のはがきが添えられていた。貧困生活をするなかで、田舎にマントを欲しいとねだってImg_5842_2 いるのだ。生活費を懇願するのであれば、このはがきのような文面は相応しいと思われるのだが、そうではなく、まさにちょっと高価な黒いマントを所望することに文章を費やしている。たぶん、太宰治という人物は、このようなことに極めて真面目な小説家だったに違いない。

Img_5840_2 他者であれば、求めることを諦めるような貴重なものを、駄々っ子が欲しがるように求めてしまう。そして、その極限物が彼の死だったのだ、と思わずにはいられなかった。普通の人びとならば、あれほど求めることはなかったに違いないのだ。しかし、それにもかかわらず、求めることを止まないという性格に、他の人にはない、彼の特徴があると思われた。

Img_5844 今回の展覧会では、生原稿が数多く、展示されていた。字がきれいであるという、有名となっていたことはすぐに見て取れ、展示物としても美しいと思われた。その中で、生原稿なので、字や文章を手直ししているところがあるのだが、字の消し方に特徴があるのだ。ふつう、取り消し線を二本くらい引いて、脇に訂正文字をかくのだが、太宰は取り消し部分が無数の線で塗りつぶされていて、もとに何という文字が書かれていたのかが一切観ることができないほどに、塗りつぶされている。Img_5845 前書いた文章を読まれたくなかったのだ、と娘はしたり顔で言った。ここは、太宰がいつも否定的に物事を見て、実は肯定的なことを望んでいたのではと思わせる手法と同じような気がした。だから、もしかしたら、あの塗りつぶされた斜線の下には、じつは何も書かれていなかったのだということもあったのかもしれない、とちょっと穿った見方で、原稿を眺めたのだった。

Img_5852 帰りには、テレビドラマに出てきそうな、花屋と珈琲屋が一緒になった元町の喫茶店Fへ寄る。スコーンとバナナケーキを頬張って、大振りの茶碗にたっぷりと入れてもらったコーヒーを楽しんだ。山下公園を端から端まで歩き、Img_5857 大桟橋のたもとから開港資料館前を抜けて、税関から県警前を通り、海岸通のバンクスタジオをちょっと覗いて、陽が陰ってきた馬車道を通って、関内駅に戻った。このような横濱散歩の定番は、3ヶ月に一回くらいは巡ってもよいと感Img_5876 じたのだった。Img_5869

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。