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2012/05/27

テンペラの下塗り作業と、論文の基礎作業との類似に驚く

Poster今日も朝から、仕事が重なって貧乏暇なしの状態に陥る。昼を過ぎ、1時になってようやく目処が立った。妻も仕事に追われていて、同様の状態だったので、かねてからの予定していた外出も、かなり遅くなって家を出ることになってしまった。

Photoそれでも、葉山の美術館へは散歩時間と同じくらいに、あっという間に着く。駅へ出る途中、歩いていて、何ということか、今年初めて蚊に刺され、免疫がまだ無いせいだろうか、腫れが酷い。散歩に何かあることは付きものだけれども、午後になって出てきた報いがこんなところに出るとは思わなかった。けれども、それ以外は、順調に非日常の青く澄んだ空の下に到達する。

Photo_2想像していた以上に、充実した作品が目白押しで、最近になく、一枚一枚丁寧に観た展覧会だった。没後50年の「須田国太郎」展である。須田国太郎は、1891年京都生まれで、京大の美学を退学して、スペインのプラド美術館で描法の自己研鑽を積んだという、日本人の画家としては、珍しい経歴の持ち主である。初期の作品を観ていると、最初からどのような方向性を取るのかについて、ある程度の見通しがあったかのようなものが、今回多く展示されていて、そのような直感というものがありうることを知った。

Photo_3「重層法」ということに、一貫して取り組んでいる。この重層法は、僭越ながら、社会を見る時の方法にかなり似ているのではないか、と思った。この方法をとったことで、たいへん描法の個性がはっきりした画家になったといえる。描かれた画自体は、ボア~としていて、特徴がはっきりしないように見えてしまうが、それは、写真の見せる幻影であって、実物を観ると、いかに写真と異なるのかがわかってくる。

Photo_4わたしが、昨年の夏にティツィアーノやティントレットなどのヴェネティア派の絵を、ヴェネティアで集中的に見てきたことが、ここでこのようにして、自分の中で活きるとは思わなかった。なぜ昨年、ティントレットにあれ程惹かれたのか、ということが須田国太郎を通してわかるとは、何という巡り合わせであろうか、と驚いた。

Photo_5描き方は、それほど複雑なものではない。テンペラの下塗りが絵全体の共通の床を造っていて、いつでも絵全体の安心する基盤が見えている。そして、その上に、上塗りの油絵が乗って行くのだが、決して下塗りを全部隠してしまわないように、重層的な方法が取られるのだ。だから、時には、下塗りをあまりに隠してしまった時には、十分に何遍も上塗りが削られて、寂びの効いた塗りが出てくるまで、塗りがさらに重ねられて行く。

Photo_6作者自身は至近距離で作業を行うのであるが、鑑賞する側は、5メートルから、時には10メートルも離れてみると、この重層が形象に大きな影響を与えていることを知ることになるのだ。近づいたり遠ざかったり、という鑑賞法は、形のわからない抽象画や大きな作品で行ったことはあるが、このような重層的な描法でも、このことが有効であることを知った。それほど、重なりということに、歴史や存在や、そして、意識までもが込められているのだ。

Photo_7とくに印象に残ったのは、1930年代後半に描かれた、「修理師」、「書斎」、田後での連作かな。そして、晩年では、「るりみつどり」、それから、妻と珍しく趣味の一致した「山羊と木蓮」。この山羊の顔には、須田国太郎が言う重層が刻みつけられている。近くで見る山羊の顔と、中ぐらいで見る顔、そして、遠くから見る顔がそれぞれに味わうことができる描き方を示している。

Photo_9美術館ではたっぷりと観たのだが、年の中でも日が長い期間であるため、まだまだ散歩はできる。いつもように、小径を伝って、一色海岸に出る。Photo_10日傘を立て、砂浜に座り、岸を通り過ぎて行く人々を観る。犬を連れて散歩する人や、スーツを着て、サーフィンを楽しむ人びとが遠目に見える。太陽が急速に、海に落ちて行くのをただ眺めていた。海の変わらぬ「下塗り」と、太陽の反射が刻々と移り変わって行くことによる「上塗り」とを、先ほどの展覧会の余韻に重ねていた。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。