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2013/06/20

同月の27日、28日、29日生まれ

今日、初対面の方ふたりとお会いした。それで、わたしはたいへん驚いたのだが、ひとりの方は或る月の27日生まれであり、もうひとりの方が同じ月の29日生まれであった。こんなことなら、誰も驚かない。二日違いの生まれの人など、自分の生まれた日と同じ日に生まれた人の2倍いるのだから。

ところがである。じつは、わたしがその同じ月の28日生まれなのだ。つまり、同月の27日、28日、29日生まれが、一緒になったのだ。これは、驚かないわけには、行かないだろう。

と思ったのであるが、どうも他の同席していた方々の反応は鈍い。それは、わたしが特別の位置にいるから、驚いているのであって、わたし以外の人には、どうと言うことはないのだ。

また、他の人は、それはそれは、ところで、それでどうしたのですか、と来た。たしかに面白いけれども、単に並んでもそれは何も意味がない、というのだ。そこに数学者がいて、いかにもつまらなそうに言うのだった。ちょっと食い下がって、ストレートフラッシュの確率はどうなんですか、と言ってもまったく取り合ってくれなかった。もっとも、だからどうということはないのであるが。

けれども、考えてみると、なぜ3人の誕生日が並んだのか、については、まったく理由がないことはないだろう、という人もいない訳ではなかった。わたしはロマン派なので、今日このときに、運命が導いたのだ、と言ってみたが、わたしがロマン派ということ自体が疑われてしまったから、何をか言わんやである。

相性の問題ではないか、という人もいたが、それじゃこれまではなぜ会わなかったのか、と反論されてしまえば、何も言うことがない。

それで、結局のところ、妻の言葉が決定的だった。なぜこの時期に集中したのかといえば、この時期に生まれた人が多かったからに違いないだろう。一年のうち、生まれが集中する期間がいくつかあって、わたしたちはその期間に生まれたから、偶然出会う確率が高いのだ、というのだ。なぜ生まれが集中するのだ、と問いつめると、そこまでわたしに言わせるの、と言われてしまった。誰でもわかることなのだ。妻の現実的な考えに、圧倒されてしまったのは、事実である。

この話には、もう一つの落ちがつくのだ。じつは家に帰って、妻が読んでいた小説家Oの生まれた日を検索すると、これがわたしたち三人と同月で、なおかつ、その28日生まれだった。つまり、わたしと誕生日が同じだったのだ。今日一日に、このようなことが重なることも何かおかしい。不思議な縁と言ってはいけないのだろうか。妻が言うように、ほんとうに必然なのだろうか。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。