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2014/04/20

鎌倉駅の西側のほうを歩く

Img_5323春に誘われて、午後から鎌倉へ妻と出る。天気が下り坂なので、もうちょっと気温が上がることを期待したのだが、まだまだセーターの要る春の日。歩いていても寒いという午後だ。京急の新逗子からJR逗子へ出て、鎌倉へといういつもの経路を辿った。鎌倉駅を東口へ降りると、今日のように、春の日曜日には人出が多い。多過ぎる。そこで、今日は西口へ出て、江の電で由比ケ浜へ直行する。鎌倉文学館で、「小津安二郎」展が開かれている。


春の夜 ふと おるごおる 鳴りいだす  小津安二郎


Img_5376まだ、夜にはほど遠い時間だったけれども、鎌倉文学館へ至るには、木陰の並木道が続いていて、その先に、昼であっても夜の異郷へ迷い込むようなトンネルがある。この「ふと」というのは、心理的には春の夜に思う人の「ふと」であるのだが、「おるごおる」にかかると思う人の環境にかかってくる。両者をつないで、微妙である。

Img_5336_2かつての海岸線からの急な丘を登っていく。別荘というより、やはり「別邸」という雰囲気の場所である。前田家、佐藤家が使って来た別邸である。ちょっと来て泊まるのではなく、ずっと数ヶ月住み続ける邸宅としての趣を持っている。ひとつの谷を全部占めていて、庭が十分に取ってあり、なおかつ、料理室や客間が充実している。そして、客を迎えるための、とりわけ邸宅としての玄関が素晴らしい。

Img_5340今回はここに、小津安二郎の「小津日記」が44冊展示されている。ちょうど生誕110年で、没後50年ということで、日記は大正10年(1921年)から昭和36年(1961年)までのものが展示されていた。小津が初めて映画を見たのが、三重県松阪で10歳のとき。14歳にして、すでに映画監督になることを志望し、24歳で第1作を撮っている。生涯独身であったが、それは「日記」形式にマッチするものだったと、小津の場合にはいえるのではないだろうか。

Img_5352小学校時代の作文が展示されていて、「擬人法」を練習したものだった。友人の鉛筆になったつもりで、作文を行っている。日記には、独身者であっても、人格を複数化する効用があり、彼には文字との対話が必要だったに違いない。

Img_5361文字との対話を行っていたという証拠として、日記帳を複数持っており、小さな携帯用の日記から、ときどき、厚い日記帳へ書き写し、その際、書替えているのだ。自分の行動や他者の行動を、書き直すことで振り返っている。独身者であれば、そのような時間に困らないはずだ。もちろん、恋人との関係はあったはずだが。


Img_5338モノとの対話も楽しんでいた風がある。展示では、「小津好み」ということで、赤漆の文机、万年筆、陶硯、火鉢、パイプ、湯のみ、万祝の半纏、ベンソン懐中時計、チェックのマフラー、足袋などなど。いかにも、監督が好みそうなモノが集められていた。

Img_5378とくに、映画の中でしばしば登場していた、と妻はいうのだが、「民芸調の電気スタンド」は、時代の特徴が出ていた。傘の部分が八角形の木製で出来ているものだ。現代のようなLEDの時代には、なかなかこのような形の電気スタンドは作られることが無くなってしまった。「電球」という形式が在ったからこそ作られる電気スタンドの形式というものがあったのだ、ということを改めて気づかされる。

Img_5335庭へ出て、芝生の庭園を下って、バラ園へ出る。もうしばらくしたら、このバラ園目当ての観光客で、ここもいっぱいになることだろう。この庭園には、文学館であることから、鎌倉にまつわる俳句や短歌の燈台がたくさん設置されている。芭蕉や漱石の俳句も良いが、万葉集や実朝の歌もかなりのものだ。わたしは漱石を取ったが、妻は実朝を取った。

鎌倉は 生きて出にけん 初松魚    芭蕉


冷やかな 鐘をつきけり 円覚寺    漱石

鎌倉の 見越の崎の 岩崩の

   君が悔ゆべき 心は持たじ   万葉集


大海の 磯もとどろに よする波

  われてくだけて さけて散るかも  実朝

Img_5381鎌倉文学館の坂道を下って、大通りへ出たところに、鯛焼きの店があった。食べながら、駅へ歩こうということになる。笹目から六地蔵を経て、御成通りへ入る途中には、
Img_5384老舗の鎌倉彫の店や、かまぼこの店、絵本やブックカフェが並んでいて、ウィンドウショッピング
Img_5389を楽しませてくれる。古い銀行あとを再利用した店などもあって、散歩に最適な道になっている。自動車で渋滞している道路を尻目にして、Kという、芸術雑誌・書籍の雑多に置かれている古書店に入る。ぱっと目に入って来た不遇の英国人の詩集の一行目に、つぎの句が刻まれていた。


「美しきものはとこしへによろこびなり、

そのうるわしさはいや増し、そはつねに

失せ果つることあらじ・・・」


これから始まる叙事詩の出だしとしては、最高の出だしだと思う。今日の最後のコーヒーの代わりに、この句で満足することにして、帰りの横須賀線へ乗った。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。