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2013/11/16

深川で、引っ越し祝いにおでんを食べる

1116 清澄白河というよりも、深川と言った方が親しみやすいかもしれない。ここに住んでいる娘の部屋が、先日の台風で浸水した。それで、大家さんが工事を行うことになり、急遽引っ越すことになった。ここに住み始めて3年間が経ち、何度か訪れる内に、わたしの方も愛着を感じる場所になりつつあったのだが。

1116_2 清澄白河の駅を出て、深川江戸資料館の前から、都立現代美術館に至る「資料館通り」には、レトロと今風とが混合作用を及ぼしていて、都市経済学者のジェイコブスがいう「二次的多様性」を醸し出していた。たとえば、江戸を売り物にするゴテゴテした土産物屋があるかと思えば、その向かいには、白磁だけをシンプルに飾っている陶器屋がある、と言った具合であり、とくに目立つ、昔風の服装・1116_3 寝具店の田巻屋があるかと思えば、今風の真っ白な木作りの古本屋がある。それから、田舎風に店は造っているが、中を覗くと、ちょっとお洒落な人びとが乙にすましてテーブルを囲んでいる料理と酒(勝沼ワインが置いてある)の美味しい店もある。まだまだ再開発は途上だが、二次や三次の多様性が発展する気配が十分あるのだ。1116_4 そして、そのちょっと先に、娘の借りていた部屋があったのだ。

きょうは、この街も最後だというので、コーヒー豆の焙煎所Cで待ち合わせて、夕食を一緒にということになった。1116csukaituri Cは、散歩道のある川沿い(橋の上からはスカイツリーが臨むことができる)の、この運河川から一本入ったところにある、町工場風の建物に入っている。入り口からは、焙煎機がどんと置いてあるのが見える。ゴーゴーと火を吹いている音が建物中に響いている。ところが、なぜかコーヒーの香りはまったくしないのだ。それはちょっと意外で、ちょっと残念だった。どこかで排気処理をおこなってしまっているのだろうか。

1116c 娘の到着が遅かったので、酸味のいちばん効いていると告げられたエチオピア豆を淹れてもらって、大きなカップで飲む。最初はそれほどではなかったけれども、空気に触れると次第に酸味が増していって、さわやかな味で美味しかった。薄茶色の革のソファがゆったりしていて、気持ちよかったので、1116c_2 読み直しのために持っていった岩波文庫版イソップ寓話集100話くらいを読み進んだ。もっとも、コーヒーを飲みながら、寓話集を読むなどとここでは言いたくはなかったのだ。1116ckohi なぜならば、両方とも暇人として現れる時に使われる代名詞のような意味を持っているからだ。このソファに座っていると、格好だけでなく、実際に暇人風になってくる。もっとも、現実はそのとおりで仕方ないのだけれど。

1116_5 この辺には、ちょっと路地を入ると、お稲荷さんや神社・仏閣がすぐ現れるのだが、だからといって、古い土地で高齢化が進んでいるわけではなく、これもまたちょっと歩くと、子ども図書館などが配置されていて、街に子どもが遊んでいるのをあちこちで見ることができる。下町の良い雰囲気をそのまま残しているところが、この街の期待感を盛り上げている。この写真の現代美術館が陰に陽に、見え隠れして影響力を行使しているのも、気になるところだ。

1116_6 小路を2、3本数えたところをまがって、中にはいったところにその目指す、おでん屋さんがあって、先日雨が降って、娘がひとりで淋しそうに入ったときに、これいるか、とおまけしてくれたのだそうだ。薄味だけど、味が染み込んでいる。とくにこの大根が美味しかった。大根をたくさんちょうだい、と言って大正解だった。バター風味の牡蠣も良かった。6時をすこし回ったところなの1116_7 に、すでに家族連れなどで、満員となっていて、地元の常連が通って来ている店という雰囲気だ。

駅に出て、顔を上げると、清澄庭園の木々が覗いていた。1116kaki そういえば、H先生が神奈川学習センター所長時代に、筑波へ移ってしまったK先生を呼んで、講師として、この清澄庭園で「松尾芭蕉」に関する講義を話してもらったことがあった。風流ということがよくわかった名講義だったと思う。1116_8 このバス旅行に引率して来て、芭蕉記念館を見た後、拝聴したのを思い出し懐かしかった。

さらに、じつは庭園の前には、N女子高校があって、わたしが2歳のころ、父がここの先生であった時期があるのだ。1116_10 当時は、子どもを職場へ連れて来てもとやかく言うひとはあまりなく、何度となく、父に連れられて、この高校で女子高生のあいだに入って、あやされていたことのあったのを思い出した。そして父がわたしの姿を見失うと、校内放送で呼び出しがあった。当時、父はバッハ音楽の愛好家だった。家には、シュバイツァーのオルガン集があったのだ。耳の奥にその記憶が残されていたから、バッハが好ましいと日頃感じるのだと自分自身で思っている。けれども、不思議なのは、その後父は田舎に帰るのだが、それで毎日聴いていたのはベートーベンだった。何らかの心境の変化があったのだと思っている。

1116_11 先日、娘が転出届けを出しに、深川江戸資料館の隣りにある区役所へ行ったところ、窓口のひとが、「イッテラッシャイ」と送り出してくれたとのことだった。1116_12 深川らしい、下町流の接触があったとのことだった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。