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2012/07/10

茗荷谷から本郷の迷路へ散歩した

10きょうは、茗荷谷で学生と会ったり、放送大学の教材作成部会が開かれたりした。だが、それらもそれほど時間がかからなかった。夕方になって、太陽も傾いてきたので、後楽園方面への散歩に出る。さらに、その先の坂を登って、本郷三丁目へ出た。

10_2本郷当たりで、ちょっと一本道を入ってしまうと、旧い道筋が交差していて、すぐに迷ってしまう。木村伊兵衛の本郷森川町のイメージの街が続く。5交叉点、というほどのところは少なく、むしろこの道がほんとうに通り抜けることができるのかわからないというくらいの道が続くのだ。

10_3さらに深くはいると、また、後楽園あるいは白山へ逆戻りしてしまいかねない道が連なっている。それで、東大へ向かって左に折れて、数本目をちょっと下ると、今日はなぜか、金魚屋さんに当たった。夏だからかもしれない。

10_4金魚には、粘り強さを感じた思い出がある。小学校時代に松本に住んでいた家に、粘土で池を作ろうということで、水を満たしてみたが、どうも最後は排水がうまくいかなかった。それで、すでに金魚を買ってしまっていたので、それをコンクリートで囲まれた台所水の受水槽へいれて置いた。かなりの深さがあったので、猫の被害からは免れる、と考えたのだ。

10_5それで、金魚には悪いことをしたと思っているが、なんと忘れてしまったのだ。大きな石が入っていて、その影にずっと潜んでいたらしい。一年経って、石をどけてみると、まだそこにいるではないか。山椒魚のような目して、こちらを睨んでいた。これには、感動したのだ。よく頑張ったと思う。もちろん、済まないことは承知だったが、それでもこの金魚の思いは、今でも自分の中に移植されている、と考えている。

10_6この本郷の金魚屋さんは、数百年続いている老舗らしい。喫茶店が併設されていて、隠れ家的構造になっている。水槽が並ぶ店の横から、狭く入っていくと、中がわっと拡がっていて、空間全体が広く感ずるようになっている。昔は、大きな水槽そのものだったのだろうか、という作りだ。ここに座って、じっと世の中を睨んでいると、件の金魚の気持ちがわかってくるような気がする。

10_7歩いて、疲れをいやすに十分な甘味をとって、これから数日間続く忙しさの算段を行って見た。しかし、到底、何処かでバテるのではないか、と思われるので、倒れた時の算段に切り替えて、当面の心の準備を行うことにした。ここのアップルパイとコーヒーは、これさえあれば、何とかなるだろう、と思わせてくれる美味しさだった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。