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2012/03/12

ドンブリ一杯の大きなイチゴをようやく食べることができた

Photo_3Nプロジェクトで、宮城県の亘理町を訪れている。大雪が伝えられて、道行きが困難であるというので、出発時間を遅らせていた。それで、仙台には早目に着いた。かつて、仙台で閉じ籠って仕事をした時に、いくつかの長居できる喫茶店を探してあったので、時間つぶしには困らない。

Photo_4風が強いので駅から離れたくないと思ったので、丸善の上にあるホシヤマ珈琲店で読書。31日の読書会で使う『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』は、噛むほどに味が出る対話集で、この著者のような人たちはたとえ紙の書物が絶滅しても、種として絶滅することはないだろうと思えるほどだ。それにしても、わたしたちはなぜ読書するのだろうか。

Photo_6昼になって、N先生の運転で、南相馬市へ向かう。N先生たちは、震災直後の一年前に、ここを訪れたらしい。まだ、崩れた家々がそのままで、打ち上げられた漁船がたくさん見られたとのことだ。現在残っている家や船は、記憶として遺されているものだけで、ほとんどが片付けられている。

Photo_7わたしたちの日常と同じだ。この場にずっと佇むことが許されていないということだ。家々がガレキとなってしまい、その瓦礫が一掃されると、それを見ていたわたしたちの目も変わっていることを自覚せざるを得ないのだといえる。一年間のこれだけのことが、ここで起こったということは、その変化があるから分かるのだが、じつはそれを見つめる人々が日々変わっているにちがいないのだ。見つめている人がかえって、この場所によって見つめられていることを感ずる。

Photo_8福島第一原発の制限地域ギリギリのところまで行って見る。たぶん、交代で誘導が行なわれているのだろう。三重県警のお巡りさんに静止され、ターンすることになった。海岸沿いの被害の激しかったところを、亘理町へ戻る形で、国道35号線沿いに北上する。南相馬市を遠ざかるに従って、まだ壊れた家々がそのままの状態で、放置されている地域が多くなっている。Photo_9家の前には、解体処分なのか、残すのかを表示する板が立てられていた。順番を待っているところなのだろうか。すでに家具も運び出されて、人気の無くなった住宅ほど寂しいものはない。人びとの中での記憶消去の順番も、これに従って行われるのだろうか。

Photo_10結局、いつも訪問しているMさん宅に着いたのは、三時過ぎだった。前回訪問した時に母屋が倒れかかっていて、Mさん一家は避難所生活を強いられていた。今回も、精神的な理由からという、経験者にしか理解できない理由で、まだ家族は避難所生活を送っている。Mさんも夜になると、怖いのだという。

Photo_11今回、その母屋はボランティアなどの援助で、内装にも手が入れられて、物理的には住める状態にまでなっていた。玄関の柱には、写真でわかるように、当時の水のついた跡が残っていて、拭いても消えないほどの泥を被ったことをうかがわせる。特に、柱の一番下には、かなりあとまで水没していたことのわかるような、すでに木自体が変質してしまっていることがわかる。

Photo_12今回の訪問の目的のひとつは、震災後倒れてしまったハウスの跡に、再び高設の苗床のハウスが作られ、そこで穫れたイチゴを食べさせていただくことにあった。写真のように、ドンブリ一杯の大きなイチゴを出してくださった。その味に感激した。穫れたてで、かなり甘いのだけど、特別な香味を持っていて、深い味のイチゴだった。

Photo_13このイチゴがここにあるのは、昨年きた頃に、Mさんがひとつの決断をしたことで可能になった、とわたしは思っている。それは、ここを動かない、という決断だ。このことが、なぜ可能だったのかは、わたしにはわからない。Photo_14実際には、家族の一部を分離してまで、ここにMさんが残るという努力をしていることは確かで、これがなかったならば、このイチゴがなかったであろうことは確かだ。Photo_15だから、とりわけ感慨を深いのだ。Mさんは、不思議な言葉だが、「ボイドのフライング」という控え目な表現をとっていたが、これは照れであろうと解釈した。動かなかったことが、その後いくつかの行動につながって行くのだが、それはまた伺う時もくるであろうと考えている。

Photo_16今回も、夜空にハウスの光が、輝く時間になってしまった。イチゴは多年草で、次から次へでてくるのですよ、というMさんの言葉を聴きつつ、仙台へ向かった。Photo_17

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。