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2014/03/08

黒田辰秋展を観に行く

横浜のそごう百貨店で、「黒田辰秋の世界生誕110年」展が開催されていた。最初に、黒田辰秋の名前を聞いたのは、諏訪の伯母からだった。松本市の民芸運動のことを話していて、松本に伝わる木工に触れて、この名前が出て来た。当時はまだ幼くて、木工にあまり関心がなかったし、現物をみることがなかったので、そのまま忘れていた。

学生時代になってから、作品に触れたというのか、驚きの目で眺めたというのか、京大へ通っていた友人に連れていってもらったのが、京大近くの喫茶店「進々堂」だった。そこの板厚で、何時間でも客を受け止めてくれそうで、何人もが議論を戦わせたであろう、大テーブルとベンチが彼の作品だった。大きな広間にそれらがどん、どん、と並んでいる様は、壮観だったし、このテーブルならば長居しても大丈夫そうで、当然相席が普通であって、お尻が痛くない程度に、ずっと座っていたかった。テーブルの上だけ、時間が遅く動いているような気がした。

それでも、木工品を一堂に集めて展示することなど不可能に違いないと思われ、河井寛次郎宅や日本民芸館などで観ることのできる作品を、垣間みている程度だったのだ。今回は、有名な目利きと呼ばれる人びとが所蔵しているものを展示していて、ほぼ個人蔵のものが開示された展覧会であったといえよう。

今回の展覧会で何度も繰り返して描かれていて、印象的だったのが、何と呼ぶのであろうか、赤い漆の「稜線模様」だった。箱やタンスや椅子などに、何年に渡って、ほぼ同じデザインが描かれていて、これが繰り返されても、デザインの威力が衰えないのだ。異なるものが描かれているにもかかわらず、普遍性を失わない情熱を保っている。この保持された力が素晴らしかった。

とりわけ、小林秀雄の箱に描かれた稜線、黒澤明の「王様の椅子」に描かれた稜線は波打っていて、静かな中に動きを感ずるものだった。毎日使うものなので、同じデザインである場合には、飽きの問題があるのだが、毎日使うものだからこそそれに合ったデザインというものがあることを知った。

稜線模様が箱や椅子に定着させたデザインも良かったが、それが飛び出て、「四稜棗」として作られた稜線模様は特にきれいだった。ほんの小さな木工品なのだが、これを愛でていると、普遍が見えてくるようなものだったに違いない。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。