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2013/04/11

社交の感性と嗜好の感性について

Img_7585_2 久しぶりに、日常的なことを記す気がする。それというのも、今日から新学期だからだ。講義が開始され、他の授業に先駆けて、W大の演習授業を行った。そして同時に、O先生と会って会話を楽しんだのだ。大学近くの「五郎八」でいつもの田楽、卵焼き、枝豆をつまみながら、話をした。

大切なのは、「社交」だ、と彼は珍しく語気を強くした。いつもはもの静かに低音で話す彼が、ぐぐっと感情を込めてきたから、思わず聴き惚れてしまったのだった。喫茶店の話を始めた時だった。そこでなぜ喫茶店に行くのかが問題となっていた。話はもちろん論理的に進んだわけでなく、O先生は蒲田の喫茶店巡りの話をしていたし、こちらは京都の喫茶店事情を話したりして、ジグザグに行ったり来たり、会話を楽しんだつもりだったのだが、あとで思い出すと、そういうことなのか、と思い当たったのだった。

Img_7587_2 わたしが喫茶店に入るのは、コーヒーが美味しいからで、それ以外のことは付加的なのだ、とちょっと挑戦的にいうと、それは「社交」ではなく「嗜好」ですね、と混ぜっ返されてしまった。彼が言うには、喫茶店ではコーヒーをめぐっては、「マスターと自分」の関係があるのだが、最近になって、もう一つの関係に目覚めたのだそうだ。それは、「客同士」の関係で、常連客たちの会話にわりと自然に入っていく術を身につけたのだというのである。つまり、言葉を媒介とした、喫茶店の楽しみ方があるのだそうだ。

これは、ひとつの「開眼」に値するのではないか、と大げさでなく、思われたのだ。彼のブログには、これらの事実が連日載っていて、じつはこれは何んなのか、と不思議に思っていたところだったのだ。それとなく感じてはいたけれど、それほどのことだとは当初は思わなかったのだ。

Photo_2 勿体ぶっている訳ではないのだが、何が開眼したのかと言えば、わたしの解釈では、社交の「感性」のようなものではないかと思われるのだ。言葉に記してしまうと感じが失われてしまいそうな気がするのだが、共感とか感情移入とか、その類いのものだと思われる。

彼が言うには、現代の日本には忘れられようとしていて、本当に話を聞いてもらいたいと思っている人びとがたくさんいるのだと、いうのだ。その場に出くわすと、向こうから聞いてください、と言っている顔が見えてくるのだとおっしゃる。

Img_7593_2 彼のブログに、最近登場したシリーズに、「大衆食堂」シリーズがある。街を歩くと、シャッター街となっていたりして、そのような中には必ず、大衆食堂がショーウインドウを出している。ガラス棚を覗くと、干涸びたプラスチックのラーメン、カレーライス、そばとうどんが並んでいて、ホコリをかぶっている。子供たちを連れた若い女性たちならば、絶対に入らないような食堂だ。昔であれば、大衆食堂の定番は、カツ丼で、これならば、どんな店でもはずれがないと言われていたものだ。このような食堂には、たいがいカツ丼をはじめとする定食類が並んでいて、店のみすぼらしさとは異なって、じつはいずれの定食もかなり美味しいのだ。

問題は、なぜ彼が「大衆食堂」を連日のようにブログで取り上げるのか、という点である。これが「社交」なのだということだ。このような大衆食堂は、今現在はまだ、数多く営業しているのだが、ここ数年でおそらくほとんどの店がなくなる運命にあるのだということだ。原因は後継者不足と需要不足、そして牛丼屋、廉価の定食屋の繁盛なのだそうだ。それで疎外されていて、これらの店にいくと、「話を聞いてもらいたいと思っている場所」がそこにあり、そのような人がいるのだとのことだ。

この開眼ぶりは素晴らしいと思った。このような場所のあることが、社会学者的な論理性でわかるのではなく、直感的にわかるのだ、というのだ。このような感性を探り当てたことは、記念すべきことだと思われる。60歳近くになって、新たな感性を獲得することができること自体希有なことなのだと思う。


じつは今日は彼の誕生日であったと告げられていた。にもかかわらず、話にすっかり夢中になってしまって、店を出るころにはすっかり忘れてしまっていて、たいへん悪いことをした。改めて、今日の誕生日と新たな感性の獲得に、おめでとうと言いたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。