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2014/05/24

「クラフトフェアまつもと」へ向かう

Img_6168 朝、7時に娘と一緒に新宿へ出る。昨日購入したコーヒーをたっぷり詰めて、特急「あずさ」へ乗り込む。この時間に出ると、松本市「あがたの森」公園で開かれる「クラフトフェア松本」にちょうど間に合うのだ。娘が行くのは二回目で、家には彼女の購入した趣味のクラフトがいくつかある。今日は、梅雨のまえの五月晴れの一日になりそうだ。

Img_5995 じつは、わたしの担当する授業「社会的協力論」の第10回に、クラフトフェアを主催する「松本クラフト協会」のI氏にゲストスピーカーとして出ていただいており、クラフト活動にみられる協力の「多様性」に関するラジオ録音を昨年録らせてもらっていた。Img_6026 今回の訪問は、そのお礼を兼ねていた。もちろん、多くの工芸作家の方々との話を交わすことができる貴重なチャンスなので、簡単な質問と取材もできるのではないかということも、楽しみにしていた。

Img_6022 電車がJR松本駅に着くと、正面に案内所が設けられており、シャトルバスや周遊バスなどの案内が周到に行われていた。わたしたちはまずは、腹拵えということで、徒歩でいつも通り中町通りへ行き、いつもの「栗おこわ」の山里定食を食べる。中町通り目当ての観光客も、Img_6023 今日はほとんどクラフトフェアへ行ってしまっていると想像していたのだが、けれども多くの人びとが、こちらへも足を延ばしていて、懐の深さを感じさせた。Img_6030 そもそもこの中町通りがなければ、クラフトフェアもあり得なかったのだ。当初はクラフト協会の事務所もこの街にあった。

Img_6034 この街を出て、歩いて片倉の紡績工場跡、生物科学研究所跡へ向かう。途中、路地の突き当たりへ目をやると、松本民芸家具を制作している木工工場が偶然にも見えたので、写真をとらせてもらう。Img_6035 細長い作業場があり、外から観ても、職人さんたちがそれぞれの職場で制作に励んでいる様子を想像できたのだった。わたしは何年か前に、ひとつ仕事を終えると、その記念にと、この家具を購入するということを行っていたが、近年はクラフト家具全体の値上がりがあって、ものによっては2倍から5倍に値段が高騰しているものもあるのだ。Img_6046 わたしの購入したウインザーチェアもいまでは、当時の2倍以上の値段となっている。当時でも、足の長さや背丈に合わせて注文すると、6ヶ月くらい待たされた。

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ようやく、クラフトフェアの入り口に到達する頃には、周りは人でいっぱいになり、入り口の旧制松本高校の講堂あたりから、メーン会場のクラフト協会のテントまでは、人の波で身動きができないくらいになっている。5万人規模のフェアから近年の10万人規模へ膨れ上がった状況がわかるような気がする。この辺の二本先の横町に、わたしは小学校時代に6年間ほど住んでいたことがある。当時、この会場にはまだ信州大学の講義室が点々と存在し、それらを観ながら育った覚えがあるのだ。いまでは、この講堂と裏の信州大学の職員宿舎くらいが残るだけで、すっかり建物が撤去され、芝生の公園があり、そして今日はテントが数百並んで、工芸品が並べられているのだ。

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さっそく、クラフト協会のTさんに案内していただき、I氏のテントへ行く。すでに人だかりとなっていて、I氏が専門としている石のアート作品が並べられている。話を伺っていたので、写真をとっている暇がなかったのが残念だ。松本市の近くを流れる梓川からとってきたとおっしゃっていたが、その石にジッパーがついて、なかからドル銀貨が覗いていたり、ジッパーが口になっていて、なかから歯が見えたりするトリック的な作品だ。面白かったのは、疑似品のアートで、遠くから観ても近くから観ても、白いセーターにしか見えないのだが、これがイタリアの大理石を使った作品だった。柔らかい素材という目の感覚は、かんたんに堅い石によって、錯覚とすることができるのだ。極めつけは、石のMP3プレーヤーで、石のようにずっしりと重いのだが、それにイヤホンを取り付けると、音楽プレーヤーとなるものだった。I氏は、「役に立つものを作ったことがなかったので」と答弁していた。なるほど、クラフトフェアの視点のひとつは、この「役立つ」「役立たない」ということだと理解する。

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1985年のフェア最初の年のポスターを掲げているサイトがあった(http://www.nao-magazine.jp/s-shinshu/42/20090521.html )。考えてみれば、放送大学の授業開始の年とまったく同じだったのだ。30周年ということになる。この30周年記念の書物「ウォーキング・ウイズ・クラフト」が発行されていて、東京で手に入れていたのだ。ここには、重い内容を軽い語り口で紹介したインタビューや、大きな話題をコンパクトに小さくまとめた鼎談・座談会が満載で、電車のなかで楽しく読めたのだった。

この書物のなかで指摘されてもいるのだが、クラフトの社会的な仕組みは、かなりの程度、市場経済と異なるという特色を持っていて、わたしのような経済を勉強するものにとってはたいへん興味深いのだ。とりわけ、価格付けにはクラフト特有の性格があると考えられる。

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たとえば、注目したのが、電気の傘(シェード)だ。このフェアには、クラフト作家千名をかなり超える応募があり、そのうち二百あまりが毎年選ばれるそうだ。ここにはシェードが横断的に出品されている。横断的というのは、シェードの素材は木製あり、真鍮製あり、プラスチック製あり、和紙製あり、ガラス製あり、陶器製ありなのだという多様な製品が存在するということだ。これらが異なる作家によってそれぞれ制作され、それぞれの別のテントで出品されている。いわば日本国中から、工芸的なシェードが一堂に会しているのだ。それによって、微妙な作用が生じていることになる。つまり、日本全体ではもちろん工芸品のシェードの市場などという市場は存在しない。経済学の教科書に書いてあるような「一物一価の原則」などという状況は存在しないのだ。それじゃ、どのようにこの値付けがおこなわれるのであろうか。同じことは、工芸的なスプーンでも、ナイフでも、人形でも、工芸品の値付けはどのようにして行われるだろうか、という面白い問題があるのだ。

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多様性という状況を観察するには、そしてその多様性がいかに整序されているのかを知るには、ほんとうに最適なフェアだと思った。クラフト特有の性質として、出品された作品と作家との関係がある。小説家と同じような文体という問題があって、それぞれの作家が作風を持っていて、その作風がこの時代にあってくると、クラフトの意味が深くなるのだと思われる。この作風は、それぞれの作家が見せるものなので、多様なのだが、この意味には似たような共通性が観られる。

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たとえば、松本在住で市内でも人気の高い、このフェアの常連であるT氏の焼き物には、その人の人格が乗り移っているかのような様相を観ることができる。今回は、深い紺色にも近いブルーを作陶に取り入れてきて、ゆったりとした形にその色がさらに落ち着きをもたらしていた。その場所で、その方によってしか現れないという共通性があるのだ。本当はカップ&ソーサーを購入したかったのだが、家で使うことができるようにと、小振りの深鉢を選んだ。

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さて、今回のフェアに1つの流行が観られた。娘がそう言うのだが、箱庭的な小さな積み木のようなオブジェが至る所で展示されていた。この小さなオブジェを揃えていくと、部屋のなかに、1つの仮想的な帝国や社会や家庭が実現できそうである。これはこれで、購入者というよりは、作者のほうで作り始めると止められないだろう。このような作品は、クラフトのように、多種類で少量を得意とする分野でこそ、流行るものだという気がした。

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このフェアの当初からの伝統で、木工の作家が多いところから、テーブルや椅子はもちろんのことであり、さらに各種木工品は観ていても楽しかった。多くの作家が競っていたのは、パンを刻んだりするのに使うカッティング・ボードで、一枚の板をただ切ればいいのだ、と思う以上に、形や仕上げのオイルなど、それ相当の手間のかかるものらしい。幾人かの木工職人の方々からも興味深い話を聞くことができた。そのなかで、経済的に聞いてなるほどと思った、Sさんのカッティング・ボードを購入した。ここでは、もうひとつアイディアがあって、バターナイフやスプーンを売っているのだが、未完成品をわざわざ売り出し、最後の仕上げを購入者に行わせる工夫を行っていた。クラフトには、購入者にも参加させずに置かないという雰囲気が大事なのだ。

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信州大学に繊維学部があり、片倉工業などの絹紡績の伝統があるために、繊維に関係したクラフトにも特徴があると思われる。屋内会場でも、珍しい色を出した絹が展示されていたし、外のテントでは世界中の羊毛を展示し、売っていた。以前、英国に行ったときに、古い工場では古くなった機械部品を売りに出していた。今回も羊毛の展示テントで、西陣織の糸を繰るもの(何と呼ぶのであろうか)を売っていて、ワインを保留したり、テーブルの置物にしたりできるようだったので、思わず購入してしまった。

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まだまだ、他にもいろいろ買ってしまったのだが、きっとそれらをここですべて書くと、雑貨主義的な生活に非難囂々だろうから、今日はここまでにして置こう。もしこの近くに住み続けたならば、きっとこのままでは済まないほどのことになっていたに違いないだろうから、やはりこれは、小学校時代から約束された運命であったと考え、多少の質問や取材ができるようになったという成長のあったことを喜びとしておこう。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。