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2012/01/24

シュルレアリスムをくぐってみて、何がわかったかというと、人間は現実以上にたくさんの超現実を持ち、またそれを超えるほどの想像を持つことが可能であり、さらにそれで終わらないということだ

Photo_6デュシャン展を観てきた。千葉市美術館の展覧会の準備は相当なもので、説明文の多さは他を圧倒している。だから、全部を見ようとしたら、一日あっても足りないくらいだ。それは、たぶんシュルレアリスムが中心となっているから、作品そのものというよりも、それによって、さらに「言葉」で説明されることに、抽象の表現というものが寄っているから、それでなお一層言葉が溢れるのだと思われる。

今回の展覧会が、「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展となっているところが、この事情を語っているのだと思う。「言葉」と「シュルレアリスム」とが、いかに結びついているのか、ということを考えさせる点で、たいへん興味深い展覧会だったと思う。

たとえば、有名なデュシャンの「大ガラス(原題:彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも)」があって、無意識を象徴すると解釈されている装置やら全体やらが、複数組み合わさっている。誰もがこのような空想を日常生活で描いているから、なにもこの「大ガラス」に惹きつけられなくても良いはずである。けれども、言葉に定着された個々の装置である、たとえば「チョコレート摩砕機」などが言葉として提出されていると、なんとなく気になるのだ。気にならない人は、それはそれで自分の世界での自分の空想に甘んじれば良いのだと思うが、その空想を超えようとすると、何でもないことだが、何かが必要となるのだ。

経済に携わっているから、ちょっと場面をズラせてみたい。金持ちたちをうらやましがるのは、自分がそのような金を持ったことがないからであって、もしそのくらいの金を持ったとしたら、その金の束縛に耐えきれるかどうか、たいへん疑問だ、と言えるようになったのは、最近である。まだまだ学問が足らないのを嘆くのだが、金を持つということは、それを運用したり、使ったり、他人に任せたりしなければならないということで、そのためには、金額が多ければ多いほど、時間をそれに取られるということだ。だから、ほんとうの金持ちは、自分でお金を持つことはしない。

それで負け惜しみに聞こえてしまうのが、わたしが金持ちでないことの証拠なのだが、それ以上に、金を持たなくても、それと同じ効果を持つことを考えることが可能であることを知るようになったのは、やはり言葉があるからだと思いたい。

けれども、この無意識を言葉で表そうとすると、たいへん厄介なことになってしまう、ということもデュシャン展の教えるところであって、もっと無意識というのは自然なものではなかったのだろうか、とかえって疑問が湧いてしまったのだ。

デュシャンといえば、「泉」事件がある。この作品は、ニューヨーク・アンデパンダン展に匿名(R.マット)で出品された『泉』と題された男子便器の既製品であって、審査員から展示反対にあって、美術館の壁の向こう側に存在していたはずで、後に紛失されてしまったものだ。既製品であるから、わたしたちの身近なものであって、通常は芸術作品と認められないものである。けれども、否定され、不在とされ、紛失されることによって、作品として認められてしまう、という代物なのだ。

最後は、言葉としてしか、存在しない不在の作品が出来上がったことになる。今回の展覧会でも、「既製品」群のひとつとして。「泉」が展示されていたが、どこの不在を実在化させたものだろうか。このような実在化は、デュシャンの意図とは逆の動きである。これも含めて、その不在と実在の両方をこの展覧会で狙っている、というたいへん手練手管の展覧会であることを、じっくりと眺めてきたのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。