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2013年1月に作成された投稿

2013/01/26

何もしないでいる強制された時間のあとには、葡萄酒で妄想を注ぎ込もう

店主と目があってしまった。それで、挨拶ぐらいはしなければならないと思い、店にはいると、「勝沼」の何か入っていますか、といつものパターンが始まった。これは、どうの、あれは、こうの、と二人で話しているうちに、この前は、Dをもらって行きました。それじゃ、今日はFはどうですか。この樽ものがいいですよ。

というので、いろいろ吟味した結果、写真の葡萄酒になった。昔から、買い物はコミュニケーションだ、と言いつつ、スーパーマーケットでの買い物が多くなってしまった。けれども、この弘明寺商店街でかつては買い物をしたものだ。店主と目があって、などという典型的な状況はそう多くはないものの、やはり客として覚えていてくれると、買い物をしたくなるものだ。

この意味において、小さな(失礼!)商店を経営するには、目を合わせるような工夫が必要なのだ。ここの店主K氏は、ワインについての知識が豊富で、放送大学でも講義をお願いしたくらいだ。それで、この近辺には珍しく、勝沼のワインをおいている。もちろん、品揃えだから同じ商品を棚に並べてはいるものの、毎年少しずつ種類を変えていて、勝沼のワインの醸造所もここ数年で、いろいろ変わってきている。

目を合わせる工夫の一つだと思われるが、今日はこれが有ります。と言えるようなものを揃えていなければならない、という厳しさがある。わたしの好みは、勿論のこと、ある程度知っているのだが、まただいたいの懐具合も何回かの買い物で、わかっている。ここが、本当のところ、買い物の難しいところだ。

これはどうですか、とまずは高めの樽を勧める。これは美味しいでしょうが、と軽くいなしておいて、これはどんな味ですかとお目当ての周辺のものを聞いて行く。冬になったから、あまりスッキリするものよりは、多少濃くのある方が良いだろう。最初に、樽を勧めるところが何とも憎い。という感じで、次第にシュールリーでは、ちょっとね。と言って、最後にこちらの樽はどうですか、いくらですか。と言って、決まってくるのだ。

試験監督が一日中あって、明日も引き続き、試験監督だ。店主が言う。何もしないでいるのは、苦痛でしょ。ほんとうに。頭の中に、かなりのものを詰め込まなければ、この時間をもたせるのが容易ではないのだ。だから、終わったあとに、葡萄酒で荒唐無稽の夢を注ぎ込んでも、誰も文句を言わないだろう。

2013/01/15

京都の生活を終えて、雪の残っている東京へ

0115朝、まだ雨が残っている。けれども、さわやかな空気が街に漂っていて、晴れになりそうな予感を抱かせる。朝に校正する原稿があって、それを終えて返事を書いていたら、どうやらそのまま何も直さない方が良い原稿だという結論に達した。

0115_2なぜよいと思えたのか、と考えてみると、たとえ自分の考えの中であっても、文脈上自分ではない部分が存在していた方がよいということがあるのだ、と思えたからだ。実際のところ、たまには、自分の文章とは何か、改めて考えてみるのもよいかもしれない。書いている部分のどこまでが、本当の自分のものなのかはわからない。今回の原稿のように、これまでの考え方をまとめたような原稿であればあるほど、このような不分明なことが出てきて当然だと思えたのだった。

0115_3午前中に、さらにもう一つ仕事があった。昼に、京都を立って、東京に戻らなければならないのだが、それは放送授業の「キャリアを考える」の打ち合わせがあるからだ。それで、ここでは数年来、W大学で考えてきたことを書こうと思ってはいるのだが、それだけでは物足りないので、少し新しいことも付け加えたいと思っていた。それで、午前中にこれまでのことを、じっくりと思い出す作業を行っていたのだ。結局、それほど進歩はないことはわかっているのだが、それでも興味深い作業が集中的にできたのは、やはり京都にきたからだろうと、転地に感謝したい気分だ。

0115_4それにしても、これほど気持ちのよい宿泊はない。これで、このホテルがなくなってしまうのだが、たいへん惜しい。ホテルがなくなることが、地元に一つの波紋をもたらしているのだが、それに対しても、無関心であるわけにはいかないだろう。一つの地域が、今後どのような発展をしていくのかは、やはり地元に住む人々が決定権を持つのだと思われる。

京都最後のコーヒーは、宿泊していたホテルから歩いて数分のところにある、自家焙煎の喫茶店「W」である。ちょうど京都大学とホテルの中間に位置していて、また叡山鉄道の元田中駅前にあるので、最後に寄るには都合のよいところだ。

0115_5シンプルな看板と品書きが、階段のしたに出されている。倉庫風のビルの二階にあって、たいへんゆったりとした玄関を持っている。また、ガラスの扉と窓が太陽をたくさん取り入れていて、開放感あふれる店内だ。エスプレッソを中心として、幅広くかつ特徴ある豆を揃えている。モカのエスプレッソを頼んだ。今はやりのフラット・ホワイトで出てきた。大学への土産も、京都銘菓などはやめにして、ここの豆を持って行くことにする。それで、ニカラグアの甘く香り高い豆を選んだ。

0115_6さて、たくさんの仕事を済ませ、ほぼ一年間の総決算の半分を行って、めでたく京都出張を終えることになった。駅前だったのでそのまま叡山鉄道で、出町柳へ出て、京阪電車の東福寺でJR奈良線へ乗り換える。0115_7反対側の電車へ乗りたいと思う欲望を抑えて、早々に仕事を目指して、新幹線のぞみへ飛び乗った。東京には、まだ昨日の大雪が残っていた。足を滑らせながら、文京の学習センターへ入った。

2013/01/14

白川沿いを散歩して、図書館へ向かった

0114京都に来て、いつも不思議に思うのは、町の構成が意外に複雑であることだ。碁盤の目のように、街路が通っているので、つい見過ごしてしまうのだが、斜めに突っ切る川や、森が配置されていて、散歩をしていると、つねに新しい小径が発見され、楽しみがある。0114_2ジェイコブズが言うようなNYの「秩序だった複雑さ」とは似ている部分もあるが、またちょっと違った複雑さもある。

今日は、友人と会う約束をしていたのだが、体調を悪くしてしまったと昨日のゼミの最中に、連絡が入った。彼の書いた本を送ってもらったり、雑誌連載を読ませてもらったりしていて、話すことがたくさんあったのだが、0114_3またの機会にしよう。

ちょうどこの滞在しているホテルが、1月末に閉じることになって、これまで1週間、2週間と長い逗留ができ、徒歩で京都大学へ行くことができるので、たいへん便利に利用していたのだが、残念だ。0114_4跡地が遊戯場になるらしくて、近隣の団地・マンションには、建設反対の旗がたくさん立っていた。

0114_5このホテルから東にちょっと行くと、叡山鉄道が通っており、さらに踏切を超えて行くと、白川の流れに行き当たる。街中の小川の代表だと言ってよい、さらさらとした流れだ。そして、川に沿って、散歩道が整備されていて、それを辿っていくと、京大へ入っていくというたいへん恵まれた道なのだ。

0114_6感覚からすると、賀茂川や高野川が北から南へ流れているので、北が高く、南に向かって、平野が広がっていると考えがちである。先ほど言ったように、ここが曲者で、白川は銀閣寺辺りから高野川へ注ぐまでは、南から北へ向かって流れているのである。

白川に入ってまもなく、左手に「駒井家住宅」の生け垣が見えてくる。0114_7近江八幡のヴォーリス設計になる質素な洋館だ。白川に向かって、玄関が開かれており、裏の庭に面して、テラスを大きく取っている家だ。二階には、窓が大きく取った部屋がある。二階の書斎だろうか。全体として、白川の空間を意識して、この環境に合わせて立てられた雰囲気がある建物だ。隣近所にも古く大きな家がいくつも残されていて、街の静かな一角を現出させている。駒井先生は、ここから白川を辿って、京大へ通っていたのだ。

0114_8散歩道には、ところどころにベンチが用意されていた。ちょっと欠けていたり、座り心地が悪そうだったりしていた。残念ながら、雨が降っていたので、じっさいには座ることが出来なかった。緑色のペンキが印象的で、これに触発されて、ここを歩いているうちに、どのような発想が生れたのかを考えるだけで、満たされた気分になってくる。0114_9しばらく歩くと、左手の通りの奥に、人文研のとがった屋根がちらっと見える。ここも工事中で、残念ながら中に入ることは出来なかった。でも、相変わらず、字の読める利口な犬が徘徊しているらしい。さらに、この住宅地を抜けると、白川通りがあり、つい寄ってみたくなるような、洒落た本屋や、気楽な喫茶店が点在している。

0114_10今日は図書館が目当てなので、「S」でクロワッサンとコーヒーで、軽く昼食を済ませ、早々に図書館へ沈潜する。今日のテーマの検索を済ませ、両手一杯の20冊ほどを抱えて、テーブルへ着く。0114_11持っていった付箋が無くなったので、ふと目を上げると、すでに7時間ほどが経っていた。書架から持ってきたすべての本に目を通す頃には、自分の目の状態を確かめなければならない状態になっていた。それで読みながら、折角京都まで来ていたので、ゼミに出られない関西在住の何人かの研究指導中の学生を呼び出していたのだが、0114_12やはり最終的に連絡が取れなかった。

出町柳へ出て、美味しいコーヒーを飲みたいと、有名な「K」という自家焙煎の店を探したのだが、どうやら店が移転したらしい。0114_13痕跡はあったのだが、店はなかった。それで、すこし離れたところに、ピザの美味しそうな店「D」があったので、今日の夕飯は、ここに決める。超薄いピザが出てきた。白ワインと調和して、美味しかった。最後に、コーヒーを飲んで、一日を終えることにする。0114_14年を取ると、本を読んでも、ほんとうに目に来るのだ。

2013/01/13

京都女子駅伝の走る街で、大学院ゼミを行う

0113昨年に引き続き、今年も同志社大学のN先生に無理を言って、大学院ゼミナールの会場をお借りした。NHK日曜ドラマが同志社大学創始者新島襄の妻、八重を取り上げているので、たいへんタイミングがよい。けれども、昨年もそうだったが、この同志社大学本部地区は本格的な工事に入っていて、工事用の垂れ幕で覆われている建物が多かったので、撮る写真が限定されたのは残念だ。0113_2ゼミは、工事の校舎を避けて、弘風館のK22教室で行われた。

今日は、京都女子駅伝の開催日なので、ゼミが開催される大学前を、ランナーが通り過ぎるらしい。沿道の両側に旗が添えられていた。放送大学では、教員は大学院の「研究指導」を行うことになっている。0113_3ところが、放送大学が通常の大学とたぶん、相当異なるところがある。もちろん、先生方は、通常の指導をかなり上回る努力をなさっていることは間違いないのだが。0113_4今回のように、大学院生たちを京都に集めて、みんなで議論を闘わせることに、どのような意義があるのだろうか。あとで見るように、社会人ゼミナール特有の効果があると思われる。経験を積んだ人びとが集まっているために、実社会の経験的知識がゼミの議論に加わる効果があるように思われる。

0113_5ゼミの議論のほうは、今年の参加者の人数が絞られていたこともあって、たっぷりと時間が取られたことがよかった。議論の重ね方が重要で、特殊なテーマの場合には、どうしても学生と先生とのやり取りに終始してしまう。けれども、今回は、時間の制約もあまりなかったことが幸いして、学生同士の議論が見られ、興味深い観点が得られた。「ゼミナール外部性」と、ここでは名付けておこう。通常の講義でのクラス外部性に、プラスαがあって、転地して時間が重ねられる効果が働いているのだと思われる。

0113_6この時期に修士論文で、心しなければならないことは、論文の中心を定めることである。定まらなくても、だいたいの見当をつけることが出来ることが必要である。歌手が練習で歌うのと異なって、指名されて、会場で歌う時には少し違った力が出るものである。この土地での独特の雰囲気をうまく掴んで、みんなから望ましい考え方を引き出したら、遠隔地ゼミは成功であると言えよう。

0113_7もっとも、じつは中心を定めてからが、結構長くて、最終的な論文まで持ってくるには、もう一つ努力が必要なのだが、それは実際にやってみればわかることだろう。

時間が余れば、T先生か、わたしかが話題提供して、ゼミと懇親会の間を埋めよう、とT先生と話していたのだが、結局は時間が足りないくらいの時間になったのだ。0113_8懇親会は、道路を隔てたイタリアンの学食、といっても学食からはかなりイメージは離れていて、高級イタリアンの店という雰囲気のところなのだが。ここの前でみんな一緒に撮った写真があるので、あとでメールに添付して送ることにする。この写真を見ていると、ほんとうに誰が先生なのか、まったくわからないのだ。議論のあとに、このような美味しい食事をして、酒も飲み放題だということで、京都でゼミを行う意味が、ここにもあると言えよう。

0113_9少し甘口のグラスワインを何杯か重ねるうちに、会も最高潮に達することになった。S先生、A先生に引き続いて、最後は、辛口の批評を旨とするT先生が引き締めて、懇親会を終えることにする。

0113_10KさんとMさんと一緒に、出町柳へ出る。すでにワインの酔いが回ってきていたが、今日最後のコーヒーは、名曲喫茶「R」でゆったりとした二人がけのシートに座って、0113_11大きなスピーカーを前に飲んだ。音楽は、ガーシュインの「パリのアメリカ人」がかかっていた。

2013/01/12

夜の自分と、昼の自分とがループしていたらどうだろうか

0112朝、ホテルを出て、高野川を歩く。この上流のほうでは、川幅が狭いので、飛び石で簡単に渡ることができるのだ。地図で見たときには、高野川にかかっている橋と橋との間隔が大きかったので、かなり大回りしないと、向こう岸へ出ることが出来ないのではないか、と思っていたのだが、こんなショートカットがあるとは思わなかった。0112_2人生にも、ときどき思わぬショートカットが現われるから、世の中は面白い。

まっすぐ突っ切ると下鴨神社の境内に入る。0112_3塀や木々が古さを表している。本殿の脇に、干支に因んだそれぞれの神様が作られている。これだけたくさんの神様が身近にあると、京都の人びとは厄落としだけで日が暮れてしまうのではないかと思われるのだった。

0112_4深々とした神社の森を出て、少し上ったところに、自家焙煎の珈琲店「V」がある。常連客と思われる夫婦連れが何組も新聞を読みながら、朝の珈琲を楽しんでいる。ちょっと家を出たところに、このような街の珈琲店があるというのが、京都らしいところだ。0112_5珈琲の味に、プラスして、サービスの良さ、それも他者の自由を尊重するような顧客同士の配慮が存在するところが、文明を何回もくぐり抜けてきた京都の強みだ。

地下鉄の北大路駅から、京都駅近くの放送大学京都学習センターへ出る。0112_6修士論文の面接審査が午後ずっと続いた。副査のS先生、A先生、N先生、T先生それぞれ一緒に、夕方までかかって終了することができた。この京都キャンパスプラザビルからは、裏道を抜けて、シネコンのあるところまで、すぐなのだ。

0112_7映画の効用には、いくつかあるが、現実と違う世界を描くことができるという効用は、飛び抜けている。世の中には、フィードバックということがあって、そこで相互作用が生じ、二重の関係が生ずることがわかっている。この作用が、リフレクティブに働くと、そこで元に戻るループの関係が見られ、この映画で取り上げられることになった。

0112_8AからBへという新たな関係が生ずることは、創発的に起こることだ。その中でも、ループを形成する関係があるのだ。ところが、時間に関しては、フィードバックが効かない、つまりは時間の不可逆性のために、現実には、過去に戻ったり未来へ飛んだりすることが出来ないことになっている。映画「ルーパー」は、この制約を取り払ったらどうなるか、という物語だ。ふつうのSF映画はあまり好まないが、しかし自分の同一性が崩されたらどうなるか、というような、有りそうな話は好みだ。0112_9話は、かなり込み入っており、時間が錯綜するために、筋を追うだけで手一杯になる。しかし、このような想定が可能かどうか、と考える映画があってもよいだろう。出張の夜の映画の習慣は、今回も守られた。

2013/01/11

讃岐の粘り強く、弾力ある「うどん」

0111昨日お世話になったK先生からメールがあり、讃岐うどんの店の推薦をいただいた。早速早起きして、出かけた。なぜ早起きしなければならないかは、店に着いてから明らかになるのだ。

ホテルから徒歩圏内にある、「うどんバカ一代」を目指す。名前からして、クレージーキャッツの世界だ。0110_21途中のアーケード街がずっと高松駅まで通じているらしい。あとで、通ることにしよう。小径を右に曲がると、Sという高松市の名画座のまえへ出た。「希望の国」や「危険なメソッド」などがかかっていた。それから、少しいったところには、パン屋や喫茶店があって、時間があれば、入ってみたいと思った。

0111_3琴電の瓦町駅がビルになっていて、それを超えると、住宅街へ入っていく。所々に、美味しそうな喫茶店が配置されていて、うどんかコーヒーか、という二大勢力がしのぎを削っているのだ。

街中至る所に、椰子の木が見られる。昨日、Y先生から教えていただいたところによると、高松市が鹿児島市と提携していて、記念に植えられているとのことだ。0111_4四国の国々が、なぜ関西圏、さらには関東圏と結ばないのかについては、理由があると思われる。基本は、互いに異質であることを意識することであるが、あまりに異質すぎることも、提携の理由にならないのだ。適度に違っていて、なおかつ同質性も持っていることが必要だ。

0111_5「うどんバカ一代」は交通量がほどよくある車道に面したところにあった。客がひっきりなしに入っていくし、出て行く。朝の8時、出勤前である。つまり、出勤途中に、ここに寄って腹ごしらえして、会社へ出るのだ。ネクタイ姿もいるし、通学途中の大学生もいる。女性もひとりで食べに来る人もいる。すべての階層から支持されているのが、讃岐のうどん屋さんなのだ。

0111_6この店も、セルフだ。大学生であれば、学食のシステムを思い浮かべれば良いと思う。お盆をもって、うどんの種類、たいがい「ぶっかけ」なのだが、そして量を1玉、2玉と頼んで、天ぷらやいなり寿司などを皿にとり、最後に精算して、席に着く。まごまごしていると、すぐ後ろがつかえてしまう。よそ者であることがすぐばれる。0111_7この店のうしろに、製麺所が隣接していて、よく練られている。弾力有る粘りのうどんだ。特色があるのは、ぶっかけにレモンと大根おろしがついていて、お腹に凭れることがない。歯ごたえよく、そして、すっと入っていった。朝食に欠かせなくなるのも頷けるところだ。

0111_8色の具合、つるつるとした食感、匂いなど、味わいで評価すべきことがいくつか有るようだが、とりあえず、高松に来て二日目のわたしとしては、この粘りのある弾力感を楽しんだ。噛んだときの反発の強さには、独特のものがある。

とくに重要なのが、「新鮮さ」ということらしい。この特色を味わうためには、朝一番に店に出向く必要があるし、地元に置いてしか味わえないことも理解できるはずだ。送付のために冷凍されたり、乾麺にされたりするうどんは、もう金輪際、讃岐うどんではないことになることを納得した。この食感は、ローカルなものなのである。0111_9東京で食べる讃岐うどんは、名前だけのものでしかないのだ。このことは、セルフの店に入ってみるまでは、わからなかった。食習慣に埋め込まれたものとしての、讃岐うどんである、と言いたい。さらに、これだけの味が出せるまでには、この地域に、労働や技能や原料についての、それ相当の産業集積が必要であったと思われる。

0111_10朝食は十分に食べたのだが、今日の午前中の仕事が残っているので、京都へ向かう前に済ませておきたいと思った。もういちど、コルシカに行きたかったが、もう一軒街中で老舗の自家焙煎の店「M」へ寄って、仕事を終えた。ブレンドを頼んだが、苦み系中心の味だった。

0111_11さて、昼食はといえば、讃岐うどんだ。K先生ご推奨の「U」に入り、こんどは釜揚げうどんを食べる。女性客がどんどん入ってくる。サラリーマンも昼食にどんどん入ってくる。うどんの本場の盛況さを肌で感ずる思いだった。この食感は、当分わたしの口のなかに刻印されることだろう。

0111_12ところで、高松市で現在目立つのは、近代的なアーケードだ。これは明らかに都市計画の「失敗」を表しているように見えたのは、わたしだけだろうか。なぜならば、地元の人びとが愛しているような、ほんとうの讃岐うどんの店は、一軒もこのような近代施設のアーケードには入っていないからである。0111_13入っているのは、東京や関西資本の、どこにでも有るようなチェーン店なのだ。地元の店は、アーケードから外れた裏道に行くと出会える、という面白い現象が見られた。生産性の高い店しか、アーケードには入れない。セルフのうどん屋のような、低生産性の店は裏道に発達するのだ。0111_14ソーシャル・キャピタルということがあるとすれば、うどん屋の方にこそ存在するのではないか、高松の人びとがどちらを愛するのかを注目してみたいと思ったのだった。

0111_15高松の最後は、香川ミュージアムから連絡船フェリーの高松港を観ながら散歩して、駅へ出る。ここでは、外海へ出るような、遠くへ行ってしまうような寂しさは微塵も感じられない。島々へわたる客が、バスを待つかのように、港のベンチへ座っていて、海に接した生活の大らかさを感じた。

0111_16京都へは、瀬戸大橋コースを辿った。岡山へ出て、姫路、神戸を通って、三宮から四条河原町へ出た。全部でゆったり乗っても、半日もかからない距離だった。学生時代から大学院時代にかけてアルバイトをしていた経済研究所でも、本四橋プロジェクトは国家的な計画で、研究所への調査依頼の多い工事だった。0111_17残念ながら、そちらのほうへは関わらなかったけれども、興味のあるプロジェクトだった。当時から、たぶん採算に合わないことは知られていた。元を取るには数百年かかるとのことだったと思う。むしろ、経済の外部効果に期待されていたと思われる。

0111_18スコットランドを旅したときに、鉄橋の象徴であるフォース橋のたもとから見上げて、19世紀の英国の偉大さを思った。偉大だというのは、冒険であることをいとわずに、この工事を進めたことであり、そのために、崩壊事故などが後々起こるのだが、それらを何とか乗り越えた強さが観られたことだ。

0111_19瀬戸大橋で予想外だったのは、橋がこんなに高いところを通っているとは思わなかったことだ。もっと海が見える、水面すれすれとまではいかなくても、足を伸ばせば、届くくらいのイメージが有ったのだが、10階建てのビルの上から海を見ているようだった。0111_20しかも、鉄橋の柱が邪魔をして、なかなか景色に集中できなかったことも、予想外だった。これらのことを考えると、もしかしたら、フェリーへの観光需要がもうすこし復活する可能性もあるな、と思った次第である。

0111_21夕食は、ホテルの近くにあるレストラン「P」でとった。シンプルな直線的で仕切った壁や窓、さらに玄関が特徴有る建物だ。入り口を入って、すぐ右の部屋が読書室になっていて、内部の空間が興味深い構成を見せている。0111_22もう夜が迫っていたので、そとの景色が見えなかったのが残念だったが、おそらく外に広く開かれた建物であるようだった。0111_23


一日移動して疲れたので、牛肉とパンで食事を済ませた。今日最後のコーヒーも、苦み系だった。0111_24

2013/01/10

小都市の魅力は、見渡せるほどの土地に育つ人間関係の程良さにある

0110_2卒業研究の審査があるので、朝早く羽田空港をたって、讃岐の高松市へ来ている。久し振りの旅行のためか、足取りがたいへん軽い。朝寝坊の方なので、午前5時に出ることになるのは、辛くなるだろうと予想していたのだが、どうやらそういう問題ではないらしい。結局は、心の持ちようである。

0110_4ホテルに荷物を預け、この近くに静かな喫茶店がないかと、カウンターに聞くと、玄関の目の前にある「コルシカ」喫茶店を指さしてくれた。開店してから、日は浅いらしいが、ドアを開け入ると焙煎の豆の匂いが漂っていて、JAZZの音楽と共に、外者であるわたしの身を包んでくれた。学生時代に帰ったかのような錯覚にとらわれた。前払い式で、自由な席に着く。日中のせいか、客は常連のひとりだけだ。

0110_5店の前の看板に、このところ何回か味わっていて、たいへん気に入っているコスタリカが書かれてあったので、どの程度酸味を乗せてくるのか、期待して注文する。それが、期待以上だった。自分で言うのも気が引けるが、世間の趣味とわたしの趣味はずれていて、わたしの酸味希求度はたいへん高いのだ。だが、それを超えて、しかも上品さを保持していてたいへん良い。今年が始まったばかりで申し訳ないが、いまのところ、今年一番の味だ。

0110_7朝の眠気を払拭したので、さっそく高松の街を県庁方面から、香川大学方面へ向かって、歩き出す。中央公園を右手にみて、左手に菊池寛の生家跡を過ぎ、うどん(出た、セルフうどん)屋を観ながら、屋敷街を突っ切って、香川大学の正門へ到達する。0110_8全体的に低層の校舎が連なっていて、落ち着いたキャンパスだ。香川学習センターは真ん中の広場を超えた、近辺では最も高い8階建ての洒落た建物に入っている。

卒研審査のほうは、「文楽」の経済問題をテーマにした、Iさんの論文だったが、無事終了した。主査のK先生、センター所長のY先生が同席してくださった。審査の内容は非公開なので、ここに書くわけにはいかないが、努力の結果が論文の言葉に適切に反映され、たいへん筋が良い、放送大学らしい論文だったと思う。0110_11Iさんの「たいへんだったんです」という無邪気で真摯な探究心に心を動かされた。また、K先生とY先生の弛まぬ指導に感謝申し上げたい。このような論文が半年で書かれてしまうという潜在能力を放送大学生は持っていて、この力がある限り、放送大学の存在意義が十分にあるといえよう。    

0110_12Y先生が論文成就のお祝いだというので、わたしたち3人を、讃岐うどんの店へ連れて行ってくださった。写真のように、「釜揚げ」うどんだ。Y先生は、工学部出身で、なぜ讃岐うどんが旨いのか、などたいへん工学的な蘊蓄が深い。プロテンの話は十分に説得的だった。こちらのご出身で、若い時には毎日食べていたこともある、とおっしゃっていた。0110_13うどん屋一軒二軒の経験のうちは、わたしもそうなのか、と思っていた程度だったのだが、K先生に店を紹介していただいて、うどん屋を回っているうちに、習慣になるのも頷けると思うようになった。

0110_14Y先生に紹介されて、高松藩の別邸のあった「栗林公園」を訪れる。風が冷たくて、散歩どころではないとはじめは思ったけれども、案内のかたに導かれて、南の湖の小高い丘に立って、公園全体を眺めると、壮大な庭の欲望が見えてくる。盆栽と同様に、世界全体のミニチュアを表してみたい、という江戸期の大名の意図が覗くことが出来たように思える。戦国時代であれば、世界全体を摑みたいと思ったら、戦争という欲望が擡げてきただろうと思われるが、ここには、静かな世界観が展望されている。0110_15海有り、崖あり、大きな湖ありで、船頭付きの船でも見て回ることができる趣向だ。こんなに水が豊富な土地であるとは想像できなかった。0110_16小学校の地理の時間に習ったイメージが強くて、日照りで溜め池がたくさんあると聞いていた。けれども、ここの栗林公園では、山からの地下水が豊富で、それで水の公園が成立したらしい。

0110_17そのあと、じつはその山、峰山とおっしゃっていたのかな、にY先生に連れて行っていただいた。見事なパノラマで、高松の歴史が凝縮されているようだ。高松が交通の要所であり、なおかつ、ひとつの世界の中心を占めていたことは上から見ると如実にわかることだった。

0110_18話は転々とするのだが、そういえば、香川大学の周りには、特徴有る店が点在していて、飽きさせない。まずは、喫茶店「H」へ入って、ハンガリー陶器のヘレンドの数々を拝ませていただいた。0110_19残念ながら、コーヒーを入れてくれたのは、ウェッジウッドの陶器だったのだが。ヘレンドは白い磁器に緑色の模様が描かれているものに特徴があって、きれいだった。

0110_20それから、高松が漆器の産地であることも、こちらへ来てはじめて知った。それで、大学の周りにも、「S」美工という店があって、朱色のマグカップをショウウインドウに飾っていた。それで、これも衝動買いしてしまったのだ。

2013/01/08

もうひとつの世界があり得たかもしれない

0108中世から近代へ至る過程で、人間世界の「実権」を握るのは何か、という競争が行われたのではないだろうか。このように想定してみると面白いことが起こりそうだ。それは、絶対王制から譲り受けた「権力」であっても良いかもしれない。あるいは、近代を主導した「貨幣」であっても良かったかもしれない。それとも、第三の道筋があったのかもしれない。

たとえば、エリザベス1世の時代には、ヘンリー8世以来の、貴族のピラミッドを積み重ねた「権力」の時代が現出したと見て良いというのが、大方の見方であろう。それで、これに対して、反証を上げることがまったくできないというわけではないと、果たして言えるだろうか。

映画「もうひとりのシェイクスピア(原題:Anonymous)」を観る。原題からわかるように、シェイクスピアの戯曲に関しては、原著書が残っていないために、署名された戯曲が存在しないのだという。つまりは、匿名で書かれなければならなかった戯曲というのがあり得て、もうひとりのシェイクスピアを想像してみることができるかもしれない、という物語である。たとえ権力の時代にあっても、言葉による支配が可能かどうか、という問題があると想像することができる内容だ。言葉がどれほどの力を持ったのであろうか、という仮説はたいへん楽しいし、興味あるフィクションが可能であろう。言葉の力と、権力とを歴史上の「実力」として比べること自体、ナンセンスだと言ってしまうのは簡単だ。けれども、対象は何しろシェイクスピアなのだから、想像力を最大限飛翔させてしまうことが可能なのではないだろうか。

0108_5たとえば、シェイクスピアの戯曲がこの時代の民衆に熱狂的に受け入れられたことから、類推すれば、これを現代風に権力の道具として利用しようとする人びとがいると考えることは不思議ではないだろう。映画を観ればわかるように、このような含意が結末辺りに、潜在的に存在していたということは言えるのではないか。

0108_2たとえ、もうひとりのシェイクスピア説を認めない人であっても、言葉には潜在的に相当な力が存在することは、認めざるを得ないだろう。この映画には、このような、本来は荒唐無稽なことだと言われることであっても、納得させてしまうだけの映画的緻密さが存在する。用意周到で、微に入り細に入り、十分な映像で描いている。この緻密さには、相当な感情が入っていて、作者が当然ながら、かなりのシェイクスピア・ファンであることを見せてくれる。今年の初めから、このような作品に遇って、幸先がよい。

0108_3商業誌のコピーをとるために、映画館街を抜けて、宝塚劇場を右に回り、帝国ホテルの横断歩道を渡って、日比谷公園へ入り、そのまま日比谷図書館を訪れる。この図書館は何回も訪れているのだが、雑誌ははじめて利用するので、係員に場所を尋ねると、カウンターからさっと出てきて、書架まで案内してくださった。ふつうの図書館だと、閉架式になっていたり、コピーに不便だったりするのだが、ここは直ちに用事が済むところがたいへん良いし、さらに係の方がたいへん親切だ。これも、わたしの高齢化効果の一環だとは思いたくないが、応対のリズムからすれば、明らかに気遣ってくださっているのだ。こちらも、有り難く享受する心性になりつつあることを素直に認めたのだった。

0108_4幕張へ向かうために、東京駅を目指す。日比谷の皇居堀を歩くのは、たいへん気持ちよい。水が有り、並木があって、自動車の洪水を尻目に、すたすた歩く効用があるのだ。前を行く中年の、仲の良さそうな二人組は何を話しているのだろうか。仕事の相談かな、それとも仕事のあとの相談かな。それとも、もうひとつの世界の話かもしれない。

2013/01/02

現世の世界から、あの世の世界へ

0102今年の初詣もたいへんなにぎわいで、年の初めから景気が良い。参道から入り口に到達すると、昨年との違いが歴然とするので、驚いた。かつて、ここまで海であって、ここから埋めたて事業が始まったことが知られている。その記念碑として、埋立地からの揚水ポンプがここに祀られている。0102_2そして、道を挟んで、新たに手水場が建てられていて、銅ぶきの屋根が朝日に光っていた。

0102_3さらに、本堂に至る所に並んでいた、屋台がすっかり変わっていて、神社の直営店に変わっていたのだ。ずっと長く本堂の軒先に至るまで、売店が左右に並んでいて、商魂逞しいところを全面に出していて、凄かった。0102_4というよりは、わたしを含んだ参拝者たちの欲望の強さが、この現象を生み出していることは確かだ。どこも人だかりで、入る隙間もない状態だった。

0102_5絵馬も、おみくじも、御覧のとおり満載だった。それで、この神社では、マーケティングが素晴らしくて、何を望んでいるのか、を申請用紙に書かせている。0102_6ここに書かれたことが集約されて、「神様」へ送られているらしい。分類図が作られていて、わたしたちの欲望は、だいたい48種類あることになっている。0102_7


家族、仕事、健康など、わたしたちの運命はずいぶんな広がりを見せている。

焚き火にあたりながら、毎年甘酒をいただくことにしている。今年の海から吹いてくる風は強くて、火の粉が舞い上がり、歴史的にこの地が厳しかったことを思い出させている。0102_8世が世ならば、漁師たちが一年の無事を感謝し、豊漁を祈願するところだろう。ふと、顔を挙げると、厄年の年齢が並んでいて、どうやら3年ほど前から、前厄、本厄、後厄が続いて、八方塞がり状態を呈していたことがわかった。さては、昨年あれほど、具合が悪くなったもの、人生の周期が巡ってきていたのか、と理由の付いたことを率直に喜んだ。

0102_9高齢化現象というものが社会へどのような影響を与えつつあるのか、ということは、これまでも数多く指摘されてきていて、耳にタコができるくらいだ、というレベルに達すことがわかっていても、これでもかこれでもか、というくらいにまだまだ出てくる。

0102_11最初は表に現れることではなく、「風が吹けば、桶屋が儲かる」ごとくに、周り巡って影響を与えることが、続々と現れている。さて、有り難い話なので、気を楽にして、見ていただきたい。

0102_12写真の建物は、昨年までは病院だった。今年通ると、灯篭が立っていて、神社の敷地となっていた。あまりに神社の敷地が狭く、これまでも自動車で初詣にくる客には、遠慮願っていたらしい。0102_13自動車の誘導にかなりの費用がかかっていたと思われる。それで、隣地の買収となったということだろう。

0102_14牽強付会を顧みずに言うならば、高齢化によって、生きることに「神」頼みすることが増えてきたのに対して、現世的な生きることに必要である「病院」が必要ではなくなってきたということではなかろうか。

0102_15「死への欲求」と、「生への欲求」とが、逆転し始めたとまでは、言わないにしても、高齢化に現象によって、生きるための病院への需要が減ったということが作用を及ぼしていることは確かではないかと思われる。参拝者たちが皆、建物を指さしているので、とくに印象に残ったのだ。あの世から、現世に想いが引き戻されて、いよいよ今年も始まるのか、と身を引き締めた。

2013/01/01

元旦に、「ひとりで勉強する」

0101「ひとりで勉強する」ということは、どういうことなのでしょうか、と先日の面接授業で質問された。放送大学生らしい問いだと思った。その方は、午前中に放送大学のTVを視て勉強を行って、午後から家族や友人、地域の会へ出かけるそうだ。それで、午前中には何をやっているのか、といつも訊かれるそうだ。

0101_2さて、元日になったのだが、今年のテーマとしては、これはたいへん良い問いではないだろうか。「ひとりで勉強する」とは、いったいほんとうのところ、どういうことなのだろうか。先日、A先生と雑談していたら、やはり同じような質問を、学生から受けたそうだ。放送大学の学生は、周りの人びとから、ちょっと「変わったこと」をやっている人ではないかと、思われているのだが、その視線を跳ね返すだけの何らかの理由があるはずなのだ。

0101_3この問い自体に気づくことが、たいへん素晴らしいことなのではないか、と思っている。学生の方だけでなく、じつはわたし自身が思っていることでもあるのだ。もちろん、学問的な知識を蓄積するためには、読書などの孤独な作業が必要であることは、普遍的なことだと思われるが、それ以上に、周りからちょっと離れてみる時間を作ることは必要で、離れてみて初めてわかることもあるのだ。集団を知るには、凝集性を高めるばかりでなく、じつは孤独が必要なのだ。「ひとりで勉強する」過程で、勉強以外の外部的な効果が生ずるのだと、じつは言いたいのだが。

0101_5元日には、妹夫婦がきて、いつものガレットと、ケーキとクッキーを両手いっぱい溢れるほど持ってきてくれた。いつもながら、お菓子の国が誕生した。さっそく、ガレットを切ることにする。ここに仕組まれた、アーモンドの一粒を引き当てたのは、今年は娘だった。祝福あれ。0101_6もっとも、わたしのほうは幸運の祝福より、食欲の至福だ。アーモンドクリームと、外皮が程よく焼けていて、ほんとうに美味しかった。さらに、フルーツケーキはキッシュの味が濃厚に染みこんでいて、ひとかけらを口に入れただけで、大げさでなく天にも昇る思いだった。糖尿病になっても本望だ。スイーツへの欲望は、まだまだ発展途上だ。

0101_7夕方から、明日の箱根駅伝に影響を受けたわけではないが、マラソン陸上部の物語である映画「風が強く吹いている」をDVDで観る。三浦しをん原作のスポーツ小説だ。出だしが良かった。太陽に向かってただ走るフォームが、いかにも疾走している風をしていて、ほんとうに速そうなフォームに撮られていたのだ。それで、「走るとはどういうことか」という問い掛けが絶えず繰り返されることになるのだ。

0101_8何故走るのだろうか。道があるから、走るのだ、という個人的で即物的な理由も大事だろうが、「ひとりで走る」理由と、「集団みんなで走る」理由と、二つの理由が同時に存在するのが駅伝の良いところだろう。映画の中では、ランナーとして走っている間は「ひとりで走る」のだが、駅伝ではチームとして走ることもあると強調していた。

0101_9さらに加えて、走る「理由を見つけるために走るのだ」という自己撞着的な回答が最後には用意されていた。ひとりで走る理由と、みんなで走る理由のズレを、埋めてピッタリ合わせるために、走って答えを見つけることもあるのだ。

0101_10放送大学生の勉強も、似た面があるのかもしれない。なぜひとりで勉強するのだろうか。彫刻の制作はひとりで行うが、作品はみんなで鑑賞するものだということかもしれない。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。