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2013/05/20

教育の原点は、やはり「遊ぶこと」から始まるのではないだろうか

520_2 四国を回り始めて気づいたのだが、毎日がそれぞれ人生を省みる旅になって来つつあるのだ。香川県から出発しているところから、お遍路さん的な心境がようやくわかるようなってきたのだ。520_18 旅に出ると、なぜか人生を振り返りたくなってしまう。

520_4 今日もたくさんの場所を訪れることになったのだが、過去を思い浮かべることで一つ挙げるとすれば、やはり今日寄ったなかでは、小豆島かな。小豆島でもオリーブ園(好き嫌いの向きは激しいが、オリーブ茶はよいと思う)やら、佃煮屋さん(子持ち本くらげの佃煮が旬だということだ)などめぐって、520_5 身体のなかにたくさんの食べ物が蓄積されたことも印象的ではあったのだが、それ以上に旅にもかかわらず、自分の心のなかに食い込んできたのは、昨日と同様に人生の反省すべきことなどであり、旅にも老人的な旅の在り方というものがあるのだな、とシミジミと思ったところだった。

520_6 小豆島については、島全体が文学の舞台になっていることでは、沖縄に並ぶのではないかと思われるほどエピソードは豊富だ。遍路に関係した文学も見られる。昨日泊まった宿が、土庄町というところだった。520_7 妻が直ちに、尾崎放哉の終の住処の場所だったことを思い出したのは、何時もながら、その記憶力の確かさにびっくりさせられる。もっとも彼女の好きな、吉村昭の小説だったので、覚えていて当然だったのかもしれない。海岸に近い草深い庵が確かにありそうな地域だった。520_8 現在は近くの海岸に、大きなショッピングモールができてしまっていて、ご飯一杯だけで暮らせるような田舎という感じがなくなってしまっているのは、残念だが、これも時代の趨勢なのだ。

文学よりは、映画の舞台になったことのほうが、小豆島ではより有名だ。昨年見た映画「八日目の蝉」は、今でも心に残っている。520_9 棚田や山祭り、そして田舎歌舞伎などのイメージが強い。さらに、連絡船。けれども、これらに出会うためには、一日の通過だけでは掬い取れないだろう。ここが詰め込みバス旅行の弱点なのだが、これだけの内容を回るために致し方ないだろう。機会があれば、ここに4、5日は滞在したいところだ。

520_10 映画では、高峰秀子主演で、木下恵介監督「二十四の瞳」なのだ。妻が初めて出会った文学だと言っている。それで、白黒画面ではわからないような、海を望む「分教場」というものがどのようなものなのか、520_11 という興味もさることながら、なぜここで教育とは何か、という原点を探ることに成功したのかが、ずいぶん気になったことだった。

520_12 ここには、教育ための図書館も、高度な知識・情報もあるわけではない。でも、だからこそ、生徒と教員が真に向き合って、双方の間に存在すべき本質的なことが、明らかになったのではなかろうか。大袈裟にいうつもりはないが、無垢な形で教育の原点が現れたのだと直感したのだった。

520_13 半島がちぎれそうになった、その首のところに分教場があり、そのちょっと先にロケに使われた「映画村」が保存されている。その保存されている中に、銅像となって先生と生徒が会話を交わしている場所がある。そこに壺井栄の小説からの引用があり、「先生、遊ぼ」と生徒が呼びかけ、それに答えて、「何して、遊ぼうか」とある。

520_19 遊びということが教育の原点であり、対話ということがそれを支えていることを、このシンプルな教えの場で実現しているのだった。この風と太陽と海の中で、この問いかけは、ほとんど決定的であったと思われる。

520_15 この瞬間が思い出されたことで、あと素晴らしいことは次々に起こったのであるが、もうこれ以上は書く気が起こらなかった。じつは、そのあと高速道を飛ばして、今はもう道後温泉に入っている。道後温泉の商店街の中ほどにある、京都風の町屋を利用した「D」という喫茶店に入っている。すでに温泉にも入って、すっかり旅にどっぷり浸かり、520_16 しかし、心はむしろ風景に気を取られるのではなく、過去の印象を思い返すことに奪われている。マイルドなブレンドコーヒーを飲みつつ、隣の席で他の客が食べているハチミツトーストを横目で見ている。写真の文旦は、途中のドライブインで購入したもので、6個入っていて100円だった。香りが朝まで部屋に充満していた。520_17

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。