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2012/02/24

遠くに行ってしまったものに対して、「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」ものとは何だろう

Photo_4映画「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を観る。父親とたいへん仲の良い少年オスカーが、9.11で父を亡くす。父親とどのような遊びを行ったか、ということは、父親の思い出のなかではかなりの部分を占めるという普遍的なことをうまく使っていると思った。この映画では、ブランコのシーンや、探検調査ゲームがあげられていて、これらが後の物語で重要な役割を演ずる。

身近な人が亡くなったときに、その当事者のどこがおかしくなるのかは、よくわからない。けれども、そこから回復することは、可能なはずで、なるべく「自生的」に回復することを、この映画では重視している。この点でアメリカ的だな、と思う。そして、「自生的」の裏で何が必要なのかも、最後に明かされるが、それは一見アメリカ的ではないように見えるかもしれない。けれども、何かちょっとわからない雰囲気がこの映画には漂っている。その原因はどこかと見つけていくと、人と人の結びつきでも、やはり個を大切にするということを中心になっていて、この点に関しては、やはりアメリカ的だなと思ってしまう。

ネットワークが重要だ、という共通認識が存在することは、人間の社会ではかなり了解されていても、やはり場所によって、ネットワークの在り方が異なるだろう。この映画で感動的なのは、場所が異なり、人が異なっていても、それぞれの場所でネットワークから外れたり、ネットワークが壊れたり、さらにはネットワーク自体が存在しなかったりという問題があることが、訪ねていく先々で明らかになって行くことだ。

この映画のアイディアで気に入ったところを、一つだけあげろというならば、やはり「鍵」のエピソードは秀逸だと思う。詳しいことは映画を見ていただくとして、大雑把にいえば、次の如くだったと思われる。

父親の死後、封筒に入った「鍵」を父の部屋から発見する。鍵の収まる鍵穴を見付け出すべく、一つの旅が始まり、それを巡ってのドラマが始まることになるのだが、結局のところ、鍵自体は重要ではなく、むしろ鍵を巡って起こったネットワークが重要であったという物語だ。これを観て、現実の生活を振り返っても、ほぼ同じではないかと思った。

402735_283577035033801_238518536206中心にあることが重要であることのも事実だが、往々にして、その周辺に真理や重要なことが存在する場合もあるのだと言える場合が多いのだ。あえて、プロセス主義だと言われようとも、甘んじる他ないのははないかと思う。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。