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2012/07/20

「リンカーン」に乗る個性は、個人を超えていくのだ

19現代社会のひとつの特徴で、Aさんという個人の存在があったとしても、「Aさんである」ということが、Aさん個人の範囲内に収まらない、という普遍的な問題が生じている。このようなAさんという存在を超えて、Aさんという個性が存在する問題を、超個人問題と仮に呼んで置くと、いろいろと便利である。

19_2代理人の問題は、このような超個人問題の典型である。Aさんが行うべきことを代理人であるBさんに頼む。ここで、Aさんの活動範囲が、Bさんの活動の範囲まで広がることになる。また、逆から見れば、Aさんの活動が、Bさんへ部分的に移されたことによって、Aさんの個性が縮小したことにもなる。部分的な拡張と、部分的な縮小とが、超個人問題には、存在する。

19_3映画「リンカーン弁護士」は、この超個人問題を扱っていて、面白かった。弁護士は、上記でいうところの、典型的な代理人である。この映画のリンカーンというのは、米国自動車の代名詞「リンカーン・コンチネンタル」のことである。この車が事務所代わりになっていて、彼は移動しながら、活動的に事件をこなしていく。

話は、すこしずれるが、十数年前に米国へテレビカメラと一緒に取材に行ったときに、NYのケネディ空港に、このリンカーン・コンチネンタルが迎えに来てくれた。黒塗りで、車体が長く、これに乗ると米国に来たな、ということを実感できる乗り物である。もっとも、この車を手配してくださった方は、これに乗ったときの人びとの反応を楽しんでいた、と後になって知ることになる。大きくは、似合っていて喜ぶタイプと、成金的に喜ぶタイプと、さらに気にしないタイプに分かれるらしい。

19_4この弁護士は、実質的に事務所として利用して、有能な運転手(この点が重要なのだが)付きであるということが、映画の筋に影響を与えていた。映画の出だしは、テレビドラマ仕立てのなにやら金儲け主義の「悪徳弁護士」シリーズというような雰囲気だったので、このままアクション主体のスカッとした映画に突入するのかな、と危惧していたのだが、どうしてどうして、弁護士というものの本質的な点に入っていく。

たとえば、有名な秘匿義務という秘密特権の話が面白い。担当弁護士になると、たとえ被告人が殺人を犯していても、その秘密を秘匿し、他者へ漏らしてはいけないという、義務が生ずる。つまり、被告人の重要な個性の一部を、弁護士が請け負うことになる。

19_5この秘匿義務を利用する事件が起こる。一人の被告人が、小さな罪である暴行の犯罪人として起訴され、その弁護人として、このリンカーン弁護士を指名する。すると、この弁護士は、過去の大きな殺人犯罪の存在を知ったとしても、この被告人を告発できないことになる。つまり、殺人罪の隠蔽が合法的に図られたことになる。

この弁護士をいわば「共犯者」の位置に合法的に置いてしまったことになる。ハメられたのだ。映画の興味は、如何にしてこの「共犯者」から抜け出すことが出来るか、しかも、それを合法的にできるか、という興味津々の展開が続くのだ。仕事の義務と、法の良心との板ばさみになる、という解釈もあり得るだろうが、それよりも犯罪者の個性へ入り込んだ自分と、本来の自分との間の、超個人問題として、わたしは観てしまった。

19_6米国の映画らしいと感じたのは、機能主義的な解決を行ったことだ。最後には、二つの「自分」を切り分けて、それぞれを異なる解決として提示することで、一件落着した。風土・文化が異なれば、他者の個性へ入り込んだら、簡単には抜くことができない、という展開もあり得たのではないか、とも考えたのだった。筋は複雑を極めているので、いろいろな解釈を許す映画になっている。この点でも、内省型の人には、お勧めの一本である。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。