« 映画「コーヒーをめぐる冒険」 | トップページ | 毎年恒例となった図書の返却 »

2014/03/27

S先生の著書『様式の基礎にあるもの』

今日は放送大学の教職員送別会の日である。毎年、印象としては、教職員全体の三分の一ほどの退職者がいるのではないかと思えるほどに、異動の多い大学である。その中で、定年退職なさる方は、ほんの僅かで、多くの職員の方は出向元へ帰ったり、他の機関へ転職なさったりするのだ。今年異動する職員の方がたの中にも、名前を挙げると切りがないほど、たいへんお世話になった方々が多い。ありがとうございました!

他方、定年退職する方の中心は教員で、70歳を迎えた大先生方が退職なさって行く。したがって、退職の先生方には、個人的にご挨拶することにしているのだが、哲学のS先生にだけは、まだお別れの挨拶を済ませていなかった。今日の送別会にいらっしゃるだろうと、期待していたのだが、具合が悪くなったということで、ついに会うことが叶わなかった。

Photo_2 じつは、2月の教授会の日に、郵便受けに近著『様式の基礎にあるもの』(三元社刊)が入っていて、すぐに全部読ませていただいていたのだ。僭越ながら、この中の一つの箇所に魅せられてしまっていた。人生の中で、これはと思える文章が書けるときが誰にでもあるのだが、それは他者には容易にわからない。けれども、S先生の著書の場合、この箇所は誰が見ても、そのような表現の箇所であることは間違いないと思われる。

この表現にまで到達するには、じつは80ページにも及ぶ論考があるので、その前提を抜きにして言ってしまうことには、これから述べる解説に瑕疵のあることは間違いないのであるが、けれども、これを抜いたとしても、きっと伝わるものがあるに違いないと思う。

Ihttp3a2f2fpdsexblogjp2fpds2f12f200 S先生は、彫刻家のジャコメッティがインタヴュー相手と一緒にルーブル美術館を巡って歩いた記事を、この著書の中で取り上げている。細身の塑像を数多く制作してきたという「様式」を持つジャコメッティが、古今東西の「様式」というもの奥に存在する普遍的価値に到達する、という出来事があったと指摘する。なぜ様式をもって、芸術は表現されて行くのか、これがこの著書の中核だと思われる。

そこに至る途中で、とくに印象に残ったところを挙げていくと、そこには、ここ数年間評議会の隣りの席に座らせていただいて伺ったり、ちょっと廊下で立ち話したりして伺うことができたことが、浮かび上がってくるのだった。たとえば、ヴェネチアのティントレットが描いた「自画像」が挙げられIhttp3a2f2fpdsexblogjp2fpds2f12f201 ている。そして、ジャコメッティの「この目は目であるが、同時に眼窩であり、頭部の構造そのものだ。本当に、ルーヴルのなかでこれ以上に美しい頭部はない」という言葉を取り出している。表に現れている顔、目などの奥に、現れない頭部の構造を観ている。先年、ティントレットのことを聞いて、矢も盾もたまらず、わたしはヴェネチア訪問を行ったというほどの、魅力的なS先生の語りだった。

09enikkiruuburu4r さらに、ル・ナン兄弟の「農民の食事」について書いているところでは、皆が当然魅せられるワイングラスの赤色のみならず、次のジャコメッティの言葉を抜き書きしている。「いや、そんなことはどうでも良い。そら、あの若い女の目、あれは第四王朝を思わせる。・・・ 目は黒い。同時に、こちらの方は、ナヴォナ広場を、あちらの方は第四王朝を感じさせる。どれも同じように真実だ」という場面を載せている。エジプト王朝時代から数十世紀隔てた17世紀のオランダに、共通する意匠を観ているのだ。じつは、この絵が日本へ来たときに、親子でいらっしゃっていたS先生と、国立新美術館の会場内でばったりとお会いしたのだった。今から思えば、ここを観ていたのだ。

そして、ジャコメッティとの対話の最後の部分が描かれている。S先生の論文の最高潮に達する場面がやってくる。「それはすべてに似ているし、・・・・・・、どれにも似ていない。」さらに続いて、「心地よいこの深さ、ちょうど音楽の中へ入って行くように、そこに入っていくのだ。それはほんとうに心地よく、楽しい」という、ジャコメッティの言葉に到達するのだ。絵画、芸術、そして真実というものの「様式」というものは、「すべてに似ている」という普遍的な知のもつ共通性を持っていると同時に、「どれにも似ていない」という固有の価値を持つものとして、表現されると考えることができるのだ。ここに至っては、もはやこれ以上の言うべき言葉を知らない。

« 映画「コーヒーをめぐる冒険」 | トップページ | 毎年恒例となった図書の返却 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/59401275

この記事へのトラックバック一覧です: S先生の著書『様式の基礎にあるもの』:

« 映画「コーヒーをめぐる冒険」 | トップページ | 毎年恒例となった図書の返却 »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。