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2012/08/31

神保町の喫茶店で、ミステリーを読む

831久し振りに、神保町に出た。野球発祥の地に立つビル、あるいは新島襄の生誕の地に立つビル、あるいはT大発祥の地であるビルで、会合を開く。放送大学の社会科学系の修士OB・OG会が、機関誌を発行しようということになって、各研究会から編集委員を推薦してもらい、その方々が集まった。

その結果、A先生の政府間研究会から、N大学の先生をしているTさんが送り込まれ、S先生の環境研究会からはOさんが出席し、さらにわたしたちの比較地域研究会からは、HさんとKさんが加わることになった。それで実質的には、第1回の編集委員会となってしまったのだ。

831_2最初だったので、慎重な提案をして、どのくらいの機関誌への需要があるのか、見極めてみよう、とわたしは言ったのだが、もう皆さんは、そんな段階は通り越していた。それで、わたしはその提案を直ちに引っ込めて、さっそく編集委員会に突入したのだった。

集まった皆さんは、第一に、研究会を超える「連合」的な機関誌を作りたいという希望は以前からはっきりしていた。また、話し合っているうちに、第二に、修士在学生や学部生をも巻き込むような、「包容力」のある寛容な機関誌にしたい、ということもはっきりしてきたのだった。当初は、修士を出て、博士課程程度の、リフェリー付きの上級の雑誌だけを目指すということだった。けれども、上級と初級の二種類、あるいは二部構成でも構わないではないかという、意見が大勢を占めるようになった。

第三には、力が付いてきたら、「特集」を組んで、編集部としても、積極的な運営姿勢を持ちたい、という機運が芽生えてきたのだった。つまり、ここが重要なところだと思われるのだが、なぜ機関誌を持ちたいと考えるのかが、問われるところでもあるのだ。

論文を書きたい、ということには、実はそれを読んでくれる人びとを必要としていることを、決定的に意識したということではないだろうか。論文を提出することは、つまりは読者との関係を通じたいという欲望が存在するということではないか、ということに行き当たったのだと思われる。

831_3Tさんはスーツケースを転がして、新潟へ戻って行った。他の方々も、地下鉄駅に吸い込まれて行ったので、わたしは残って、神保町の本屋を少し渉猟して回ることにする。東京堂の洒落た書棚をざっと見て、三省堂の何時もながらの雑然とした大量の書棚から、二、三冊購入して、横丁の古い喫茶店「R」へ入る。831_4木造りの焦げ茶の効いた壁が、落ち着かせる。グループで入っても、一人で入っても、長居できて、特別な空間が確保されているという雰囲気が良い。それは、店員の雰囲気にも転移している。

チキンカレーを食べながら、先ほど購入したミステリーをさっそく読む。831_5今日最後のコーヒーは、この喫茶店名物の生クリームのたっぷり入って、口の周りにふわっとくっ付く、ウインナコーヒー。甘いクリームが溶ける頃に、苦いコーヒー味が顔を出してくる。その香りと酸味の効いた具合が好きなのだ。

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