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2012/05/17

バウハウスのデザインの流れは、ここにもあった

Photo母の家で、配管が古くなったので、集合住宅全体で取り換えを行わなければならない事態となった。数ヶ月に及ぶ工事に入っていた。それで工事中、台所とトイレのものを運び出さなければならない、と言われて、手伝いに呼ばれていた。風邪が周期的に腰にもきていたので、物を運ぶのはキツかったが、親孝行をするのはこのような時以外にはないと観念して、母を手伝った。

Photo_2工事は、朝9時に始まるために、それまでに日常の事を済ませて、さらに全部を撤去しなければならなかった。そして、9時になるや否や、改修工事のチームが来て、早速始まった。パイプを切断する時の騒音は半端なものではなく、扉を閉めても耐えられるレベルではないことがわかり、早々に退散することにした。母は、準備怠りなく、耳栓を用意し、数日間耐えられる一室を作って、閉じこもった。

Poster日比谷公園にある都立日比谷図書館では、「名取洋之助」展を開催していた。好天に誘われて、有楽町駅から日比谷公園へ入り、公園を突っ切る形で、散歩しながら、公会堂前へ出て、公園の花壇を楽しんだ。ちょうどバラ園が満開で、黄色、真紅、ピンクの大柄のバラの花が花弁を四方に展開していた。この満開の様には、人びとを誘う何かがある。

Photo_3近くに寄るとすわ~っと香りが鼻を支配する。戸外であるにもかかわらず、これだけの香りの支配力を行使できるのは、やはり、バラのチカラだと思う。そのバラ園の前のベンチでは、そのチカラに支配され、あるいは支配されることを楽しむ人びとが集っていた。目であり、鼻であり、空気をに触れることが大切で、写真を撮っているような無粋な者は、わたし一人であった。

Photo_4名取展の圧巻は、幻の雑誌である「Nippon」の全号、実物が展示されていたことだ。これまで、木村伊兵衛展や、土門拳展などで、断片的に見てきたものが、一堂に会すると、それはそれで壮観であった。さらに、この雑誌には、資生堂の取材を行った時に、唐草模様を資生堂の意匠部にもたらした山名文夫も参加していることもわかり、時代背景が折り重なっていることがわかって、たいへん興味深いものであった。特に、戦時中にこれだけの国際雑誌を発行できたという、マネジメント力にはみるべきものがあった。

Poster_2名取が報道写真という考え方を、日本に持ち込んだ手腕にも興味を持った。展示では、米国雑誌のライフなどでの取材写真が掲げられていた。フィールドを背景として、ちょっと斜めから主人公(虐げられシワの写っている労働者や住民が多いのだが)を撮った、今ではほんとうに典型的になってしまった構図の写真が展示されていた。

Photo_5現代ということに特に注目するには、それ相応の必然性があるように思う。当時、なぜ報道ということに注目したのかといえば、報道するに値する現象が存在するのか、報道する側の事情が反映されるか、それとも、突然変異で報道する媒体・主体が現れるかである。

Photo_6だから、本人の言葉が「バウハウスを真似したんだよ」だったのは、ほんとうに意外であた。むしろ、ライフを真似したんだよ、という方があっているのだが、そう言わなかったところが、洒落ている。報道写真のあと、日本を紹介する写真集で、何回も日用雑貨が取り上げられており、さらに雑誌「Nippon」が続いていたので、その方向性のあったことは理解した。それに、当時民芸運動が起こっていたとはいえ、この方向を目指していたのは、先見の明があったと思われる。

Photo_7日比谷図書館の食堂「Library Dining」にて、プレート・ランチを食べる。わたしの人生を振り返ると、図書館の中で、ずいぶんと時間を過ごしてきた。頭の中では、世界中の想像世界があったので、一日図書館にいて、飽きることはなかった。Photo_8つまり、図書館では読書の時間が多いのは当然であるが、生活の場という意味もあった時代があった。朝一番に並んで、図書館に入って、定位置を確保し、図書館の閉所となる時間まで、ずっとその席で過ごす、という生活を若い頃に行ったものとしては、食堂に美味しい食事が用意されていることが必須であった。けれども、今日では大学や図書館に有名なダイニング店が入ることは珍しくはなくなったが、当時はなかなか改善されなかった。仕合わせな時代を迎えている。

Photo_9さらに、1階の奥には、本屋とコーヒーショップを組み合わせたテラス風の場所も用意されていて、読書家にとっては、至れり尽せりである。千代田図書館に次いでオープンしただけあって、読者に対するサービスは満点である。とはいえ、これから講義があるので、ここにこのまま腰を落ち着かせるわけにはいかないのが残念である。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。