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2014/05/30

映画「ぼくたちの家族」をみる

Photo 「ぼくたち」という題名が付いていることからわかるように、家族構造のなかでも、母を巡る兄弟関係を描いた作品だ。家族の基本構造が、夫婦関係(横の関係)と親子関係(縦の関係)によって、「主として」成り立っている、という常識的な近代家族のなかで、家族のなかではいわば斜めの関係、「友愛」関係である兄弟関係に焦点を結んでいる点で、そしてまた、弱くなりつつある父と子の関係という点で、きわめて現代的な視点をもった作品だと思う。近代的な核家族のなかでは、失われていた視点でもある。

俳優の妻夫木演じる「兄」浩介のひきこもり経験ということが、この家族のトラウマになっているという前提が効いている。それは映画の至る所に兆候が配置されていて、それが通奏低音のように、映画の進行の奥に流れている。

映画の冒頭で、俳優の原田美枝子演じる「母」玲子の顔演技がこの映画のすべてである。顔の表情が微妙に変化して、サボテンの名前をつぶやくのだ。そのサボテンの名前は複雑過ぎて、覚えられなかったほどだ。それで、この主人公の一人である、母に「記憶が途絶える」という症状がでるところから、この映画が始まるのだ。

家族の人びとの日常とは何か、ということを考えさせる映画だ。たぶん、この映画の様には、わたしたちの日常は動いていない。それは確かなのだが、映画的に日常を描こうとすると、この映画の方の日常の方が秀でていることがわかる。たとえば、家族映画だな、と思わせるシーンに、父親と子どもの会話シーンで、父親役の長塚京三が歯磨きをしながら、しゃべるところがある。たぶん、ふつうの家族では、このような場面で会話は行わないだろうが、映画では日常を表すためには、このようなシーンが有効だ。たぶん、その分だけ、映画は過剰に作られているのだ。

息子夫婦の懐妊お祝いの席上で、突如として、母の症状が出て、狂うシーンがある。このときの原田美枝子の演技も素晴らしい。セリフが固まっているだけでなく、セリフに合わせて、顔の表情も固まって引き攣っているのだ。このときの父と息子の反応も、ふつうならば、大騒ぎになるところだが、静かさのなかに、この家族の過剰さが現れているのだ。この対比で、原田美枝子の演技が引き立っている。

ずっと重苦しいシーンの連続で、ああー、このように家族は壊れていくのだ、ということを思い知らされる。それで、映画を観ていて、物語の転機となるのはどこなのか、を注目していた。そろそろ転機があるだろうと。けれども、それはほとんどあらわれない。が、兄弟を描いたという意味は、ここだけに集中してあらわれる。兄弟ふたりの「引きこもり」をめぐる年月のなかで、全体をふたりで理解する場面が出てくることになる。ふつうの映画ならば、この転機をもっと大げさに描いてしまうところだが、かなり抑制して描いていて好ましい。兄がひとりで悩むところから成長して、兄弟ふたりの悩みに発展したときに、転機が訪れることになる。この静かな坂道をずっと登っていくような、丁寧な描き方は素晴らしいと思った。

この映画は、腫瘍やリンパ腫に揺れる母を巡って、兄弟と父との関係のなかで家族とは何かを問うている映画だということになると思う。「がん」という、今日の家族であれば、誰でもが家族のなかで抱える問題について、家族の「協力」がどのようにあり得るのか、ひとつの典型的なモデル足り得ていると思う。特別な事件が起きたり、典型的な悪人や善人が現れたりするわけではないが、家族の今日的な構造と、そしてその日常を静かに描いていると思われる、好ましい映画だと思う。

久しぶりに上大岡のシネマへ出た。本来は、家から一番近い映画館なので、もっと頻繁に来ても良さそうなところなのだが、やはり東京とは逆向きに行かなければならないということで、仕事の後のシネマということにはならないのだ。定年退職が無事迎えられた場合には、まだ相当時間があって、期待ばかりが募るのだが、ホームシネマ館となるだろう。それまで、続いていて欲しい映画館のひとつである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。