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2013年2月に作成された投稿

2013/02/24

単純化せずに、複雑なものをそのまま理解する

0224_2朝6時、チャイムが村全体に大音量で鳴り、目が覚める。一斉に世界が動き出すかのごとくだ。障子を通して、雪の影が動いて、さくさくと降っていることがわかる。昨日の風景が白い綿をかぶせたように変わっている。

0224_3夜中の2時まで若手の先生方の部屋で飲んでいた。最初は、清酒があったのだが、次第に強い酒しか残らなくなって、その結果十分な酔いがはいってしまったらしい。0224_4体に残っているアルコールを吸い出してくれるのではないかと、宿の1階にある温泉へ行く。すでに、こんな朝早くから4人の先生方が湯浴みをしていた。まだつんつんした、熟れない新鮮な湯につかると、夜のうちに眠っていた神経にびんびんと響いてくる。手先と足先が頭の中のように、目覚めてくるのだった。

0224_514人の先生方と一緒に、小型バスを借り切って、川場村の社会経営について、見て回ることになった。0224_6事業所の「酒蔵」、観光資源の「吉祥寺」、公社経営の「道の駅レストラン」、さらに小学校を改造した「郷土資料館」に至るまで、K先生のネットワークに乗り、きょうはお任せメニュで盛りだくさんの場所を回る予定だ。

0224_7最初に訪れたのは、「造り酒屋」なのだが、単純に酒を造っているだけではない。見学者を大型バスで受け入れて、同時に即売所として、営業に貢献している施設だ。Hという銘柄で、最初から試飲の場所へ連れて行かれる。0224_8大吟醸Y、生原酒R、にごり酒Yなどが提供された。ここでは多角化をはかっており、さらに酒を使った化粧品まで、試供されることになった。物づくりと販売組織の連携が素晴らしいところだった。

0224_9その後、レストランで食事をし、関東の「道の駅」一番の集客を記録するというところを見学する。現地で無ければ手に入れることが出来ない食材や、農家の特色を強調した品揃えに工夫があった。0224_10川場村は、人口3000人くらいだと聞くが、なぜここでこれほどの商業意識が特別に発達したのか、たいへん興味を持った。外面的にわかることは、ここが豊かであることが一目瞭然であることだ。なぜ豊かなのかといえば、やはり江戸期に蚕の産地であったことが0224_11大きいだろうな、と思った。さらに、山奥の禅寺である吉祥寺の山門から始まって、スケールの大きな遺跡があって、失礼、現役の禅寺があり、0224_12さらに、小学校を保存しつつ、資料館に作り変えているものを見学するあたりになってくると、雪の中にそれらが霞んできて、山の中の夢幻郷のように、思えてくるのだった。

単純化せずに、複雑なものをそのまま理解するということが可能なのかを、今回の旅行中、考えていた。0224_16印象に残っているエピソードは、水路の話だ。建築および都市計画のH先生が、バスの隣合わせの席になり、挨拶代わりにちょっとした謎掛けをしてきた。

昨日訪れた「たくみの里」は三国街道沿いに発達しているのだが、その道には側溝が掘られていて、清廉な水の流れがある。0223_13これらは、H先生の話だと、どうやら近年になって整備されたらしい。江戸期にはその幅の広い街道には、側溝ではなく、じつは道の真ん中に水路が通っていたんです、とおっしゃる。さて、なぜでしょう。わかりますか。

0223_14もちろん、大名行列が行き交うときに、その相互の列が触れないためのバファーである、などの解釈もあるそうだが、H先生は工学部系特有のヒントをいくつか出してくださった。じつは昨日、例のジェーン・ジェイコブスを読んでいて、欧米の都市では、19世紀まで主たる輸送手段は馬車であり、馬の自然摂理物の処理に都市は苦労していたという話を知っていた。それで、類推が直ちにできたのだ。

0223_15都市によっては、水路は単に上水道・下水道だけではなく、気温制御の仕組みであったり、都市の環境そのものであったりする、という話をされていて、かなり複雑な水利用が行われていたことを知る。それで、雨水処理の側溝しか知らないという、自らの認識を塗り替える必要のあることを認識させられたのだった。

0224_17つまりは、時代の要請する水路ということがあって、普遍的な一次利用だけでなく、二次利用など複合的な活用が、歴史上存在することを知ることになった。0224_18帰りは、後閑駅から普通電車で高崎へ出て、そこから湘南ライナー一本で、横浜へ直行した。2階建て電車で、快適な汽車の旅となった。

2013/02/23

群馬の湯宿温泉で合宿

022310時52分東京駅発のたにがわ407号に乗る。昨年に引き続き、今年も湯宿温泉で先生方の合宿がある。雪が降るとの予想もあったが、上毛高原駅に着くと、形跡はあるものの、雪は舞っている程度だ。

0223_2少し時間があったので、駅の観光協会で地図を仕入れる。親切にもバスの案内もしてくださった。それによると、昨年に印象に残っている「たくみの里」へ、このバスが直接乗り入れることがわかった。昼食がまだだったので、食事を取るつもりで里に降りることにする。合宿の集合時間まで、2時間あり余裕シャクシャクの散歩となった。

0223_3看板によると、谷川にある湯宿温泉が発達する前の、江戸時代に尾根伝えに、三国街道が発達しており、須川宿として発達したと書かれていた。ここの庄屋が、同僚のK先生の親戚であることになるのだ。

0223_4以前見落としていたのか、それとも、この一年で増えたのか、目に付く店の多いことに気づく。鉄の店や、和紙の店や、と続いている。それに、昨年は気づかなかったが、美術ギャラリーと喫茶店があり、その奥には、小さなギリシア正教の教会もあるのだった。

0223_5ひとつひとつ歩いて、それぞれ冷やかしながらも、欲しいものがあり、物色して歩いて、楽しんだ。特に、和紙はその昔、家の近くに和紙を漉く工房があったことも思い出されて、大判の和紙が素敵だった。0223_6お土産用の小さな雑貨的な紙も良いが、業務用の紙がロールされて並んでいたほうに目が移った。来年、もし来ることがあれば、本のカバー用に購入したいな。

0223_7隣の革工芸の店で、いかにも職人風という風采の人がいて、めがねをずらせて質問に答えてくださった。ブックカバーでとても色合いの良いものがあった。0223_8値段が他のものに比べて高かったので、やはり時間がかかるのかと思ったのだが、そうではなかった。時間は、手縫いなのだが、1時間ほどで出来てしまうのだが、素材の大きさが値段に響くのだということだった。これだけの色が多彩で、それぞれの革をストックしておくことは、やはり相当なコストがかかるのだな、と想像した次第である。

0223_9仕事場が販売場所に隣接して造られているのだが、店全体と仕事場と両方をひとりで取り仕切らなければならないのは、普通の職人にはできないことだろう。販売をそつなくこなし、さらにこれだけの作品を生産しなければならないのだ。これだけのコミュニケーションを取ることができるのは、職人以外に、どこかでそれなりの仕事に就いていたのだと思われる。職人さんも多機能を要求される時代になってきたのだと思われる。

0224わたしのキイホールダーが痛んできたので、このぷくっとした革細工のものに変えることにした。革製品にもかかわらず、この膨らみと手縫いが暖かさを与えている。それから、これもまた来年の楽しみに残しておくつもりだが、上からつり下がっていた小さなショルダーがとても良い。カメラと録音機をちょっと入れて、取材に出かけるといったものだと思う。来年まで残っていることを願っている。

0223_10宿に着くと、すでに先生方は準備万端で、ずらっと集まっていた。臨時コース会議が始まった。時間に余裕があると、ひとつひとつ議論が出来て、たいへん良いのだ。0223_11議論をしながら、夕方となって、食事をしながら、A先生の送別会を兼ねての食事会へと入っていった。料理は、昨年と趣向を変えていて、キノコと鯉濃が印象に残った。0223_12

2013/02/20

女性兵士の伝えるイメージ

現代の「兵士のイメージ」が変わってきている。以前に、湾岸戦争があったときに、女性兵士は人を殺せるか、あるいは殺す任務に着かせるべきか、という論争が、ニューズウィークだったか、あまり定かでないが一度載っていて、男女均等雇用もここまできている、広まってきていると感じたことがある。じつは、この論争の決着が着かないまま、現実は雇用だけでなくもっと遥かに進んでいることがわかる。

映画「ゼロ ダーク サーティ」を観る。Bin Ladenがパキスタン北部の村で、夜中の0時30分に米国特殊部隊に襲われて落命するドキュメンタリー手法の映画だ。ここには、現代の女性が戦場において、どのような状況にあるのかを映している。監督は「ハートロッカー」でオスカーを取った女性監督キャスリン・ビグローで、前作同様に、戦場の描写には現実感があった。主役はCIAの女性情報分析官だ。この冷血として描かれた女性を通して、現代的な戦場を克明に写していて、映画としての現実感はあふれるばかりだ。現代の米国を映した映画がオスカーを手に入れると言われているが、この映画の現実感は拷問などの道徳的な善悪判断も含んでいて、絶大なものがある。

女性が人を殺す職業に着くのか、拷問を行う部署に配属されるのか、という限界的な女性職業の在り方が現実に問われている。そのくらいに、女性の、それを通じて、翻っては男性の職業の範囲が広がっており、そこで生まれる状況は、女性だけでなく、すべての人間に突きつけられていることになっているのだと考えられる。つまり、この映画によってわかるのは、情報ということを通して、わたしたちが日常的に戦場にあることを隠喩として語っている。日常におけるすべての人間の限界状況を映し出していると解釈できる。

米国の衛星映像の鮮明なことは、思っていた以上にショックだ。家屋から出て遊ぶ子供や、男女の性別、年齢まで動作からわかってしまうと描かれている。北朝鮮のミサイル発射の衛星映像でわかってはいたが、これほど克明に、ひとつの建物の状態が映し出され、標的としてみんなに観られているのだ。世界中の誰でもが、このような鮮明映像の対象となりうる可能性があるのだ。インターネットで情報が国を超えて、戦場となっていることを頭ではわかっていても、実際の映像を観て、その情報の信憑性を確かめるまではなかなかこのような状況はわからないところだが、それが頭のなかにイメージとして叩き込まれる感がある。

さらに、グローバリゼーションの経済面と並んで、政治的・軍事的側面が見事に描かれている。9.11でやすやすとテロが国境を超えたのと同様にして、帝国の軍隊も、国境をやすやすと超えて、軍事作戦を遂行することができるのだ。さらに、国境を超えれば、問題となったような戦犯の拷問が可能になってしまうことも、現実に起こっていることで、その是非にかかわらず、この映画は現実的に描いている。たぶん、テロ側から観れば、到底許すことのできない場面もあるし、またテロを仕掛けられた側から観ても、まったく容認できないことが描かれている映画だ。でも、これが現在状況の一部を詳細に報告していることは間違いない。わたしたちは、依然として、戦争状態を生きている。

2013/02/15

「スターバック」が広げてしまったこと

0214Starbuckとは何か。スターバックスならば、コーヒーを通じて知っているのだが、何か関係があるのだろうか。何やら、地球規模に普遍的な愛を振りまいている、という点では、似ているところがあるものの、本当のところ、Starbuckとは何かということは、残念ながらわからなかった。Starbuckとはその手の種牛の名前だというのは、おそらく表面的な答えとしてはわかるが、しかしそれだけじゃないだろう。

意味が最後までわからないとしても、けれども、世の中には最後までわからない問題が存在するということは、わかるのだ。

現代版カサノヴァじゃないか、 とちょっと言ってみたい気がする。映画「人生、ブラボー(原題はスターバック)」を観る。学生時代に精子を提供して、結果として533人の子供を作り、142人から身元を明かせと、裁判を起こされた男の物語だ。それにしても、古い時代から、今日まで、ほんとうに起こりうる問題だ。

すべての男性がこれだけ精を出したら、今日の少子化問題は生じなかっただろう。だから、この映画は完全に現代社会批判なのだ。でも、なぜ現代社会では、そうはならないのだろうか。そちらの方が不思議なくらいだ。もっとも、頻繁にこのことが起こるならば、自分のそばに、自分に似た人びとが急にあふれることになるだろうし、構造主義的な人間構造がこわれてしまうことになるだろう。

昔読んだ移民の本の中で、次のようなことが書かれていた。移民として労働力商品を呼んだら、来たのは商品ではなく、人間だった。このようなことは、この映画の場合にも言える。スターバックでもあり得ることだ。精子を提供しただけなのに、できた子どもたちからは、父親として名乗り出て欲しいと言われてしまうのだ。

2013/02/10

「東ベルリンの女」のイメージ

0210東ドイツ的ということに、何をみるかには、極めて個人的な部類に属するかもしれない。増してや、わたしのように、東ドイツに行ったことが一回しかないものにとっては、偏向した感想を持っていることは間違いないものの、どのような人でも、このような偏見を避けることができないのであれば、仕方ないのかもしれない。

その昔、東ドイツを旅行していて、教会のある街の広場に出た。写真をとってもらいたいと思い、近くの若い人にお願いしたら、首をすくめてアッサリと断られてしまった。仕事が忙しいのだと言っていた。そうなのか、と思った。迷惑だとか、観光客だから嫌だというわけではなく、要するに、撮りたくないということが良くわかった。

映画「東ベルリンの女(原題はBarbara)」を観た。この主人公バルバラにとっては、理由があって、人から離れ、孤立している。素っ気ない感じが、旅行での経験と似ていたので、思わず微笑んでしまった。広場の人の素っ気なさにも、おそらく理由があったのだと思われる。

この映画へは前から行きたいと思っていた。それで、チネチッタでも一日一回の上映になっていて、来週には終了してしまうらしい。映画のロードショーサイクルが早くなっていて、すぐ観ないと、逃してしまうことになる。夕べになって、珍しく妻が行きたいと言い出したので、予約をして、朝早く出て来たのだった。

妻はいつものように記憶を辿って、田舎道を自転車で走る、生意気で素っ気ない演技のジャンヌ・モローを想いだし、それをしゃべってくるのだった。レトロな東ドイツ的なイメージとポスターの十字架が交錯して、映画への期待が高まるのだった。

2013/02/03

年度末恒例のエール

0202_2半年に一度、恒例の採点の日がきた。あらかじめ、神奈川学習センターに部屋を取ってもらっておいた。今日一日、答案と格闘するのだ。採点は単調で面白くない、と一般には思われているのだが、それはテストの出し方によっている。

0202_3いろいろのことが記述されている答案を集めることの利点は、単に効率的なことが理由だからではなく、並べて比較して見ることも重要なのだ。むしろ集めることで多様な答案が集積され、その中からひょっと面白い発想のものが生れる、と考えたい。もっとも、理想的にはそのとおりだが、そのとおりすべてうまく行くわけでもない。それでも、経験に基づいたような、キラリと光る答案もそこそこあって、十分に内容を楽しむことができるのだ。真剣に答えてくださっている方の中にも、かなり余裕のある方がいる。

0202_4今日も学習センターへ入っていくと、すでに学生たちが多勢いて、教室からドッと出て、階段を降りてきた。どうやら、試験が終了してすぐの、面接授業へ学生がギッシリと集まってきているらしい。事務室のカウンターも、相談の学生がいっぱいで、事務の方々も忙しそうで、話している暇はなかった。講義室も満杯のようだった。

0202「おー」と廊下で、前学習センター所長のW先生に声を掛けられた。面接授業の講師としてお出でとのことだった。大学を辞めても、なかなか足を抜けないのが、大学というところの面白いところだ。

二階の相談室を借りたのだが、このセンターの相談室は懐かしい場所なのだ。もちろん、多くの学生と面談したことでも記憶に残っているのだが、このセンターの所属だったころ、よくこの部屋の大画面のテレビから、当時はテレビ電話を通じて、日本の各地と結んで、ゼミを行っていたものだ、という記憶が蘇ってきた。0202_2その時使ったソニーのテレビ電話用のカメラがまだ、骨董品のように残されていた。

いつものように、F先生に助っ人をお願いしてあった。二人で採点していると、つい論文のことなどの雑談に身が入ってしまいがちなのだが、やはり数時間答案にかかっていると、適度に気を紛らわせるほうが、最終的な速さのためにもなるようである。0202_3数時間の辛抱と、その間の2時間ほどの休憩で、センターが閉まる前までに、今年の採点も無事終了した。

これも恒例となった、馬車道のパブへ繰り出した。店に着くと、カウンターには客が溢れて、立ち飲み客が三グループばかり待っていた。勝手知ったる何とかやらで、二階へ上がって、ダーツのおいてある隅っこへ陣取ることにする。この店のほぼ8割の客は、外国人で、パーティーを開き始めると、なかなか退散しない。この次からは予約が必要かもしれない。

0202_4さっそく、エールを注文する。最初はやっぱり、「アングリーボーイ」を飲むことにする。最初は立って飲んでいたのだが、やはり老人に対しては親切な人が必ずいて、空いている椅子を分けてくださった。その頃までには、疲れに酔いが追いついて、しゃべっていることを忘れるほど、気分が良くなってくるのだ。食べるものもなかなか届かないのだが、ここのエールがあれば、当分何もいらない。夜はしんしんと更けて行く。エールはトクトクと飲み干されて行くのだった。

2013/02/01

「キーボード」と「醤油瓶」

0202「キーボード」と「しょうゆ」という取り合わせが面白かったので、へえーと思っていたら、へえーどころではなかったらしい。妻が言うのだ。キーボードが醤油瓶を倒したのだ、と。

これ以降、時間の無駄遣いになるので、御用とお急ぎでない方のみ、付き合っていただければと思う。なぜキーボードとしょうゆとの組み合わせが面白いのかと言えば、ちょっとシュールだな、と思った次第だ。「手術台の上のミシンと蝙蝠傘」ほどではないにしても、これらが隣り合わせでおかれている場面が想像できないからだ。

もともとキーボードは、わたしの部屋の仕事机の上におかれていて、それは二階にあったのだ。そして、醤油瓶は当然台所にあり、両者が出会う場所は我が家には、本来なかったのだ。それでは、なぜキーボードが醤油瓶を倒したのかといえば、たまたま隣り合わせになって、夜中に何らかの力が加わって、ずれたのだ。世の中で、ズレほど恐ろしいものはないのだ。

その昔であれば、パソコンなどは使わなかったので、緊急時にテーブルを使ったとしても、本と原稿用紙と鉛筆があればよかった、ところが、いざ忙しくなってくると、ついつい食卓にまで、パソコンを持ち込んで、居間は急拵えの仕事場と化してしまうのだ。それも、この一年は常駐化している。ノートパソコンであれば、キーボードはいらないはずなのだが、やはり老人には、大きなキーボードが必要になってきているのだ。

話をして見れば、本人にとっては合理的な理由のように思える。けれども、少し謙虚になって、家族の意見を聞いてみると、キーボードに醤油瓶はちょっと許せないらしい。老人性の病気にはなかなか数えてくれない状態が続いている。これじゃ、落ちがないじゃないか、と言われる向きがあるだろう。キーボードが醤油瓶を倒すと、それも夜のうちに倒されると、テーブルの上と下がどのような状態になっていたのか、想像することをほんとうのところオススメしたくはないのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。