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2012/05/26

靴磨きの抱えている問題と、都市問題はかなり似ている

Poster妻と待ち合わせて、映画「ル・アーブルの靴磨き」をチネチッタで観てきた。原題は「ル・アーブル」となっていて、制作者の意図としたら、都市問題、コミュニティ問題を扱った映画だったのかもしれないと思った。古いコミュニティに、一人の異邦人が紛れ込んだ時に、そのコミュニティの真価が問われるのだ。それでコミュニティが壊れてしまうのか、それとも、問題を飲み込んでも、立派に存続して行くのか。もし日本も数百年後に、後者の道を辿ることができるのであれば、僭越ながら、ヨーロッパの経験は無駄だったとはいえないし、今の日本社会ももう少し開く必要があるのかもしれない。

Photo_20物語は、靴磨きを行っている「マルセルとアルレッティ」の老夫婦の住んでいる、港町の小さなコミュニティが舞台である。パン屋があり、八百屋があり、パブもある。古き良き街である。ここに、ガボンからの違法難民の少年イドリッサが、ロンドンの母を訪ねる途中に紛れ込む。

Photo_21古きヨーロッパが、何世紀に渡るグローバリゼーションの結果、難民キャンプが増大し、さらに移民問題がヨーロッパの都市を蝕んでいる。これが、現実であるが、そこには個別の小さな、しかし重要な、この映画のような、少年の引き裂かれた家族を引き合わせなければならないという、人間固有の問題も、コミュニティ問題として起こってきているのだ。

映画の中心には、相互関係が三重に絡んでいる。家族の象徴たる犬の「ライカ」。コミュニティの象徴としては、「パンや野菜」、それに「ワイン」は欠かせない。さらに、マルセルの仕事は、移動してまわる「靴磨き」だ。これらはそれぞれ、一つには、主人公マルセルとアルレッティの「夫婦問題」として現れ、二つには、マルセルの「コミュニティとの付き合い」に影響を与え、三つには、靴磨きとして回る「ル・アーブルという都市」自体を表しているのだ。

この映画は、小さなところにとりわけ、手を十分に加えている。第一に、妻のアルレッティの間合いの取り方は、夫婦というものの余裕ある関係を伝えている。たとえば、星の髪飾りは、何種類か変わったが、どれも素朴で可愛らしく、素敵だった。第二に、このコミュニティの住居の色は、ペンキがくすんでいて時間の経っていることを、苦労して出していた。緑と青のなかに、白い枠が目立った。所得水準は決して高くはない人びとが住んでいるが、趣味は悪くないことを見せている。第三に、港と海をたっぷりと見せてくれて、世界に向かって開いていることを、映画の風景のなかに浮かび上がらせていた。

それで、スパイスとして目立った役割を演じたのが、違法難民少年のイドリッサと、コミュニティに潜んでいる密告者、さらに、機会あるごとに首を突っ込んでくる刑事であって、彼らの演じる役割が、変化をもたらし、結局のところこの映画のコミュニティがどのような種類のものであったのかを試しているし、それを伝えている。

今日のヨーロッパから見るならば、移民問題は悪い兆候として報道され尽くされている。この中にあって、この映画のようなエピソードは、あまりにハッピーエンド過ぎないだろうか、という向きもいるかもしれない。けれども、今の現実が悲観的になっているからこそ、今回のエンディングが返って、活きていると思いたい。少しの悪が存在していても、それを上回って緩いコミュニティが存在する可能性のあることを、あえてこの映画は示したのだと、わたしは解釈している。

Photo_22チネチッタで映画を観たのだが、帰り道にある喫茶店で、「靴磨き」もやっています、と出ていた。そういえば、昔学生アルバイトをやっていた時に、同僚に年取った日雇いの方がいて、戦後すぐの時代に、東京駅で靴磨きをやっていたことがあるんだ、という話を聞いたことを思い出した。今回の映画の主人公は、若い時はパリで、頭脳的な労働者であったことを匂わせて、今の妻に出会ってから、人と最も近くに関係をもつ「靴磨き」という仕事についたと言っていた。最後になって、映画の中に出てきた、あのブリキの箱を見ていたら、わたしももう少し年を取ったならば、営業許可証なるものを取って、「靴磨き」をして人と接点を持ち、日銭を稼ぐというのも悪くはない、とちょっと飛んだ想像力を働かせてしまった。

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コメント

はじめまして。
欧州の映画は、派手さは あまり ありませんが
渋いし 考えさせる ところが ありますね。
米国と 文化 価値観 の 違いを 感じます。
(日本 も 含めて )
今度、見てみたいと 思いました。
 

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。