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2012/11/29

晩秋の陽のなか、鎌倉を歩く

20121130

昨日までの雨がすっかり上がって、陽が出てきた。いつもなら、原稿を書き終わったらそれを忘れて、すぐ他のことに取り掛かるのだが、今回はどうしても頭から出て行ってくれない。夢の中から始まって、朝起きてからも、文章の連鎖が続くといえば、格好良過ぎるが、そうとしか思い様がない状態なのだ。これは一体何なのだろう。

20121130_2先日の教授会の席で、G先生がやって来て、招待券とパンフレットを置いてくださった。「鎌倉興隆」と題する、三つの文化施設の連携特別展だ。G先生の講演会も含まれている。県立金沢文庫、八幡宮の中にある鎌倉国宝館、そして、県立歴史博物館である。それぞれかなり離れていて、全部回るのも一苦労だ。それで、機会をねらっていたのだった。

20121130_3

順番は上記の順にした。ここは迷うところだが、結局は、最後に戻ってくるところに合わせた形だ。金沢文庫と称名寺から、鎌倉国宝館へ、そして、横浜馬車道に至る、かなりの距離だ。けれども、動き始めると、距離は気にならない。

最初に立ち寄った「金沢文庫」では、すごく当たり前だけれど、鎌倉時代の図書館機能に想いを馳せた。20121130_4文庫本というジャンル、現代のものではなく、「金沢文庫」と判を押した一連の収集本があって、古本屋や好事家たちの間を流通しているらしい。多くは、戦国大名や徳川大名を通じて、所有が競われたとある。ステータスのシンボルとして、金沢文庫本が存在している様子が、展示してあった資料から、明瞭に読み取れた。

20121130_5鎌倉時代の書籍の貸借状なども展示されていて、鎌倉時代のカノンとして、金沢文庫本が機能していたことがよくわかった。中学時代に漢文という教科があって、「白氏文集」などが教科書に出ていた。鎌倉時代からの教養の基本文献だったことを改めて知る。

20121130_7裏山を貫通している、隠れ里的な「称名寺」は、戦略上も有効なお寺だったと思われる。極楽浄土を描いた大きな池があり、太鼓橋が渡っている。その全景を眺める場所が特等席で憩いの場所となっている。

トンネルを抜けると、バッハ「人の望みの喜びよ」が流れてきたのだが、それはこのベンチでハーモニカを吹いている人からだった。20121130_6鮮やかな黄色の銀杏の木の下で、この音楽は似合っていた。

金沢文庫駅から、新逗子へ出て、裏から鎌倉へ出る。駅を降りた途端に、人混みに圧倒される。ウィークディの昼間に、この人出があるのだ。早速、八幡宮の中にある鎌倉国宝館を目指す。若宮大路を北に登って行く。20121130_11

自動車道の真ん中を並木道が通っていて、右にカトリック雪の下教会をみて、左にハトサブレの豊島屋を見ながらゆったりと歩く。W大のO先生がブログで書いていた店Gや、その隣のドンブリ専門のBは、行列が出来ていて、到底入れる雰囲気ではなかった。

今日一日で、どれか一つを上げなさいと、言われたならば、躊躇なく、運慶と父康慶の作品をあげるだろう。特に、康慶の「地蔵菩薩坐像(静岡:瑞林寺)」は、どこから見ても、完成度の高い、一つの流派を生み出すだけの 範となる作品だと思われる。崩しようのない綺麗さで、風格のあるものだ。完璧というのは、このような作品についていうのだろう。

20121130_8京都に対抗して、奈良仏師が関東にスポンサーを求めたのだが、その時にすでに京都を上回る作品を収める必要に迫られていたと思われる。20121130_9胸の厚さ、顔の円満さ、身体つきにあふれる自信など、すべて関東武士が求めていたものが体現されている。

20121130_10 そして、運慶が出るのだが、完璧さを外すところがうまいのだ。s字に身体の線を湾曲させ、目にはガラスを嵌めて、鎌倉の現代ということを強く意識している作品だ。自然の木の形をそのまま活かした仏像「大威徳明王座像」は、最晩年の作品だそうだが、他の作品と違って、まだまだ枯れていない。この力強さが武士たちを元気付けたに相違ないだろう。

20121130_12 帰りに、鎌倉小町を通って行こうとしたが、どうにも人混みが動かない。ちょっと外れて、鏑木清方記念館の前を通り過ぎ、小川沿いに道を下っていくと、窓を大きくとったランチの店S倶楽部があった。かなり歩いて疲れてしまったので、ゆっくりとランチを楽しむことにする。

20121130_13 野菜尽くしのランチがあった。出てきたのは、温かい、ちょっとカレー風味のスープと、野菜サラダ。これだけで、お腹がいっぱいになるのか、心配だったが、時間をたっぷりとったから良かったものの、もし短時間だったら食べきれなかったかもしれない。20121130_14菜食主義には最適の場所だろう。写真に写っている野菜サラダだが、上に乗った小さな棒状のは、大根で、ちょっと辛味がある。

その下の紅色のものも、じつは大根で、さらに隣の緑のものも大根なのだ。「紅芯大根」と「緑大根」という、それぞれ形状は三浦大根系と青首大根系のものらしい。つまり、大根でサラダというわけで、このボリュームが並大抵ではなかったのだ。パリパリとした食感を十分に楽しんだ。20121130_19 すべて、三浦の大根なのだそうだ。その昔、子供たちを海水浴に連れていくと、半島の先の方で大根ばたけがあって、辛味大根の大きなやつがゴロゴロしていた。その後、青首大根に市場を奪われていたのが、このような多様な種類の大根として、復活していたのだった。

小町通りへ戻ると、以前妻と来た豆菓子専門店が目に入ったので、今日のお土産はここの豆とした。ブランディーの香りの高い豆があって、触手が動いたが、またの機会もあると思って、今回は自制した。20121130_15それで、写真に写っている物以外にもたくさん購入したのだが、きなこの豆は帰ってすぐに、妻の口の中へ消えてしまった。

20121130_16 湘南ライナーと根岸線を乗り継いで、関内の馬車道へ出る。最後は、県立歴史博物館だ。ここに着く頃には、陽も傾き始めていた。じつは展示品の数は半端でなく、特にめだったのは、青磁の陶片であるが、一つ一つ眺めていたら、いくら時間があっても、到底見切ることができないほどだった。

お年を召した、とわたしから言われたくないだろうが、それでも相当な年の人びとが、リュックを背負って、じっと文献に見入っているところを横から見ていると、何となく仕合わせな気分になってくるから不思議である。元からもたらされた磁器・陶器は、この展覧会では、「威信財」、つまり地位に関する「見せびらかしの消費」という位置づけを採っていた。「しのぎ」という技法がこの時代にも流行っていたことを知る。

20121130_18足をひきづりながら、最後の最後は横浜西口へ出て、いつもの珈琲屋で豆400gと、一杯のコーヒー購入。たぶん、このコーヒーはメキシコ産だと思われる。これを飲んで、今日一日を振り返ったのだった。

20121130_17チケットにある三角形を組み合わせた模様に、三つの金沢文庫、国宝館、歴史博物館の判子を押してもらった。皆勤賞ということであるが、なぜミツウロコになっているのかは、日本史を勉強した人であれば、すぐに判るだろう。念入りに、チケットの左にも、この印の写真が付いている。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。