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2012年9月に作成された投稿

2012/09/29

他者を演じている内に、知らなかった自分を発見できるならば、それも面白いことなのかもしれない

0928_7小学校時代に、本とみればどんな本でも手当たり次第に読んだ。そのような癖が付いた頃があった。それで親戚の叔父さんが読んでいた本で、獅子文六の「大番」があった。ラブレターを謄写版印刷するエピソードが秀逸で、この話は同世代のみんなにヒットしたらしく、その後高校時代の国語の時間にも話題になった。また、実社会のなかでも、ラブレターを書く年頃になったときに、これをコピーして配ったら、何人のひとから返事が来るだろうと不謹慎なことを考えつつ、返事のまったく来ないラブレターを書いた覚えがある。

0928_8映画「鍵泥棒のメソッド」を観た。失恋して自殺寸前の売れない貧乏役者と、風呂屋で転んで記憶喪失となった殺し屋がいて、人生が入れ替わる喜劇の物語だ。この二人の男に、婚活中の女性編集長が関係してくることで、映画が動き出す。はじめの場面は、女優の広末涼子が演じた女性編集長が相手もいないのに、結婚日を皆の前で宣言するところだ。相手もいないのに、結婚を宣言するところが、何となく、「大番」風ではないかと思った次第である。それにしても、偉そうに言って申し訳ないが、女優広末涼子は、いつものコケティッシュな笑い顔を抑制したことで、ぐっと芸域が広がったな、と感じた次第である。他者を演じている内に、人格が変わることがあるらしい。

0928_9この映画を作った内田けんじ監督は、「逆転」の監督として有名で、ふつうのものを何でも逆転させてしまうことに定評がある。前作の「アフタースクール」の逆転振りも見事だった。

0928_10じつは、結婚は相手があって行なうものだ、という常識を覆しているところで、まず笑いをとっているのだ。ところが、ドラマが進むにしたがって、じつは結婚は恋愛でもなく、相手でもなく、結婚するという運命的なことから、決定されている、という真理を見事に描いているのではないかと思っている。

0928_11人間が自分の家族の外へ出ることで、新たな家族を創ることができる、という構造主義の命題を逆転させているところでも、内田監督の意図は明らかだ。まずは、今の自分ということを止めることが、新たな自分を見つけることであり、それでさらに、新たな家族を創ると言ったとたんに、自分の家族が崩壊することになるのだ。

0928_12「メソッド」というのは、自分を捨てて、演ずる人格へ没入する特別な方法を、この映画では指しているらしい。演技する役の状況をすべて把握し、その中に入っていくことが、自分を抜け出すことになるのだ。

桜木町の映画館は、観た後の夜景が好きだ。そのあと、いつもの珈琲を飲んで帰ろうとおう。来週は、横濱ジャズプロムナードがある。今年も仕事を早めに終わらせて繰り出すことを楽しみにしている。いつもの店で、チケットを購入して、帰った。

2012/09/28

不思議な磁力を感じながら

0928今から30年ほど前になるが、この写真のビルがまだまだずっと古いままのころ、向かいの三角形の地所に建っていたMビルへ通っていたことがある。9階にあったYというレジャーを研究するという余裕のある名前の研究所で、大学院のアルバイトとして勤めていた。かれこれ通算すると9年間いたことになる。大学院時代の生活費のほとんどがここのアルバイト料から出ていたから、今ではたいへん感謝している。

0928_2それで、隣の霞が関ビルには、昼食などでよく訪れていたにもかかわらず、この対岸のビルに足を踏み入れるとは思わなかった。生涯のうち、一度も入ることはないだろうな、と当時は思っていた。

0928_3ところが、今日は自分の本務の仕事で、どうしても入らなければならなくなった。もっとも、この写真のビルは、すでに博物館的な使われ方しかされていなくて、重要文化財として残っているに過ぎない。実際のビルは、そのうしろにあって、高層ビルとして建て替えられていた。

建物には、かならず表と裏があって、普通はそれが一体のビルとして存在するのだ。ところが、ここのビルは、二重構造になっていて、前のほうにある重要文化財としての「顔」としての建物、もうひとつは、実質的な「身体」の部分で実際にモノが動き、人びとが行き交う場所としての建物である。

0928_4問題は、この二重構造が、そのまま全体を表しているかのように思われてしまうことである。たとえば、古い建物の玄関を入ると、よくマスコミが記者発表するところのようなふるい階段下がある。今日も目立ちたがり屋が記者達を集めて、声を張り上げていた。

それに対して、後ろの新しいビルは、実務的で機能的な姿を見せ、きょうも静かな状態を保っている。権力がないように見せる工夫が至るところに見られるが、実際には、人びとが集まることで、権力のあることを静かに示している。0928_5ひとりひとりに権力があるわけではない。これははっきりしている。ところが、このように集まってしまうと、そこに磁場が出来てしまうのだ。今日はその磁力をたっぷりと十分に浴びたのだった。

0928_6それで終了後、ビルを出て、K大へ出講。途中、キッチン「友」のハンバーグランチを食べ、いつものサラダソースと、出汁の効いた味噌汁を味わって、さらにすこし時間があったので、「B」へ寄って、季節の珈琲を飲んで、講義室へ向かったのだ。

2012/09/25

共同体はどのようにして生まれるのか

0925朝、雨が降って、すっかり夏の気候を忘れさせる穏やかな、というよりは、少し冷えるくらいの天気だ。朝から原稿に向かった。原稿の枚数は進まなかったが、方向性だけは絶えず良い方向を指し示している。何時になったら、爆発的な原稿枚数に結びつくようになるのだろうか。

午前中、集中して仕事をすると、すっかり仕事をした気分になるという楽観的な癖があって、何者も止めることが出来ない。足も座っているとむくみが出てくるので、体操を行って散らすのだが、それでも午後すこし気を紛れさせないと3時間くらいが限界だ。

それで、今日はT劇場でかかっている映画「屋根裏部屋のマリアたち」を見ることにする。フランスのドゴール時代に、スペインのフランコ独裁が続いて、自由市民や難民がパリへ避難した。そして、女性たちは、上流階級のメイドを行って、生計を立てていたのだ。

このときに、一時的にであったにしても、パリの屋根裏に共同体が育ったとしてもふしぎではないだろう。共同体意識がどのようなときに生ずるのか、というのは、今のわたしのテーマにぴったりだ。

ここで登場するのが、主人公のジャン=ルイ・シュベールだ。妻シュザンヌとパリの古い邸宅で暮らし、投資顧問会社を親の代から受け継いでいる資産家だ。この住んでいる歴史的な建物が、いろいろな余裕ある空間を持っていたり、隠れ家的なドアや階段を持っていたりして、それがほんとうに素晴らしい。母屋は2階から4階くらいなのだが、それ以上のところは屋根裏部屋として、安く貸し出されているのだ。映画の中で、まだ冷蔵庫がない時代だったので、夜は窓の外に牛乳やパンなどの入った買物袋を釣っていた。パリの一等地に、このような古いビルを持っているだけで、何となくワクワクとする。

もちろん、それは東京であっても、まったく構わないのだが、このような大都市の古い部屋に、設備はお粗末であることを予想させるが、それでもやはり住んで見たいと思う。昨年、ミラノの歴史的建物のホテルに泊まった時には、たいへん満足したのだが、同じような生活を再現しているように思える。

0925_2当然、結論は、建物じゃないんだ、人間や人間関係が重要なのだよ、というところが落ちになるのだが、それにしても、結論に至るまでに、この建物が無かったならばこの映画のほとんどは成り立たなかったに相違ないだろう。

0925_3ということで、話はハッピーエンドのメタメタのドラマなのだが、それでもフランス人的な愛の思想が、十分に入っていて、たいへん面白かった。雇用主から恋人への変化ということが、起こったとしたら、それはフランス人にとっては、どのように考えられるのだろうか。この辺で、個人主義的な愛とは違っていて、このところの理解が、やはりスペインおよびフランス的な考え方があるのだということを感じさせるものだった。やはり、男女の機微というのは、たいへん難しいものだ、ということに落ち着くのだと思われる。

0925_4帰りに、いつもの「R」によって、チーズケーキと珈琲。この今日最後の珈琲は、コロンビアだった。

2012/09/24

高田馬場の映画館へ行く

0924ふつうのことを描くことが一番難しい、とよく言われることだが、ふつうのことは皆それぞれ異なるから、何がふつうのことかがわからないので難しいのだ。それで、何も事件が起こらないことがふつうのこともあるし、何か事件が起こってしまうこともふつうのことのように思える。ダルデンヌ兄弟の「イゴールの約束」と「少年と自転車」を観るために、久しぶりに高田馬場へ出る。駅からこの映画館のある間は、学生やサラリーマンが行き交い、朝からにぎわいを見せている。

0924_2少し早く着いたので、近くの店で昼食を購入する。すでに行列が切符売り場に形成されている。ここ数年間で二本立てに入った覚えがない。たぶん、入ったとしても、このW映画館だったのではないかと思われる。映画を観るには、じつは相当な体力がいる。

偶然ではあるが、学生時代にこの高田馬場に当時あった駅前の東映で、網走番外地シリーズを徹夜で、数本一度に観たことがある。この時は、朝になって、ほんとうに太陽が黄色になったのを覚えている。Bビルの間から、サッと陽がさしてきて眩しかった。これはシリーズだったから、筋は異なるが、人格は一定しているので、一晩中見ていても全体の映画に繋がりがあるように思えた。

今日の映画二本も同じ監督で、ほぼ同じモチーフの映画だった。描き方や登場人物は異なるし、話の筋も異なるのだが、繋がりのある映画だった。つまり、家族、特に父親と息子の関係がどちらの映画でも描かれていて、少年が家族との関係が切れたときに、他の関係をどのように作って行くことができるのか、という普遍的な人間関係を描いている。家族は、外との関係で決まってくるのだ。

どのような世界でも、いずれ少年というものは、実際にか精神的にかの違いはあるが、一度は家を出なければならないのだが、その時に外の世界との関係をいかに結んで行くことができるのか、を描いている。そして、その時に人生で決定的と思えるような事件が起こってしまうのだ。

この映画の描き方で感心したのは、そこで常に、何と言ったら良いのかわからないのだが、「終わりにしてしまわない精神」とでもいうようなものを持っていることを丹念に描いている点だ。それが、ダルデンヌ兄弟のふつうのことだと思われる。だから、最後がどうなるのか、よくわからなく作ってあって、観ている自分の日常のふつうのことに還っていくように出来ている。さて、自分にとって、ふつうのこととは何だろうか。

0924_3この点がベルギー的なのかもしれないのだが、家族との関係がダメでも、それ以外の社会の中の、何か信頼できるものがあることを、直感的に察知していることを、この映画は明らかにしている。映画「イゴールの約束」では、それは「約束」であり、映画「少年と自転車」では「里親」である、ということなのかもしれない。0924_4日本では、おそらく家族との信頼性がもっとも強いということになるだろうが、そうではない世界のあることを十分に描いていると思う。

帰りに、母親が東京の病院で定期検査を行っていて、妹から引き継いで、家へ送る。途中の駅から、ずっと遠望にスカイツリーが見える。夜になって、通ったときには、同じスカイツリーでも人間に寄り添っている分だけ、空間を超越しているように見えた。カップルに折られて食べられてしまいそうな、甘く頼りない「キャンディ」の棒のように見えた。

2012/09/21

嘘はそれを受け入れる世界に発生する

0921映画「夢を売るふたり」を観る。料理を売る商売をしている夫婦がいる。店から火事を出して、商売を変えなければならなくなる。ふつうであれば、他の店で料理に携わるはずである。ところが、一転して「夢を売る」商売を始めてしまうことになる。

キッカケは、愛人からの手切れ金を手放したい、という女性に取り入った「市澤」夫にあるのだが、それを「容認」した「市澤」妻が心を決めたことから、一気にドラマが動き出すことになる。

ちょっと考えるに、わたしのような教師という「商売」もじつは「夢を売る」商売だとわたしは思っていて、この商売にはそれ相応の厳しいところがあるのだ。料理人から一気に夢商売へ一夜にして移るわけにはいかないとは思うのだけれど。

それにもかかわらず、「市澤」夫のシンパシー能力の絶大なことを見抜いた「市澤」妻の審美眼には恐れいる。この時の俳優松たか子の眼は、彼女の本性をさらけ出していて、キッとしていた。日常生活でも本当のところは、理知的で怖い人であるに違いないのだ。

直感が鋭くて、近くで暮らしていたら、隠し事など何にも出来ないに決まっている、という眼をしていた。けれども、今回の映画で救われるのは、このような女の人の怖さというのは、決して理知的で論理的な怖さでなく、計算されることのない、奥深いものだということが、シンシンと伝わってくることだ。このほんとうにわからないところが、女の人というものの不思議さなのだなと改めてわかった、あるいはわからなかったことなのだ。

0919_2それで、肝心なところは何かといえば、小さな素敵なシーンはたくさんあったが、本当のところはここではないかと思われる。嘘の世界は嘘をつく方によって、一方的に作為的に作られるのではなく、むしろ嘘をつかれる方が、そのような嘘を欲しているという状況があった時に、その嘘がその場所にはまっていくと言えるのだ。

このような描写のうまさは、今回の結婚詐欺でもうまく使われていたのだが、わたしはやはり西川監督の前作である映画「ディアドクター」で、如何なくはっきされていたと思われる。

あの映画の中では、何と言っても、村中を嗅ぎ回った警察官二人という設定が素晴らしいと思う。警察官の表象は通常は、疑惑をはっきりさせることに主眼が与えられている。それにもかかわらず、この二人の警察官は、見事に医療詐偽事件について、じつは村の人々が求めていたから、偽医者が存在してしまったことを、最後には証明してしまうからである。

じつは感動の度合いからいったら、前作のほうが感性に訴えるシーンをふんだんに織り込んでいて、上だと思う。その意味では、今回のほうはむしろ辛口を狙っていたのではないかと思われる。

2012/09/19

雷雨が苦手で、恐る恐る歩く

0919高校時代に、幼馴染たちが落雷で命を落としてから、雷に狙われているような錯覚が抜けなくて、雷のなっている最中に、周りに何もないところを歩いていると、稲光がするたびに、腰の周りがスッとする。

今日は、この数日間続いている雷雨が朝から続いている。狙われるならば、今日だ。と思っていたが、結局のところ、遠雷に終わって、次第に稲光と雷は遠ざかって行った。

家に閉じこもって、来学期の準備に余念がない。特に、試験問題作成は、学生の方々よりこちらの方が、その過程で大いに勉強する。問題作成は、先生がたを強化するのだ。さらに、様々な書類を数十枚作成して、枚数が積み上がっていくのをみる。自分の原稿の積み上がり方と比べると、さあどちらのほうが厚いのか。

昼食に久しぶりに、T先生とサラダの美味しいパスタの店へいく。相変わらず、女性客を中心に賑わっている。この勢いで、長時間の会議もこなすことができた。

帰りに、今週から始まった映画「コッホ先生と僕たちの革命」を観る。懐かしい描き方だな、と思ったらドイツ映画だった。規律と権威の時代の描き方が、その考え方と同じで、街も演技する役者も何となくぎこちない。何故だろうと考えているうちに、映画が終わってしまった。19世紀後半の英国に対する発展途上国の対応に似たものがある、ということが懐かしさの原因だったのは、わかったのだが、それだからと言って、それ以上の何か映画的なことが動き始めるかといえばそんないことは起きないのだ。

この映画的ドラマ性の無さが、きっとぎこちなさの原因だったのではないかと思われる。英国の自由さやフェアプレイの精神ということが、まともに語られるぎこちなさだったのかもしれない。

2012/09/15

ゼミが風邪を治したのだった

0902朝起きて、体全体がだるいので、熱を測ってみると、微熱である。身体が暑いせいか、30度を超えていると思われる風も涼しく感ずる。

朝からメールが届いていて、Web会議で大阪から参加したい、と言ってきた学生がいて、さすがというのか、大丈夫かと思うのか、心の中は複雑だったが、直ちに手続きをとって、予約を入れる。あとになって、結局のところ、うまく繋がらなかったのだけれど。

この熱の効用は、たいしたもので、ちょっとやそっとのショックは直ちに吸収してしまうらしい。ちょっと歩けばヨロヨロしそうなのだけれども、熱のため、それが不味いという自覚がない。このように、多少身体に不安があったのだけれど、出かけてしまえば、それほど感じないのが、熱の効用である。

時間の感覚は少しおかしくて、当然その時間に出れば、間に合うと思っていたのだが、どこでロスをしたのか、ついてみると、遅刻であった。早速ゼミに入る。新たな状況が夏休みを終えて、みんなのもとで起こっているらしい。新しい局面を見つけたと思われる発表が相次ぐ。もちろん、本人たちはかなり控えめに発表なさっていて、大事なところがここだ、という訳にはいかないところが、論文の恐ろしいところではないか。論文は、書いた本人よりも、読んだ読者のほうで、新たな発見を持つに違いないものだ。

0909_2昼食は駅前のパスタの店へ。土曜日は、このような勤め人向きのところは、意外に空いているのだ。薄味で、美味しいというよりは、懐かしいという味であった。それで、帰ってきてから、Web会議の設定をしたのだが、どうしても大阪との間が繋がらない。原因がよくわからないので、今後このような場合の試験をしておく、必要があるだろう。

0909_3ゼミを進めているうちに、まず気分が良くなってきた。それで、身体にたまっていた疲れや軋轢がしゃべっているうちに、溶解してくるのが判ってくるにしたがって、ゼミが終わる頃には、あくびが出たり、足のむくみは出たりしたものの、風邪の症状は見事に無くなっていた。

2012/09/14

MRI検査を経験する

0915昨日、同僚の先生がたと幕張で飲んだ。その店は、飲みにきた人に合わせて、数十種類の清酒を用意していて、言葉で表現すると、それに適した酒を一升瓶で持ってきてくれる。と言っても、わたしはそれ程の上戸ではないので、評価に使う言葉は貧困で、「辛口」とか「フルーティ」といか、せいぜい地方の名前をあげる程度である。

それで、イイとか、ワルイとかいって、ヤンヤ、ヤンヤということであるのだが、こんな単純な要望に答えるだけでも、数十種類の多様な要望に答えなければならないから、店の奥の棚では、在庫ストックが大変だと思われる。日本中のバリエーションを揃えなければならない。ワインの場合には、一瓶買取なのだが、ここではコップ一杯買取になっているので、いわば試飲を繰り返している、ということになる。気に入った瓶が見つかれば、大量消費に結びつくのだと思われる。

それで、小分けしているという点では、リスク分散されていることになり、たとえ不味い清酒であっても、確実に一杯ずつはけて行くことになるだろう。営業的に見ても、興味深いシステムを取っている。

適度にアルコールが残っている状態は、肩こりも緩和されて、良い状態であると思われる。朝はいつものような原稿締め切りの重圧からの圧迫感はなかった。

職場では、メールでアナウンスされていたように、定期健康診断の日なのだ。ところが、ちょうど持病の頭痛が激しくなってきていて、検診どころでなく、治療にいかなければならないレベルだ、と思い込むくらいだった。思い込みというのは、注意しなければならない。けれども、ここはやはり、健診よりは、治療を選んでおきたいと思ったのだ。

近くの駅から、その検査を行っている病院までは、シャトルバスが出ている。通勤客が大量に行き交うなか、陽射しを避けて、落ち延びていくかのように、田舎の中にある病院を目指す。

じつは、MRI検査を受けるのは初めてである。身体に重大な損傷や、病気になったことは何回かあったのであるが、それでもMRIを受けるほどのダメージではなかったということである。今回は、頭痛なので、脳の中をみてもらわなければならない。それでも、機械の中にはいる経験となった。個人体験としては、あまり心地よいものではなかった。何しろ、機械の音がうるさい。初めは人を試験するような、教会の鐘の音のようでもあり、許せるかとも思っていたが、その後2拍子になり、8拍子になり、ついにはダダダダという音になる頃には、裏で流れるクラシック音楽も効力をなくしてしまった。

心理学者ミルグラムの服従テストのように、慣れて惰性が働くようになると、この不快な音も、5拍子の音楽に聞こえてくるから、心理学の成果もバカにしたものではないと思った。10分足らずの検査が1時間以上に思えるのも当然ではないかと思われるのだった。

さて、医者の効用とは何かと言われれば、教員と同じで、結局のところ個人への影響をあまり行使出来るものではないということになる。けれども、他の症例を知らない患者にとっては、検査の結果を聞き、他者がどのように対応したのかを教えてもらうだけでも、すごく安心する、というのか、諦めることが出来るということだと思われる。自分の脳のスライス画面をみて、血液の流れがどのようになっているのかを観ることができるだけでも、納得できるものだと思われた。

でも、基本的には、個人への外部からの手助けがどの程度出来るのかは、「協力」の範囲を出ないということだと思われる。つまり、本人の本体の認識については、あくまで本人に属していて、それ以上の内政干渉は許されないということになるだろう。けれども、ここも「協力」ということの内容の問題だと思われるが、外部からだからこそ、協力できることが存在するということに違いないだろう。

0915_2帰りには、千葉へ出て、いつもの珈琲を一杯。検査よりも、この一杯の方が心理的には効いたのかもしれない、と言ってはいけないだろうな。

2012/09/11

マウリッツハイス美術館展で、鑑賞者の狂気というか熱狂というのかに出会う

0914自分のことを棚に上げての話だが、ついこの間まで、「不況だ」「格差だ」「貧困だ」と言っていて、いまでも好転したわけではないのだが、この行列はどのような事態だと言いたい。この忙しく、経済的にも政治的にも、危機が迫っているのに、この余裕はどうしたことか。けっして批難しているわけではなく、危機が煽られる一方で、こんなに並んで入ることに情熱を傾けている余裕について、むしろ好ましいとさえ思っている。

0914_2妻が美術館への入場券を早い段階で取ってくれていて、インターネットの恩恵がこれほど出た機会も珍しい。朝の9時前には、すでに都美術館のなかに入っていた。0914_3上野駅に着いた頃から、ちょっと嫌な予感があった。すでにこの時間にして、文化会館前には人があふれていたし、前回来たときにはなかった珈琲チェーンのSの前にも、行列が出来ていた。さらに、向かいの喫茶コーナーにも人垣があった。国立博物館前は、広く見通しが効く公園だという印象で会ったのが、急に人であふれかえる公園に変身していたのだ。

0914_5それで、都美術館に着く頃には、前にも人があふれていて、すでに入場制限が始まろうとしていたのだ。9時ですよ。ちょっとちょっと、という感じだった。あわてて、うしろを振り返ると、前にいる人びとよりも、すでに後ろに付いた人びとの方が多くなっていた。みんな前へ前へつんのめるようにして、会場へ入っていく。人のことは言えないが、何を観たくてこんなに並ぶのだろうか。0914_6人が並ぶから並ぶのだ、という集団心理を信じたくなる。このマウリッツハイス美術館には、17世紀オランダとフランドルの絵画で有名なところが集まったのだ。ちょうどこの美術館が改修工事に入っており、それを利用して、大挙して押し寄せた。

0914_7これまでの宣伝が効いて、フェルメール、レンブラント、ルーベンスなどを観ようと押し寄せたのだった。とくに、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が来ていて、フェルメールはテレビや展覧会で、日本人の間に広まっていて、それがこの行列騒ぎに結びついたのだった。その絵の前は、ただ通りすぎるだけでも、30分行列を作らなければならないことになっていた。並ぶのは嫌だったので、通り過ぎずにじっくりと見る場所へすぐ行って、なぜかそちらは並ばずに良くて、しかも空いているのだが、そこで時間をかけて観たのだった。0914_8そういえばさらに、展覧会の最後とのところに、この「真珠の耳飾りの少女」の模写が置いてあって、自由に背景として写真を撮ってよいというサービスが設けられていた。当然、行列をなしていて、その模様を取らせていただいたのだ。こう観ると、やはり並んでいるから並びたいという集団心理の存在は、さらに信憑性を増してくる。

もし今日の一枚ということであれば、レンブラントを挙げたい。この時代に絵画の描法が一大転機を迎えたことを示す、それほどの自画像と肖像画だったと思う。これは観ておかなければならないと思わせるものがあった。この17世紀オランダで何が起こったのだろうか。レンブラントの革新性について、素人のわたしが言えることは少ない。もちろん、このところ映画も来ていたし、前評判が良かったということもあるが、実物の凄さは言葉を失う。1630年頃の「笑う男」、晩年の1667年の「老人の肖像」、1669年の「自画像」は、かならず実物を見たい。

果たして、一枚の絵画なのであるが、見え方が違うのだ。遠くから観ると、写真を見るかように、見事な描写になっていることがわかる。それは、弟子達の模写が来ていたので、そのまま描けば、その模写と同じだっただろうな、と思う。けれども、一歩その絵の近く圏内に入っていくと、その顔はぼろぼろの絵の具の端切れが並んで置かれているに過ぎないのだ。つまり、一枚の同じ絵でありながら、画家の描く顔を見る「目」と、遠目から観る鑑賞者の「目」とは異なるものを観ているのだ。これが写真ならば、遠くから観る写真と、近くから観る写真とは、同じものとして均質な画像を送ってくるに違いない。ところが、レンブラントの絵は、近くにいる人と、遠くにいる人とに、違う画像を送りつけるのだ。しかしながら、どちらも一枚の絵画であることは間違いない。

何を言いたいのかといえば、よく言われているように、この時代にあって、はじめて鑑賞者の目というものを意識せざるを得なくなったという状況があった、ということだ。いわば、スポンサーが付いて、絵画マーケットというものが、オランダの商業的繁栄と共に、確立したのだ。宗教画を描く、中世の絵画から脱して、世俗画を描く画家達が誕生してきた、という事情が働いている。

0914_9なぜレンブラントが、これほどに「光と影」のコントラストを強調したのかが、よくわかる。絵画「メシオンの賛歌」で、もちろんイエスに光が当てられているのだが、神の世界や宗教の世界よりも、もっと庶民に近いところに、強烈な光を当てていて、この異常なライトアップで、鑑賞者の求めに応じているのだと言えるのではないだろうか。レンブラントの画家としての位置づけがよくわかる一枚である。

0914_10それは現代においても、効果が絶大である。わたしたちがなぜこれほどにフェルメールやレンブラントに魅せられるのかは明らかである。オランダを飛び越えて、日本の庶民にも時代を超えて、描法の革新を見せつけ、これほどまでに行列をしてまで、観させるほどの不思議な魅力を振りまいているからである。17世紀の鑑賞者に対して、新しい描き方を行ったばかりか、わたしたちの求めにもすでに400年前に応じていたと言えるのだ。

0914_11行列の長さはいや増すばかりで、帰りにはついに建物に入りきらず、さらに敷地内にも並ぶことができず、ずっと先の上野動物園を回る方にまで続き、2時間以上待っても会場に入れないほどの行列に達していた。帰り道、途中途中の前売り所では、そこでも行列がたっていた。止まることをしらない、人の列であった。0914_12すでに、見終わったから、余裕をもって眺めていられるが、平日の午前中にきて、まさかこんな行列が出来ているとは、誰も思わないだろうな。こんなに暑い気候の中で、ここまで来てしまうと、集団の狂気に近いものを感ずるのだった。

0914_13じつは行列はまだまだ続くのだ。つぎは食欲の行列だ。昔の上野駅構内には、駅長の貴賓室があったということだ。そこが改装されて、昔の様子をステンドグラスなどにすこし残した料理店となっている。0914_14銀座の「L」が入っている。ディナーになってしまうとわたしたちには高額になってしまうが、昼ならば、それほど高いランチではない。ということで、昼前に着く。ところが入ってみると、すでにボックスがふたつ空いているだけで、奥の貴賓室は満杯であった。

0914_15味を抑えたスープと鴨料理を食べて、デザートが付いて満足だった。0914_16午後からの仕事に十分な栄養であった。と、それで外に出ると、すでに数十人の行列が出来ていたのだった。行列に始まり、行列で終わった、上野の散歩であった。

2012/09/09

インタッチャブルズ(仏)なのか、アンタッチャブルズ(英)なのか

0911夜になった。仕事を店仕舞し、今日も非力を恥じて、星を仰ぎながら、K街へ出て映画を観る。

映画「最強のふたり」を目指すが、なぜこの映画の題名が「最強のふたり」なのか、どうも相当違うのではないかと思う。原題は、「intouchables」ということで、「触れることのできないこと」というたいへん分かりやすい題名だ。首から下が、完全に麻痺している身障者のFと、前科のある黒人ヘルパーのDとのユーモアあふれる関係を描いた映画だ。だから、プライベートなところでは、通常の感覚では、「触れることのできないところ」のあるということが問題となってくるという設定である。「触れることができないところ」を、触れてしまうことによって、個人の枠を超えることの素晴らしさ、楽しさを、そして、恐ろしさと難しさをうまくすくい取っていると思う。

ひとつは、身障者が健常者の機能を失うと、それ以外のところで、健常者を超えるような能力を発揮するという例だ。この映画には、これらの例がたくさん含まれていて、人間というものの可能性へ挑戦していると思う。この意味で「創造的」であると思う。たとえば、普通の性欲は失うが、耳がそれを感じる。というところは、ひとつの例にすぎない。それで、個人の身の回りのことにまで、他者が干渉するときに、どのようなことが起こり、他者との特別の関係を必要とするようになるのかが、見事に(とわたしたちには思えるのだが、当人には当たり前のことかもしれないことが)描かれている。

個人Aさんが身障者で、個人Bさんが介助者である時に、Aさんの人格の内部まで、Bさんは入り込まなければならない。たとえば、私信の手紙まで、読まなければならないのだ。ところが、それにとどまらず、Bさんは自分の人格を変えて、Aさんの内部に入り込まなければならない。身の回りのことならば、福祉や医療で日常的に行われていることである。ところが、高所恐怖症であるにも関わらず、飛行機に乗ったり、ハングライダーに乗ったりしなければならのだ。Bさんにとっては、それまで嫌いであったことも、Aさんの介助を行うときには、曲げて一緒に行わなければならないのだ。

ここの描き方に、アメリカ映画と、フランス映画との決定的な違いがあると思われる。アメリカ映画では、このような個人を超えた能力は、個人の潜在能力の発揮と考える傾向にあるのではないかと思っている。それに対して、この映画もそうなのだが、何か一体となったものがその奥に存在することを示唆する傾向のあるのが、フランス映画だ。この違いはいったい何なのだろうと考えつつ、同時に、実話であるという現実世界の奥深さに感激したのだった。

2012/09/08

卒論で何が変わるのか

0909夏休み前に、W大の「職業論」演習をやっていて、学生たちは自分たちだけのことばかり議論していてあきたらしい。教室を回っていたら、「それじゃ、先生は今の仕事は好きですか」と質問されてしまった。もちろん、「好きですよ」と答えたが、具体的にどこが好きなのかと言われれば、たぶん返答に窮しただろう。

けれども、今日だったら、きっとはっきりと答えられるだろう。今日は、夏休み後の最初の卒業研究のゼミナールが、東京文京学習センターで行われた。そこで、一人の方が、体調を崩しただけで、あとの6人が出席してきた。しかも、例年になく、すでに結論部分まで書かれた草稿をかなりの人が提出してきたのだ。

最後まで書かれている必要がないのだが、山場となるような論文の中核部分が含まれているものが、この段階では必要があるのだ。つまりは、キラっとするアイディアがこの世に生まれたかどうか、ということだ。それは、ほんの片鱗でよいのだ。このとき、やはり教員になって良かったなと思うのだ。

それは、本人はどう理解しているのか分からないが、少なくともこのゼミのみんなの輪の中に入ってきたことが、切っ掛けとなって生れたものであることは間違いない。そして、論文が進んだのだということである。もしこの集団に加わらなかったならば、おそらく4月から現在までの間で、これだけのアイディアを生み出すことは不可能だったに違いない。自分の努力はもちろん誇りに感じてもらっても良いが、他方で集団効果のようなものが働いたことも実際には相当な影響を与えていると思われるのだ。

ひとつのことを書き切った時の顔は、疲労で荒れていても、輝いている。今日のみんなは、そんな顔を見せていた。全部の話を聴くのは、数時間かかるのだが、それでも勢いがあるということは皆にわかることなのだと思われる。

卒業研究の利点は、どこにあるのだろうか。一時は、学部では授業中心で行って、論文作成は大学院で行ったらどうか、とも考えたこともあったが、どうもそういうことではないらしい。卒業研究独自の存在理由があるように思える。第一に、修士論文が二年かかるのに、卒業研究は8ヶ月で仕上げなければならない。集中力がつく。第二に、ダカラと言って、決して卒業研究の質が落ちないということもある。つまりは、短期だから、書くことができるというテーマもあるのだ。練習というのだろうが、この言葉ではすくい取れない状況があるのだ。

0916第三に、もっとも重要な点は、「始まり」ということではないだろうか。まずは、書き始めてみることは、たいへん大切なことだと思われる。自分の世界が広がったような感覚が、この「始まり」で生ずるのだ。そして、この始めたことが、周りの世界へ次第に影響を及ぼしていくことを感じることができれば、大したものだと思われる。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。