« 神田川の上流と下流には思い出がある | トップページ | 天文館の宿舎から鹿児島学習センターへ向う »

2012/06/08

「ファウストとメフィスト」と「魂と貨幣」

Poster先日の講義で、黒澤明監督の映画「生きる」の中の市民課課長を、職業人として取り上げたのだが、その中にゲーテのメフィストフェレスが話題として出てきて、それの代わりらしい、三文文士が演じられている場面も取り上げたところだった。

それで、メフィストの話をしなければならない羽目になってしまった。実際には、ゴーストなので、人間の運命を決定的に左右することはできないにしても、常に付きまとって、欲望を拡大させ、身の破滅を招かざるを得ない状況を作り出す。けれども、実際のところ、このファウストとメフィストの伝説を真剣に考えたことは、正直これまでなかった。

ウディ・アレンの新作「ミッドナイト・イン・パリ」の中のセリフで、「エセ教養人」という言葉が出てきて、自分のことかと思って、赤面してしまったことがあった。ゲーテがどうのこうのと論じるほどのものではないが。わたしもじつはエセ教養人的には、自慢するわけではないのだが、フランクフルトのゲーテの生家へ行った覚えもあるし、ワイマールの花畑の綺麗なゲーテの住居も見てきた。もっとも、だから、どうだといえないところが、エセ教養人たるものの辛いところだ。

それでも、ゲーテの「ファウスト」については、高校時代に友人のS君が、手塚富雄訳のゲーテ「ファウスト」を持ってきて、「どうだ」というので一応目を通した。けれども、何か自分の中に言葉が出てきた訳でなく、うへーという嘆息で終わってしまったことを思い出したにすぎない。

Photo_12今回、アレクサンドル・ニコラエヴィチ・ソクーロフ監督「ファウスト」を銀座のシネスイッチで観た。今の時期は、首都圏ではここしか上映されていないので、朝一番の回でも、ご覧の通りの行列である。とくに、この映画館は、銀座の真ん中に位置し、東京都のどこからもアクセスが良いので、わたしのような年配者には、大変な人気でこのように混み合っている。

ゲーテの代表作で、1808年に第一部が、1833年に第二部が書かれている。啓蒙時代が過ぎ、ちょうど近代がググっと首をもたげてきた時代だ。そこで、哲学・法学・医学・神学を修めた、理性の代表たる、ファウストがその理性を疑うところから、舞台が始まる。

Photo_13そして、メフィストフェレスに魂を売る(今回のメフィウトは、はっきりと金貸しという姿を取っていて、悪魔的でありながらも近代そのものとして現れる)ところで、「魂」と「貨幣」という二元論的な人間の悩みが、強調されることになる。この構造的な人間の悩みを描いたことで、近代を超えるテーマを提供しているとして、このファウストの物語が普遍の問題として、現代においては扱われることになる。

Photo_14もう一つの問題は、魂それ自体の問題である。ファウストが感性の世界に囚われて行く発端となった、マルガレーテの今回の映像は現代的だ。ポスターに描かれている、透き通るような肌の色を、うまくカメラワークで描いていて、感性の奥に訴えており、ほんとうにリアルだ。また、19世紀初頭のヨーロッパの風物も良く再現している。あまりにリアルすぎたためであろうか、それとも、違う理由からだろうか。税関によって改変を余儀なくされた、というクレジットが最初に記されていた。税関が差し止めることのできる、規制事項とは一体どのようなことなのだろうか。もしかしたら、あの部分なのかな。

Photo_15帰り道で、プランタンの裏の並木町通りを通った。その昔、並木座という名画座がこの通りにあって、高校から大学生時代には良く通った。やはり、混んでいて、小さな映画館だったので、一番後ろで立ち見をしていた覚えがある。単色ずりの映画情報のチラシを付録としてもらったのだった。現在は、瀟洒で、かつ、近代的なガラス張りのビルや、ブランドの並ぶ街に変わっていて、近くの喫茶店だけが、昔の古い薄緑の壁を晒しているだけであった。

Photo_16図書館へ寄ると、いくつかのファウストの翻訳に出会った。近年のI訳、定評あるS訳、英語本からのA訳などの中に混じって、森林太郎訳「ファウスト」を見つけた。

« 神田川の上流と下流には思い出がある | トップページ | 天文館の宿舎から鹿児島学習センターへ向う »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/54939149

この記事へのトラックバック一覧です: 「ファウストとメフィスト」と「魂と貨幣」:

« 神田川の上流と下流には思い出がある | トップページ | 天文館の宿舎から鹿児島学習センターへ向う »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。