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2012/04/12

家族の中へ入って感じる孤独はより深い

Photo_14久しぶりに、幕張から飯田橋へ出て、映画館Gへ入る。日常生活を描いた英国的な映画が掛かっていると、妻に教えられていた。描かれているのは、カウンセラーという仕事を持つ女性の家庭で、「公と私」の使い分けが難しいことを想像させる内容だ。描き方は落ち着いており、ゆったりとしたリズムを持った映画だ。マイク・リー監督映画「家族の庭(原題:Another Year)」は、一つの家族の一年間を描いている。カウンセラーをしているジェリーと、掘削コンサルタントを業務としているトムの夫婦家族のところに、一人、二人と、息子や兄弟が来たり、カウンセラーの相談で関係のできた人々が来る。そこに、生ずる会話は、少しずれているところがユーモラスであり、空気を読めない人には痛烈な皮肉として、映像が形成されている。

演劇の英国ならではの、劇中会話の妙がたっぷり入った映画である。出演の俳優たちは、いずれも何処かの映画で、必ず見たことがあるようなベテラン揃いで、ちょっとした仕草もきちんとした自然な演技となっている。

職場の女友達だ、ということで、メアリーを家庭に招く。その時の演技は、確かにある程度は正常で、ちょっと陽気過ぎるかな、という程度の友達が演じられる。単に、男運の悪い女性であるかのように演ずる。これが春だ。夏になり、秋を過ぎ、冬にもアポなしで、家庭を訪れる場面が出てくる。

この頃までには、メアリーの性格が明らかになる。この微妙な性格の違いを演じ分けることはたいへん難しいことだが、トムとジェリーの処し方や、メアリーの男たちに体する態度の中から、小さなことをうまく描いていて、飽きさせない。60歳を過ぎた人間のドラマ、という触れ込みだったが、まさにこのような機微に触れる日常生活の面白さは、年をとって見ないとわからないものかもしれない。

一人で、他者の家族の中に居ることになってしまい、その会話に入れない時ほど、孤独を感ずることはないかもしれない。家族というサークルの、親密さゆえの残酷さがうまく最後の場面に現れていたと思う。と、このように言ったからといって、この映画を見てみないと、ほんとうのところはわからないところが沢山ある。映画というものの興味深い点である。どこかでこの映画の広告をみたら、行って観るべし。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。