« 「村山知義」展覧会を観ながら、如何に多様な世界にわたしたちは住んでいるのかを理解した | トップページ | 鬼に訊け »

2012/03/24

ハレの儀式後に「なまはげ」が出てきた

Photoポケットの中に、一枚のキップを持っているときのように、気持ちが旅にふっと向かう時がある。このようなときに、汽車に乗っていると、気分が解放されて頭の中が自由になる。本来、ハレの儀式へ行くときにも、このような機能があったものと思われる。

渋谷のNHKホールで開催される放送大学の学位授与式に向かうが、あいにくの雨だ。土曜日にもかかわらず、横浜から乗った東横線は混んでいた。やはり、学期末や年度末の行事があるからなのだろうか。行楽客に混じって、礼服姿の人びとが目立つ。

Photo_2少し早く着いたので、パルコ通りにある近くのコーヒー屋さんへ入って一服。入るときにすれ違いざまに、神奈川学習センター所属のNです、と挨拶された。やはり時間を潰していた卒業生の方だったらしい。けれども、いくら学位授与式場が近くても、わたしの顔を特定できるとは到底思えない。

Nhkあとで懇親会でも会ったので聞いたら、わたしが電話で相談に乗ったことのある学生の方だった。うかつにも、そのことは忘れていたのだが、声だけでは覚えられない。そういえば、懇親会で「以前お会いしたことがあります」とほかの方に言われた。O県の名札を付けていたので、「面接授業のときですか」と返答すると、「違います」とおっしゃる。「ネットのなかですよ」ということらしい。声や映像で覚える知覚を発達させなければ、生きられない時代になったのかもしれない。

Photo_3すでにホールの玄関には、入場のための行列ができていて、それをかいくぐって会場に入り席に着く。卒業生の方が今日の主役なので、教員は端役で席も例年3階の一番隅に追いやられている。ところが、今年はコース主任だったので、大学院のコーディネーターの先生方と一緒に前方の席を占めることになった。ホールの前の方から観客席を見上げると、このホールの巨大さがよくわかる。紅白歌合戦で客席の人数を数える場面があったが、ここに立って見ると、隅々まで網羅することは到底出来ないと思われるほどの大きさだ。ローマのコロセウムと同じで、大量観客時代の遺跡としての資格を十分持っていると思う。

Photo_4また、テレビカメラが動きやすく造られていて、その点でも放送大学向きなのだ。今年の総代に指名された方のひとりは、わたしのゼミ出身のT氏だったので、「ご面倒をおかけします」と始まる前に挨拶を済ませた。いつもながら、落ち着いた雰囲気を維持した方だ。

Photo_5途中で席を抜け出していく方々がいらっしゃるので、どうしたのか、と思っていたら、皆さん舞台の裏手から壇上に現れた。放送大学の合唱団は自前のボランティアで組織されている。神奈川学習センター職員のN氏や教員のY先生など、なおかつO学長が指揮をとっていて、多士済々なのだ。臨場感が3階席とは異なる。

Photo_6学長や文科大臣などの祝辞が続き、さらにそれを上回る、いつものように感情の入った答辞が読み上げられ、儀式は滞りなく終了した。わたしの後ろの席には、見覚えのある学生が座っていたが、夫婦で放送大学生なのだが、今日は一人だという。来年には、奥さんも学位授与式に出て、ここで二人の写真を撮りたいのだそうだ。

Photo_7懇親会も相変わらず、盛大に行われた。いつものとおり、ゼミ生の方々とおしゃべりに夢中になっていたら、料理が大方無くなっていた。昨年亡くなった同僚のS先生の指導学生もいらっしゃっていた。最後まで忙しくなさっていたことなど、話をすることが出来た。卒業式には、このような今年一年の気になっていたことが一気に吹き出して、目の前に現れるから不思議だ。

Photo_8最後には、秋田の「なまはげ」が登場して、会場を盛り上げていた。正真正銘の男鹿半島の「なまはげ」だそうだ。持っていた小道具にそう明記されていた。ゼミ生の方々と、珈琲を飲みに、四谷の街に出る。途中、聖イグナチオ教会の脇を抜けて、四谷三丁目のほうへ向かうが、昔のような学生とビジネスの街という雰囲気は無くなっていて、なかなか喫茶店が見つからない。仕方が無いので、チェーン店にはいって、しばし卒業式後の余韻に浸る。

Photo_9話題になったのは、今度の読書会で出てくる「阿呆・馬鹿・間抜け」論であった。T氏の説によると、間抜けがstupid、馬鹿がfool、阿呆がidiotではないかと英語の語感を述べていた。「間抜け」はうっかりした行為、「馬鹿」が他者に迷惑をかける行為、さらに「阿呆」は声高に馬鹿さを誇ってしまう行為ということだ。場所によって、たとえば関西と関東では、間抜けと阿呆の基準が違っているという説が出てきた。いずれにしても、愚かであるという共通点がある。

Photo_11ということで、ゼミ生のみんなで身の回りにある「愚かさ」を挙げては笑ったのであるが、やはりこのような話題を繰り広げていくと、それは自分に返ってくる。そして、自分の愚かさがわかっている人は愚かではない、という常識的な結論に達することになった。学位授与式にふさわしい話題に終始したところで、再会を約して別れた。

« 「村山知義」展覧会を観ながら、如何に多様な世界にわたしたちは住んでいるのかを理解した | トップページ | 鬼に訊け »

大学関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/54373314

この記事へのトラックバック一覧です: ハレの儀式後に「なまはげ」が出てきた:

« 「村山知義」展覧会を観ながら、如何に多様な世界にわたしたちは住んでいるのかを理解した | トップページ | 鬼に訊け »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。