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2014/01/11

映画「魔法のデパート:バーグドルフ・グッドマン」

0111 この映画の冒頭が素晴らしい。中流以下の住宅が映し出される。そこから、中年で風采もそれほど良くない男性が出て来て、通勤電車で仕事場へ出る。ところが、その途端に世界が変わるのだ。この男性は、今回の映画の主役となる魔法のデパート「バーグドルフ・グットマン」の守衛だったのだ。魔法という、あざとい言い方が適当であるかどうかは解らないが、確かに現実にあって、ニューヨークの日常の中に存在する世界ではあるが、ちょっと次元を異にする世界がそこに現れるのだ。

現代には、神話が成り立ちがたいといわれているが、ところがここには、極めて現代的な神話、「見せびらかし消費」の神話がまだまだ温存されている世界が存在するのだ。それは、誰の心の中にでもあったものだが、いつもは恥ずかしくて他の国の人であれば、表には現さないものなのだが、そこはニューヨークという都市のなせる技なのだと思われる。これでもかこれでもかと言葉の爆発が起こり、出てくる出演者毎に、いかにファッションというものの儚さ、贅沢さ、素晴らしさ、過剰さなどが延々と語られ続けるのだ。神話でなければ、これほどの言葉は生まれなかっただろう。五番街57丁目という歴史にもたびたび現れるニューヨークの中心地において、この神話が積み重ねられて来たのだ。

これまで、住む世界が違うのだと、わたしが前は通っても、近づくことや入ることはなかったのだが、考えてみれば、これほど普遍的な消費主義の殿堂は、他に類を見ないのではないだろうか。わたしのニューヨーク取材のときに、この斜め向かいにあったジェネラルモーターズのショールームで、オールドモービルやキャデラックを横にして、しゃべらせてもらったことはあったが、バーグドルフにまでは入る勇気はなかったのだ。この映画は、消費の魔法の世界である、プチデパート「バーグドルフ・グッドマン」についての一口インタビューをつなげて作ったドキュメンタリーだ。しかし、ドキュメンタリーというには、あまりに夢の中の世界のインタビュー集なのだ。

「見せびらかし」極まれり、と叫んでしまったのは、セントラル・パークの対岸に住む、オノヨーコから毛皮担当販売員へ電話があり、購入したいからと連絡してきた話が面白かった。それで、販売員がトランクに詰めて、運んでいったところ、なんと一日に40万ドル分の家族中の毛皮を購入し、最終的には、250万ドルの購入があった、というエピソードだ。オノヨーコは、自然派ではなかったのか、とちょっと思ったが、「見せびらかし」の度が過ぎれば、成金趣味であっても記録的なものとなり、立派なものだということになるのだ。

0111_2 つまり、ニューヨーク的価値観という特別なものがあるのだ。というのか、ここを通り過ぎる通過儀礼として、貨幣的成金のモデルという生活様式が、19世紀以来、存在するようになったのだ、と思える。それらが、時々形をかえ、わたしたちの目の前に、このような形態でもって、突如として現れてくるのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。