« 取るものも取りあえず、東京圏をあとにする | トップページ | 野草で天ぷらをつくる »

2012/08/11

小水力発電所が完成していた

Photo昨年来たときには、工事中であった近くの小水力発電所が完成していた。小水力というから、もっと小さなものなのかと思っていた。モーターだけを包むようなものが、小川に上にちょっと置かれるのかな、と見ていた。ところが、工事中の時から危惧していたのだが、なんとも立派すぎる建物で、かつ、このような山の奥にはあまり似つかわしくないようなのっぺりした建物で、ちょっと無粋な感じだ。出来たな、と喜んでやりたくても、そっぽを向かれたような気がする。

Photo_2せめて木造にして、発電機が回るところがガラス窓から見えるような建物に出来なかったのであろうか。唯一外から触れることが出来るのは、余分な水を逃がすバルブが外付けだけで、中核的な発電機などはまったく判らない。二、三年もすれば、周りは灌木や雑草で埋もれてしまうに違いない。

Photo_3山の「水車小屋」というイメージを持っていたのだけれども、そのイメージはまったくない。もっとも、発電側からすれば、コンピュータ制御で、保安を考えれば、致し方ないところだ。見せるために作られたのではなく、電力の効率的な発電のために作ったのだから、ということだろう。

Photo_4この小さな発電所を作った副産物があった。じつは取水口のところから、ずっと上まで山道が開発されていた。これまでは、猿たちしか通ることがなかった沢沿いの急斜面が、かなり立派な小径になっていた。娘と一緒に、これにしたがって、登ってみた。

Photo_6取水の水道がトンネルとなって、発電所に通じているのだが、それが以前は立派な渓流に出会ったのが、現在では、かなり上から地下を通る形になっていた。この点でも、山から沢が消えてしまったというマイナス効果が存在したことがはじめて判った。

Photo_7それで崖沿いを登っていくと、なんと、ずっと遠くだと思っていた、別のH山別荘地帯へ直通していることがわかった。バスで迂回すれば、10分くらいはかかるところへ歩いて直行できるのだ。昔から開発されたところで、写真のような大きな社員寮のような建物が並んでいる。Photo_8今では、会社にもこのような別荘を抱えておく余力が無くなってしまったけれども、一昔前には、このような山奥にも、余裕のあるこのような場所がたくさん存在したことを示している。ある意味で、日本の産業遺跡のひとつだと言っても良いのではないだろうか。

Photo_9もう一つの散歩コースを見つけたという喜びと、清流の沢がひとつ無くなったという憂いとが交錯した山歩きとなった。また、このことには、小さな状況であるとはいえ、原発とその代替発電との複雑な人間の事情が反映されていることを改めて認識しないわけにはいかなかった。

« 取るものも取りあえず、東京圏をあとにする | トップページ | 野草で天ぷらをつくる »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/55569499

この記事へのトラックバック一覧です: 小水力発電所が完成していた:

« 取るものも取りあえず、東京圏をあとにする | トップページ | 野草で天ぷらをつくる »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。