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2013/01/11

讃岐の粘り強く、弾力ある「うどん」

0111昨日お世話になったK先生からメールがあり、讃岐うどんの店の推薦をいただいた。早速早起きして、出かけた。なぜ早起きしなければならないかは、店に着いてから明らかになるのだ。

ホテルから徒歩圏内にある、「うどんバカ一代」を目指す。名前からして、クレージーキャッツの世界だ。0110_21途中のアーケード街がずっと高松駅まで通じているらしい。あとで、通ることにしよう。小径を右に曲がると、Sという高松市の名画座のまえへ出た。「希望の国」や「危険なメソッド」などがかかっていた。それから、少しいったところには、パン屋や喫茶店があって、時間があれば、入ってみたいと思った。

0111_3琴電の瓦町駅がビルになっていて、それを超えると、住宅街へ入っていく。所々に、美味しそうな喫茶店が配置されていて、うどんかコーヒーか、という二大勢力がしのぎを削っているのだ。

街中至る所に、椰子の木が見られる。昨日、Y先生から教えていただいたところによると、高松市が鹿児島市と提携していて、記念に植えられているとのことだ。0111_4四国の国々が、なぜ関西圏、さらには関東圏と結ばないのかについては、理由があると思われる。基本は、互いに異質であることを意識することであるが、あまりに異質すぎることも、提携の理由にならないのだ。適度に違っていて、なおかつ同質性も持っていることが必要だ。

0111_5「うどんバカ一代」は交通量がほどよくある車道に面したところにあった。客がひっきりなしに入っていくし、出て行く。朝の8時、出勤前である。つまり、出勤途中に、ここに寄って腹ごしらえして、会社へ出るのだ。ネクタイ姿もいるし、通学途中の大学生もいる。女性もひとりで食べに来る人もいる。すべての階層から支持されているのが、讃岐のうどん屋さんなのだ。

0111_6この店も、セルフだ。大学生であれば、学食のシステムを思い浮かべれば良いと思う。お盆をもって、うどんの種類、たいがい「ぶっかけ」なのだが、そして量を1玉、2玉と頼んで、天ぷらやいなり寿司などを皿にとり、最後に精算して、席に着く。まごまごしていると、すぐ後ろがつかえてしまう。よそ者であることがすぐばれる。0111_7この店のうしろに、製麺所が隣接していて、よく練られている。弾力有る粘りのうどんだ。特色があるのは、ぶっかけにレモンと大根おろしがついていて、お腹に凭れることがない。歯ごたえよく、そして、すっと入っていった。朝食に欠かせなくなるのも頷けるところだ。

0111_8色の具合、つるつるとした食感、匂いなど、味わいで評価すべきことがいくつか有るようだが、とりあえず、高松に来て二日目のわたしとしては、この粘りのある弾力感を楽しんだ。噛んだときの反発の強さには、独特のものがある。

とくに重要なのが、「新鮮さ」ということらしい。この特色を味わうためには、朝一番に店に出向く必要があるし、地元に置いてしか味わえないことも理解できるはずだ。送付のために冷凍されたり、乾麺にされたりするうどんは、もう金輪際、讃岐うどんではないことになることを納得した。この食感は、ローカルなものなのである。0111_9東京で食べる讃岐うどんは、名前だけのものでしかないのだ。このことは、セルフの店に入ってみるまでは、わからなかった。食習慣に埋め込まれたものとしての、讃岐うどんである、と言いたい。さらに、これだけの味が出せるまでには、この地域に、労働や技能や原料についての、それ相当の産業集積が必要であったと思われる。

0111_10朝食は十分に食べたのだが、今日の午前中の仕事が残っているので、京都へ向かう前に済ませておきたいと思った。もういちど、コルシカに行きたかったが、もう一軒街中で老舗の自家焙煎の店「M」へ寄って、仕事を終えた。ブレンドを頼んだが、苦み系中心の味だった。

0111_11さて、昼食はといえば、讃岐うどんだ。K先生ご推奨の「U」に入り、こんどは釜揚げうどんを食べる。女性客がどんどん入ってくる。サラリーマンも昼食にどんどん入ってくる。うどんの本場の盛況さを肌で感ずる思いだった。この食感は、当分わたしの口のなかに刻印されることだろう。

0111_12ところで、高松市で現在目立つのは、近代的なアーケードだ。これは明らかに都市計画の「失敗」を表しているように見えたのは、わたしだけだろうか。なぜならば、地元の人びとが愛しているような、ほんとうの讃岐うどんの店は、一軒もこのような近代施設のアーケードには入っていないからである。0111_13入っているのは、東京や関西資本の、どこにでも有るようなチェーン店なのだ。地元の店は、アーケードから外れた裏道に行くと出会える、という面白い現象が見られた。生産性の高い店しか、アーケードには入れない。セルフのうどん屋のような、低生産性の店は裏道に発達するのだ。0111_14ソーシャル・キャピタルということがあるとすれば、うどん屋の方にこそ存在するのではないか、高松の人びとがどちらを愛するのかを注目してみたいと思ったのだった。

0111_15高松の最後は、香川ミュージアムから連絡船フェリーの高松港を観ながら散歩して、駅へ出る。ここでは、外海へ出るような、遠くへ行ってしまうような寂しさは微塵も感じられない。島々へわたる客が、バスを待つかのように、港のベンチへ座っていて、海に接した生活の大らかさを感じた。

0111_16京都へは、瀬戸大橋コースを辿った。岡山へ出て、姫路、神戸を通って、三宮から四条河原町へ出た。全部でゆったり乗っても、半日もかからない距離だった。学生時代から大学院時代にかけてアルバイトをしていた経済研究所でも、本四橋プロジェクトは国家的な計画で、研究所への調査依頼の多い工事だった。0111_17残念ながら、そちらのほうへは関わらなかったけれども、興味のあるプロジェクトだった。当時から、たぶん採算に合わないことは知られていた。元を取るには数百年かかるとのことだったと思う。むしろ、経済の外部効果に期待されていたと思われる。

0111_18スコットランドを旅したときに、鉄橋の象徴であるフォース橋のたもとから見上げて、19世紀の英国の偉大さを思った。偉大だというのは、冒険であることをいとわずに、この工事を進めたことであり、そのために、崩壊事故などが後々起こるのだが、それらを何とか乗り越えた強さが観られたことだ。

0111_19瀬戸大橋で予想外だったのは、橋がこんなに高いところを通っているとは思わなかったことだ。もっと海が見える、水面すれすれとまではいかなくても、足を伸ばせば、届くくらいのイメージが有ったのだが、10階建てのビルの上から海を見ているようだった。0111_20しかも、鉄橋の柱が邪魔をして、なかなか景色に集中できなかったことも、予想外だった。これらのことを考えると、もしかしたら、フェリーへの観光需要がもうすこし復活する可能性もあるな、と思った次第である。

0111_21夕食は、ホテルの近くにあるレストラン「P」でとった。シンプルな直線的で仕切った壁や窓、さらに玄関が特徴有る建物だ。入り口を入って、すぐ右の部屋が読書室になっていて、内部の空間が興味深い構成を見せている。0111_22もう夜が迫っていたので、そとの景色が見えなかったのが残念だったが、おそらく外に広く開かれた建物であるようだった。0111_23


一日移動して疲れたので、牛肉とパンで食事を済ませた。今日最後のコーヒーも、苦み系だった。0111_24

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。