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2013年4月に作成された投稿

2013/04/25

スィーツで感性を目覚めさせよ

Img_7684 戸山公園の中を散策しながら、W大の講義へ向かう。都営の公園には、形は細長く、歴史は粘り強く、苦労して土地を手に入れてきたような公園がいくつかあって、このような消え入りそうな土地がいかにして、都営公園になったのか、たいへん知りたいところだ。

Img_7697 いずれにしても、アヤメやスイセン、ツツジにサツキ、色とりどりの花々が公園の中に咲いていて、季節の花と交響曲を奏で合っている。途中、ベンチがあって、そこにはいま、藤の花が満開で、年をとった人から子どもまで集っている。きっとこんな棚の下では、知らない人とでも口を利きたくなるだろう。

Img_7682 演習が終わって、教員控え室へ行くと、O先生が探していました、とカウンターの人に告げられる。研究室へ向かっているうちに、電話が鳴って、向こうから、やあといらっしゃるのが見えた。

Img_7802 久しぶりに、カフェGへ行こうということになった。二階に上って、入り口を入った正面に、ケーキのショーケースが置いてあって、パウンドケーキがそこにあった。現在の口内炎を煩っている身からすると、これが柔らかそうで適当だ、という上からの声が聞こえた。ところが、店のカウンターへそのことを告げに行くと、さらにそこにはチョコレートケーキと、そしてぽこっとした、リンゴのタルトが焼きたてですよと言っているみたいに並んでいて、こちらの呼び声の方が大きく聞こえてしまったのだった。

Img_7689 O先生との話は、雑談のように聞こえるのだが、あとで考えてみると、なんとなくつながっている。前回会ったときに、社交の感性を開拓しているという話を、なんだかんだとおしゃべりしたのだが、今回の社交は、なんとジャズなのだという。ジャズは社交だ、みたいな植草甚一風な好事家的なことになっていくのかと思えば、そうでもないらしい。

Img_7809 この年になって、一つのジャンルの新しい音楽を改めて聞き始めるというのは、きわめて珍しいと思う。音楽はやはり習慣だから、日頃なんとはなく聴いていて、それが身体の中にしみ込んでいる必要がある。この土壌があるから、たとえばジャズの新曲を聴いても、なんなく受け入れることができるのだと思っていた。だから、年を取ると、新しいジャンルへ挑戦することは難しいし、それよりも意欲がふつうは湧かないのが当たり前だ。ところが、O先生には、新しい状況として、いくつかの必然性があるらしい。

Img_7676_2 ひとつは、ジャズ喫茶へ通い始めたということらしい。O先生は、蒲田にお住まいなのだが、そこのサッチモという花屋さんが数年前に早稲田の図書館のそばへ移転して、今度は「ナッティ」というジャズ喫茶を開いているらしい。この人脈があって、人を繋いでいるものとして、ジャズを聴くことが必須になっているのだと、おっしゃる。はじめて、ジャズにあげ入れるにしても、社交から入っている。これは、わたしにとってはちょっと不思議な感じがするのだ。若いときならまだしも、この年でジャズかとも、自分のことは棚にあげて思う。けれども、まあ、女性に入れあげるよりはましか、とも思う。

Img_7812 もうひとつのほうが、自然かもしれない。一枚のCDを購入して、聴いているのだそうだ。何に由来して、そのCDなのか、というところは、尋ねたはずなのにわすれてしまったのだが、けれども、自分でも若い頃に、ジャズ喫茶へ通って、これだ、というので、聴き続けたという経験があるので、解る気がする。音楽では、社交と同じように、出会いで何かが始まりだすのだ。一枚のCDの中から、思わぬ世界が発展していくことはかなりの確率であり得ると思われる。感性の発展は、年をとってもまだまだ続くと、O先生は自然に考えているのだろう。すべてのジャズファンが、このようにして聴きはじめたことはたしかだ。

さらに、もうひとつの理由がありそうだったが、それはひとりの小説家をめぐる話だったので、話が長くなりそうだった。それで、楽しみに残しておいて、それは後日聴くことにして、今日最後のコーヒーを飲み干した。

2013/04/21

今日はモーツァルトの日と決めていた

Img_7724 今日はモーツァルトの日と決めていた。東京交響楽団がミューザ川崎の定期公演で、モーツァルトの「戴冠」と「レクイエム」を演奏するというので、妻に切符をとってもらっていたのだ。

Img_7734 両方の曲ともに、100人ほどの合唱団が付いていて、それぞれのパートのソリストたちも出演していたので、このこじんまりした1階部分は、楽器部分の50名ほどと合わせて、150人規模の大きな編成のミサ曲演奏でいっぱいとなった。こうなってくると、ホール全体の中心から沸き上がってくる感じがして、生の声が映えてくる。もっとも、指揮者のスダーンは、微妙な組み合わせの音に特色のある指揮者なので、今回にもその調和の魅力が溢れていて、強弱の連続的な変化が次第に柔らかく伝わってきて素晴らしかったと思う。

Img_7744 特に、二番目のレクイエムは、わたしが田舎に住んでいた時から、悲しい場面になると必ず演奏されていて、部分的には、何回も聴いたことがある曲だ。映画の「アマデウス」でも、モーツァルトの死がまじかに迫ってきた時に、効果的に使われていたことでも、印象に残っている。

今回の演奏会では、対訳付きのパンフレットが前以て配られていたので、演奏している部分の意味を見ながら聞くことができた。身体のなかに入ってくる曲に、さらに意味上の感情が付加されていて、次第に影響が出てきて、身体が火照ってくるのを感じた。

Img_7747 有名な第三パートの第5曲、第6曲に差し掛かると、自分が年をとってきたこともあって、人生の最後に、呪われるのかそれとも祝福されるのか、という命題が突き刺さってくるのだ。書かれたもので、判定され、人生が裁かれるなどと言われると、ドキッとする。

Img_7752 それから、キリストの復活には、色々な意味があると思われるが、裁かれるために、死体という塵から蘇るのだ、というこの曲の主旨に従えば、最後に望むものは、やはり「安息」ということになるだろう。このような西洋文明の中でも、反省的で、消極的で、さらに控え目ということの意味が音楽を通して浮かび上がってくるのは、たいへん興味深かった。

Img_7753 アンコールでもう一度聴きなおしたいくらいだった。定期公演では、通常アンコールは行わないのだが、今日は何か特別だったのだろうか。モーツァルトのたいへん静かで、抑制の効いた合唱曲がかかった。あとで、入り口の表示をみると、やはり晩年に創作された「アヴェ・ヴェルム・コルプス」だった。控え目な演奏に、今日はこだわっていたことを、ここでも再確認したのだった。

Img_7758 じつは、ミューザ川崎は、4月にリニューアルオープンをしたところだったのだ。二年前の大震災の時に、この天井が落ちてしまい、内装をすべて変えたのだ。この会場では、その前に、わたしの授業科目「社会の中の芸術」の取材を行っていて、たてものの内部を借りて録画もしていたところなので、このリニューアルについては、たいへん気になっていたところだった。写真のように、綺麗に復活して、また良い音を響かせ始めたので、これからも通わせていただこうと思った。

帰りに自家焙煎の珈琲屋さんで、モカ系のブレンドとアップルパイ。これは実を凝縮したタイプのもので、たいへん美味しかった。川崎駅前の再開発が最終段階を迎えているが、結局のところ、以前からの飲屋街の密集は残っているものの、喫茶店や本屋などの、文化的な店屋は、地元資本のものが駆逐されてしまって、チェーン店系のコーヒー屋が溢れかえってしまったのでないか、と、ちょっと残念な気がするところだ。

2013/04/20

今年のオリエンテーションで流行った言葉

Img_7721 修士課程のオリエンテーションが、幕張の図書館3階で行われた。朝早くから、日本全国のほぼ全員の「社会経営科学プログラム」の学生たちが集まってきた。このように、一堂に会すると、スタートに当たっての漲る集団の力というものを感じる。これから、修士論文を書く2年間の長い「旅」に出発することになるのだが、餞の言葉を先生方が送った。

Img_7719 毎年、先生方が自己紹介を兼ねて挨拶する言葉には、流行があって、今年は冗談としてこれまでの会でもT先生を中心に使われてきた言葉に集中した。いつも以上に、他の先生方もこの言葉に反応していたのが印象だった。大学院への「入院」「退院」という言葉だ。

K先生がユーモアを込めて、まずは笑いを取りに行った。「精神病院と大学院の違いは、どこにあるか、知っていますか?」それは、「精神病院は、狂った人を入院させて、治して退院させるが、他方、大学院は普通の人を入院させて、狂わせて退院させます」という挨拶をした。そして他の先生方も、狂わないうちに、早く修士論文を書いて「退院」してください、と続いたのだった。

わたしも悪のりして、「狂い方」に三つの段階があると応じた。狂い方というよりも、修士論文を書く「楽しみ」「苦しみ」といった方が適当かもしれないが。論文を書いていて、最初に出会うのが自分であり、これが一つ目の狂い方だと思われる。論文の言葉を探して、自分との対話をするうちに、いままでと違った自分が見えてくれば、「楽しみ」に変わるが、もしいままでの自分のままだったのであれば、自分との対話が詰まらなくなってしまい、繰り返しの「苦しみ」になるだろう。わたし自身のことをあまり言いたくないが、制作というのは孤独な作業が続く感じが途中でするが、それを乗り越えることができるかで、楽しめるか苦しむのか、狂い方が違ってくると思う。

第二の段階があって、修士では、先生との対話が「楽しみ」になるか、「苦しみ」になるかで、かなり論文の性質が変わってくると思う。一般の大学では、この辺が違っていて、最初から先生の専門に近いテーマが割り振られる場合が多い。これに対して、放送大学では、最初に学生が自分でテーマを選んでくる。したがって、M先生が適切に言っていたように、先生を面白がらせる工夫を行うことができれば、その対話から、その論文の世界がかなり広がるし深まることになるだろう。先生を論文作成プロジェクトチームの一員に加えられ、自分のテーマがいかに面白いものであるかを、先生にアピールできるか否か、で「楽しみ」方が違ってくるだろう。

結局のところ、「狂う」ことができるかどうかは、三番目の段階に到達できるかどうか、だと思う。つまり、ゼミに参加して、それまで見ず知らずの人だったゼミの参加者に対して、自分の表現が受け入れられるかどうか、さらにいえば、このプログラムの特色としては、「社会」ということを意識した論文を書けるかどうか、にかかっているので、ゼミの人、すなわち世間一般の人に読んでもらえる論文を書くほどに、他者を楽しませることができるか、それとも、他者を苦しませてしまうのか、ということが問われるのだと思われる。この三つ目の段階が、毎年みんなの論文を読んでいて、もっとも解らない部分なのである。どんな論文が最終的に他者を楽しませるのか、毎年違っていて、ちょっとスリリングな体験なのだ。これは、論文が成立してみないことに解らない。言葉で説明できない部分なのである。ゼミの人にアピールできることが、本を読んでできるかもしれないし、フィールドでの調査からできる人もいるし、よく解らないのだ。

ゼミでの討論や議論は、表面的にはわからないが、その意味では、かなりの効果をあげているのかもしれない。他の人の議論は、直接的には、自分の論文に関係ないことが取り上げられている。だから、人によっては、論文を書く上で、時間の浪費をしてしまっているように思う人がいるかもしれない。けれども、これは不思議な現象だが、他の人の論文の議論に参加した人ほど、より良い論文を書く、つまりは、より深く「狂う」のだ。だから最終的な結論を付けるとするならば、大学院では、正常な人を「狂わ」せて退院させるというのは、実際のところほんとうのことなのだ。

2013/04/14

コレクターとエディター

映画「舟を編む」を観ていて、「用例採取」カードというのに興味を持った。カードと言っても、原稿用紙の小さなタイプのものである。机の上にいつも束ねてあって、今までに無いような言葉を聞くとすぐに、採取して、その用例採取カードに記載されるのである。けれども、このようなカードは決して珍しくなく、わたしの世代ならば、梅棹忠夫氏が流行らせた「京大カード」があって、本を読んで、興味深い考えや言葉を書き付けておくのだった。

パソコンが流行ってからは、カードを持ち歩いている人は見なくなった。つまり、カードは最終的には、コンピュータに入力されるので、現在の学生ならば、最初からパソコンに打ち込んでしまうだろう。だから、昔カードにこった経験のある人ならば、現在なら大概は、パソコンにも堪能なはずだ。

違った見方をすれば、昔カードを使わなかった人は、現在もパソコンも使わないだろう。と思う。なぜカードとパソコンの関係が気になったのかといえば、辞書造りというのは、コレクターなのか、それともエディターなのか、ということが気になったからである。

それで、映画によると、コレクターを演じるときと、エディターを演じるときと両方があることになるらしい。最初に、カードで集めているときは、コレクターに徹しており、オペレーターに入力をすべてお願いしている。そして、整理がついたところで、エディターとなって、執筆者の依頼や語釈を行ったりするのだ。

映画からは、この辺の事情がよくわらなかったが、辞書を造るということは、海を渡るようなものだという表現を使っていた。つまり、羅針盤のように、海を渡るときの道具として、世間を渡るための辞書がある、という消費者側の立場を、取り入れたものだったと思われる。

けれども、この映画の中心は、辞書を造る側、編む側の物語なのだから、海を渡るための辞書と言うよりは、言葉を編んで、この題名のとおり、舟を造る物語を期待して、映画を見ていたものにとっては、ちょっとな、という感じだったのだ。主人公が海に溺れるシーンがあったが、辞書を造るときには、海に溺れるというイメージではちょっとずれがあったのだ。

むしろ、辞書を造るというのは、言葉自体を作り出すことで、言葉を新しくしなければならない。言葉自体を作り出さなければならない、というシーンを、いくつかは見られたものの、原作のようにもうちょっと中心に据えてもらいたかったような気がした。

2013/04/12

妻から伝染したこと

Img_7596 妻から伝染したことは、たくさんあるが、中でも気に入っている伝染病は、海辺を眺めることだ。五島列島での海辺眺望は、いまでも瞼に浮かんでくるほどだ。島の中まで食い込んでくる海が流れていき、色彩が時間によって変わっていく。それを眺めて、ぼうっとする。海が世界との関係を媒介していると思うこともあるくらいだ。

Img_7598 とりわけ、海を観ながら仕事をする、という贅沢な趣味に浸ったのは、門司港だった。跳ね橋が窓の下にあって、運河に流れ込む海を観ていた。風の強い日はグレイかかった風景が海を覆い、晴れた空の真下の日には、海も真っ青で仕事につかれた身体を散歩に誘うのだった。

Img_7605 けれども、日常のなかで、ちょっとうちを出て、仕事の帰りに寄るところがあるとなると、そのような都市はなかなかない。海岸の海辺に文化的な集積の進んでいるのは、神戸と、この横浜くらいだろう。海辺に出てぼうっとするところが常に準備されているところが、横浜の良いところだ。山国育ちのわたしにとって、海は想像力を運んでくる流動物なのだ。地方都市に出ると、もちろんホテルなどは海辺にたっていることはあるのだが、横浜では、それほどお金を掛けずに、海辺に展開する喫茶店を確保すれば、そのことが簡単に可能なのである。

Img_7613 大学の講義もスタートから二日目を迎え、ようやく身体が動いてきた。この感触は大事だ。それで、K大からの帰り道、根岸線に乗って、桜木町に出て、海岸通を目指すことにする。駅の広場を横切って、弁天橋をわたる頃には、大岡川の上から、海方向へ向かって、みなとみらい地区のビル群が見えてくる。この辺は、大規模開発地域なので、まだまだ街に馴染んでいない。あと百年もしたら、もうちょっとこのよそよそしさが消えてくれるのかもしれない。

海岸に沿ったビルには、赤煉瓦の昔からのビルが残されている。これらが今も使われていれば、この地域ももっと違う展開を示していただろう。都市計画が往々にして陥りがちな欠陥をさらけ出している。手を入れすぎてしまって、機能が単調であるのだ。したがって、人が集まらないことになってしまっている。

Img_7610 それで、ここから、もっと昔のビルがそのまま使われている地区へ入っていくことにする。典型的なのは、日本郵船ビルだ。現役としてビジネスに使われ続けてきた重みが残っていて、近代ビル以前の良い建物だと思う。

Img_7620 その隣に、戦後すぐに建てられたビルがあり、その奥が今日の目指す喫茶店というのか、スタジオというのか、本屋というのか、何れにしても多面的で面白い場所になっていることは確かだ。この倉庫を改造した、いくつもの働きを集積した場所は、魅力にあふれている。ほんとうに採算に合っているのか、心配なくらいだ。二階、三階もあって、きょうは、ライブも計画されているとのことだった。カフェ「BA」だったが、途中からパブにかわって、パブ「BA」となった。

Img_7624 ここの大テーブルを一人で独占して、午後の仕事を始めた。コーヒーは苦み系の味だ。海辺が見えるのだが、ドアを通してなので、直接観たいと思う客は、 外のテーブルに座って、仕事をしている。ゆらゆらと小波が動いて、このリズム感が仕事に良い影響を与えてくれる。

天井が高く、場所がゆったりしているので、遠目に座っている客たちの動静も気にならない。間を埋めている商品の本たちが、音を吸収してくれているようだ。使われていない倉庫がたくさんあって、これらを再利用できるというのも、横浜の魅力だと思われる。

Img_7630 二時間ほど、海辺の仕事をせっせとこなし、肩こりがしてきたところで、コーヒーをあきらめて、ビールに転換する。この店には、横浜の幕末に流行った、赤い三角のトレードマークが鮮やかな、バス・ペール・エールがおいてある。甘みのあるエールで、日本人好みだと思う。Img_7632 このころには、演劇を見に来たような、中年の女性客や、近くの芸大の大学生たちが集まってきて、客層の多様性を見せることになる。酔いが回ってくる頃、そろそろ今日は店じまいだ。海岸通、本町通、相生町を抜けて、伊勢佐木町から電車に乗った。

2013/04/11

社交の感性と嗜好の感性について

Img_7585_2 久しぶりに、日常的なことを記す気がする。それというのも、今日から新学期だからだ。講義が開始され、他の授業に先駆けて、W大の演習授業を行った。そして同時に、O先生と会って会話を楽しんだのだ。大学近くの「五郎八」でいつもの田楽、卵焼き、枝豆をつまみながら、話をした。

大切なのは、「社交」だ、と彼は珍しく語気を強くした。いつもはもの静かに低音で話す彼が、ぐぐっと感情を込めてきたから、思わず聴き惚れてしまったのだった。喫茶店の話を始めた時だった。そこでなぜ喫茶店に行くのかが問題となっていた。話はもちろん論理的に進んだわけでなく、O先生は蒲田の喫茶店巡りの話をしていたし、こちらは京都の喫茶店事情を話したりして、ジグザグに行ったり来たり、会話を楽しんだつもりだったのだが、あとで思い出すと、そういうことなのか、と思い当たったのだった。

Img_7587_2 わたしが喫茶店に入るのは、コーヒーが美味しいからで、それ以外のことは付加的なのだ、とちょっと挑戦的にいうと、それは「社交」ではなく「嗜好」ですね、と混ぜっ返されてしまった。彼が言うには、喫茶店ではコーヒーをめぐっては、「マスターと自分」の関係があるのだが、最近になって、もう一つの関係に目覚めたのだそうだ。それは、「客同士」の関係で、常連客たちの会話にわりと自然に入っていく術を身につけたのだというのである。つまり、言葉を媒介とした、喫茶店の楽しみ方があるのだそうだ。

これは、ひとつの「開眼」に値するのではないか、と大げさでなく、思われたのだ。彼のブログには、これらの事実が連日載っていて、じつはこれは何んなのか、と不思議に思っていたところだったのだ。それとなく感じてはいたけれど、それほどのことだとは当初は思わなかったのだ。

Photo_2 勿体ぶっている訳ではないのだが、何が開眼したのかと言えば、わたしの解釈では、社交の「感性」のようなものではないかと思われるのだ。言葉に記してしまうと感じが失われてしまいそうな気がするのだが、共感とか感情移入とか、その類いのものだと思われる。

彼が言うには、現代の日本には忘れられようとしていて、本当に話を聞いてもらいたいと思っている人びとがたくさんいるのだと、いうのだ。その場に出くわすと、向こうから聞いてください、と言っている顔が見えてくるのだとおっしゃる。

Img_7593_2 彼のブログに、最近登場したシリーズに、「大衆食堂」シリーズがある。街を歩くと、シャッター街となっていたりして、そのような中には必ず、大衆食堂がショーウインドウを出している。ガラス棚を覗くと、干涸びたプラスチックのラーメン、カレーライス、そばとうどんが並んでいて、ホコリをかぶっている。子供たちを連れた若い女性たちならば、絶対に入らないような食堂だ。昔であれば、大衆食堂の定番は、カツ丼で、これならば、どんな店でもはずれがないと言われていたものだ。このような食堂には、たいがいカツ丼をはじめとする定食類が並んでいて、店のみすぼらしさとは異なって、じつはいずれの定食もかなり美味しいのだ。

問題は、なぜ彼が「大衆食堂」を連日のようにブログで取り上げるのか、という点である。これが「社交」なのだということだ。このような大衆食堂は、今現在はまだ、数多く営業しているのだが、ここ数年でおそらくほとんどの店がなくなる運命にあるのだということだ。原因は後継者不足と需要不足、そして牛丼屋、廉価の定食屋の繁盛なのだそうだ。それで疎外されていて、これらの店にいくと、「話を聞いてもらいたいと思っている場所」がそこにあり、そのような人がいるのだとのことだ。

この開眼ぶりは素晴らしいと思った。このような場所のあることが、社会学者的な論理性でわかるのではなく、直感的にわかるのだ、というのだ。このような感性を探り当てたことは、記念すべきことだと思われる。60歳近くになって、新たな感性を獲得することができること自体希有なことなのだと思う。


じつは今日は彼の誕生日であったと告げられていた。にもかかわらず、話にすっかり夢中になってしまって、店を出るころにはすっかり忘れてしまっていて、たいへん悪いことをした。改めて、今日の誕生日と新たな感性の獲得に、おめでとうと言いたい。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。