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2012/03/27

鬼に訊け

Photo_12「鬼」という語感には、むしろ好ましい感じがあった。それは、この映画「鬼に訊け」にも感じられることだった。何かに憑かれたように集中して、周りを不幸に陥れてしまう象徴として、鬼というものがふつう描かれることのようだが、どうもこの映画の趣旨は違うらしい。「職人」ということの考えが変わる一本だ。

このドキュメンタリー映画の主人公は、西岡常一という奈良の宮大工である。代々、法隆寺の修理に携わってきた家に生まれ、いずれ棟梁になる運命を背負っていた。お祖父さんに育てられ、20代にして、リーダーを任されたらしい。途中、太平洋戦争に出兵するが、そのときに「将来自分を必要としないならば、命を取ってくれ」と法隆寺に祈ったということだ。ここには、千年を超える、普遍的な命のやり取りが反映されている。「鬼」の一面である。

もちろん、「槍かんな」や「ちょうな」の手練れなどは、職人の見せ場としては面白いが、それは職人の手仕事の一つの側面に過ぎない。とはいえ、映画のなかでは、なぜ「台かんな」ではなく、「槍かんな」が使われるのか、ミクロン差の削りくずなど、見所満載である。むき出しの木肌にとって、カビが着くか着かないかで、数百年の違いが出るらしい。生態系に長じていなければ、大工はできないということだ。

最も興味深かったのは、西岡常一のお祖父さんが、常一の学校進路について口出しをして、常一が工業学校志望だったのに対して、農学校へ入ることを勧めた話だ。大工は、木を扱う仕事であるから、木についてとことん知らなければならないという思想だった。これも、千年思想の一つだ。奈良には、このような時代を超えた、長期的な考え方をする人たちを育ててきた伝統があることを知って、京都に対抗して、奈良がその後も建築や芸術で優位を保った理由がわかった。常一は、60歳を過ぎて、法隆寺を出た。薬師寺の棟梁を引き受けることになる。この映画は、主として、薬師寺の復元作業を追っている。奈良へ行く楽しみが、またひとつ増えた。

横浜のJ&B劇場で、この映画を見ようと思っていたのだが、好評だった追加上映も先週終了してしまっていた。それで、朝早く、千葉劇場へ駆けつけたのだった。見終わった後、お腹が空いたので、いつもの喫茶店で、よく煮込んだロールキャベツ定食を食べ、珈琲を飲みつつ、「職人」ということの観念を見直した。何と評判が評判を呼んで、来週は写真美術館でも上映するらしい。現代の日本に必要なドキュメンタリー映画だと認められて、鑑賞した者としてもうれしい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。