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2013年12月に作成された投稿

2013/12/31

今年も、大晦日に仕事納め

Photo 今年も大晦日に、仕事納めだ。毎年のことながら、不徳の致すところだと反省している。二枚目の写真に映っているのは、通信問題の添削だ。放送大学らしい仕事で、学生ひとりひとりと向き合う、ほとんど唯一のコミュニケーションなのだ。いろいろと仕事は残しているものの、中でも残してはいけないものが、毎年あって、それを特別に三日間研究室に閉じこもって、片付けることにしている。

Photo_2 これも恒例となった、「出張中に添削仕事」をここ数日行って来た。12月には、卒業研究などの審査や、面接授業の出張などがあって、そのたびにここに集まった通信問題を抱えて、飛び回って来ている。(通常は、答案を持って出張、などと言うのは紛失のリスクがあるので、禁止されているのだが、実際に時間が足らなくなるので、事実上解禁されているのだ。)

だから、この写真に映っている通信問題の数十枚は、先日の鹿児島旅行にわたしと一緒に行った。返却された答案を受け取った学生の方々に、もしかしたら、鹿児島の香りが付着した、その答案が届くかもしれない。かるかんや、珈琲の香りも着いているかもしれない。複雑な香りに変質しているかもしれないが、楽しんでもらえればありがたいと、勝手に思っている。

今年も無事、夜になる前に、何とか終えることができた。守衛さんに挨拶をして、幕張本部の正面玄関を出て振り返ると、例年通り、まだ明かりの付いている研究室がいくつかあった。おかげさまで、今年もこれで仕事を終えることが出来た。この研究室では、今年もいろいろなドラマがあった。来年もよろしくと研究室に願ったが、もちろん部屋の声は、何も答えてくれなかった。

読んでくださる方々に対して、今年一年間のお礼と来年当初のご挨拶を致したいと思う。来年も、皆様の健康を心から願っております。

2013/12/28

ほんものとは何か(映画:The Best Offer)

220pxthe_best_offer 現代において、「ほんもの」とは何か。オーセンティックとは、どのようなことなのか。これがこの映画「鑑定士と顔のない依頼人」の主題である。完璧な鑑定士である主人公が、姿を見せぬ依頼人から遺品の鑑定を頼まれる。果たして美術品はほんものなのか、そして女性依頼人の愛はほんものなのか、という二つのほんもの性に向き合うことになる。もっともここで、この映画を見る前提となっている現代社会の真実を確認しておかねばならない。

現代では、かつての倫理がそうであったように、「誠実」を続けていれば、「ほんもの」に通ずるという社会倫理が通用しなくなっている。片方が誠実を続けていれば、昔であれば、相手も誠実で返すだろうと考えられていたが、現代では必ずしも誠実を続けたからといって、ゲーム論的に考えて、相手が誠実を返す保証はないだろう。これが前提となっている。そういえば、念をいったことに、映画のなかでも、ほんものを鑑定している場面に、「誠実」と題した絵画を登場させていて、誠実の価値も貶めている。サービス精神が徹底している。(これ以降、ネタバレが含まれているので、これから映画に行く人は、観た後読んでほしい)

第一に出てくる「ほんもの」は、美術品についての「ほんもの」の話である。ジェフリー・ラッシュ演じる鑑定人が登場して、完璧なほんもの鑑定を映画の中で見せつける。顕微鏡的虫眼鏡を使って、他の人の気がつかない印を発見して、鑑定を完成させていく。

美術品には、本物と贋作とが存在する。それで、この主人公の鑑定人は、贋作だと鑑定しておいて、安く落札して、たくさんのほんものを自宅の隠し部屋に隠匿している。何が本物なのか。鑑定は主として、技術的な知識に依存することになる。この技術的なバリュエーションが経済的価値を持つことになるのだが、これがほんとうの「ほんもの」に値するものだろうか。

第二に出てくる「ほんもの」は、愛についての「ほんもの」の話である。ここで登場するのが、シルヴィア・ホークス演ずる、謎の鑑定依頼人クレアである。「広場恐怖症」ということになっていて、家の隠し部屋から一切出てこない。このクレアの示す愛が、なぜほんものだと思えるようになったのか。それは、当初は美術品のほんものに関わっていたはずの主人公が、その美術品からのズレで、美術品の所有者に興味を持ってしまったことから、愛が生まれるのだ。それは彼に取っては、隠れていたものが発見され、それに魅入られるという過程が美術品と同じだからだ。自分でそれを見いだしてしまった人は、愛を避ける事ができないということだ。

主人公はほんものだと思い込んだものを、贋作だということにして、結局ほんものを手に入れようとするのだが、このパターンはすでに破綻を含んでいるのだ。映画の中で、主人公が自己犠牲を払って、依頼人の広場恐怖症をなおそうとする。暴徒に襲われた主人公に、女依頼人は心を傾け始めると見えるが、この愛は果たしてほんものなのだろうか。

第三に出てくる「ほんもの」が、この映画の中心なのだが、じつはこの「ほんもの」はそれほど明確ではない。ほんものでありながら、表に出てこないほんものである。ほんものとは、本来このようなものなのかもしれない。人間が複雑な動物で、不確実で不条理で、理解しがたいものである、ということが描かれているから、そして、そのことを見事に描いているから、この映画は成功しているといえるのだろう。主人公は、完璧なまでに、周りのもっとも信頼していた人びとに裏切られ、ショックの余り養老院に入ってしまい、生きる気力もないほどの状態に陥る。けれども、その養老院を出た後、再び彼を騙した人びとを想って歩くのだ。この行動は、「ほんもの」なのか、「偽り」のものなのか。朝日新聞で、沢木耕太郎がうまい言葉で表現していた。

映画会社の宣伝を牽制しながらであるが、「二度目に見ると、絶望的な最後であるはずのものが、ひょっとしたらある種のハッピーエンドなのかもしれないと思わされるほど印象が変わっていた」と言わしめている。ここで彼のこの言葉を繰り返し言い換える必要があるわけではないが、何が言いたいのかといえば、騙されてそれまで集めて来た女性の肖像画をすべて失うことになるのだが、その失ったことよりも、一度でも生身の女性を愛したという現実が勝っていたということかもしれない。つまり、技術的な「ほんもの」よりも、感性上の「ほんもの」が勝るという、「ほんもの」感覚が存在するのだ。

映画の中で使われた言葉が秀逸だ。「贋作の中にもほんものが存在する」というのだ。愛の贋作の多くが失われようとも、ほんのわずかの「ほんもの」が存在していれば、それを受け入れれば、「ほんもの」となるという、現代の認識だ。ここには、現代のほんものというものの性質が遺憾なく現れている。

(付け足し)

でも諄いようだが、この解釈はあまりに予定調和的にすぎるかもしれない。現実的にみると、鑑定人に取っては、結局は相手の考えていることを理解しようとして失敗したのであり、ほんとうのところ、相手が鑑定人を騙したにしろ、どのように考えていたのか、鑑定人自身が知りたいと思うだろう。けれども、それはこの映画のあと、鑑賞者が解釈すべきものとして、そのままの状態で突き放されている。

他方、相手の女性の側に立ってみると、ほんとうに「偽りの愛」を演じただけなのか、ちょっとでも偽りの中に「ほんとうの愛」が存在していたのではないか、と問いたい欲望が残るのだ。けれども、このような感情を残すこと自体、この映画のねらいではなかろうか。この点でも映画の監督に対して、絶大の喝采をあたえるべきなのかもしれない。

原題の「the best offer」、つまりオークションへの「最高の出品」は、ほんものでなければならないのだ。それはオークションの経済的な価値を超えているのだと思いたい。

2013/12/26

久しぶりの吉祥寺を歩く

久しぶりに吉祥寺へ出る。ラジオ授業番組のインタビューも今年最後の収録を迎えようとしている。ようやく後半に入り、そろそろ諦めるべきは諦めて、できる処だけ回ろうという転換点に来ている。すでにロケ先も10カ所くらいにのぼっている。

Photo 夕方の約束だったので、十分な時間があった。昔、妻と良く通った喫茶店が、まだあるかな、などと散歩して回る。じつは大学院生時代に井之頭線の三鷹台に住んでいて、玉川上水に沿って井之頭公園へでる散歩コースをいつも取っていた。

公園からの出口というか、入り口に、有名な喫茶店Mがあったのだが、店主が亡くなってからさびれてしまい、閉じてしまっていた。場所は、散歩コースの終わりにあり休むには最適だったが、ほんとうに惜しい気がする。今日、行ってみるとおしゃれな紅茶屋さんになっていた。雰囲気がまったく異なっているのを横目に見ながら、お正月にお菓子と一緒に飲むように、秋摘みのダージリンを購入した。

Photo_2 駅前に戻って、今日はまだ珈琲を飲んでない事に気づき、老舗で静かな喫茶店「Y」へ入る。客は少なく、静かな話し声が響くだけで、落ち着いて日記を書くのに最適な店だ。

ふと床を見ると、たぶん木製の床なのだろうけれど、適度に歪んでいて、節々がまくれ上がって年季が入っていることがわかるのだ。自分でも感心するのだが、最近は歳を取ったせいか、こんな些細なことにも感動してしまうのだ。ただ古いのであれば、あまり注目しないのだが、この床の場合には、少なくとも毎日数百人のひとがその上を通っているのだと考えると、この床の重要性というか当たり前性がわかってくるのだ。見ていて、困っているのじゃないかと思われるのは、通りに面した新しい床と段差が生じてしまっていることだ。喫茶店のことだから、わたしが気にする事もないのだが、やはり気になってしまう。いつかの時点では、このギャップを解消することになるのだろうか。

Photo_3 井之頭公園を辿って、ジブリの美術館を通り過ぎたところに、今日のインタビュー先の「T」がある。一階が木造りのショールームになっていて、O 氏はほかの客と打ち合わせを行っていた。何だか、先客を追い出した感じになってしまって、申し訳なかった。大きなテーブルを占拠して、録音のTさんに準備をしていただく。

O いつもインタビューで楽しみなのは、「他者」を感ずることが必ずあるということだ。今日のひとつのテーマがここにある。実際のところ、これがなければ、インタビューをする意味もないのだが。今日の質問内容は、とくに誰でも答えられるということでなく、どんな人に頼んでも断られそうな質問満載のインタビューなのだ。来年のことなので、今言ってしまうことが出来ないのが残念なくらいだ。遠目に写真に入っていただけたのが、今日のインタビュー相手のT代表のO氏だ。若くして、この複雑な社会に、地味ではあるが、果敢に挑んでいる。このインタビューもお勧めの授業になると思う。

Photo_4 せっかく、吉祥寺にまできたので、美味しいものでも食べたいと思ったのだが、人混みに押されて、心ならずもすでに、井之頭線に乗ってしまった。この頃までに、小雨も降り出して、このしとしととした雨音が年末の空にあっているなと思ったのだ。それで渋谷を過ぎると、気が緩んでしまった。寄り道をして、本屋に駆け込んでしばし雨宿りをすることにした。Photo_5 社会科学の棚が他の分野より冊数が少なく見えたが、それでも結構見逃していた何冊の本を見つけ、ざっと目を通しているうちに、雨の音がもっと激しくなって来てしまった。趣味の棚に移って、もう一時間ほど時間をつぶして、家路に着くことにした。

2013/12/18

六月燈の三姉妹

1218_5 「出張先で映画を観る」が復活して、きょうは「六月燈の三姉妹」を鹿児島市内の天文館にある映画館でみる。映画の開始を待っている間に、周りを見渡すと、なんとなく異様な雰囲気なのだ。これだという事はできないのだけれど、曰く言いがたい、ただならぬ気配が漂っている。地元の映画だということがあるのだ。

これが鹿児島にある映画館だということから来るもので、「場所の不思議感覚」とでもいうものが存在するのだ。このところ、高知などでご当地映画を見て来たが、最初はそのような感覚なのかな、と思っていた。なにしろ、多くの映画では、出だしの最初のシーンがその映画全体を決定するのだが、この映画は飛行機から見た桜島から始まるのだ。これだけで、もうご当地映画丸出しだ、と思われてしまうだろう。

1217_5 ところが、途中から何となく違ってくるのだが。じつは午前中に鹿児島市電とバスに乗って、この映画の舞台となる真砂商店街の近くまで、偶然に行っていた事を、見ていてわかったのだ。「涙橋」という停車場があって、その近辺にこの映画の中心地があり、その「虎屋」という和菓子屋があり、この商店街の六月燈祭りが人びとを結びつける融合剤として使われる事になる。だから、やはりこの「場所の不思議感覚」が作用していることは間違いない。

映画を思い出して、一番印象に残ったシーンは、三姉妹が祭りのあと、通りを並んで歩き、それぞれの行く末を歩きながら述べるところだ。背景に近辺の並木道が流れている。そこで姉妹間でちょっと何かを言ってみて、ほかの姉妹の反応を確かめながら、自分の進む道を話し見つけていく。会話がゆったりしていて、三人ともにそれぞれの悩みを抱えているのだが、じっくりと考えながら、歩んでいこうとしているところがとても良いと思った。この物語の最も素敵なところだと思う。この普遍的なことを描いている部分があるから、ほかのご当地映画とはちょっと異なる映画になっているのではないかと思った。

1217_7 もうひとつ、ご当地映画と異なる点を見つけた。虎屋の三姉妹のうち、長女は出戻り、次女は離婚調停中、三女は不倫中なのだが、最終的に次女は東京へ、そして三女が当地で家を継ぐ事になる。この点では、完全なご当地を描いてはいるものの、もう片方で、普遍的な東京圏との葛藤をきちんと描いていて、このような東京へ出て、また戻って、さらに東京へ戻る、というのは、この時代の宿命が描かれているのかもしれない。この点では、いかに東京に接近するのか、あるいは離れるのかという、時代普遍的な点を描いていて、故郷映画でありながら、地方対東京という視点も忘れずに入れていて、たいへん良いと思った。今後、このような映画がヒットする可能性を十分感じさせる映画だったと思う。

1218_6 三姉妹では、ちょっと形がいびつだと思って、映画を見ていたら、フランスの「三銃士」を思い出してしまった。三銃士では、ダルタニアンを入れて、四銃士なのだが、この映画で第4番目の銃士は、母親が務めていて、それで四角形の均整の取れた映画となっているのだと思ったのだった。

1218_7 帰りの土産に、以前も購入した鹿児島の焙煎コーヒー(今年は1月に高松でコスタリカを飲んだことから始まり、今回やはりコスタリカを購入した。わたしにとって、今年はコスタリカの当たり年だった。)、それから当然、鹿児島限定の焼酎(こちらでは、サツマイモにもたくさんの種類があって、特別な芋を使った焼酎なのだ。)、そして餡子の入っていない、切り落としの軽羹。

この軽羹をW大で今年お世話になったO先生へお礼に持っていこうとしたら、準生ものなので、賞味期限2日だということだった。O先生は大好物だとブログに書いていたが、鹿児島特産展が今度開かれたら購入して持っていこうと思う。今回は、ひとまずわたしの胃の中へ納める事にした。O先生、ごめんなさい。

2013/12/17

夕方に卒業審査で、鹿児島へ

1217 午後の飛行機で、鹿児島へ行く。鹿児島学習センターで、卒業論文の審査だ。今年一年間、Web会議システムで辛抱強く、卒論ゼミに参加して来た、Iさんが最後に頑張って仕上げてきたのだった。

1217_2 後学のために、披露すると、卒業論文の書き方には、学生方のそれぞれの個性が反映されるのを見る事ができる。放送大学の学生に多いのは、やはり「コツコツ型」で毎日少しずつ原稿を書き重ねる。最後にそれらを集成して、論文に仕上げるタイプだ。これと正反対なのは、「イッキ型」で、最初はあまりコツが掴めないらしく、ものにならないのだが、最後になってくると、爆発的に自分の文体を身につけはじめるタイプだ。

1217_3 コツコツ型は、ワープロ・パソコンがこれほど普及する以前から、存在していて、手書き時代にも存在した。原稿用紙が毎日毎日貯まっていくのを見る事ができる。これで、最初の「問題提起」から「結論」まで、文脈が一貫していてすっと繋がるということがうまくいけば、かなりの処まで進む事ができるはずだ。イソップの「アリ」さんの勤労型がこちらへ分類されるだろう。これに対して、同じくイソップの「キリギリス」さんの快楽型がイッキ型に属する事になるだろう。

1217_4 つまり、イッキ型は、気まぐれとまでは言わないが、予想がほとんどつかないタイプなのだ。それで、表に現れないままに消えてしまい、途中で終わってしまう方もいるし、しかし中には、爆発的な猛チャージを見せるのだが、時間切れになってしまう方もいる。なかなか爆発した成果を最後まで維持する事はできないタイプなのだと思う。つまり、イッキに到達するというのは、至難の技なのだ。かく言うわたしも、いつもコツコツ型とイッキ型の中間でどちらへ行くのか、直前までわからないのだ。

1218 だから、学生の方がたへは、どちらのタイプなのか、自分で見極めて、自分のペースでやってほしい、とわたしは言っている。それはどちらのタイプなのか、外からはなかなか見分けが付かないからである。もしわかっていれば、それなりの脇からの助言を惜しまないつもりだが。

Iさんは、典型的なイッキ型で、ほんの数週間前までは、自分の文章は書いていなかった。ところが、みるみる内に、自分の文体を獲得して、それからメキメキと文章を伸ばしてきている。どれくらいまで伸びたのか、最終結果がたいへん楽しみであったのだ。

1218_2 学習センター所長のS先生にも、審査をお願いして、十分に質疑応答が行われたのだったのだ。そして、無事に合格内定が決まった。これで、今年度卒研審査にかかったわたしのゼミの全員が合格内定となった。(内定という文字が付くのは、今後正式決定が大学の委員会にかかってからであるからだ。)いずれにしても、おめでとうございます。

1218_3 一緒に審査に加わっていただいた、S先生は、当地出身ではないが、鹿児島大学へ移ってから、サツマイモの研究に没頭して来た先生だ。審査のあと、芋から焼酎まで、たっぷりとお話をお聞きする事ができた。つい話が面1218_4 白くて、お引き止めしてしまって、最後のコーヒーは、以前にもはいったことのある、Lでキリマンジェロを飲む。

2013/12/14

幕張で、卒業研究発表会

1214 年末になると、楽しみな卒業研究発表会が始まる。放送大学は全国組織なので、幕張本部へ来ることのできる学生の方は限られてしまうし、また「社会と産業」コースだけの発表会なので範囲も絞られるが、それでも今年は、以下のとおり多彩な論文発表が行われた。

テーマ

1.福島原発の事故後、人々の原発に対する意識はどのように変化していっているのか

2.まちづくりで協働する主体の相互バランスについて

3.日本型自動車ビジネスの限界利潤追求から利益追求への転換

4.管理職に求められる経営的能力の開発プロセスについて

5.IT業界への就職に関する考察

6.EPSとリスクプレミアと株価変動率の関係

7.千葉の農業、過去、現在、将来へ

8.企業の「社会的責任」の中の環境に対する国内企業の取り組みについて

9.鞆の浦景観訴訟について歴史的・文化的および自然景観保存の観点から

10.政治行政がもたらした郵政民営化社会情勢

11.道路交通法 危険運転致死傷罪に関する一考察

12.アメリカのユダヤ・ロビイその政治と経済力

13.なぜ駅弁は外装を纏うのか

14.従業員持株制度の財産形成策としての持続可能性

15.国際貿易に於ける交換の意義変動する国際決済通貨の下で

16.環境問題に対する日本の国際貢献政府開発援助を通して

1214_2 卒業研究であるから、玉石混淆であることは間違いないが、それでも集まってくるこの範囲の広さは、放送大学の特徴を十分に現していると思う。先生方やギャラリーからの質疑応答・議論で沸いた。

1214_3 発表会が終了した後、恒例の懇親会が研究棟の会場で始まった。懇親会は、もともと旧「産業と技術」コースの伝統から引き続いてきている催しだ。K先生をはじめとして、「産業と技術」の先生方が積極的になるときだ。今回も、こんなことがあった。

学生の方々がひとりずつ卒論の苦労話を話すのだが、学生の話より増して印象に残ったのは、広島からみえたT先生の話だった。一年間、放送大学の学生を受け持っていただいて、たいへん優秀な論文を成就させたのだ。その気持ちはたいへんわかる気がする。すっかり学生の論文に魅せられてしまい、熱のこもった大スピーチを展開なさっていた。手前味噌になってしまうが、それほど放送大学の学生の書く卒業研究には、魅力的なものも多いのだ。

全員が何かしゃべらなければならない、ということだったので、わたしは「卒業研究と修士論文とどこが違うのか」ということを短くスピーチした。

卒業研究の良いところは、「荒削り」であるところだと思う。もちろん、修士論文を技術的にも上回るような論文も数多くあるので、「荒削り」という意味は、未完成だという意味ではない。コーヒー豆でも、「粗挽き」があるように、「荒削り」の魅力があるのだと思われる。

それは技術的でもない、テーマの正当性でもない。微妙な問題なので、最終的には結局は読んでもらうしかないが、今年の傾向からすると、「これについて書きたい」という想いが前面に出ている論文が多い、ということである。しかし、これが前面に出る自体が、修士論文指導では抑制される傾向がある。

論文を書く本来の目的は、書く人の「好奇心」にあると思う。その好奇心の良い面がでれば、素晴らしい論文になるのだが、感情や規範ばかりが走ってしまって、真理を貫くところがおろそかになってしまいがちなので、好奇心には注意が必要であるのは、その通りなのだが、それでもやはり、書くに値することを感じさせる、好奇心は重要だと思う。

スピーチの途中、相変わらずK先生が茶々を入れて来て、「修士論文を書くことから入った成れの果てが、ここに並んでいる先生方です」とおっしゃった。わたしはそこまでは言うつもりはなく、実際言わなかったのだが、「当たっているな」と心のなかでは同意したのだった。

1214_4 先行研究が重要で、先達の成果を受けて、論文は書かれるべきだ、と一般の大学院ではみんなが教えられて、その結果「先生」となったのだ。だから、好奇心に走らせて、純粋に書きたいテーマを自由闊達に書くことの出来る卒業研究は、たいへ1214_5 ん羨ましい制度なのだ。人生の第一論文では、自分の情熱を傾けている、価値あるものを書くべきなのだ。1214_6 その意味では、卒業研究は修士論文とはまったく違う論文範疇に属すると言ってよいのではないかと思っている。その結果として、「荒削り」であるほうがむしろ好ましいとさえ言える。それが、第二論文へ繋がっていくのだと思う。

1214_7 席は海浜幕張のダイニングへ移り、今年度の忘年会となった。今年も、全国の清酒が集められているC店にて、美味なるお酒をたっぷりといただいたのだ。

2013/12/05

K氏を悼む

人がいなくなるということK氏を悼む)

じわじわと効いてきて、

さまざまな感情の重なりと広がりとが

全身から出てくる。

それでも空の状態を埋められなくて、

じつに困ってしまった。

おもわず出てきてしまう感情には

いろいろなものがあることは

年輪を重ねてきてわかっていたつもりだったが、

どうもそううまくいかない場合もあって、

とことん知らされることが起こってしまった。

このような経験は初めてだ。

そもそもこのじわじわした感じは

いったい何なのだろうか。


頭でわかっていて、

心で感じることができないことが

たくさんあることは、

人生の永きにわたって

思い知ってきたはずなのだが、

どうもそういう訳でもないらしい。

これまでも想像力を総動員して補えば

どうにかなるようにも感じていたのだが、

そういうことでもないらしいし、

そううまくもいかないらしい。

そうじゃなくて、手の先から足の先まで

震えるような感覚があるのだ。

何とも言えないような感覚が伝わってくるのだ。


何度も何度も繰り返し襲ってきて、

そのことしか考えられなくなる。

そんな空の時間に出会ってしまって、

どのようにやり過ごそうか

ほんとうのところ、困ってしまっている。

彼が言うには、場面を転換するには、笑いが必要だと。

ふわふわした手を差し伸べて、

別れ際に何かを伝えようとしたのだ。

何のつもりかと問う暇なく、こちらも手を握りしめた。

彼はすでにいない。とすると、

その笑いは空に消えてしまうほかない。

オキノームで混濁して、このまま眠ってしまう瞬間だ。

それでも、笑いが必要なのだろうか。

試しに、わっはは。わっはは。

空を舞う飛行機の中には、雑音が漂っているだけだ。

ザーザー、ザーザー、ザーザー。

大津上空をいま通過した。

この雑音のなかにも笑いは見つかるのだ

と、空にいる彼は言うのだろうか。

笑いの端から、漏れていく物が見えるのだ。

はみ出して、笑いとともに、こぼれ落ち、

ぶらぶらと漂うものは、いったい何だ。

雑音は過剰に響いて、こぼれ落ちた物たちを

さらに笑いへ誘う。

だから、このこぼれ落ちた物たちが、

一生懸命に場面を転換させるのだ。

コミュニケーションが通じているときよりも、

うまくいかないときの方が、コミュニケーションは

強く現れるのだ。

昨日まではそこにいて、かっちりとした枠に

入っていた物たちよ。すでに、忘れられた笑いが

君たちを解放してくれるのは何時のことだ。

この時間に世界が笑いとともに拡大され、

ほんとうならば、もう消えてしまうかもしれないものも、

生き返らせて、目の前に現われてきた。しばらくは、

彼の幻影である、枠の広げられた世界を

まだまだわたしたちは生きることになるのだ。

 

12/5/2013


K氏担当の編集者ブログへのリンク

白澤 未来社


2013/12/03

萩へ来ている

1203 萩市(山口県)へ来ている。地域性を見るためには、申し分ない街だ。中心から外れているなどという失礼なことを言っているのではなく、1203_2 江戸幕末期の活動期の様子が見られるという意味なのだ。なぜここで、吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文などが湧出し、維新の風が吹いたのか、諸説があるので、以前から興味を持っていた。

1204 来てみて、まずは地理的な条件にびっくりしたのだった。来る前に予想されたのは、この集団の凝集性が起きる原因だった。都市の構造としてみると、これほどの凝集性を生み出すような都市の計画性が存在するとは思っても見なかった。

1204_2 萩城近くに、泊まった宿があった。その宿は海に面している。朝、菊ガ浜という海岸沿いを散歩して、政治中心の城へ到達できた。ほどよい砂浜が続いていて、日本海に面しているとは思われないほどの波の静かな湾が形成されている。その萩城から出てくると、内堀と外堀の挟まれた辺りに、上級武家屋敷が並んでいた。

1203_3 他方、この菊ガ浜の反対の端へ行くと、経済の中心が存在する。商人街と物流の港が位置している。北前船が停泊して、北から南から毛利の城下町への物流が絶えなかったに違いない。つまり、萩の街は山から流れて来た川が上流で1203_4 松本川と橋本川に分かれ、かなり人工的な河口の三角州が発達している。橋本川の河口近くの、ぽこっとした山の麓に、「政治」の中心たる萩城があり、他方、松本川の河口近くに港が発達していて、「経済」の中心が存在するのだ。

1203_5 さらに興味深いのは、その政治と経済の間に挟まれた地域なのだ。海岸部分には、寺街が並んでいるのだが、さらに下級武士、つまりは幕末志士の家々がここに集中しているのだ。高杉晋作、木戸孝允などの家々が並んでいる。下級武士とはいえ、現在のサラリーマンの上層屋敷に相当する広さを誇っている。

1203_6 そしてさらに、この三角州のちょうど中心で、これらの下級武士の家の近くに、藩校の「明倫館」が存在する。この計画的な町並みには、うっとりする。街であるからには、機能的で、概念的な計画から漏れてしまって、こぼれ落ちるような猥雑さが存在するのだが、骨格は現在でもはっきりと1203_7 している。これほど、政治と経済と学問とが有機的に配置され、その間に活動的な人びとが育つように配置された都市も珍しいのではないかと思う。

1203_8 もう一つ萩市で感じて来たのは、色の地域性だ。2004年に景観法が成立して、その影響が社会的にはどのように表れてくるのか、注目していた。これまでも新聞紙上を賑わせている判例はいくつか存在する。大都市圏では、大規模な野外広告物が少しずつ取り除かれ1204_3 つつあって、それが意識するほどではないにして、近年かなりの成果を挙げて来ているので、だいぶわかるようになって来た。

1204_4 それで、景観法がどのくらいまで出来るのかは、まだまだ未知数で、判例で争われるもの以外で、実際に表れてくるのを待っていたのだ。萩市では、バスに乗って回ったのだが、観光の添乗員さんが左手を注目してください、というのだ。1204_5 地方都市の習いで、幹線道路の両側には、ファーストフード、ファッションリテイルなどが並んでいるのだが、これらの色彩が統一されていたのだ。マクドナルドが赤ではなく、うす茶色なのだ。ユニクロも赤ではなく、1203_11 これも白地にうす茶色なのだ。スーパーもディスカウントも、早稲田大学に買収されたのではないかと思われるほど、エンジのカラーで統一されている。

1203_9 一日しか滞在できなかったので、経緯などを調べている暇はなかったが、三つの疑問を持った。ひとつは、萩市の市民意識が他の市よりも強いのだろうか、ふたつは、営利企業、とりわけチェーン店がどのようにして、他の地域のチェーンからの逸脱が可能になったのか、1203_10 みっつは、色彩の統一ということを行うのは、ヨーロッパではよく目にするのだが、日本の伝統にはなかったことなので、今後どのような動きをみせるだろうか、などの点だ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。