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2012/09/21

嘘はそれを受け入れる世界に発生する

0921映画「夢を売るふたり」を観る。料理を売る商売をしている夫婦がいる。店から火事を出して、商売を変えなければならなくなる。ふつうであれば、他の店で料理に携わるはずである。ところが、一転して「夢を売る」商売を始めてしまうことになる。

キッカケは、愛人からの手切れ金を手放したい、という女性に取り入った「市澤」夫にあるのだが、それを「容認」した「市澤」妻が心を決めたことから、一気にドラマが動き出すことになる。

ちょっと考えるに、わたしのような教師という「商売」もじつは「夢を売る」商売だとわたしは思っていて、この商売にはそれ相応の厳しいところがあるのだ。料理人から一気に夢商売へ一夜にして移るわけにはいかないとは思うのだけれど。

それにもかかわらず、「市澤」夫のシンパシー能力の絶大なことを見抜いた「市澤」妻の審美眼には恐れいる。この時の俳優松たか子の眼は、彼女の本性をさらけ出していて、キッとしていた。日常生活でも本当のところは、理知的で怖い人であるに違いないのだ。

直感が鋭くて、近くで暮らしていたら、隠し事など何にも出来ないに決まっている、という眼をしていた。けれども、今回の映画で救われるのは、このような女の人の怖さというのは、決して理知的で論理的な怖さでなく、計算されることのない、奥深いものだということが、シンシンと伝わってくることだ。このほんとうにわからないところが、女の人というものの不思議さなのだなと改めてわかった、あるいはわからなかったことなのだ。

0919_2それで、肝心なところは何かといえば、小さな素敵なシーンはたくさんあったが、本当のところはここではないかと思われる。嘘の世界は嘘をつく方によって、一方的に作為的に作られるのではなく、むしろ嘘をつかれる方が、そのような嘘を欲しているという状況があった時に、その嘘がその場所にはまっていくと言えるのだ。

このような描写のうまさは、今回の結婚詐欺でもうまく使われていたのだが、わたしはやはり西川監督の前作である映画「ディアドクター」で、如何なくはっきされていたと思われる。

あの映画の中では、何と言っても、村中を嗅ぎ回った警察官二人という設定が素晴らしいと思う。警察官の表象は通常は、疑惑をはっきりさせることに主眼が与えられている。それにもかかわらず、この二人の警察官は、見事に医療詐偽事件について、じつは村の人々が求めていたから、偽医者が存在してしまったことを、最後には証明してしまうからである。

じつは感動の度合いからいったら、前作のほうが感性に訴えるシーンをふんだんに織り込んでいて、上だと思う。その意味では、今回のほうはむしろ辛口を狙っていたのではないかと思われる。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。