« どうしても風邪が去ってくれない | トップページ | 蕭白ショック!とは、ほんとうによく言ったものである »

2012/05/13

鎌倉にもシンプルネスは似合う

Photo_20鎌倉へ出る。何年振りだろうか。京急線を利用して、逗子から回るルートを取ってみると、意外に早く着くことがわかる。また、季節が良くなってきて、観光客の数が増してきているので、自分のことはさて置いて、これを避けるためにも有効だった。Photo_21新田義貞ではないけれど、搦め手から「いざ鎌倉」だ。

Photo_30それでも、近道と言われている小町通りへはいった途端に、身動きが取れなくなる。いつ来ても、この不思議な人数に圧倒される。鎌倉の独自性は、付加価値が高いところだが、それがいろいろなところに見られるにしても、やはり表立って現れているのは、この通りだと思われる。

Photo_23モノの値段が高い、ということは、鎌倉の数少ない特色のひとつだ。高いというだけで、消費者が満足してしまうという、ほんとうに不思議な構造を持っている街だ。後期資本主義時代の合理性にピッタリあって、見事にそれを利用している。

Photo_37これは、まったく皮肉ではなく、真面目にその通りだから凄い。合理性は、後期資本主義では、多様性に転換するのだが、この小町通では渋谷で見られるような、画一的な多様性ではなく、個別的な多様性が実現されている。Photo_38たとえば、雑貨屋であるが、入口付近では渋谷青山系の白磁や木綿のモダンな店があるのだが、通りが深くなるに従って、専門店的になっている。自然に、他の店との差別化が図られ、全体としての雑貨街が成立している。

Photo_24中でも、豆を扱った店があり、季節ごとの味を前面に出していて、それが一ヶ月ごと、評判がよければ三ヶ月ごと、に売り出されていくから、多様性も対話形式になっている。今回は、「青うめ」と「きな粉」味の豆菓子を妻が選んでいた。

Photo_25近道をしたつもりが、思わぬ伏兵で時間がかかってしまった。目的は、県立近代美術館の二つの展覧会である。鎌倉本館では、「石元泰博写真展」、別館では、「柚木沙弥郎展」。

Photo_26両方とも、展示数は少ないにもかかわらず、筋が通っていて、充実した展覧会だった。石元泰博は今年2月に90歳で亡くなった写真家である。米国生まれで、米国バウハウスの流れを身につけて、後に日本に帰化している。

Photo_271953,1954年の「桂離宮」シリーズが今回の展示だった。桂離宮へ行ってみるとわかるのだが、多くの編年によるその時代時代の異なった様式の建物群が存在していて、ブルーノタウト達による、「簡素」という桂離宮のイメージは、全体からするとほんの一部に過ぎないことがわかるのだが、このようなほんの一部に、この桂離宮の本質的なことが存在する。

Photo_29それは、この写真展をみれば、一目瞭然なのだ。たとえば、庭石は代表例だ。中でも、行の庭石は特別な意味を持っていて、大きな石と小さな石とが組み合わされているところに、特色がある。小さな石の組み合わせであれば、並の庭石である。ところが、これらの小さな石をまとめてしまって、大きな石で代えることで、簡素の特色を出している。

けれども、最も石元が捉えたところは、中書院から新御殿へかけての形象だと思われる。建物全体の高床式の白い壁と柱の生み出す簡素さが有名であるが、石元の写真は、もっと微細な簡素を捉えて行く。それは、水平の柱と柱の積み重ねであり、細い柱と障子の水平線との積み重ねであり、さらに、これらに垂直に、縦の連鎖が大きく区画して行く。

Photo_31この平行線のリズムには抗い難い、パターンが存在しているように思える。この1950年代前半において、すでにその後の桂離宮を観る見方を決定づけている。中書院から、楽器の間を繋いで、新御殿に至る建物の連鎖が、本来は複雑であるはずの建物群だが、それがこのようにシンプルに見えてしまうのは、どうしてだろうか。

Photo_32近美の本館を出て、北鎌倉方向へ少し行ったところの左手に、別館がある。ここに至る道筋には、ゆったりとした別荘風の家や喫茶店が並んでいて、それらを洒落た雰囲気にすべく、ハナミズキなどの高い木の花々が咲いていた。写真にあるような素敵な案内板に誘われて、ちょっと曲がって、ゆるい坂を数段登ったところにある別館に着く。

Photo_33別館では、すでに90歳を迎えるという染色デザイナーの「柚木沙弥郎展」が開催されていた。こちらは狭い会場なので、小展覧会という雰囲気で、わたしのような老人には、見て回るにちょうど良い規模だ。

Photo_34それでも、先日展覧会を紹介した村上知義の息子である「村上亜土」との創作である「夜の絵」は、大人の童話という雰囲気で、布をつまんで、切り絵にした絵本だ。見ているだけで心が休まり、明日もベッドを抜け出そうという気力を与えてくれそうな連作である。

Photo_35ここに掲げたポスターは「夜の絵」の最後に出てくるデザインなのだが、何に見えるでしょうか。コップでしょうか、顔でしょうか、それとも、夜を満たしている世界なのでしょうか。Photo_36家から持ってきた、コーヒーを柚木沙弥郎の制作した暖簾の下で飲んで一服して、帰り道に小町通をひやかしながら歩き、鎌倉駅に着いた。それでも、まだ陽は高かった。

« どうしても風邪が去ってくれない | トップページ | 蕭白ショック!とは、ほんとうによく言ったものである »

絵画・展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/54770145

この記事へのトラックバック一覧です: 鎌倉にもシンプルネスは似合う:

« どうしても風邪が去ってくれない | トップページ | 蕭白ショック!とは、ほんとうによく言ったものである »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。