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2012年4月に作成された投稿

2012/04/30

連休は風邪と共に去りぬ

渋谷の講義が終わって、皆と別れて、東横線に乗ったことまでは確かに覚えている。ところが、その一昨日前からの鼻風邪がどうしても直らない。熱が出てきて、鼻水が止まらない。医者からもらった総合感冒薬を飲むが、風邪に薬が効かないという定説通り、まったくどうにもならない。どんどん悪くなる一方だ。これほど、悪くなっていく、様子の見える風邪も、ここ1年来ということになるかもしれない。昨年のブログを観ていたら、ちょうど1年前にも、鼻をグジュグジュさせていた、とあった。けれども、そのときはどこかへ出かけようという意欲だけはあったらしい。今回は、それすらまったくない。

それで、晴耕雨読ではなく、晴耕風映とでも言うのだろうか。ここ数日、晴れることはなさそうだから、風邪を理由にして、映画三昧で過ごそうということになった。もっとも、それはひとりで決めたことだが。家族は、富山の高岡から能登半島への旅行へ出てしまった。

一日中寝込んでいた昨日のように、周りで何が起こっているのかわからないということはないが、本を読んでいても、世界が目の前で回り出すほどだ。朝から風も出て、雨も激しくなってきた。そんなお天気模様のなか、家で映画を観るにはちょうど良い日ということになるかもしれない。

朝早々に、テレビを付けると、フランキー堺主演の映画「地方記者」をやっていて、中央の記者とどこが違うのか、というドキっとするようなセリフが飛び交っていて、興味深かった。また、続いてちょうど1963年制作の岡本喜八監督映画「江分利満氏の優雅な生活」を放映した。当時の高度成長期の映画にしては、すでにそれを超越した作りになっている。サントリーの宣伝部という、それだけでイメージがあるような、職場の雰囲気が良く出ていた。

もちろん、会社の仕事はそんなに甘くはないだろうが、たとえ嘘であっても、高度成長期にこのような人びとが実際に活躍していたと思わせることが重要なのだと思われる。この点で、まだ高度成長期のほうが職場に余裕があったなと観察することができ、ところどころ面白くて観てしまった。

主人公が、第二次大戦中の父親をはじめとする戦争商売に対して、批判的な視点を出している。それにしても、小林桂樹が山口瞳の役を演じて、飲んでしゃべり、ときには絡んでえんえんと一晩しゃべり続けるだけの映画をよくも撮ったものだと思う。後半はさらに加速して退廃気味になって、高度成長からは逸脱するが、前半のテンポのよさは、積極的に高度成長期を描いていて面白いと思う。

Photo_11池脇千鶴主演の「ジョゼと虎と魚たち」は、以前観たときには忘れてしまっていたことが、かなりあって、また田辺聖子の小説を引っ張り出してきてみると、どれも皆違っていて、どこに最も印象に残ったところがあるのか、と探してみると、一番目には、虎が正面から「がおっ」と迫ってきて、怖い物を一緒に観たかった、というところかとも思ったが、どうもそうでは無いらしい。二番目に、男の子が、おばあさんが亡くなったあと、訪ねてきて、帰ろうとするシーンかと思えば、それはそれで小説でも映画でも、共通に名場面を構成していて、たいへん良かったのだけれども、どうも今一歩ちょっと違っている。

このころまでには、風邪もずいぶんと進行していて、すでに花粉症ではないことは十分認識できるほどになってきていた。それで三番目に、何がこの映画で最も印象的だったかといえば、それはこの映画の中でも最も映画的な部分だ。ジョゼは足が悪くて、台所では椅子に座っているのだが、その椅子から降りるときに、言葉では説明できないような、「ドダ」と音のする降り方をする。この一瞬、椅子の上の映像から、ふっとジョゼが消えてしまうとき、あれっという感じなのだ。このシーンはこの映画の特徴をよく掴んでいる。

映画はさらに続いて、すでにロードショーでは観ていたアルモドバル監督の「ボルベール(帰郷)」で、原色に近い色調で、香りが匂ってくる感じを、熱に魘されながら観てしまう。さらに、ゼタ=ジョーンズ主演の「理想の彼氏」で、心の中でニヤニヤ過ごし、ヒュー・グラント主演の「ラブソングができるまで」になるころには、映画であれば、もう何でも良いというくらいになっていた。だから、いつの間にか、夢うつつでうたた寝をしている最中に、どういうわけか、これらの映画が二度目を放映し始めたから、世の中がどうなっているのか、と不思議な感覚で眺めたものであった。

このようにして、連休を過ごしたのだが、だからこの休み前半にいったい何があったのか、よく覚えていない。すでに、歳老いてきているから、これからの毎日を予想させるに十分な、今回の風邪模様であった。記憶や自覚というものが、風邪とともに去って行ったのだった。

2012/04/26

裏切りは不信と確信と共にやって来る

Poster呼び声どおりの映画は少ない。その中にあって、映画「裏切りのサーカス」は、原題がTinker, Tailor, Soldier, Spyで、いかにも曲者揃いのスパイ劇という匂いがプンプンとしてきて、堪らない。アダ名が鋳掛け屋、洋服屋、兵士などで呼ばれる英国情報部(サーカス)幹部の一人が「モグラ」と呼ばれるソ連の二重スパイなのだ。

事件は、諜報機関のトップであるコントロールが右腕の主人公スマイリーと辞任するところから始まる。一連の事件の発端になったのは、ソ連側がW作戦を仕掛けてきていたことにある。この作戦で、ソ連の情報を混乱させるために、英国情報部幹部たちに、偽の情報を持たせ、故意にソ連へ通じさせるという作戦を取る。ところが、ソ連側はその上を行って、その情報の流れを利用して、二重スパイの「もぐら」に真の情報を持ち出させることに成功する。

この「もぐら」は、幹部のうちの誰だったのか。コントロールが謎の死を遂げたあと、スマイリーに「もぐら」探索命令が下されることになる。スパイ同士の虚々実々の駆け引きが展開されることになる。スパイの世界では、すべて虚実であっても、それも真実なのだ。嘘は日常のことであり、嘘の中に真実があると言って良いほどだ。もし疑問が生ずるとすれば、それは真に本当のことが表に現れてしまった時に、なぜなのかが問われることになるといえよう。

さて、この作者の仕掛ける頭脳劇にどれほどついて行くことができるだろうか。じつは、劇場はほぼ満席であったのだが、わたしの隣に座った若い人は、始まって30分ほどで眠り込んでしまった。だからして、決してこの映画は、すべての人向きではない。けれども、なぜそう行動するのか、と問い始めたら、眠気などは吹っ飛んでしまうはずなのに、と思うのだが。

二重の関係性ということが、信と不信の両方を運んでしまうところまでは真実であると言えるが、その関係のどちらが真実で、どちらが虚実であるのかは、このようなスパイ状況では見えない。そして、見えないままに、映画も進行して行くのだが、この複雑さが堪らないのだ。

映画の色調は、極めて英国調であるのだが、どうしてそう見えるのかは、この映画の物語と同じように全体から来るイメージにかかっているからだと思いたい。担当したデザイナーの力量にもみるべきものがある。同様にして、デザインが自律していると同時に、英国諜報部の特徴は、個人主義的であって、常に命令に従わない者が現れるところが物語を面白くしていると思う。だからこそ、二重スパイ問題は、英国情報部にとっては、普遍的な問題なのだと思われる。

Photo_6W大の講義まで、まだだいぶ時間があるので、久しぶりにお堀端を日比谷から東京方面へ向かって散歩する。日比谷公園の角から右に折れると、まず見えるのが、第一生命ビルで駐留軍が本部に使っていただけあって、重厚な建物だ。玄関を入ると、贅沢な空間が広がっている。次のビルが帝国劇場で、いつも中年・老年の小母さんたちが集団をなして玄関近くにも、また、それを見ながら遠巻きにして、またたむろしている。

Photo_7そして、今日の目当てとしていた東京會舘ビルである。漢字が旧字で表示されているところからも、権威を感じる。ここまで、三つのビルだけにもかかわらず、ずいぶん歩いたな、という気分だ。気分だけではなく、実際にビルの大きさが違っているのだが。ひとつひとつのビルの大きさが現代のちまちました雑居ビルとは異なるために、街並み自体も風格があるのだ。落ち着いているのはよいのだが、その分費用がかかっており、利用するにも応分の負担が必要であるところが、すこし欠点だ。

Photo_9堀端には新緑の並木が薄っすらと雨露で輝いており、車の交通量がもう少し少なければ、ここは格好のオープンスペースのカフェになることだろう。昔栄えた街が再生されて、将来もっと客がくるようなまちになるだろうか。東京會舘の窓側の席はゆったりしていて、テラス的な気分を十分伝えている。Photo_10もう少し日本の人口が減って、ここが散歩道として復活するようになる可能性は十分あろう。そのころには、もう生きていないかもしれないが、実現可能な状況として、想像することだけは現在でもできるだろう。

2012/04/25

ランチを食べて、知識欲をも満たしてくれるような大学

今や、放送大学の特別食堂(第2食堂)となった、とわたしたちは呼んでいるのだが、中華食堂「ホイトウ」でランチ。少し早めにいったのだが、お一人がすでに食事を取ってらっしゃる。中世歴史のG先生であった。以前、岩波新書をいただいたことがある。歴史に浮かんでくる土地を訪れて、その土地を歩いて回る本で、一冊こちらが読むと、自然に時空間を旅することのできる、素敵な本だった。

それで話が弾んで、最近は講演を行うときに、その場所に由来する話を考えることにしている、という話をお始めになった。知識生産の「地産地消」ということなのでしょうか。

たとえば、ある地域で、特定の「街と山」の結びつきを歴史的に話すとしよう、と続けられた。実際には具体的な場所についてお話してくださったのだが、複数の地域に共通していることなので、記号として記しておくことにする。その「街と山」は、距離は近いのだが、しかしわたしには何の結びつきは何も無いように思えたのだが。けれども、時間を長くとって探ってみると、そこには、江戸時代からの特別な産業が育っており、さらにその製品を全国に広める、いくつかの経路が見えてきた、ということである。思わず、話に引き込まれ、こちらも知識を総動員して、お話に参加しはじめてしまった。

土地には、郷土史家がいて、詳しいことをご存知じゃないですか。というと、それも楽しみのひとつです、とおっしゃる。郷土史家は、その土地についてはよくわかった人が多い。けれども、詳しければ良いというわけではない。それを上回る自由な発想をすれば、互いに得るところがあるのだと、悠然とした構えである。

このような地域の特殊性と、全国の共通性を超えることのできるところが、歴史学の良いところだということらしい。ランチを食べに行って、食欲を満足でき、さらに知識欲を満たしてくれるところとして、放送大学周辺が存在するとしたら、五体のバランスを取ることができ、すこしは大学本来のあり方に近づけることができるのではないかと思われた。

2012/04/24

車で追いかけられ、兵士に銃を突きつけられたら、どうするか

Photo_5世の中で最も行きたい場所と、最も行きたくないところを挙げなさい、と聞かれたならば、前者はたくさん挙げることができるが、後者については、わたしには想像力が欠如していて、そうたくさんは挙げることができない。けれども、この映画をみたら、一つ追加することができるだろう。

ほぼ確実に死ぬかもしれない場所は、最も避けたいところだ。「ルート・アイリッシュ」という道路は、世界でも珍しくテロが多発する場所として知られているらしい。この道路は、米軍区域とバグダッド空港を結ぶ道路で、アルカイダをはじめとして、現地の戦闘ゲリラ隊が目を光らせ、常に襲おうと手をこまねいているところだ。もしここを任務で、一日何回も往復させられたとしたら、それは他殺に近い行為だということになるということだ。

映画「ルート・アイリッシュ」(ケン・ローチ監督)を、千葉劇場で観る。物語は、このルート・アイリッシュ道路で車が炎上し、友人のフランキーを亡くした元民間兵のファーガスが、この友人の死に疑念を抱き、預かった携帯から事件を解明して行くことが始まりとなる。イラク戦争での民間兵、英国へ帰った民間兵の喪失感、残された遺族、妻レイチェルとの違和感、組織の硬直性など、社会問題とサスペンスの中間を狙った映画だと思う。

問題は、国の軍隊ならば、その軍隊の行動は最終的にはその国に帰属するものだと言えるけれども、民間兵の場合には、国が雇ったからと言って、その国の責任になるのか、という点である。おそらく、民間兵の行動は、国の軍隊よりは自主的な判断で行動することが許されていると思われる。命令が気に食わなかったら、最終的には、民兵を辞めれば良いからである。

そうすると、民間兵の責任は誰が取るのだろうか、という疑問が湧いてくる。イラク戦争では、戦後のイラク議会で「民間兵の責任を問わない」という法案が可決されてしまった、とこの映画は伝えている。戦争が何らかの合理的な説明で解決できるものではないことは知っているとしても、このようなルールのない命のやり取りが行われていることが、実際のところ真実なのである。

最後は、戦争の連鎖は報復を以って閉じており、戦うことがコミュニケーションの元にはならないことを、苦々しく伝えている。それにしても、銃や爆弾の使い方が、これほど日常化しているのは、常に戦争状態であることを、彼らは認識しているからに違いない。わたしたち日本においても、このような戦争状態を想定した日常生活を暮らすことができるだろうか、実際には、このような戦争状態が日本にも存在することを想像できるだろうか、ということをこの映画は突きつけている。

2012/04/23

90歳を超えれば、大往生だ

今年にはいってから、大正9年生まれの身近な親戚と遠い知り合いが、3人も亡くなった。義母と、父の友人だった勅撰歌人のM氏、そして、M氏とも諏訪清陵で同期であった、今回亡くなった、わたしの伯父Tである。すでに90歳を超えたところなので、わたしの近辺でも最長老であった方々である。90歳を超えれば、大往生といっても良いと思われる。

雨が降る中、妻と娘を伴って、告別式に出てきた。親戚の挨拶の中で、伯父の紹介があった。江戸時代から続く信州諏訪の「亀長」の屋号を持つ、刀や鍬などの金物関係の商家の当主で、15代目に当たる。この家は、相当な金持ちだったらしく、「諏訪は亀長で持つ」と称されたらしい。その後、むしろ分家筋に当たる「亀源」や「亀泉」などが、味噌や酒の醸造などで勢いを持つようになってきたらしい。祖母の葬儀が諏訪の正願寺で営まれたときに、大勢の親戚がいるので、驚いた記憶があるくらいだ。

中世から現代に伝わる「諏訪上社」の古文書や、江戸幕末上州「茂来山鉄山」のたたら製鉄経営で、名前が散見される。明治になってから、安曇野に今でも残る水力発電機を利用した松本島内工場で、日本初の「電気製鋼」を行った家としても記録されてきている。鉄鉱石と電力が豊富に手に入ったから、当時は十分採算が取れる事業だったと思われる。現代の特殊鋼へ技術が引き継がれて来ていると聞いている。

伯父は根っからの技術屋さんという性格を持っていたが、当主としての伝統を受け継いでいたので、カメラのレンズを専門とするメーカーの役員を長く務めていた。生活はきわめて質実かつ合理的で、信州人特有のきまじめさを持っていて、しかもさっぱりとした性格だった。

毎年夏になると、わたしが諏訪にある放送大学の学習センターで講義を行うので、そのあと、諏訪湖畔からすこし入ったところにある「鰻屋」さんで、会食するのが習わしとなっていた。戦前の横浜工高出身だったので、横浜の弘明寺のことは詳しくて、よく学生時代の横浜のことを話したことを覚えている。当時は、三殿台の丘に登れば、切り通しで一回降りる程度で、尾根伝いに横浜山手まで行くことができた。学生達の散歩コースだったらしい。戦後は、駐留軍の住宅が建ってしまったので、このコースはわたしたちのころには、流行らなかった。このように、物事を正確に話すことに長けていたから、最盛期の亀長時代などの話を、脚色なく話していただいたのを懐かしく思い出した。

2012/04/22

映画「ヘルプ」で何が助けられ、何が助けられなったのか

Photo_4「The Help」を観る。ヘルプというのが、日本語の「お手伝いさん」という意味に、そのままなっていることを知った。とくに、米国の高度成長期に、郊外型の核家族が成立し、中産階級でもかなり裕福な家庭が現出し、「お手伝いさん」を雇えることになった。恒常的に、ヘルプの人出が足りないということが起こった。1960年代の米国社会の在り方がこの映画では問題とされている。そしてもちろん、ここでは人種問題と公民権運動は、重要な要素だった。

1960年代の米国南部ミシシッピー州には、黒人差別が根強く残っていた。公的な場においては、日本でも報道されているので写真でよく知っていた。バスの乗降口が別だったり、公衆トイレの入口が別だったり、さらには店についても黒人が利用できる店は限られていた。けれども、この映画が問題としているのは、公的な場所を一度離れたところ、プライベートな場所での差別だ。観ると、歴史的な記述では伝えられていない差別の存在がわかる。

つまり、家庭の中での黒人差別の問題だ。それは身近な問題であるだけに、かえって見過ごされ、さらに増幅されていた問題だといえよう。親密圏の中ほど、愛憎は激しく出てくる。社会の中で、公民権運動が激しくなり平等が叫ばれるほど、親密圏での差別がかえって激しくなるというパラドクスを描いている。

たとえば、衛生問題が差別を助長することは、親密圏特有の問題だと思われる。この映画の一つの象徴として選ばれているのが、ヘルプが家庭内のトイレを禁止され、外のトイレへ移されるという問題だった。そのことが、どのように問題を大きくして行くのかは、映画を見ていただきたい点である。

この映画は、白人女性で、結婚に行き遅れたジャーナリストが、ミシシッピー州の故郷の街でヘルプのインタヴューを得ることで、隠れていた差別状況を明らかにし、最後には一冊の本を上梓する物語である。メイドという一般的な名称も使われているから、このヘルプという名称はやはりこの時代、この地域の特殊な意味を持っているのだろうと想像される。

後半最大の見せ場は、「親密な関係における信頼とはどのようなものか」という点である。メイドだからして、日常の食べ物はすべてメイドによって作られている。もしメイドの信頼を失ったとしたら、どのような事態が待ち受けているのか、考えるだけでも恐ろしいし、本当のところを見てみたい事態だ。主人にチョコレートパイを食べさせる場面だ。あーあ。それだけはやめて欲しい。

親密な関係だからこそ、ひとたび信頼が失われると、もっとも恐ろしいことが起こるのだ。「食べ物に何が入っているかわからない」という状況は、人間関係の中でも、最も不確実な事態となりうることを、この映画は示している。

それにつけても。このヘルプの時代、1960年代は、米国にとって最も社会的信頼性が高かった時代であると言われている。公民権運動が盛んで、社会が良くなるという幻想がまだまだ存在し得たのだ。ところが、この時代を過ぎると、崖を転がるが如くに、米国の犯罪率は高くなり、社会的信頼性は地域で見られなくなるのだ。差別をなくそうということが、最後の信頼の証でしかなかった。このように、まだまだ幸福な時代が米国にもあったのである。

2012/04/21

言葉は真実を隠すために存在する

Photoスプーンは、ジャムを「すくわせない」ためにあり、ちょっと省略して、言葉は感情を「隠す」ために存在する。道具は、その目的のためにあるのだが、それは許容度の範囲内で活きる技術なのであって、手段は無限の人間欲求を実現するものではない。むしろ欲望を制限する役割を果たすものとして存在すると言った方が適当な場合がある。

本来はほとんどのスプーンは、ジャムなどをすくい取るために作られている。この積極的な面だけを見ていると、スプーンはキラキラと輝くばかりだ。けれども、どう見ても、この写真に写っているスプーンはすくい取るために作られたのではない.。このようなスプーンが存在するのだ。それが、無造作にジャム入れに突っ込んであったりすれば、それは明らかに、スプーンであって、スプーンではない。だからこそ、ダイエットの効果は抜群なのだ。

世の中には、このような、一見中途半端なものがあって、「馬鹿にするでないよ」と言いたくなるほどのものがあり、じつはそう言わせるために、作られているものがあるのだ。それはそれで存在理由が立派に存在するから、じつは世の中はたいへん不思議な構成を持っているのだと、かえって感心したりするのだ。

スタンダールの小説を映画化した、ジェラル・フィリップの映画「赤と黒」の中では、ちょっと違ってはいるが、やはり「言葉は態度を隠す」、という箴言が出てくる。これなどは、フランス的であり、ほんとうに隠すということが必要だから、という実用的な隠し方のように思える。

ここまで実用的である必要はないが、そして、言葉は言葉自体で存在する世界を持っているのだから、もっとレトリカルな意味を付け加えることができそうにも思える。

論文を書いていると、ときどきスランプまではいかないとしても、書いたことに懐疑的になることがある。言葉は何のために存在するのか、などというとんでもない妄想が立ち上がってくるのも、調子の悪い時ほど、目立つものだ。

ほんとうのところ、言葉は何のために存在するのか。ということを問うというところからして、否定的なことを予想してしまうだろう。その期待に従うならば、「言葉は真実を隠すために存在するのだ」と言いたいところだ。

どうしてそうなるのかといえば、ひとつの事を書いていて、じつはその一つのことの一部しか書いていないのではないかと、思ってしまうことがたびたびあるのだ。

今日は、久しぶりにM2の方々との大学院ゼミナールを開いた。もうすでに東京文京学習センターの桜も最盛期をすぎて、ほぼ葉桜に変わりつつある。このところ、卒業研究やM1の新入生と付き合っていたので、新入の状態からグループの状態へ参加を引き上げるにはどうしたら良いか、という点を考えていた。M2の方々と話してわかるのだが、何回も言葉を交わして行くうちに、参加することになっている、というのが実情だ。「暗黙知」の部類に属する、集団特有の参加条件があるのだと思われる。

この点で、M2の方々とは、すでに1年間に渡って、言葉を交し続けてきているので、話していても議論をしていても、気の置けない安心感がある。話の筋が見えているということが、一番大きいと思われる。互いの議論の進む行方、方向性がほぼ予想できると言える。この結果、ストレスを感じさせないコミュニケーションが可能になるのだ。

Photo_2さらに今日は、昨年のOBのH氏も出席して議論に加わったので、厚い論議を展開できたと思われる。二人の発表が終わり、少し休憩が欲しくなったので、昼食を取ることにする。先週、花見客で満席であったパスタ屋さんを目指したが、桜はすでに散ってしまったにもかかわらず、店は長期休業の札がかかっていて、当分食べられそうにない。桜祭りで、そのあと休業したらしい。

Photo_3そこで、坂を少し下ったところにある、ケーキ屋さんのランチを食べることにする。プレート式のビーフシチューのあとは、この店の特別製モンブランを食べることにする。クリームが柔らかく、大きくたっぷりしているのが特徴だ。このケーキ屋さんはこのような住宅街では目立つ建物になっている。今回は、ゼミの中で女性の比率が高いので、ケーキ屋さんのゼミというのも、議論が盛んになって良いかもしれない。駅近くのケーキ屋さんがつぶれてしまったのは、痛いところだ。

2012/04/20

渋谷での講義デビューだ

Photo_18今日から、渋谷で講義が始まる。渋谷デビューという気分だ。今日一緒に出ていただいた先生が言っていた言葉が印象的だった。まさか、渋谷という場所で、「教える」ということをするとは思わなかった、と。繁華街で、遊びの街というイメージのところで、どれだけこの試みが成功するのかは、わたしにとっても、興味津々である。

Photo_19今回の教室は、駅前のバスターミナルの真ん前に建つ、Tokyu Plazaを会場としている。夜の学校という特色があって、19時半からはじまって21時までの時間だ。その昔、今から45年前の高校時代、このビルの5階に当時もあり、今もある「紀伊國屋書店」に、必ず放課後寄って、時には後ろの方にあった喫茶店(今はない)、あるいは、このビルをちょっと出て、一本入ったところにあった喫茶店で、たむろすることもあったのだ。

もちろん、前にも書いたように、大学院生時代には、この246号線沿いの道筋を少し上がって、山手通りを左に折れたところに住んでいた。そこは、カトリック修道院の寮で、そこに入って、ストイックな生活(残念ながら信者ではなかったが)をしていたので、時々はこの坂を下って、俗世間の空気を吸いにきたのも、このビル近辺であった。お腹の空いたときには、246を隔てて、小さな工場を持つほどの豆腐屋さんがあって、そこは中華料理屋さんも経営していたので、栄養満点の定食を食べていた。その裏にあるジャズ喫茶Mにこもって、紀伊國屋で買った本を読むときもあった。

じつは、放送大学に来て、多くの授業は受け入れていただいて、仕合わせな講義人生をおくらせていただいたと思っているが、ひとつ残念に思っていることがあった。それは、この大学では、「文献購読」系の授業が学生に人気がないということである。それは、一般の大学でも、文献を読むのは手数がかかるし、予習も大変なので不人気なのだが、だいたいは必修科目に指定することで、何とか維持しているのだ。

今回は、文献購読という考え方を、いっさい取り払ってしまい、ちょっと違うコンセプト、つまり「読書会」を行ってしまおう、という意図で、講義を提案して見たのだ。おかげさまで、意図だけは受け入れていただいて、意欲的な学生の方々が集まってくださった。

最初に自己紹介をしてもらったが、皆さんそれぞれ特有の読書体験を持っていて、活発に発言してもらえそうで、これからの授業の進行が楽しみである。字を知る前に、枕元で本を読んでもらったという経験を語ってくださった方がいて、読書会の起源が黙読ではなく、音読から始まった歴史がヨーロッパにあることを思い出した。

また、渋谷に縁がある小説家のO氏が好きだ、という方もいらっしゃった。何かの因縁であろう。推理小説の刑事ものが好きだという人もいれば、その刑事関係を現実に扱っている法律事務所に勤めている人もいるということだ。小さな時から、読書感想文でつねに賞をとっていたという方もいれば、大きくなって、これじゃいかん、と本を読んでみたくなったという方もいる。

Photo_20今日の講義テーマは、「なぜ本を読むのか」ということで、題材を提供して、話し合ってもらった。ポイントは読むことによって、記憶として残すか否かという「フィルタリング」の是非あるいは可能性について、最終的な議論が落ち着いてきたように思われる。次回から、本格的な読書が始まる。

2012/04/15

「もっと広く、もっと深く、もっと一緒に」

Photo_16今日は大学院の新入生のためのオリエンテーションの日だ。 注目点は、どのようなゼミナールが今年は成立するのかな、ということに尽きる。ゼミということの不思議さは、毎年流動的であるということにとどまらず、不確実であるという点である。

ゼミナールはいうまでもなく、グループという複数の成員が伴う特徴を持っている。グループであることからして、集団特有の力学が働くことがあるということが、たいへん興味深い点である。

近年、組織を考えたいという学生が、わたしのゼミ生の中では、どういう訳か、増えてきている。そこで、共通の話題が湧き上がってきていてたいへん面白い。放送大学では、学生の個性が強いので、通常はバラバラのテーマが林立していて、共通の議論を形成することは珍しい。今回はこのような意味では、稀有のゼミである。

Photo_17「大学の窓」という広報番組が、放送大学にあることはこれまでもこの欄で伝えている。その取材が今回はわたしのゼミに回ってきた。このような新たなゼミのオリエンテーションではほとんど特色が出ないと思っていたので、遠慮したかったが、新しいメンバーを見ていると積極的な方々が集まってきているので、このような取材に応えることも、学生の方々の表現の訓練になるので、二つ返事でOKをしてしまった。テレビカメラの前ではわたしの方がよほど、訓練が必要であることがわかったのだが。これで、放映が楽しみである以上に、ゼミの展開が楽しみになってきた。

加わっていただいた先生方はたいへん熱心だった、わたしのほうはビデオ取材があったので、たいへん長く感じていたが、それが終わっても、まだお話を続けていた。また、学生のほうも熱心で、最初の自己紹介の段階で、他のゼミの展開に興味を示し、そちらへも出て見たいという方々がいらっしゃった。このような集団連鎖を呼び込むところが、放送大学らしい良いところである。

ところで、学生の方々の録画が終了して、わたしの番になって、用意してきた話をしゃべり始めたのだが、通常は2分程度の内容だから4分ていどのことを喋れば良いのだ、とおもっていたら、担当のSアナウンサーははるかに10分を超えて、質問してきたのだ。それで仕方なく、昔、昔、考えていて、お蔵入りさせていたことをしゃべる羽目になってしまった。

それは一つの標語なのだ。放送大学は「いつでも、どこでも、だれでも」というユニバーサルな教育標語を唱えてきた。これは、学則にはないものの、ほぼ放送大学関係者の間では、学校の設立理念と言っても良いくらいの認識を得てきている。

これに対抗するわけではないが、大学院もできたことだし、放送大学も高度化したのではないかと思われるようになってきている。教養に高度化は語義矛盾ではないかと、言われてしまいそうだが、それは置くとして、その場では、ちょっと説明したのち「もっと広く、もっと深く、もっと一緒に」ということで話を締めた。これで、完了したと再び思っていたのだが。

この辺は、Sアナウンサーの茶目っ気のあるところで、言外のサービス精神が手厳しく、繰り出されるのだ。「もっと広く、もっと深く」という具体的な内容は、どういうことですか、とおっしゃるのだ。そこで、さらに大風呂敷を広げることになってしまった。その結果をしゃべっている時には、ちょうどカメラが違うアングルの映像を撮りに離れたところで、残念ながら録音されずに、口がパクパクしている映像として残されることになった。さて、どのような風呂敷が広げられたのだろうか、自分のことながら、ここは録音されずに済んで良かったと、ほんとうのところ思っているのだ。たぶん、この調子だと、上記の関連ほとんどの発言はボツになっていることだろうと思う。だいたい、テレビ・ラジオの授業もすべてが入るわけではないのと、まったく同じで、しゃべったことの10%も伝わらないのだ。Sアナウンサー、「大学の窓」班、ご苦労様。

2012/04/13

映画「ドライブ」は現代版「シェーン」である

Photo_15カウボーイという人間類型には、数多くのものがあることはわかるが、映画に定着されるほどに典型的なものというのは、少ないと思われる。ジョン・ウェンの保守的なカウボーイは、一つの典型であると言える。けれども、正統からは外れているが、日本の任侠にも似たアウトサイダー型のカウボーイといったら、やっぱり「シェーン」だと思う。

小学校六年生の時に、田舎から東京へ出てきて、「良かったな」と思えることは、映画を安く見ることができるようになったということだった。母の背中にいた乳児時代から、東京目白の映画館に入っていて、木曽福島に住んでいる幼稚園時代も、東映の映画館に毎日入り浸りだった。ここまでは、無料であったから、良かったのだが、小学校時代に料金がかかることになって、不自由になった。中学校時代の東京池袋には、「名画座」がいくつか有った。廉価の映画館であって、二本立てで当時中学生は50円で見ることができた。東京に出て来て、はじめて観たのが、友人と一緒にいって、興奮のあまり声が出てしまったのだが、映画「駅馬車」と「シェーン」である。

特に、シェーンは謎の多い映画として、その後何度も記憶の中に蘇ってきている。なぜシェーンと貧しい農家の主人は、街のボスと対立したのか。経過はわかるのだが、本当のところの利害対立はどこに原因があったのか。などなど、その後知識として知ることになることだが、これらの謎が思い出されてくるのだ。

これらの記憶の中でも、シェーンとその農家の家族との関係は、今でも謎に満ちている。最後は、シェーンは子供との関係で、「シェーン カムバック」という最後の言葉で生き残ることになるのだが、じつは主人との関係、奥さんとの関係は微妙だ。

異邦人として生活しているカウボーイが、他者の家族に介入した時に、何が起こるのか、という典型例として、シェーン類型はたいへん興味深い観点を提供してくれる。近代家族の普遍的な問題が含まれていて、シェーンの現代版を描くことには意味があると、わたしには思える。

映画「ドライブ」を観た。主人公がドライバーで、スタントマンと闇の仕事を持っている。隣りの家族を助けることから、その家族の旦那、妻、子供との関係を形成していくのだ。この映画の人気度をみると、西洋では絶賛を得ているにもかかわらず、日本ではそれ程ではないことにも、近代家族の意味が日本では多少違っているのではないかということを示していて、たいへん興味深い。

今ロードショーにかかっている映画「ドライブ」は、シェーンがもし現代に生きていたならば、どのように行動したかを想像させてくれる作品だ。とわたしには直感的に思えたのだが、どこを探してもそんなことを言っている人は、残念ながらひとりもいなかったのは、寂しい限りだ。それでも、ライアン・ゴズリング演じる主人公の「ドライバー」は、口数の少ない、楊子をくわえた感じが、アウトサイダー的な現代版カウボーイ像にぴったりだと思われる。阻害された現代人の典型であると思われる。

近代家族という仕組みは、内にあっては、インセストタブーを原則として形成されていることは常識的な理解であると思われるが、それだけでは、外に向かって広がりすぎるので、これに対しては、不倫タブーや同性愛タブーを原則として標準家族を中心に形成されてきた制度であるといえる。但し、これは原則であって、実のところ、不規則的に破られてきた。また恒常的には、肉体的に禁止されているとしても、精神的にはむしろ寛容で、プラトニックで観念的な家族の広がりは、不倫や同性愛とは認定されず、むしろ親密性の圏内では褒められるべきこととされた。

映画「ドライブ」についても、このような近代家族の神話を強化するものとして、エトランゼとしてのシェーンが、現代においても存在しうると言えよう。「君と子どもと、ほんの一瞬でも一緒に過ごすことができた」というだけで、僕は良かったと思っている、というセリフは、わたしたちが到底口に出すことはできないとしてもだ。現代にあっては、このセリフはやはりアナクロで、寅さんじゃないと日本では流行らないのだろうか。現代にあっては、誰も「シェーン・カムバック」と誰も言ってくれないのではなかろうかという淋しい現実が存在する。

2012/04/12

家族の中へ入って感じる孤独はより深い

Photo_14久しぶりに、幕張から飯田橋へ出て、映画館Gへ入る。日常生活を描いた英国的な映画が掛かっていると、妻に教えられていた。描かれているのは、カウンセラーという仕事を持つ女性の家庭で、「公と私」の使い分けが難しいことを想像させる内容だ。描き方は落ち着いており、ゆったりとしたリズムを持った映画だ。マイク・リー監督映画「家族の庭(原題:Another Year)」は、一つの家族の一年間を描いている。カウンセラーをしているジェリーと、掘削コンサルタントを業務としているトムの夫婦家族のところに、一人、二人と、息子や兄弟が来たり、カウンセラーの相談で関係のできた人々が来る。そこに、生ずる会話は、少しずれているところがユーモラスであり、空気を読めない人には痛烈な皮肉として、映像が形成されている。

演劇の英国ならではの、劇中会話の妙がたっぷり入った映画である。出演の俳優たちは、いずれも何処かの映画で、必ず見たことがあるようなベテラン揃いで、ちょっとした仕草もきちんとした自然な演技となっている。

職場の女友達だ、ということで、メアリーを家庭に招く。その時の演技は、確かにある程度は正常で、ちょっと陽気過ぎるかな、という程度の友達が演じられる。単に、男運の悪い女性であるかのように演ずる。これが春だ。夏になり、秋を過ぎ、冬にもアポなしで、家庭を訪れる場面が出てくる。

この頃までには、メアリーの性格が明らかになる。この微妙な性格の違いを演じ分けることはたいへん難しいことだが、トムとジェリーの処し方や、メアリーの男たちに体する態度の中から、小さなことをうまく描いていて、飽きさせない。60歳を過ぎた人間のドラマ、という触れ込みだったが、まさにこのような機微に触れる日常生活の面白さは、年をとって見ないとわからないものかもしれない。

一人で、他者の家族の中に居ることになってしまい、その会話に入れない時ほど、孤独を感ずることはないかもしれない。家族というサークルの、親密さゆえの残酷さがうまく最後の場面に現れていたと思う。と、このように言ったからといって、この映画を見てみないと、ほんとうのところはわからないところが沢山ある。映画というものの興味深い点である。どこかでこの映画の広告をみたら、行って観るべし。

2012/04/11

「委員会」を抽象画で描いてみたら

Photo_12放送大学本部の桜も満開だ。桜の空は、抜けるように青かった。このような写真を撮ることに、何にも違和感はない。けれども、人間関係を写真に撮ろうとしたら、結構たいへんだ。

人間関係を感性的な音楽や絵画で描いたら、それは具象的という意味ではなく、感性そのものとして描いたら、どのようなものになるだろうか。という試みは何処にでもあるようで、探してみるとそれほど簡単に見つかるわけではない。

Photo_13たとえば、「会議」というものを抽象画として描いたとしよう。ある時刻が来ると、議長が始まりを宣言する。これを抽象化したら、一本の線で描くのか、それとも、滲んだ水溶液で画用紙に落とすのか、とりあえず絵画もスタートする。

最初だから、参加者全員が一つの土俵に上がったという意味で、自己紹介を行うことになる。実際には、ぐるぐると線が回るように、それぞれの中心と周辺が明らかにされ、互いに相互作用を果たして行くことになる。点が滲んで行くのも悪くないだろう。

ここで、議長は会議がマンネリに動くことを警戒して、自分の独自性を強調する。このような目立ちたがりの、わたしのような人もいるだろう。最初のスタートの一本の線に交差する真っ赤な新たな線がスッと引かれることになる。これで、絵画全体の構図と動線の可能性が定まったことになる。中心は、複数描かれることで、オールオーバー的視点が、抽象的な中にも圧点と、薄い点とが描き分けられていくことになる。

会議の進行は、ほぼルーティンワークに徹する方が良いので、線画でもポウリングでも、べた塗りでも、リズムを持って、中心から周辺へ、周辺から中心へと塗り進められていく。ところが、途中で何回か局面が変わる時がある。ひとりの人の発言で、何かが開かれる。それを突破口として、あたかも傷口がジリジリと広がって行くように、ワイワイとザワザワと、右に行ったり左に行ったりするのだ。

これらは必ず発言者と受信者のやり取りという形態を取るので、もしキャンバスに描きこまれるとしたら、ネットワーク状の、あるいはやり取りなので、二重線でポロック状の多層的な線画で、多彩な色使いの描き方が残って行くことだろう。話した本人たちは、その一本一本が何を意味するのかが鮮明にわかるのだが、他者からはその時点ではかなり辿ることができたとしても、もはや描かれたのちには、やり取りがあったことしか記憶にはないだろう。ということは、このような抽象画として描かれることは、かなりの真実を反映していることかもしれない。

時には、議論が土手に乗り上げてしまい、壁にぶつかってしまう。これなどは、絵画表現が得意とするところである。左右で断絶が生じているような、活断層のズレが書き込まれれば、それで事態の描写は、ほぼ完璧である。このときこそ、議長の出番であって、当事者は迂回したり、とんでもない方向へ線が引かれ、先は曖昧な滲んだ面となって消えるたりするような局面がいくつか描かれるだけだ。けれど、上からみれば、一目瞭然でどの方向に活路があるのかはすぐわかり、脇から見ている者の特権的な操作が可能なのだ。これほど、議長からは特別に、議論が見えるとは思わなかった。

この議長という役目を行って見て、一番意外だったのは、顔色を見ることがあるということが生じたことである。つまり、あまりに議論の進む先を、先を、と急ぐあまり、参加者で誰が次に何を言おうとしているのかを瞬時に察してしまい、常に先回りした発言をしてしまうという機会が再三再四起こったことだった。これは、つまり心理学でいうところのプライム効果ということだが、抽象画は常にこの先回りしたプライム効果の連続であるという気がするのだ。周りの雰囲気を先回りして描いているような、将来を見通したような絵画によく行き当たることがある。それは、絵画にぽっかり穴が空くような表現であったり、切り裂かれた画面のようであり、向こう側が見えてしまうような表現であったりする。

結局、会議は二時間半に及んで、わたしは長かったなとは思ったが、議論好きのY先生からは短かったですね、と言われてしまった。これまで、一時間半ずつかかっていた会議を三つ統合したので、総合的には短くなったのでは、とK先生も慰めてくださった。一幅の絵画が、手に乗るような小さな額の中に収まるようなものなのか、それとも、ベネチアの大講堂でみたような、全世界を圧倒するような大きな絵画であるのか。

これで、納まりがつくかつかないかは、終わってみて、描いてみなければわからない。抽象絵画として描かれると、このようなところでも類似点が明らかになるのではないかと思っている。目にとって、よい絵画とは言えないとしても、描いてみなければ何も始まらない。

一枚の絵を描いたような会議を、今日新鮮な気持ちで体験したのだった。今年は特別に一年間だけに限って、教務に関係する委員会の議事を任されることになった。社会科学を勉強するものにとっては、あえて「幸運」と思わなければならないだろう。

2012/04/07

文京区と足立区のダブル花見を楽しんだ

Photo朝、茗荷谷の東京文京学習センターへ出る。新しくなったこの建物をめぐる桜も綺麗に咲いている。建て替え前の清楚さを維持して、建物と立木の配置をかなり考えた工夫が、桜に関しては見られる。

じつは、放送大学には大学院OB研究会がいくつか存在している。これらを結ぶような「研究会の連合会」のようなものをみんなで企画したらどうかということになった。このような「連合」という在り方が、必要とされる状態になってきたことを、わたしはじつは「学問」的にも喜んでいる。もし許してもらえるならば、僭越ではあるが、この欄で人間関係の類型としての標本にできるからである。

Photo_2放送大学の修士課程設立から10年以上を経過した。修了生の方々が今後のことを計画しはじめていることがあって、その一つの表れが「連合」ということではないかと思っている。この方向はこれからのOBの方々が研究を発展させていくうえで、たいへん好ましいことではないかと思って、提案のお手伝いを買って出ている。

Photo_3実際には、各先生がたが修士論文の指導を行っていたときのゼミナール・研究会が、OBになってからも継続されているという基礎があるから、このような研究会も可能ではないかと思っている。S先生やO先生、K先生、A先生たちが顧問で加わっている「環境研究会」、定年を迎えたA先生を中心として続いている政治学の「政府間研究会(仮称)」、さらにD大学へ移られたH先生が設立し、わたしも所属している「比較地域研究会」などなど、他にもいくつかが存在する。

Photo_4これらの研究会に属する人たちは、大方修士論文を一度は仕上げているのであるが、さらに第二論文、第三論文を書く場所がなかなか存在しない。放送大学の修了生に合うような生涯学習のための研究会の運営がなかなか難しいためである。

Photo_5けれども、たとえ名目的であっても、作成の中核となる場所は必要であると思われる。研究会は続いており、毎年修士論文は集まってきて、研究会の材料には事欠かない。問題は労働提供である。OBの皆さん方は、仕事に、家事に、介護にと結構忙しくて、機関誌の制作までは手が回らないらしい。今後も、何回か話し合いを続けて、ぜひ設立まで持って行きたいと考えている。

Photo_6さて、お昼になったので、久しぶりにパスタ屋さんへ繰り出そうということになったのだが、日が悪かった。文京区の「さくらまつり」がパスタ屋さんの目の前で繰り広げられており、ランチは予約でいっぱいのようであった。「満席」の札がかかってしまっていた。そこで、花より団子が先決ということを置いておいて、駅前まで戻ることにして、まずは花を鑑賞することになったのだ。

Photo_7夕方には、東綾瀬公園で恒例のお花見だった。亡くなったA先生を偲んで、毎年開かれていたのだが、昨年はやはり自粛していた。昼からの晴れがまだ続いていて、曇り空になりそうであったが、雨という予報で、相当寒くなることになっていたことを考えると、マシである。花はほぼ満開であった。この公園は、回遊式になっていて、異なる風景が現れてきて、桜もそれによって異なる群を作っている。

Photo_9芝生の近くの桜も良いが、跨線橋近くの桜の量感もたっぷりとしている。いずれにしても、まだ一枚の花びらも散っていない。満々とした、ふわっとした桜は気持ちが良い。これが散り始めると、寂しい感じが出てきて、侘しくなってきてしまう。散りゆく桜も其れなりに哀れな感じで良いかもしれないが、今日はこれで満足だ。

Photo_10定点観測で、橋の上ですぐそばまで、桜の花が茂ってきている様を背景には、写真を撮る。そして、第二の目的である「ダイニング」へ向かう。ここは家庭料理を中心に、幅広く全国の料理を集めている。ここに写っているのは、穴子の白焼きと、広島風つくねである。次から次へと頼んでしまったが、最後はご飯ものをたべる余裕がなくなってしまうくらいだった。

Photo_11Nさん、Aさん、T先生、Y先生、来年もまた、来ませんか。今年は、I先生が忙しくて不参加だったので、毒舌の議論が収まった感じだったが、これも無いとなると、少し寂しい。

2012/04/06

選挙には、危ない人びとが集まってきて、「正義心」のドラマを繰り広げるのだ

Photo_16映画「スーパー・チューズデー」を観る。G.クルーニー監督・出演の意欲作だ。クルーニーを知ったのは、テレビドラマの「ER」で、彼は小児科医を演じていた。幼児虐待に正義感をあらわにする役回りであった。その印象は、その後娯楽映画へ転向した後も健在であった。また、演出にも興味があったらしく、ドラマ「ER」にもそれが反映されていたと聞いていた。

今回の映画では、息苦しいほどの緻密さが特徴だと思われる。クルーニーの個性の中に、メルギブソンにも似た、完全主義的な一面があるように感じた。映像にそれが現れている。映画として、それが良いことか否かは分からないが、接頭語がつくほどの真面目さが、全面に出ている。それは、現実感を出すためには必要かもしれないが、物語としてはどうだろう。また、先日のワシントンでのスーダンデモに関わるクルーニーの逮捕劇も、一連の延長線上にあって、彼の真面目さの表現だったと解釈したい。

今売り出し中の俳優ゴズリング演じる主人公のスティーヴンは、知事から大統領選に出ようとしている、モリスの選挙参謀のナンバー2である。選挙というイベントには、政治信条もさりながら、それ以上に、人生をそれにかけてみようとする野心的な人びとが集まってくる。だから、彼らの織りなすミクロ権力の世界のほうが余程政治的リアリティがあると、という設定だ。

政治的駆け引きがそうであると同様に、人生そのものも駆け引きによって支配されている、という人生観はかなりスリリングでスキャンダルに満ちていると予想されるので、物語としては面白いが、実際の世界がそうであったら、かなり息苦しいと思われる。

正義心が主題である。モリス側参謀ナンバー1のポールはスティーヴンに「忠誠心」を要求する。敵対する参謀ダフィは「裏切り」を誘ってくる。スティーヴンの野心は、どちらに転ぶのか。その展開は不確実だ。ドラマとしては、現実主義的な展開で幕を閉じることになるのだが、最後に正義心が問われるわけではない。この点では、良い意味で娯楽作品となっていて、わたしたちの想像力を広げてくれる。悪漢小説の趣を持っているのだと思われる。

わたしは小学校時代に、田舎の家が破産して東京に出てきた。そのときに、父が何を思ったか、経験がまったく無い世界であるにもかかわらず、大学時代の恩師が全国区の参議院選挙に出馬するというので、選挙参謀の手伝いを半年くらいしていたことがある。いや、もしかしたら、祖父が田舎の町議会議長をやっていたから、その手伝いぐらいはやっていたかもしれないが。

それで、選挙用の国鉄無料パスを持って、全国行脚の選挙活動を行っていた。わたしは小学生の高学年になっていたので、選挙事務所にときどき一緒にいって、選挙を見学させてもらっていた。それが不思議なことに、その事務所が上智大学の中にあって、そこに集まってきているアルバイトの学生達に遊んでもらったことを思い出した。

やはり、映画と同じで、問題を起こしそうな20歳くらいの学生達だった。実際の選挙は残念ながら、次点に終わり、わたしの父も政界へ入ることなく、この映画のような泥沼を経験することがなくて良かったと思っている。大物政治家の師弟や、有名企業の御曹司と呼ばれていて、時間を持て余らせている学生達が、心理ゲームを演じていた時から、もう半世紀が経ってしまった。

2012/04/05

趣味が人間をつないでいく世界がある

Photo_9東京の蒲田が注目されている、といっても、管見するところなので、NHKの「梅ちゃん先生」と、森田芳光監督の遺作映画「僕達急行 A列車で行こう」の二つだけなのだが。前者については、長く続くので、またコメントする機会もあろう。また、早稲田のO先生が、継続して取り上げるらしいので、そちらに注目したい。

Photo_10原稿の目処が今日の分だけだけど、たまたまついたので、今日のところはそれを祝して、夕方には仕事を離れて、上大岡へ出る。途中南区図書館へ寄って、明日の講義で事例として使う新聞記事をコピー。近くに図書館があるのは、このような緊急の時に都合が良いといつも感謝している。弘明寺公園の桜も、そろそろ5分咲きだ。Photo_11今週末の花見が期待される。

蒲田には、色々なイメージがあって、京急を利用している者にとっては、何と言っても近くに羽田空港があるということが頭に浮かぶのだが、このことを逆手にとって、今回の映画は鉄道おたくの物語を作っている。Photo_12今、京急線に乗ると、この映画の吊り広告が出ている。この吊り広告のほうが力がこもっているので、こちらを写真に撮りたいとは思ったが、人目があって恥ずかしいので、電車を降りてから、駅に掲げられているポスターを撮った。

この広告には、映画でロケした「京急の電車止まり上の跨線橋」がどこの駅なのか、蒲田なのか、川崎なのか、神奈川新町なのかというところまでは、書いてない。また、京急線の数ある支線の中で、海に突き出た駅が果たしてどこの駅なのかも、まったく書いてない。自分でじっくり探すことを勧めているかのようである。ポスターには、ロケ地を回ろう、とあるだけだ。ちょっと乗って行ってみれば、すぐわかることだ。

Photo_13映画の出だしは、「おいらせ渓谷鉄道」で、山の中を爽快に走って行く。ところが、松山ケンイチ演ずる主人公「小町」の個人的性格が早くも明らかにされる。エリート社員でありながら、じつは趣味に生きる人であることがわかる。その趣味が問題で、いわゆる鉄道趣味という特有の特性を持った趣味なのだ。もちろん、いわゆる「鉄ちゃん」と言っても、様々な趣味の複合であることは確かで、それが次第に明らかにされて行くのだ。

Photo_14森田監督は、この映画に「これからの人間は趣味でつながって行く」という人間観をまともに持ち込んでいる。ここでいう「趣味」というのは、映画の中で鉄道模型を取り上げているので、ホビーとしての趣味と勘違いされてしまうかもしれないが、ほんとうのところ、趣味感覚のことを言っていて、感性そのもののことである。「感性が人びとをつなぐ」といったほうが、正確かもしれない。

東京蒲田で生活していた主人公「小町」が、九州博多へ出て、そこで人脈がないにもかかわらず、趣味を通じて良好な関係をつないで行く。ビジネスの世界を、趣味の世界が支えて行く様子が描かれている。

この映画には、シリーズ化する企画があったらしい。一回の映画では収まりきれないものが、直ちに見て取れる。今回は、東京蒲田と九州博多との間の行ったり来たりの企画であったが、丸の内の不動産屋さんである「小町」と蒲田の町工場の技術屋さんである「小玉」、という現代日本の産業を代表する人たちが現代日本全体で繰り広げているドラマは、日本の隠された姿を指し示しており、東北仙台や、関西大阪など、彼ら二人に巡って歩いてもらいたかったところは、たくさんあったと思われる。

最後に、特別に付け加えておかなければならないのは、この映画のなかで採用されている「対話の話法」である。「小町」と「小玉」の二人の間の対話呼吸には、一拍多く、間が取られていて、ぎこちなく聞こえるかもしれないほどの余裕を持たせている。それは、小津監督がそうであったように、独特の表現方法である。そのために、対話の時間が長くなり、間延びしていると言われるかもしれないが、この映画の対話の方法としては秀逸である。

趣味を語ると、どうしても前のめりになりがちである。それに対して、ほんとうの趣味の世界を表現するためには、現実の世界との照合を行う時間が必要であるということを示している。そのフィードバックに時間がかかる分だけ、対話の反応が遅れることが出てくる。この遅れを重要視することが、この手の描き方が導入されなければならない必然的な理由であった。

Photo_15趣味というほどではないが、メモ帳がすこし小さいと感じはじめたので、上大岡の文具店で、一回り大きなメモ帳を購入した。いままでのメモ帳が二つ入る容量で、これがあれば十分だ。今年度は、異なる仕事もひとつ入っているので、これらをまた別に書き分けなければと考えている。もっとも、メモ帳が変わったからといって、内容が一新されるというわけではない。

2012/04/03

春の猛烈な嵐が来る前に、散歩に出た

Photo良い意味でも悪い意味でも、新自由主義と保守主義の原理主義者としてのサッチャーのイメージが変わってしまうのではないか、と思ってしまったので、鑑賞することを抑制してきた。映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女」のことである。ところが、ここが英国人のユーモアというのか、アイロニーというのか、この映画を見ていると、ここに来ても真面目に批判していて、これはこれで凄いと思った。

つまり、サッチャーという歴史上の人物からは離れて、かつて名を遂げた女性の物語として、よく描かれていると思った。映画的には、メリル・ストリープの演技に軍配が上がるのだと思われる。映画の出だしに、年老いてからスーパーマーケットへ行くシーンが映る。彼女が引退後、家を抜け出して、ミルクを買いに行くシーンだ。身体にたくさんのパッドをおそらく巻きつけての、化け方は堂に入った演技だと思う。そして、帰ってから警備の人たちからチェックを受けるところは、警備の人の機関銃などがちらっと写ったりして、リアリティがあった。日常、銃口や爆弾を気にしなければならない社会がサッチャー時代だったと思う。

Photo_2サッチャーの英国首相時代の数々の武勲は、丁寧に盛り込まれている。フォークランド戦争や、炭鉱デモとの闘争、IRAの爆発事件などなど。ちょうど今日がフォークランド紛争勃発後、30年に当たることも、何かの縁かもしれない。

わたしは、サッチャーのこれらの出来事が終わった後、1993年に英国へ1ヶ月ほど行っていた。このときまだ、爆発で壊された建物がシティでは修理されている最中だった。そして、街を歩いていると、軍隊が銃を持ってトラックから駆け出してきたりして、テロ対策の軍事訓練だということで、遠くながら銃を向けられたりした。良い気はしなかった。

Photo_3この映画は政治的な変遷を描いた映画というよりは、むしろ英国首相を妻や母として持った家族の物語だ。そこで、この映画の微妙な立場が明らかになる。異論はあるかもしれないが、保守主義の砦の一つが家族であることは大方の人は認めると思われる。それで、保守主義を攻撃するとして、これまでは経済政策や政治状況が攻撃の的になってきた。つまり、新自由主義と保守主義の両方が、サッチャーの基本であったのだが、これらを理論的に批判することはほぼ種が尽きてしまったために、保守主義の牙城である家族問題に標的を定めてきたのが、この映画の趣旨はないかと推測している。

Photo_4それで、家族というものは円満に過ごすべきだとする保守主義の考え方に対して、サッチャーは、現実には家族問題でも失敗していた、ということをこの映画は言いたいのではないかと、この映画の隠れた意図があるのではないかと邪推したところである。ちょっと考えすぎかもしれないが。伝記文学の発達している英国のことだから、過去の行動についての徹底的な解明を図るのがお国柄ではないか、と思った。

Photo_5散歩のついでに、川崎のチネチッタで映画を鑑賞した。それで、ランチの時間になったので、かねてから入りたいと思っていた、H屋へ入る。隣がひものなどを古くから売っている市場になっていて、その地下にある。おそらく、何らかのビジネス上の関係はあるのかもしれない。

Photo_6地下の入り口には、ひものが焼かれている。さば、さけ、あじなどジュウジュウと音を立てている。家具調度も、魚の煙がしみこんで、濃厚な焦げ茶色を示していて、落ち着く。一人で食べていても、じっくりと味うことができる。Photo_7日替わりランチが赤魚の粕漬けだったので、それを頼む。大きな椀で、大きく切った大根や人参の満載な豚汁がついてくる。年を取ると、タンパク源はやはり魚だ。店はみるみるうちに席が埋まって、家族連れも目立つ。地元でも、よく知られた店であることをうかがわせる。

いつもの珈琲屋さんで、豆を煎ってもらい、待ち時間にエスプレッソを一杯。この頃になると、天気予報通り、空がにわかにかき曇り、黒い雨雲の足が速くなった。Photo_8川崎市役所の近代的な建物にも、雨がぽつりぽつりと掛かり、突風の巻き上がる予感を感じさせた。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。