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2012/04/21

言葉は真実を隠すために存在する

Photoスプーンは、ジャムを「すくわせない」ためにあり、ちょっと省略して、言葉は感情を「隠す」ために存在する。道具は、その目的のためにあるのだが、それは許容度の範囲内で活きる技術なのであって、手段は無限の人間欲求を実現するものではない。むしろ欲望を制限する役割を果たすものとして存在すると言った方が適当な場合がある。

本来はほとんどのスプーンは、ジャムなどをすくい取るために作られている。この積極的な面だけを見ていると、スプーンはキラキラと輝くばかりだ。けれども、どう見ても、この写真に写っているスプーンはすくい取るために作られたのではない.。このようなスプーンが存在するのだ。それが、無造作にジャム入れに突っ込んであったりすれば、それは明らかに、スプーンであって、スプーンではない。だからこそ、ダイエットの効果は抜群なのだ。

世の中には、このような、一見中途半端なものがあって、「馬鹿にするでないよ」と言いたくなるほどのものがあり、じつはそう言わせるために、作られているものがあるのだ。それはそれで存在理由が立派に存在するから、じつは世の中はたいへん不思議な構成を持っているのだと、かえって感心したりするのだ。

スタンダールの小説を映画化した、ジェラル・フィリップの映画「赤と黒」の中では、ちょっと違ってはいるが、やはり「言葉は態度を隠す」、という箴言が出てくる。これなどは、フランス的であり、ほんとうに隠すということが必要だから、という実用的な隠し方のように思える。

ここまで実用的である必要はないが、そして、言葉は言葉自体で存在する世界を持っているのだから、もっとレトリカルな意味を付け加えることができそうにも思える。

論文を書いていると、ときどきスランプまではいかないとしても、書いたことに懐疑的になることがある。言葉は何のために存在するのか、などというとんでもない妄想が立ち上がってくるのも、調子の悪い時ほど、目立つものだ。

ほんとうのところ、言葉は何のために存在するのか。ということを問うというところからして、否定的なことを予想してしまうだろう。その期待に従うならば、「言葉は真実を隠すために存在するのだ」と言いたいところだ。

どうしてそうなるのかといえば、ひとつの事を書いていて、じつはその一つのことの一部しか書いていないのではないかと、思ってしまうことがたびたびあるのだ。

今日は、久しぶりにM2の方々との大学院ゼミナールを開いた。もうすでに東京文京学習センターの桜も最盛期をすぎて、ほぼ葉桜に変わりつつある。このところ、卒業研究やM1の新入生と付き合っていたので、新入の状態からグループの状態へ参加を引き上げるにはどうしたら良いか、という点を考えていた。M2の方々と話してわかるのだが、何回も言葉を交わして行くうちに、参加することになっている、というのが実情だ。「暗黙知」の部類に属する、集団特有の参加条件があるのだと思われる。

この点で、M2の方々とは、すでに1年間に渡って、言葉を交し続けてきているので、話していても議論をしていても、気の置けない安心感がある。話の筋が見えているということが、一番大きいと思われる。互いの議論の進む行方、方向性がほぼ予想できると言える。この結果、ストレスを感じさせないコミュニケーションが可能になるのだ。

Photo_2さらに今日は、昨年のOBのH氏も出席して議論に加わったので、厚い論議を展開できたと思われる。二人の発表が終わり、少し休憩が欲しくなったので、昼食を取ることにする。先週、花見客で満席であったパスタ屋さんを目指したが、桜はすでに散ってしまったにもかかわらず、店は長期休業の札がかかっていて、当分食べられそうにない。桜祭りで、そのあと休業したらしい。

Photo_3そこで、坂を少し下ったところにある、ケーキ屋さんのランチを食べることにする。プレート式のビーフシチューのあとは、この店の特別製モンブランを食べることにする。クリームが柔らかく、大きくたっぷりしているのが特徴だ。このケーキ屋さんはこのような住宅街では目立つ建物になっている。今回は、ゼミの中で女性の比率が高いので、ケーキ屋さんのゼミというのも、議論が盛んになって良いかもしれない。駅近くのケーキ屋さんがつぶれてしまったのは、痛いところだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。