« 萩へ来ている | トップページ | 幕張で、卒業研究発表会 »

2013/12/05

K氏を悼む

人がいなくなるということK氏を悼む)

じわじわと効いてきて、

さまざまな感情の重なりと広がりとが

全身から出てくる。

それでも空の状態を埋められなくて、

じつに困ってしまった。

おもわず出てきてしまう感情には

いろいろなものがあることは

年輪を重ねてきてわかっていたつもりだったが、

どうもそううまくいかない場合もあって、

とことん知らされることが起こってしまった。

このような経験は初めてだ。

そもそもこのじわじわした感じは

いったい何なのだろうか。


頭でわかっていて、

心で感じることができないことが

たくさんあることは、

人生の永きにわたって

思い知ってきたはずなのだが、

どうもそういう訳でもないらしい。

これまでも想像力を総動員して補えば

どうにかなるようにも感じていたのだが、

そういうことでもないらしいし、

そううまくもいかないらしい。

そうじゃなくて、手の先から足の先まで

震えるような感覚があるのだ。

何とも言えないような感覚が伝わってくるのだ。


何度も何度も繰り返し襲ってきて、

そのことしか考えられなくなる。

そんな空の時間に出会ってしまって、

どのようにやり過ごそうか

ほんとうのところ、困ってしまっている。

彼が言うには、場面を転換するには、笑いが必要だと。

ふわふわした手を差し伸べて、

別れ際に何かを伝えようとしたのだ。

何のつもりかと問う暇なく、こちらも手を握りしめた。

彼はすでにいない。とすると、

その笑いは空に消えてしまうほかない。

オキノームで混濁して、このまま眠ってしまう瞬間だ。

それでも、笑いが必要なのだろうか。

試しに、わっはは。わっはは。

空を舞う飛行機の中には、雑音が漂っているだけだ。

ザーザー、ザーザー、ザーザー。

大津上空をいま通過した。

この雑音のなかにも笑いは見つかるのだ

と、空にいる彼は言うのだろうか。

笑いの端から、漏れていく物が見えるのだ。

はみ出して、笑いとともに、こぼれ落ち、

ぶらぶらと漂うものは、いったい何だ。

雑音は過剰に響いて、こぼれ落ちた物たちを

さらに笑いへ誘う。

だから、このこぼれ落ちた物たちが、

一生懸命に場面を転換させるのだ。

コミュニケーションが通じているときよりも、

うまくいかないときの方が、コミュニケーションは

強く現れるのだ。

昨日まではそこにいて、かっちりとした枠に

入っていた物たちよ。すでに、忘れられた笑いが

君たちを解放してくれるのは何時のことだ。

この時間に世界が笑いとともに拡大され、

ほんとうならば、もう消えてしまうかもしれないものも、

生き返らせて、目の前に現われてきた。しばらくは、

彼の幻影である、枠の広げられた世界を

まだまだわたしたちは生きることになるのだ。

 

12/5/2013


K氏担当の編集者ブログへのリンク

白澤 未来社


« 萩へ来ている | トップページ | 幕張で、卒業研究発表会 »

友人関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/58794533

この記事へのトラックバック一覧です: K氏を悼む:

« 萩へ来ている | トップページ | 幕張で、卒業研究発表会 »

「貨幣・勤労・代理人」

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。