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2012/03/06

如何にして、武家文化を優越しようと考えたのか

Photo_6雨模様が続いている。朝から強い雨が降っている。けれども、気温は暖かく、すでに春の雨だ。近くの叡山鉄道茶山駅から軽軌道電車に乗って、二つ目の修学院駅で降りる。あらかじめ時間を計算して行ったつもりだが、修学院離宮の門に着くには、早すぎる時間だ。そこで、周りのゆきとどいた石垣と植え込みをぐるりと見て回る。以前きた時には、夏でまだ携帯電話を持っていないころで、電話ボックスを探して、長距離電話をした覚えがある。このように、何度も修学院離宮に通ってくるのは、日本人の歴史の中で、この離宮をめぐる文化の状況が特別の意味を持っているのではないかと思うからだ。

Photo_7待合室で観覧のダイジェストであるDVDを見せてもらい、イメージを作ってから、案内の方に従って、下離宮から、見て回ることになる。寿月観という清楚な建物が残っており、居心地の良さそうな佇まいである。苔むしたる庭が広がり、装飾的なものは極力省略されている。自然を楽しむと同時に、それを言葉で表し、コミュニケーションの道具として使ったものとして、これらの建物が存在しているといえる。もし言葉をあまり使わずに自然だけを楽しむのであれば、これほどの意匠は必要なかったに違いない。言葉さえあれば、このように何もないところに置かれたとしても、決してあきることはなかったであろう。

Photo_8一見、上下の離宮にとって、横道に逸れる中離宮は無駄な施設のように見えてしまうのだが、シンプルさの中に余裕を読み込むのが、この時代の特徴だと思われる。棚田が広がる、いわば世界を表す生活の場を通って、松並木からすこし逸れたところに、客殿と楽只軒がある。世界というものが、貴族から武士へ移り、それが何度となく展開したことを自然に学習した結果だろうと思う。単なる思いつきで棚田を取り入れたのではなく、文化の在り方の基本を上手くすくい取っていると思う。

Photo_10作りは凝っていて、書院の棚などにも余裕が見られるが、これが王朝文化の中核かと尋ねられれば、ちょっとちがうと直ちに言えるような、棚なのだが、その構えは雄然としていて風格がある。武士文化への気兼ねや、対抗などの嫌味の部分がなぜ存在しないのか、そちらの方にむしろ興味を覚えた次第である。

この頃には、雨が激しくなってきて、温かい雨なので救われているが、そうでなければ、ビショビショに濡れてしまって、気持ちも萎いでしまうところだ。隣雲亭では、質素さも極まっていて、見学者の中にもシンプルさがこれほどとは思わなかった方々がいたようだった。多くの見学者は、このシンプルさを特殊な在り方だと知って参加しているのだが、それにしても、ここまで徹底されているとは思わなかったに違いない。それほど、京都の市内を離れて、このような離宮を作る必然性が後水尾上皇には存在していたのであろう。そして、その複雑な心情が、現在では日本人の中核的な心情を反映していると言えるのではないだろうか。

Photo_11このような心情の現れとして、「大刈込」を挙げておきたい。池は庭園の中で人為の極致である。けれども、この人為性を如何に隠すことができるのかが、庭園の自然さを表現するには大切になるところだ。もし武士文化の元であれば、池を作る際に大工事を行い、その石垣が如何に大変だったのかを自己顕示するだろう。それは、中世の城建築における常識的な感性だったといえるだろう。城の石垣は、建築物として優秀であることはその通りだが、それ以上に顕示欲が強い建築物である。

Photo_12これに対して、後水尾上皇は、明らかにこの逆を行ったことがわかる。これほどの石垣を持っていて、しかし徹底的にその石垣を隠した建築物を他には例を見ない。これが修学院離宮の離宮たる所以だと思われる。大刈込こそ、離宮の隠れた中心だと思った。Photo_13そして、この石垣があるために、池が成立し、下の棚田が存在し灌漑ができたのだと、指摘されれば、この離宮全体の自然と文化のシステムが如何に一体のものとして、熟慮されたものであるのかが理解できるところである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。