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2012/10/18

アジア公開大学連合の年次大会が開かれた

1017_2組織というものと付き合っていると、外の人びとには見えないその組織特有の時間軸があって、その時間軸上に、いくつかのやっていかなければならないことが乗っかっている。放送大学にも、そのような長期的な懸案事項というものがある。

そのひとつは、このことだろう。この20数年来、アジアに対して約束してきたことがあって、それはAAOU(アジア公開大学連合)の年次大会を開くというものだった。かなりの強い意識として、放送大学の先生方は感じてきたはずである。

1017_3今回、数年の人から人へ受け継がれてきた意識が、ようやく形となって現れ、大会が幕張の国際会議場で実現したのだった。22ヶ国、200名以上の外国からの参加者があったと聞く。日本、放送大学の関係者を加えれば、300名を超えたのではないかと思われる。全体からみれば、ほんの少しだけ参加したに過ぎないが、それでも僭越ながら、「約束を果たした」という想いだ。

同僚のK先生の言葉が、印象的だった。これまで、何回か外国で開かれてきた大会に出てきているのだから、義務として「セッションのチェア」をやらせていただきます、と言っていた。儀式というものは、開くこと自体に意味があるという文化人類学的な形式的な理解もあるが、やはり、開いてみると、はじめは形式的な出会いであっても、大会に参加しているうちに、次第に気持ちが入ってくる、という経験を得られるのだと知ることになるのだ。

大会の基調講演は、最初の実例だ。パンフレットには参加意志を表明した時点での、内容が乗っているのだが、実際に話される内容はそれ以後の内容が、多くを占めているといえる。内容がかなり違っていた。たとえば、基調講演者のKさんは、コモンウェルスの遠隔教育の中心人物で、ベトナムでも講演を聞いたことがある。

それぞれの年次大会をでは、流行となる言葉が発生するという傾向がある。以前には、「…for all」という言葉が何回もリバイバルしてきている。今回も、フロンティアとか、知識とか、という言葉を散りばめて、向こうを狙ったのだが、実際に流行ったのは、「moocs」などの遠隔教育界で流行っている言葉だった。

1018旬となるような言葉がとびかうのだが、これはいわばモード界のパリコレのようなもので、今回も6月に開かれたユネスコ大会で使われた言葉が、ここでも流行したのだった。遠隔教育の世界では、まだまだ効率性や大量性ということが、形をかえてはいるものの持て囃されるのだ。

10182けれども、やはりAAOUの良いところは、ローカルなセッションが2日にわたって、数十開かれるところだと思う。これまでの恩返しで、わたしも日本側の司会をひとつ引き受けることになった。発表者は少なかったが、やはりローカルな雰囲気の醸成があり、さらにフィリッピンの方の司会がうまかったので、時間をたっぷり使って、皆さん満足のいく発表を行なうことができたと思う。最後は、記念撮影をして、互いを祝福して別れた。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。