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2012年8月に作成された投稿

2012/08/31

神保町の喫茶店で、ミステリーを読む

831久し振りに、神保町に出た。野球発祥の地に立つビル、あるいは新島襄の生誕の地に立つビル、あるいはT大発祥の地であるビルで、会合を開く。放送大学の社会科学系の修士OB・OG会が、機関誌を発行しようということになって、各研究会から編集委員を推薦してもらい、その方々が集まった。

その結果、A先生の政府間研究会から、N大学の先生をしているTさんが送り込まれ、S先生の環境研究会からはOさんが出席し、さらにわたしたちの比較地域研究会からは、HさんとKさんが加わることになった。それで実質的には、第1回の編集委員会となってしまったのだ。

831_2最初だったので、慎重な提案をして、どのくらいの機関誌への需要があるのか、見極めてみよう、とわたしは言ったのだが、もう皆さんは、そんな段階は通り越していた。それで、わたしはその提案を直ちに引っ込めて、さっそく編集委員会に突入したのだった。

集まった皆さんは、第一に、研究会を超える「連合」的な機関誌を作りたいという希望は以前からはっきりしていた。また、話し合っているうちに、第二に、修士在学生や学部生をも巻き込むような、「包容力」のある寛容な機関誌にしたい、ということもはっきりしてきたのだった。当初は、修士を出て、博士課程程度の、リフェリー付きの上級の雑誌だけを目指すということだった。けれども、上級と初級の二種類、あるいは二部構成でも構わないではないかという、意見が大勢を占めるようになった。

第三には、力が付いてきたら、「特集」を組んで、編集部としても、積極的な運営姿勢を持ちたい、という機運が芽生えてきたのだった。つまり、ここが重要なところだと思われるのだが、なぜ機関誌を持ちたいと考えるのかが、問われるところでもあるのだ。

論文を書きたい、ということには、実はそれを読んでくれる人びとを必要としていることを、決定的に意識したということではないだろうか。論文を提出することは、つまりは読者との関係を通じたいという欲望が存在するということではないか、ということに行き当たったのだと思われる。

831_3Tさんはスーツケースを転がして、新潟へ戻って行った。他の方々も、地下鉄駅に吸い込まれて行ったので、わたしは残って、神保町の本屋を少し渉猟して回ることにする。東京堂の洒落た書棚をざっと見て、三省堂の何時もながらの雑然とした大量の書棚から、二、三冊購入して、横丁の古い喫茶店「R」へ入る。831_4木造りの焦げ茶の効いた壁が、落ち着かせる。グループで入っても、一人で入っても、長居できて、特別な空間が確保されているという雰囲気が良い。それは、店員の雰囲気にも転移している。

チキンカレーを食べながら、先ほど購入したミステリーをさっそく読む。831_5今日最後のコーヒーは、この喫茶店名物の生クリームのたっぷり入って、口の周りにふわっとくっ付く、ウインナコーヒー。甘いクリームが溶ける頃に、苦いコーヒー味が顔を出してくる。その香りと酸味の効いた具合が好きなのだ。

2012/08/29

歩く人、料理する人、走る人の恋愛で、危険なこととは何か

Takeただただ「歩く人」がいて、その足をカメラが追って行く。それは、素足の綺麗な女性で、結婚している相手の夫は、チキン料理のレシピ本を出すために、ただただひたすら「料理する人」だ。このカップルに、リキシャ(人力車)で稼いでいる、ただただ「走る人」が三角関係として現れる。ここでドラマが進行し出すことになる。

歩く足の描写から始まる映画「テイク・ディス・ワルツ」で、気になる映画描法が使われている。恋愛の三角関係を描いている映画だ。最初は、歩く人と料理する人との恋愛から始まる。ところが、互いの関係へ入り込むと、それぞれの関係が危険水域へ入ってくることになる。

例えば、歩く人が走り出すと、それは危険な匂いが漂ってくる。それで、それぞれが歩いたり、料理したり、走ったりしない範囲での付き合いであれば、まだその関係は曖昧なままだ。例えば、二人で泳いだり、コーヒーを飲んだり、お酒を飲んだりすることは、まだ危険水域には入っていないことを示し、許せる範囲の付き合いだ。

この比喩の使い方は、直接的な関係を描くよりも、リアリティがあって、新鮮な描法だと思った。映画監督の並々ならぬ、感性を感じさせるところだ。

思い出してしまったのは、ちょっと汚い話で恐縮なのだが、オシッコを漏らすシーンだ。映画で、プールの中でエアロビクスを女性たちが行っていて、(そう言えば、なぜエアロビクスは女性ばかりが行うのだろうか)、主人公がやってしまうのだが、プールの水がそれに感知して、ブルーの色に変わるのだ。プールの水にこんな仕掛けをしているところをみると、一般的にプールの中でモヨオすのは、常にあるということなのだ。

先日のロンドン・オリンピックでも、ある水泳選手がそのことを告白していて注意を受けたが、それに対して、金メダルをたくさん取った有名な選手が、そんなことは当たり前にやっているだろう、と発言していて、なるほどと思った。そういえば、その昔小学校では、プールの塩素を効きすぎるくらいに効かせていたが、この消毒の意味はここにあったのかと思う。わたし自身がそうしたのかは、すでに時効とはいえ、想像にお任せしたい。

ロマンチックでないからか、非日常だからというのか、いずれにしても、泳ぐ人たちは不倫関係を表してはいないのだ。もちろん、モオヨす関係もまだまだ危険ではないのだ。けれども、歩く人が料理をし、歩く人が走るという関係が現れると、それは相当危険な関係に陥っていることになる。

Take2この映画「テイク・ディス・ワルツ」は、詩人ロルカの詩に題材を得たL.C.の歌「Take This Waltz」から題名を取ったらしいのだが、その関連は最後にこの曲で、二人がワルツを踊るシーンに関係してくる。この辺が、思わせぶりが多い割には、意味のないところが多いと感じさせてしまうところだ。もうちょっと、細やかな心の動きをみせてもらいたかった気がしないでもない。と思っていたのだが、夜になって、よく寝た後、この映画のことを思い出していたら、この詩の内容というよりは、この題名に関係するのではないかと思い始めた。

これは一種の逆説のようなものではないかと、わたしは思い始めた。じつはこの映画についての批評が出ていて、「後味の悪い映画だ」と皆が言っているらしい。けれども、もしこの映画の監督が「後味の悪い映画を作りたかったのだ」と考えていたならば、どうだろうか。それならばそれで、たいへん今回の映画が成功しているということになるのではないか。そしてじつは、わたしはその通りだ、と思っている。

何が言いたいのかといえば、「ワルツを踊る」ということは、踊る度毎に、パートナーを替えるということなのだ。もし恋愛でも、いつもパートナーを替えていたならば、それはそうとうに、後味の悪い恋愛になるのではないだろうか。それと同じである。

ちょっと視点を変えるならば、今日の世の中には、パートタイムの仕事が多くなってきている。それは時代の要請なのだが、実は物事はそう簡単には推移していないのだ。仕事だけがパートタイムになっているばかりか、実は生活のあらゆる活動がパートタイムになっていて、パートナーをいつも変えなければならない状況におかれているのだ。この映画は、これらの状況すべてを引き受けた比喩の映画だといえるかもしれない、と思っている。

2012/08/21

露草には儚さもあるが、ずっと続くようなイメージもある

820_25今年の気になる花は、先日ここで言ったとおりなのだが、朝の散歩で気になる、もう一つの花といえば、やはりムラサキツユクサだ。朝だけの特別な花で、目立たないけれども、この青色には魅せられる。

一輪挿しに、この数本がすっと入っていると、本当に清々しい。この花は出し惜しみしないところが、とても好きだ。道沿いのみんなの見えるところに、ずっと連なって、いつもみせてくれるのだし、他の花が到底拒否するような、条件の悪い場所を得意とする。

緑の葉っぱが多くを占めていて、その雑草群のなかで、この青色が絶妙だ。控え目ながら目立っている。この特徴をさらにきわだてせている露草があるらしい。けれども、この配色で、他に調和の可能性があるのだろうか。そんなムラサキツユクサを見てみたいと思っていた。

820_26昨日、M市内へ出た時に、この街に前から藍が育っていることは知っていて、街中の花壇に植わっていたのを見ていた。ところが、この靴屋さんの店先には、その藍と並んで、写真のような大きな花びらの露草があった。

それは、こんな太陽の日差しの中でも、堂々としていて、いつもの露草とはどこかやはり、違っているような気がした。インターネットで調べると、その名前も「青花」という名前で、青い花の代表選手のような、貫禄とまでは言わないけれども、露草が木蔭の雑草というイメージなのに対して、こちらだと明らかに観賞用として通用するような種類だと思った。

店の女主人が「外来種なのよ」と教えてくださったのだが、可憐すぎるというムラサキツユクサに対して、ちょっと大きくて、ちょっと実用的で、ちょっと太陽に強くて、茎から先がちょっと違っているだけで、ロマン的な印象が、現実的な印象に変わるものだな、と思った次第である。

外見は同じである。ところが、イメージはまったく異なるのだ。これは、青花派と露草派に別れるだろうな、と思う。

2012/08/20

昔の記憶が思わぬところで蘇る

820_2母と妹が東京へ帰るというので、M市まで見送る。コミュニティバスに乗って、O町へ出て、そこから大糸線なのだ。O町の街はつねにシャッター街で、人気が無いのだが、朝と夕方の通学時間だけは、駅から中学・高校までずっと生徒の列が続く。820_3いつもは、どこに隠れているのか、と思うほどである。また、身体障害者の人たちも、共同作業所へ通うので、集団を作っている。バスにも、二人乗っていた。

820_4M市では、日差しが強く、肌がひりひりする。熱中症は慢性化する恐れがあるので、今日はちゃんと帽子をかぶって来た。電車の窓からの陽の光が、冷房の壁を破って、侵入してくる。820_6古典の文庫本を持ってきたが、こんなに短い文章だったのか、と思えるほど、あっけなく中心部を読んでしまった。陽の暖かさで、夢うつつに社会の姿がぼおっと霞んで見えた。満員電車のなかで、またまた居眠り。
    
820_7M市では、昨年はサイトウキネンのTシャツが店を飾っていたが、今年は水玉模様のこの人だ。市の美術館で、大展覧会が催されている。そして、街を走るタウンバスの模様まで、デザインしてしまったらしい。ちょうどわたし達のまえで、曲がっていった。820_8気をつけてみると、運転台の前の水玉には、マジックインクで書かれたKの自筆サインが描かれていた。デザインとして、デザイナーのロゴが入ることはあっても、自筆サインが書かれているバスは、珍しいだろう。それにしても、80歳を過ぎて、意気盛んである。

820_9彼女のホームページを観た妹が、そこに彼女のお母さんの写真が掲げられていて、それはたしかにわたしたちの通っていた幼稚園の講師の方だった、といっていた。とすると、やはりわたしも彼女から絵画を習ったことがあるというのは、ほんとうのことかもしれない。820_10けれどもまだ、確信を得られないでいる。もしそれがほんとうのことであっても、それだから絵がうまくなるわけでもないので、まだ当分、このミステリーを楽しんでみたい。

820_11それで、中町で母たちと、いつもの山家定食と、山里定食で、枯れていて信州らしい山菜中心の食事をする。食が細くなってきていて、山菜だけでいっぱいと思っていたのであるが、山家定食には、ワインと、紅鱒の甘露煮が付いてくる。820_12この甘露煮は、ことことと時間をかけて煮たと書いてあったが、形は写真のようにきちんとしているにもかかわらず、味は濃く浸みており、骨も完全に食べられる状態になっていた。頭も尻尾もすべて柔らかく煮込んであった。820_13これと、栗おこわとの取り合わせが絶妙だ。毎年思うことだが、一年に一回は食べたい食事である。

820_14今年、一番気に入ったのは、「しのぎ」の入った陶器だ。インターネット販売でも、近年流行を極めていて、かなりの作家が粉引の「しのぎ」ものをこの界隈へ出品していた。中でも、Tにあった大きな「しのぎ」のカップはきれいだった。余裕があれば、購入したいところだったが、今年はすでに昨年から決めていたものがあったので、結局はC工藝店でコーヒーカップを購入した。820_15いつもはしゃべりかけて来るような人ではないのだが、珍しく、女主人の方から、磁器が好きなんですか、と聞かれてしまった。

820_16それから、Kへ寄って、珈琲用のポットを購入しようと決めていた。ところが、Kへいくと、写真のような看板があって、昨年同様というところが巡り合わせの不思議なところなのだが、残念ながらそのポットは手に入らなかった。娘から買ってもらった家のコーヒーメーカーも壊れてしまったので、ポットは珈琲飲みには必需品である。来年まで待って、Kを訪れるということも考えたが、一年というのはすこし先過ぎた。820_17それで、家にかえってから、インターネットで熊本の陶器屋さんから、それを手に入れることになった。これが、現代というものかしら。

820_18中町には、中町の文脈が流れていて、最近になって、その共通性をみんなが自覚するようになってきている。それが、規格化されるのであれば、中町のそれらしさを削いでしまうことになりはしないか、ちょっと心配になった次第である。街というのは、もっと猥雑な活力を必要としている。

820_19けれども、この猥雑な街の力が残っていると感じたのが、中町の最後の交差点にある、老舗お菓子屋のO堂中町支店であった。820_20ここのご主人が裏にある江戸時代からの蔵を見せてくださるというので、ガラス戸を越えて庭に回った。そして、二つの蔵を見せていただいた。ご主人の集めた収集品でいっぱいだったのだが、じつは感心したのは、小さな頃の記憶だった。

820_21わたしの通っていたM市の幼稚園がO院というところだったのだが、この隣がご主人の実家だったとのことだった。820_22それで、この幼稚園の建物が、かつての芸者の置屋であったり、(この幼稚園がバイオリン教室としても有名なところだったのだが、)それで音感が狂ったりしたなどの話を聞くことができた。820_23旅をして、昔の記憶に触れることほど楽しいことはない。自分の知らなかった、自分の中に潜在していた記憶が呼び戻されるからである。820_24今度は、別の機会にゆっくりとお聞きしたいと思いながら、M市を後にした。

2012/08/19

石窯ピザには、特有の職業世界が反映されていた

819_4午前中にW大の学生レポートへのコメントを作成して、メールで配信した。レポートの課題は、おおよそ「職業世界の現状と、自分の職業選択の状況とを比較しながら、職業の意味を論じなさい」というものであり、多くの学生はその課題に対して、評価軸を設けて論じていた。それで、学生達は、このレポートの評価基準をほとんどクリアしており、自分の状況についてもそれぞれの持つ意見を進めていたので、通常のレポートのように、教育的に文章指導を行うようなコメントを行うのではなく、学生それぞれの今置かれている状況について、むしらわたしの方で認識を深めながら、就職への意見に対する共感を綴ったものになった。

819_5職業選択では、学生の直感が多くを占めているのではないかという印象を、わたしたちは持ちがちだが、じつは本人のなかで、それぞれ文章に綴るくらいの確固たる必然性を持っている人が多い。中には、数種類の希望する職業を書いてきて、それを批評の対象にする学生もいたのは事実だが、それ以上に、学生達の置かれている現在の事情は複雑なことがわかった。

819_6W大の学生は個性的だと思われている。だから、すこし世間の常識的な職業選択ではないものを選んでも、周りからは文句は言われないだろうと思われている。けれども、意外に親に相談し、就職する会社もかなりの選択の幅を持たせている人が多いことがわかった。ある学生は、自分のやりたい職業は別にあり、二番目にやりたい職業に就きたいと就職活動を行っているのだ。あるいは、仕方なく二番目を選択した、などという記述が目に付く。心のなかは、意外なほど複雑なのだ。このような次善の策を選ぶ学生は、多くあり、このことが将来の自分であることへ、どのような影響を与えていくのだろうか。

818_5ストレートに会社名を挙げて、具体的なことを事例としてあげる学生も、少なからずいて、思いっきりの良い感想が聞けて、これはこれで、10年後の姿を是非観てみたい、と思わせるものだった。けれども、こちらがきっと生きてはいないだろうな、と思う。

819_7お待ちかねのピザなのだが、昨日予約がいっぱいで諦め、今日の11時半に取りに行くと注文しておいた。パン屋さんへ着くと、別棟の窯のある小屋から、店員の人が飛んできて、応対してくださった。819_12「夏野菜ピザ」「マルゲリータ」の二枚を手に持って、早足で家に戻り、さっそくいただくことにする。昼にもかかわらず、このピザには、ワインが似合うということになり、午前中にある程度仕事を終わらせておいて良かった、と思った次第である。一升瓶ワインを取り出して、さあ、という状態になった。
       
819_9ピザには、ひとつの世界があると思う。だいたいは大きな丸い形をしていて、全体の周辺を画定していて、ローカルな全体性を保持している。819_10生地とチーズという、ピザというものの基礎条件は、共通点をかならず維持していて、その上に、個性を謳歌するトッピング類が乗って、ピザの性格を確定することになる。819_11基礎と多様との調和が、ひとつの盤の上で調和している。ひとつの社会構成に似ているといっても差し支えないだろう。生地のイメージが石造りの西洋建築に似ているので、社会とはいえ、その社会は西洋社会なのかもしれないが。

819_8注目したいのは、マルゲリータであって、ピザというものの原型を保持していると思われる。生地とチーズとトマト、という三大構成要素を持っていて、その上にハーブの葉が乗っている。このマルゲリータが旨ければ、他のピザも旨いという法則性がある。そのピザという宇宙の基本構成なのである。

815_2ピザが好きで好きでたまらなかった時代があった。40歳代前半で、ちょうど仕事も毎日入っていて、忙しい時期だった。片手で食べることができ、仕事をしながら、食べることが出来ることが魅力だった。ちょうど、米国出張が重なって、NYでセントラル駅などのビュフェへいくと、切り身が安く売られていて、その場で立って食べることができた。大判のもので、窯から出したばかりのピザが売られていた。

825_2今回のピザは、石窯である。たぶん、熱の伝わり方、つまり焼き具合が微妙にちがうのだろう。こちらの領分は、旨さということに尽きるが、独特の食感があって、最後に鼻へ向かって突き抜けていく、おいしさの風の違いは、他のものとやはり異なると思われる。なぜピザは、切り分けられてから、食べるのか、という素朴な疑問も、これで解決できるだろう。石窯で焼く大きさがあって、それぞれの統一性に影響を与えているのだ、と解釈しておきたい。全体が存在していて、分配されて、一人分が画定されていく。まさに、国家の中の職業世界の仕組みそのものと言って良いだろう。

2012/08/18

今夏の花模様について

823_5今年、目立った花は、やはり蕎麦の花だ。近くの休耕地を埋めていた蕎麦が、このところずいぶんとあちこちに進出してきて、他の作物を圧倒するくらいに、面積を増大してきている。

Photo_20田舎に到着したはじめの頃は、ほとんど蕎麦の花は咲いていなかった。だいたいは、秋そばに時節を合わせるから、わたしたちが東京へ戻ってから、花を咲かせると、ちょうど秋の食べごろに当たることになる。だから、例年、蕎麦の花の咲くのを見ることなく、この地を離れていた。

814_27ところが、これだけたくさんの蕎麦畑ができると、需給の関係で、早場米というのと同じで、早く収穫を迎える蕎麦も出てきたのではないかと、想像される。食べるには、流石に間に合わないが、花には間に合うようになったということだ。

818_3それで、写真のような白一面の蕎麦畑を見ることができるようになった。また、昨年度の信州の蕎麦屋さんを舞台にした、NHKの朝ドラも功を奏して、白い畑を観光客がいるうちに見せようとしたのかもしれない。

819_3いずれにしても、一輪一輪は、ご覧のとおり、可憐すぎる様子なのだが、これだけ畑いっぱいに白さが広がると、その白さは毎年拝まずにはいられないほどの白さと言っていいだろう。

2012/08/17

今年の猿事情はたいへん厳しいらしい

Photo_18相変わらず、お盆がすぎて、この地域に人がいなくなる頃には、猿の天下がこの地域に出現する。以前にも、ここに書いたことがあるが、このH地域は、昔から有名な猿の居住地だった。猿将軍と呼ばれる勢力ある猿軍が、存在する地域なのだ。

Photo_19今年も人がいなくなる頃を見計らって、監視役がいるかのように、出来する。だいたいは家の前を通るのは、収穫したあとの帰り道らしく、満ち足りた顔して通り過ぎて行く。今日も、隣のベランダで、カップルが愛を囁いていたし、小猿はハシャイで屋根に登って、踊りを踊っているかのようだった。

817いつも感心するのだが、用心深さに関しては一級品で、誰が監視しているのかはわからないが、キュイッという声がすると、猿たちはサッと逃げて行くのだ。個々にそれぞれ別の意志判断を行っているにもかかわらず、進む方向性は間違わない。何らかの記号が発生されていることは間違いないだろう。

824今年の猿事情が厳しいのは、次の点にある。一つは、集団が大きくなりすぎた。そのため、全体の統率がうまくいかなくなっている。そして二つに、集団内の競争が激化しているらしいのだ。いつもは、移動最中に喧嘩を行うことはないだろう。ところが、今年に関しては、感情が高ぶっていて、仲間同士の争いを移動の最中に二、三度見せている。何らかの事情で、仲間同士の争いを激化する理由ができているらしい。

818_4もう一つの事情があるらしい。それは、新たに東京電力が「小水力発電所」を開設した事と無関係ではないと思われる。ちょうど、取水の連なる清流が潰されて、猿たちの飲み水が確保できないことになったことが原因ではないかと、わたしは思っている。

823_3さらに悪いことに、この猿がわの危機感が、里へ出る回数を増やし、それに対しての、里の人間たちが過剰反応を示し始めることになってしまったことが、二重の不幸を生み出してしまったといえよう。ちょうど朝の散歩で、ちょっと上の住宅地を通りかかったところ、最後の猿軍団が通り過ぎるところで、これに対して、自衛団を人間は組織して、空気銃を持って退治しているところだったのだ。さて、どうなることやら。当事者にとっては、死活問題だけれども、空気銃はたぶん空砲で、脅すだけに使われているようだった。それが、ちょっと救いであった。
 

2012/08/16

桃に酔うということ

823昨日のパン屋さんに置いてあった、桃を買い求めて熟すのを待っているのだ。それが、仕事をして深夜になって来ると、プーンと香り立ってきて、むせるほどに甘い匂いをはなってきている。もう仕事はイイから、ほどほどにしなさい、と誘ってくるのだ。写真のように、右に覚醒のための珈琲、左に酩酊のための桃を配置している。桃がなければ、酔うためだけならばワインでも良いのだが、やはり仕事があるときにはほんとうに酔ってしまうわけにはいかないところがつらい。

819桃には、豊かな印象を持っていた。すこし高級な果実だ。このことをほんとうに理解したのは、きわめて最近のことである。

819_2じつは、桃太郎伝説が岡山の伝説であることを大人になるまでは知らなかった。それまでは、桃太郎は中央の、やはり京都当たりの伝説ではないか、と思っていた。鬼退治というのは、だいたい中央が地方をやっつける、ということを最終的な教訓とするために伝説化させたとのだと思っている。たとえば、鬼退治で有名な酒呑童子伝説は、中央である京都が帰化人である異端を支配においたことを、典型的に伝説化したものだと思う。

814_26それでは、なぜ岡山で鬼退治が問題になったのだろうか。これは、深遠なテーマである。岡山は、中国地方ではかつてから、地方であった。関西に対しても、広島に対しても、地方の立ち位置を保っていた。

となると、桃太郎は酒呑童子の地方版ではなく、むしろ立場を逆転させている。山奥から川に沿って流れ着いて、最後は鬼退治を果たしてしまう。むしろ、プロセスが大事で、途中で犬や猿や雉を家来にしてしまう。地方から、周りを統合して、中央の鬼退治を行ってしまう、典型的な地方主権モデルなのだ。

この意味で、桃には尊敬の念を持っている。他に、桃にまつわる思い出といえば、毎日一個ずつ必ず桃を食べる習慣を持っている人に出会ったことがあることだ。それは、わたしの目には、たいへんお洒落に映った。高校生時代のアルバイトで、建築現場の地鎮祭を請け負う会社に毎日通った経験がある。それは、今まで机の上だけで人生が動いていたのが、まさに180度違ったいわばコペルニクス的転回を果たした、生活の体験を受けることになって、これで随分と人生観が変わった思いがある。

毎日、工事現場に行くのだが、そこでテントを立てて、地鎮祭を行って、またテントを閉じて帰るという毎日だった。これで人生観が変わるというのも変かもしれないが、机の上以外にも、ノミナルな生活があり得るというのは、鮮烈な体験だった。仲間の中には、この生活が半分で、あと半分はギャンブルが占めていたという人もいて、それで10年が経ったと事も無げにいう人もいた。それはそれで、たいへんなリアリティがあったのだ。

桃は、それらすべてを表しているようだった。現実の生活の厳しさと、切った張ったの楽しさ苦しさと、桃をみるとそれらが凝縮されていたように思える。毎日立ち寄る八百屋さんが決まっていて、その人のためだけに、毎日一個は必ず桃が用意されていたのだった。

823_2というので、この一個というところに、豊かさと贅沢さが凝縮されているのだが、だから言い出しにくかったのだが、じつは冒頭の写真のパン屋さんの桃は、5個で200円だったのだ。安価だからといって、決して贅沢では無いとは言えないという、一つの典型例である。この香り立つ匂いがわかるだろうか。

2012/08/15

石窯パンの中身はモチモチだった

814_13午前中に、雲が北アルプスからおりてきていて、雲行きが怪しい。これだけ雲が掛かっていると、肌寒い感じがする。明日までの原稿の見通しが立ったので、娘の散歩に付き合う。
                              
Photo_17緑のトンネルの所々には、虫が発生するところがあって、都会で暮らしてきたものには、理解できない領分がある。ここに入ってしまうと、手痛い打撃、つまりは毒虫に刺されたような形になるので、要注意だ。それで、両手を振って、その場所だけはサッサと歩く。

814_10その昔、米国のワシントンへ初めて行った時に、人びとの街を歩くスピードの速さに驚いた。とりわけ夜になると、呼び止めることもできないほどの速さだ。ス、ス、スと、あれは虫除けだったのか、犯罪防止だったのか、速く歩かなければならないところが世界中に、いくつかあるのだ。

814_12そんなことを想って歩いていたら、タイミングを測ったように、向こうから競歩の選手が、歩いてきて、あっという間に田んぼの向こうに消えて行った。このなだらかな坂道を数キロにわたって登って行くのは、けっこうキツい運動なのではないだろうか。さて、競歩という競技も、もしかしたら、虫除けという実用的な競技だったのかもしれない。ちょっと、牽強付会でしつこかったかな。

825途中のK川は昨日の雨で、すっかり川の様子が変わっていた。水量は少なかったが、子供が泳げるほどに流れができていた。堤防からの水の流れも復活していて、ここに流れがあるだけで、世の中の精神的な温度が数度下がるだろう。814_14橋の上から、流れを見つめていたら、暇そうねという顔で、乗用車の観光客から観察されてしまった。ちょっと車の列から外れて、歩いて橋を渡り、川の流れをじっと見つめませんか。

814_25昨年から、今年に掛けて、新しい喫茶店、新しいケーキ屋さんが二軒もできた。どちらも、最初から流行りのデザインを決めていて、都会的で素晴らしいのだが、この土地にほんとうに似合うまでにどのくらいかかるだろうか。そのうち、入ってみようと思う。でも、このようなデザインを持ち込むのは、きっと地元の人ではないだろうな。

814_23目指す目的は、以前から買い続けている、天然酵母のパン屋さんだ。裏道からいけるのだ、と確信みたいのものがあったのだが、途中で右に行くところを左へ行ってしまったらしい。けれども、田舎道なので、そう通りが複雑なわけではない。脇に通っている鮮烈な小川を眺め、垣根の赤い実を写真に撮りながら、ゆったりと散歩を楽しむ。814_15このように一本幹線道路から入ってしまうと、庭からは球技に興じたり、かくれんぼを楽しんだりする子供たちが見え隠れして、都会の孤独を田舎で感じることもない。

814_16パン屋さんの店には、人が誰もいなくて、棚にあるパンを見ていると、女主人が駆けつけてきてくれた。りんごパンなどのカゴはすでに売れてしまって、空らの状態で、余り物に福がある、ということで、目をカウンターへ寄せると、何と今焼きたての石窯パンが乗っていて、どのような味がするのかわからなかったにもかかわらず、フルーツミックスの焼き込んだ、陶器の焼き物を思わせるパンを買い込んだ。814_17これが、本当に美味しかった。他のシナモン味、夏みかん味、スイートポテトパンもさることながら、これを食べてしまうと、石窯パンしか、目に入らないのではないだろうか。814_18すっかり日焼けして、笑顔の素晴らしい女主人に、また来ますと告げて店を出る。

814_19道路に出ると、なんという光線の具合だろうか、天空の街から、下界を見下ろしているかのような光景が、道越しに見えて、これは写真には収まらないとは思ったけれど、一枚パチリ。

814_20りんご園やら、蕎麦畑やらが道々に並んでいて、自然の整序を思い出させられる。食欲を刺激されながら、今日最後のコーヒーをバス停のそばにできたケーキ&喫茶店で、プリンと一緒に。都会風に、雑貨も置いてあり、東京でも見たような、青磁のうつわが展示されていた。814_21一応、経済学を学んだものにとって、近年はゼロ円の経済や、二つの価格の市場論を見てきているが、このような需要の少ないところでの磁器の価格設定について学ぶところ大であった。814_22物凄く高く設定するか、それとも、限りなく無料にしてしまうか、そのどちらかか、その両方だ。

2012/08/14

自然の整序というものがなぜあるのか

814_3自然法という考え方があって、社会科学を学ぶものは、学史や思想史を学ぶ時に、かならず通り抜けなければならない関門である。自然にとっての自然があるように、人間にとっての自然ということがありえるのだ、と教えられる。

814_5それで、自然と同じように、形の素晴らしい存在が、人間の織りなす制度にもあり得る、という錯覚にとらわれて、社会科学を学ぼうという思うのだ。この錯覚はとても大事で、錯覚がもしかしたら真実であるかもしれないのだ。

814_4未だに、自然の自然をみると、とても感動するのだ。こんな綺麗な形が、世の中にあり得るのだろうか、と思ってしまう。たとえば、この写真に写っている葉っぱの整序状況はいかがだろうか。何処かの国の軍隊が、命令一括すべての人が同じ方向を向いて行進するのとは、正反対の秩序であって、命令もなく、意図もなく、目的もないのに、まさに自然にこの形状が整うのだ。

814_7葉っぱや枝は、それでも植物全体の整序状況を反映していて、命令とまではいかなくても幹や根っことのバランスのいうことを聞いているのかもしれない、と想像される。それでは、違う種類の植物の自然さで、こんなのはどうだろうか。

814_8今年のヒットは、丸さである。こんな丸もあるし、あんな丸もある。丸になるからには、中央から均等に花びらや、棘が伸びている必要がある。それは、誰が命令しているのだろうか。そして、花の丸と、栗の丸と、どのような調整が行われているのだろうか。

818この辺になってくると、自然とは自然ではないような気分になっているから、不思議だ。生物学者や植物学者が、とても自然崇拝者ではないように見えてしまうのも、820失礼、自然の超自然的なあり方に問題があるからに相違ないだろう。

2012/08/13

T家を訪問して、野菜をたくさんいただいた

813いつもは、O町に着いてすぐ、夏のご挨拶をしてから、山の奥へ登って行くのだが、今年はこちらの体調が悪く、途中で寄って行く元気もなかったので、数日間家にこもって体調を整えてから、T家を訪問した。今年は、母と娘が一緒だった。玄関で、洋鵡のヨウノスケ君が出迎えてくれて、逆さになったり、横を向いたりして、ポーズを取ってくれた。

813_2お嫁さんであるJさんお手製の、お茶の添え物が、いつも洒落ていて、楽しみなのだ。今年とくに目立ったのは、とりわけ大きな梅煮である。これまでも、何度かご馳走になったが、とくに今年のものは見た目にも洗練されていて、しかも、美味しい。

814_2大きな丸さ加減というのが、この写真ではわからないかもしれないが、ガラスの皿をはみ出しそうに、プアーット膨らんでいるのだ。この外見からすると、あまり煮込んでなく、青梅そのままに見えてしまうかもしれないが、さにあらず、中はグジュッとしていて、ジューシーで透明の果肉がパンパンに詰まっている。

815娘は、煮込んであるのになぜこの色が出るのか、と質問していて、台所まで立って行って伺っていた。秘伝があるに違いない。聴いてみると、なるほどということになるのだが、秘伝というのは、当たり前でしかも決定的なものなのだ、と知ることになる。

814もう一つ、上品な味だったのは、夕顔で、冬瓜と夕顔との見分けがつかないわたしには、褒める資格は無いのかもしれないが、薄味でとろけるような餡かけが、夕顔の透き通るような果肉にちょうどよくあっていたのだった。こちらは、賞味しているうちに、写真を撮るのを忘れてしまうほどであった。(右上の写真は、娘が作り方を教えてもらって、あとで作ったものだ。)813_3いつものように、たくさんの野菜をいただいて、帰路に着いた。

813_4家の前で、迎え火を焚いた。陽が落ちると、ここの100メートルの範囲で、街灯が1本だけ、という地区なので、真っ暗になるのも早い。813_5その分、都会で火を見るよりも、その火が闇のなかで踊る様も強調されてきれいだ。

2012/08/12

野草で天ぷらをつくる

Photo_10娘が作ってきたキッシュが残っていたので、お昼にはこれと珈琲で済ますことにした。

Photo_11夕方には、お盆の迎え準備をするために、天ぷらを揚げることになった。母は、戦争中の話をし始め、野道から写真のような葉っぱを取ってきた。Photo_12それぞれ、何の葉っぱかわかるだろうか、というのは理科の時間の話で、どの葉っぱが食べられる、天ぷらで美味しい葉っぱでしょうか、ということになる。    

Photo_13タンポポの葉っぱや、桑の葉っぱは、それぞれ虫も食べるので、人間も当然食べることができる。味は、むしろ淡泊で、ころもを付けて、ようやく味が出てくる。Photo_15もちろん、この中で一番うまいのは、ヨモギで癖のある苦みが特徴だ。そして、この中でも、笹の葉は食用ではなく、天ぷらを乗せるために調達してきたものである。一番、美味しく見えてしまっても、カエデとは違って、筋がキツ過ぎるので、食べることには向かないのだ。

Photo_16戸棚の奥から、あまり使ったこともない、鉄製の深い天ぷら鍋を出してきた。油はどこだ、と探すと、出てくるわ出てくるわ、賞味期限が2年も過ぎているもの、1年過ぎているもの、処分する油のほうが、実際に使う油よりも多いというのは、なぜなのだろうか。

2012/08/11

小水力発電所が完成していた

Photo昨年来たときには、工事中であった近くの小水力発電所が完成していた。小水力というから、もっと小さなものなのかと思っていた。モーターだけを包むようなものが、小川に上にちょっと置かれるのかな、と見ていた。ところが、工事中の時から危惧していたのだが、なんとも立派すぎる建物で、かつ、このような山の奥にはあまり似つかわしくないようなのっぺりした建物で、ちょっと無粋な感じだ。出来たな、と喜んでやりたくても、そっぽを向かれたような気がする。

Photo_2せめて木造にして、発電機が回るところがガラス窓から見えるような建物に出来なかったのであろうか。唯一外から触れることが出来るのは、余分な水を逃がすバルブが外付けだけで、中核的な発電機などはまったく判らない。二、三年もすれば、周りは灌木や雑草で埋もれてしまうに違いない。

Photo_3山の「水車小屋」というイメージを持っていたのだけれども、そのイメージはまったくない。もっとも、発電側からすれば、コンピュータ制御で、保安を考えれば、致し方ないところだ。見せるために作られたのではなく、電力の効率的な発電のために作ったのだから、ということだろう。

Photo_4この小さな発電所を作った副産物があった。じつは取水口のところから、ずっと上まで山道が開発されていた。これまでは、猿たちしか通ることがなかった沢沿いの急斜面が、かなり立派な小径になっていた。娘と一緒に、これにしたがって、登ってみた。

Photo_6取水の水道がトンネルとなって、発電所に通じているのだが、それが以前は立派な渓流に出会ったのが、現在では、かなり上から地下を通る形になっていた。この点でも、山から沢が消えてしまったというマイナス効果が存在したことがはじめて判った。

Photo_7それで崖沿いを登っていくと、なんと、ずっと遠くだと思っていた、別のH山別荘地帯へ直通していることがわかった。バスで迂回すれば、10分くらいはかかるところへ歩いて直行できるのだ。昔から開発されたところで、写真のような大きな社員寮のような建物が並んでいる。Photo_8今では、会社にもこのような別荘を抱えておく余力が無くなってしまったけれども、一昔前には、このような山奥にも、余裕のあるこのような場所がたくさん存在したことを示している。ある意味で、日本の産業遺跡のひとつだと言っても良いのではないだろうか。

Photo_9もう一つの散歩コースを見つけたという喜びと、清流の沢がひとつ無くなったという憂いとが交錯した山歩きとなった。また、このことには、小さな状況であるとはいえ、原発とその代替発電との複雑な人間の事情が反映されていることを改めて認識しないわけにはいかなかった。

2012/08/09

取るものも取りあえず、東京圏をあとにする

Photo_44先週の長野学習センターの面接授業が終わって、家に着く頃からぐっと、身体に圧迫感があり、じつはそれ以降のことはあまり覚えていない。重要な会や打ち合わせが3つあって、例年のように長野にそのまま滞在せずに、東京圏に戻ってきたのだが、申し訳ないことに全部無駄になってしまった。

たぶん、症状からすれば熱中症だと思われる。面接授業では、一日5時間以上冷房の効いた部屋で立ちっぱなしで話をする。授業が終わると、炎天下にもかかわらず、気晴らしのために散歩をする。という繰り返しを二日間行ってしまった。

美味しいものを食べすぎたこともあるかもしれないが、近年にない腹痛と嘔吐に襲われた。それに、熱が8度くらいが続いた。この熱のせいで、記憶が途絶えているのだ。三日間があっという間に過ぎて行った。

一度、昼寝ていたので、夜中に起きたら、男子サッカーブラジル対韓国戦を放映していて、日本はどうなったのかと、気になった、というくらいオリンピックの結果からも、記憶は遠のいていた。

今日はようやく、予約していたあずさ17号に乗って、夢現の中を一路信州へ。例年のような、解放感はまったくない。この三日間はいったいなんだったんだと問いたい気分だ。迷惑をおかけした方々へはお詫び申し上げる次第である。

その気分も、松本あたりを過ぎ、大糸線に入り、安曇野を電車が走る頃には、腹痛はまだまだ予断を許さない状況ではあったものの、ここまで来てしまえば、何とかなるという思いに変わってきた。

救われたのは、読書だった。この三日間にも、寝床で頭痛に悩みながらも、本は読んでいたのだが、このような時の読書は、筋が切れ切れで、到底読んだと言えるようなものではなかった。これに対して、往きの電車の中で読んだ本が素晴らしかったのだ。昔読んだ本を読み返したものであったのだが、そこに書かれていることは、以前読んだものと、別のことのようであるようだった。このような古きを訪ね、新しきを発見する、という経験はよくあることなのだろうか。幸先はとても良い。

2012/08/04

日差しを避け暑さを凌いで、勉学に、旨いものに精を出す

Photo_27日差しが強い分、高地特有の低い湿気だ。汗さえも出てくる端から、太陽の光で昇華してしまうほどだ。駅を越えて歩いても、その汗も速乾だ。

駅前の旧丸光百貨店隣にある、長野学習センターへ着くと、センター所長のO先生が待っていてくださった。来年は定年で無事隠退生活に入られる予定だそうで、隠居後の計画をいろいろとお聞きした。松本市に住んでいらっしゃるので、わたしにも多少土地勘がある。テニスコートなどわたしにとっても懐かしい場所が話に乗った。これからの生活の舞台となるらしい。信州大学では、趣味でテニスをなさっていたということだ。

Photo_28朝10時に講義は始まったが、学生の方々のなかには、これまでにもお会いした方々が幾人か見える。今日は転地効果が働いているせいか、最初から口が滑り、危うくスピードを上げ飛ばしそうになる。最初が肝心で、放送大学の学生には必ず、この講義を選んだ動機が存在する場合が多いので、いつもそうだというわけではないのだが、それをまず聞いてから始めた方が、話しやすい場合があるのだ。

Photo_2面接授業が楽しいと思えるいくつかの理由があるのだが、その一つは、学生の経験を聞くことができる、ということだ。他の一般大学では、このことはほぼ望めない。このことに気付くようになったのも、わたしが歳を取ったということであり、放送大学の特性を理解するようになったということでもあるのだ。

Photo_3今回のテーマは、社会の格差問題であるが、学生の方々は様々な関心のもとに、この問題に接してきていることがわかる。とくに印象に残ったのは、労働に関連した「格差」への関心が強いと言うことだ。自分の働く現場で起こってきている世代問題、正規非正規問題などを挙げていた。「隣で働くAさんよりも、自分のほうが明らかにたくさんの労働を行っているのに、なぜわたしへの評価は低いのか、わからない」という具体的なことをおっしゃる方が多いのが、放送大学の特色だ。ぐっと核心へ、具体的な問題として迫ってきて、迫力があるのが、特色なのだ。このような大学は、日本のなかでも数少ないと思われる。

Photo_29昼食は14時からだ。毎年行っている、一軒家の喫茶店「I」へ行く。珈琲を飲んで、午後の英気を養う。ふと壁をみると、眼に毒なスイーツが掲示されていた。明日ならば、デザートに良いな、と思ったが、じつはここは日曜日はお休みなのだ。

Photo_4講義が終わると、やはり持病の頭痛がチリチリと出始めて、運動不足を教える。これも恒例となった、祖母の墓参りにS寺へ向かう。Photo_31駅前からなだらかな坂道を辿って、10分ほどのところにある。ここの浄水は、温泉水そのままで、しびれるほどの熱い湯が出る。手の内側から浄められる。Photo_32お参りのあと、曼荼羅絵を昔よく観せていただいた本堂の脇を通り抜けて、芭蕉の「奥の細道」に随伴した曾良の墓に詣でる。
 
   
Photo_33上諏訪の市街は、ご多分にもれず、シャッター街が続いているのだが、ところどころ洒落た店が残っている。この写真は床屋さんの鉄の浮き彫り看板だ。鋏の絵が効いているのだが、ほんとうに洒落ている。洒落ているから残ったのか、残っているから洒落ているのか、その法則性があるように思えてくる。Photo_34そして、やはり広告宣伝というものには絶大な効果があると、理由付けをしながら、再び駅近くに戻って、「I」に入って、写真の如くの「あんみつ」を注文する。講義の後には、身体が甘い物を欲している。

Photo_35続けて、湖畔へ出る。花火大会を観ながら、そばを食べるという趣向だ。手打ちそばで有名なYへ入る。家族連れなどで満員状態だった。入り口で「かなり時間がかかりますが、お時間は大丈夫ですか」と聞かれるほどだった。自慢できる物はなにも持っていないが、時間だけはいつも有り余るほど、ポケットにいれている。二つ返事で、座敷に通してもらう。

Photo_36お行儀が悪いとは思ったが、待ち時間に日記を付け、さらに現在懸案になっている事務的な仕事も難なく片付け、文書にまとめるところまでやっても、さらに時間があった。たっぷりと30分以上、清酒もすっかり空になった。たぶん手打ちの段階から、蕎麦を作っていたのであろう。道楽には時間がかかるのだ。蕎麦と暇を心ゆくまで満喫した気分だ。

Photo_37食べていたら、昨晩のテレビで放映されていた森繁久弥・淡島千景主演の映画「夫婦善哉」を思い出した。すこし酒がまわってきたこともあるが。映画の解説では、Y監督は、この映画は日本の「駄目男」の典型を描いた作品だ、と述べていた。

Photo_38船場の大店に生まれたボンボンが家を継ぐことができずに、女を作って家出する物語だ。典型的な没落商家を描いている。もちろん、この映画が作られた、戦後から高度成長期の人間像と比べれば、「駄目男」という決めつけは妥当だと思われるかもしれない。けれども、このような近代主義の基準をちょっと外して、この映画を観てみると、たとえば現代日本の現状と照らし合わせるならば、「駄目」というわけではないことも、十二分に描かれているとわたしには思われる。

Photo_39この男は、現代男の典型であり、日本男子のこれから進むべきひとつのモデルを提示していると、わたしには思われる。皮肉ではまったくない。第一に、女性に入れあげるという性質は、現代男の必須条件となってくる。映画では、淡島千景が素晴らし過ぎて、これならば、と思ってしまう。けれども、たとえこの蝶子のような女性でなくとも、若い男であれば(この点で、歳を取ってくると、わたし自身は現代男には入らなくなってきて、寂しい限りだが)、目にとめた女性を見逃すべきではないだろう。

Photo_41第二に、男は、(というと女はどうですか、と聞かれてしまうが、当然女も)船場の親が本業で蓄積した財産を道楽で使い果たすくらいの甲斐性を持っている必要があるということだ。映画では、食い道楽ということであり、それが実を結ぶことはないのだが、いずれその道楽が残っていくことも万に一つの可能性があるに違いない。本物を見極めるには、身上を潰すくらいの覚悟がなければ、道楽も中途半端になってしまうだろう。食い道楽は、そもそも消費の本流であり、消尽することを中核とした見上げた精神だと思う。

2このような道楽は、船場の財力がなければ実現されないし、贅沢を行うことに制限があるならば成り立たない。駄目男的なわがままさがなければ、道楽は成就されないだろう。消費の方法にも、品や徳の問題があるだろうが、将来日本の男性像としては、やはり道楽男タイプは見逃せないとわたしは考えたい。

Photo_42日本の繁栄がどのくらい続くかはわからないが、日本が有史以来最大の財力を抱えている状態であるという現状において、破滅型の駄目男になるよりは、ゆっくり消尽型の道楽男のほうがよっぽど良いのではないかと思っている。Photo_43映画「夫婦善哉」はこの意味で、駄目男を描いたのではなく、日本男性の将来像である道楽男を描いたものだと主張したいのだ。

絹産業の遺跡である「片倉館」を横切って、宿舎にもどる。この建物にも、道楽の要素がたぶんにあるのを観ることができる。

2012/08/03

東京を脱出するには

Photo_15東京圏の暑さから逃れるには、やはり信州が良いと思う。新宿の暑さと、諏訪までの移動距離の長さとを天秤にかけても、次第に暑さのほうが重くなってくる、今日この頃である。年中休みなしの仕事を継続するには、暑さからの脱出を図らねば、という季節を迎えている。
 
Photo_16時間をかけても、十分に都会を脱出する価値がある。暑さには、自然の暑さもさることながら、都市からくるところの人間関係の暑さが含まれていると思われるからだ。思われるどころではなく、ヒートアップはむしろ精神的なものが大きい。明日の朝からの長野学習センターでの面接授業に備えるために、前日に諏訪へ向かう。多摩川を抜ける当たりから、気分が乗ってきて、田舎へ向かうんだという自覚が募ってくる。なぜにこんなに気がせくのか、自分でも不思議なくらいだ。

Photo_17気が早まっているのだろうか、かなり早く新宿駅に着いてしまった。乗るべきあずさ号の姿もない。それで、駅ナカショップを観察することにする。なぜこれだけ駅ナカの店に需要が集まるのだろうか。価格はだいたい2,3割増しであるから、安さが理由でないことはわかる。それでは、便利かといえば、駅の中に入ってしまった人には便利であっても、所詮通り過ぎるだけの人に対する需要だから、それほどの品揃えがあるわけではなく、便利さもたいしたことがない。

Photo_18駅に滞在する理由が何もなければ、これほど人はショッピングする気分にはならないだろうし、喫茶店やパン屋や書店に群がる気にもならない。人びとは駅ナカで、何を行っているのだろうか。たぶん、「待っている」というのが、通り過ぎる人以外の多くの共通点なのではないか。特に、喫茶店はこの需要にぴったりであり、ホームで待つよりは圧倒的に、喫茶店で待ちたいと思うだろう。わたしの隣には、家族連れが座っていて、旦那を待っていた。サラリーマン二人が、携帯電話をかけまくって、売り込みを行っていたが、やはり契約の返答待ちであった。このように、人びとの「待っている」需要も、積み重ねられれば、立派な需要となるのだ。

Photo_19わたしのほうも、持ち込んできた仕事も、あっという間に片付いてしまって、特急電車のなかでは、ずっとうつらうつらした。勝沼を過ぎるときに、葡萄畑が見えた。この暑さで、今年の葡萄はきっと甘みを増していることだろう。ワインの出来を考えると、文章の手を加えるが如くに、ほくほくしてくる想いだ。電車の振動に合わせて、頭の波長も夢見心地になってくる。年寄りの居眠り時代に入ってきた自分を省みる。まだしばらく、よだれが落ちてこないのは、救われるところだ。他の席から、ロンドン・オリンピックの話題が聞こえてくるが、この席では通用しない。これほどの話題も居眠りの誘惑に負けてしまう。

Photo_23上諏訪の駅に着くと、ホームから放送大学の宣伝看板が見えた。跨線橋を渡って、ホームの中には、上諏訪独特の駅ナカが存在していた。足湯だ。駅ナカとはいえ、こちらは無料のサービスだ。新宿の効率主義とは、かなり趣が異なる。   

Photo_24着いた時間には、すでに夜も更けていて、暗くなっていた。2月に亡くなった伯父さんと良く行った、うなぎ屋さんへ散歩がてら、食事に行くことにする。現金なもので、うなぎの値段が上がったせいで、店にはほぼわたし一人で、貸し切り状態だった。Photo_25Mの清酒をお燗にして、ゆったりと料理を待った。さて、うなぎの栄養が効き過ぎたせいか、肝のお吸い物が出る頃には、前頭葉当たりがちりちりとして、持病の頭痛が走りすぎていった。   

Photo_26宿へ帰る途中に、街の酒屋さんが入り口を狭くして、残業していたので、わたしの遠い親戚筋に当たる「M」酒造の冷酒を買い求めて、寝酒とする。ぐっすり寝て、明日の面接授業に備えることとした。
 

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2012/08/01

参加している人びとの息づかいが聞こえてくる

Photo_8放送大学の仕事で会わなければならない先生が、都合良く、東大で開かれる研究会へ出席するということで、連絡がとれた。それで、本郷三丁目で待ち合わせる。大江戸線が開通した頃から、この丸の内線駅近辺でも再開発が行われるようになって、駅の雰囲気が変わりつつある。写真のように、ガラス張りの駅舎となっている。

Photo_9改札を出たところ、右側を地下へ入っていくと、クラシック音楽を聴きながらゆったりと待ち合わせることの出来る、「M」という学生時代からの喫茶店があるのだが、まわりの店との競合が激しくて、珈琲の値段を極端に安くしてしまった。それで、この古さにもかかわらず、いつも満席状態だ。仕方なく、駅ビルのすぐ横にパン屋に併設して、新しくきれいな喫茶コーナーがあるので、この2階で待ち時間を潰す。
 
Photo_10仕事の話は、定食屋さんでサンマの塩焼きを食べ、さらに交差点付近のコーヒー屋さんでネルドリップ珈琲を飲む間に、それほどかからず終えることができた。それで直ちに、有楽町へ出て、映画を観るつもりだったが、目的としていたものは、いずれも時間が合わなかった。今日観ないと、これから試験が始まり、採点が続くので、閉じこもっての仕事に入り、映画鑑賞の時間が無くなることは判っていたが、タイミングの悪さは致し方ない。一年のうち、数本はこのようにして、どうしても観たかったが見逃してしまうものが数本でてしまう。

Photo_11桜木町へ出ることにする。ここで時間を潰せば、夕方の映画に合うはずだ。ところが、この日は港の花火大会で、浴衣姿のカップルが広い道いっぱいに押し寄せてきた。それで、映画館も花火大会までの時間を潰す客で、ごった返していた。それに、今日は映画の日でさらに行列が膨らんでいる。
 
3並んで観るまでもないと思ったので、いつものコースを辿って、桜木町近辺を散歩する。この駅前は空の案分に対して随分と開かれていて、さらにそれは海に向かってずっと続くイメージがあり、ここはいかにも横浜らしい風景だと思っている。その視線を狙って、各ビルも意匠をこらしている。

Photo_12ビルの窓から、子供達がのぞいている。それは花火大会の人びとをみているらしかった。それで、その窓から視線をずらせていくと、なぜか陶器の皿の写真が飾ってある。だれがこの皿を見るのだろうか。この皿の大きさと、豆粒ほどの子供達の対比が、写真で観る以上に意外と面白かった。
 
Photo_13散歩のあとは、いつもの「db」で、今日一日を振り返り、さらにまだまだ続く夏休み前の仕事を片付けていく。アルコールがすこし入って、心地よい音楽を聴いていると、夏休みに計画している仕事への発想が湧いてきて、休みが待ち遠しい。けれども、ここへ来て、片付けても片付けても、なかなか減らないのが、仕事なんだな、と改めて仕事の不思議さに驚くと共に、このままどっぷりと浸ってしまいたい気にもなってくる。
   
Photo_14「db」では、バリー・ハリス・トリオがかかっていて、参加している人びとの息づかいが聞こえてくる演奏だった。ビール一杯で、今日は帰ることにしよう。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。