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2012年1月に作成された投稿

2012/01/24

シュルレアリスムをくぐってみて、何がわかったかというと、人間は現実以上にたくさんの超現実を持ち、またそれを超えるほどの想像を持つことが可能であり、さらにそれで終わらないということだ

Photo_6デュシャン展を観てきた。千葉市美術館の展覧会の準備は相当なもので、説明文の多さは他を圧倒している。だから、全部を見ようとしたら、一日あっても足りないくらいだ。それは、たぶんシュルレアリスムが中心となっているから、作品そのものというよりも、それによって、さらに「言葉」で説明されることに、抽象の表現というものが寄っているから、それでなお一層言葉が溢れるのだと思われる。

今回の展覧会が、「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展となっているところが、この事情を語っているのだと思う。「言葉」と「シュルレアリスム」とが、いかに結びついているのか、ということを考えさせる点で、たいへん興味深い展覧会だったと思う。

たとえば、有名なデュシャンの「大ガラス(原題:彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも)」があって、無意識を象徴すると解釈されている装置やら全体やらが、複数組み合わさっている。誰もがこのような空想を日常生活で描いているから、なにもこの「大ガラス」に惹きつけられなくても良いはずである。けれども、言葉に定着された個々の装置である、たとえば「チョコレート摩砕機」などが言葉として提出されていると、なんとなく気になるのだ。気にならない人は、それはそれで自分の世界での自分の空想に甘んじれば良いのだと思うが、その空想を超えようとすると、何でもないことだが、何かが必要となるのだ。

経済に携わっているから、ちょっと場面をズラせてみたい。金持ちたちをうらやましがるのは、自分がそのような金を持ったことがないからであって、もしそのくらいの金を持ったとしたら、その金の束縛に耐えきれるかどうか、たいへん疑問だ、と言えるようになったのは、最近である。まだまだ学問が足らないのを嘆くのだが、金を持つということは、それを運用したり、使ったり、他人に任せたりしなければならないということで、そのためには、金額が多ければ多いほど、時間をそれに取られるということだ。だから、ほんとうの金持ちは、自分でお金を持つことはしない。

それで負け惜しみに聞こえてしまうのが、わたしが金持ちでないことの証拠なのだが、それ以上に、金を持たなくても、それと同じ効果を持つことを考えることが可能であることを知るようになったのは、やはり言葉があるからだと思いたい。

けれども、この無意識を言葉で表そうとすると、たいへん厄介なことになってしまう、ということもデュシャン展の教えるところであって、もっと無意識というのは自然なものではなかったのだろうか、とかえって疑問が湧いてしまったのだ。

デュシャンといえば、「泉」事件がある。この作品は、ニューヨーク・アンデパンダン展に匿名(R.マット)で出品された『泉』と題された男子便器の既製品であって、審査員から展示反対にあって、美術館の壁の向こう側に存在していたはずで、後に紛失されてしまったものだ。既製品であるから、わたしたちの身近なものであって、通常は芸術作品と認められないものである。けれども、否定され、不在とされ、紛失されることによって、作品として認められてしまう、という代物なのだ。

最後は、言葉としてしか、存在しない不在の作品が出来上がったことになる。今回の展覧会でも、「既製品」群のひとつとして。「泉」が展示されていたが、どこの不在を実在化させたものだろうか。このような実在化は、デュシャンの意図とは逆の動きである。これも含めて、その不在と実在の両方をこの展覧会で狙っている、というたいへん手練手管の展覧会であることを、じっくりと眺めてきたのだ。

2012/01/23

老いて何が変わったかといえば、リンゴのキャラメル煮の乗ったハニー厚トーストを好きになってしまったと言えるようになったことだ

Photo年を取って何が変わったかといえば、酒に弱くなった分だけ、甘さを求めるようになったということだろう。依然として、コーヒーは好きで、苦さへの嗜好は続いているところをみれば、味覚にちょっとしたズレが起こっているということだと思われる。もちろん、嗜好は気まぐれだから、それはほんの短期間のことかもしれないが。

若い時には、辛さや酸っぱさへ向かう傾向があった。それに、先祖が甘辛両刀遣いなので、辛さよりも、甘さへの嗜好がこんなに偏向して出てくることは想像出来なかった。今日取り上げたいのは、スィーツではなく、パンのトーストである。それも、とびっきり甘いトーストである。千葉市中央の喫茶店Rに、今日は寄ったのだが、この欄ではすでに登場しているので、注目いただいた方にも、もう一度ここで強調したいと思う。

Photo_2商品名は、「リンゴのキャラメル煮トースト」(サラダ付き)で、それを食べてきたのだ。ちょっと風邪気味で、食欲が今一歩だった。それで、トーストというのもよくわからないが、胃の消化には良いのではないかと思われたのである。

写真のように、厚さが売りものであるが、それ以上に、その上に乗っているものが問題である。濃厚なハニーバターが塗ってあり、その上にバニラアイスクリームと焼きリンゴのキャラメル煮の大きな固まりが数個乗っている。以前紹介したように、真ん中をまずくり抜くように、アイスクリーム・トーストとして食べるか、焼きリンゴトーストとして食べるかするが、基本的には、その甘さを楽しむことが重要だ。昔、トーストに砂糖をまぶして食べた記憶があるが、それにクリーム味が付いているのか、それとも、リンゴ味が付いているのかという違いだ。トーストのイースト菌の香りと甘さとが、なぜかマッチするのだ。

Photo_3この料理の場合、トーストは空腹を満足させる「現実」であり、これらの料理の基礎をなしていて、味の基本である。それに加えて、甘さは「想像」であり、舌を通じて、頭脳に甘さの強い刺激を与え、なんとなく仕合せな期待を、わたしにもたらす。だからと言って、それでどうということはないが、この味に憑かれて、老年を迎えた男がランチに通っている図は、江戸時代であったら浮世絵に描かれて、時代の「象徴」として、つまり「女性化した男性」の典型として、世に残ったことだろう。ところが、現代にあっては、このような甘さを求める老年男性はたくさんいるらしく、注目されるどころではない。

という雑談を先生方の集まるカンファレンス室でしていたら、蜂蜜のかかった厚トーストは、千葉のローカルな味ではなく、すでに日本全国的な流行なのだと、Y先生が教えてくださった。全国チェーンの普遍的メニューらしい。

Photo_4そういえば、先日京都に行ったときに、ハンバーグを食べに入った店に、厚ハニートーストがメニューに載っていて、隣のカップルが仲良くトーストの両側から食べていた。そのとき、商品棚の写真も撮ってきている。

なぜ真ん中から食べるのか、それは上に載るトッピングのせいらしい。さすがにアイスクリームをおかわりする人はいないだろうが、京都の店では、蜂蜜が乗せ放題なのだ。店員を呼べば、トーストの真ん中にじゃぶじゃぶと何度も注いでくれるのだ。加えてもうひとつ、何かをかけていたけれども、メイプルシロップなどのいずれ甘いものであることは間違いないだろう。

このダイエット全盛の時代に、なぜこのような甘いものが流行るのだろうか。おそらく、過度のダイエットへの志向が、かえって過剰な甘さへ人びとを誘うのではないか、と雑談では落ち着いたのだが、ちょっと考えてみると、単なるスィーツの問題ならば、それで良いと思われるが、問題はトーストである。もうひとつ理由があるのではないか、と思われる。

つまり、ランチを食べに行く。そこでご飯物や麺物が選ばれるのではなく、パンが選ばれる。ここまでは、ダイエット的な志向ではないかと思われる。そこで、パンが選ばれたことで、一気に反転して、甘い物も良いのではないか、ということになるのではないか。食事の甘味化とでも呼ぶべき、一つの兆候が進行しているのではないだろうか。さて、人間の欲望には限りがないのだが、ひとつのダイエットが成功するとその周りでは、もう一つの非ダイエットが芽を吹くのではなかろうか。

ここでパン・トーストという中性的な媒体が、今回の甘味化への呼び水になったということが、注目値することだと思われる。これが、パンでなく、もしホットケーキだったら、何も面白くもなく、当たり前のことだ。人間の贅沢は何を媒介して現れるのか、ちょっと脇で起こっていることだが、気になったことである。

Photo_5帰りに、千葉劇場を通りかかって、思い出した。何回かリバイバルされている「ベニスに死す」に頽廃を見ようと思っていて、すっかり忘れていた。すでに上映が終わっていた。甘さは記憶力の増進には効かないのだろうか。

2012/01/20

ひっくり返された世界は、いずれは元に戻さなければならないが、戻し方が問題だ

Photo世の中で何が怖いのかというと、いつか誰かがトンデモナイような考えを行なってしまうことがあることだ。なぜそう考えなければならないのかわからない。とりわけ、比較などという方法があって、ヤメテクレと言いたくなる比較があるのだ。なぜ比較しなければならないのか、わからない。雨の中の白鳥と、晴天下のなめくじを比較するような。

そのような比較をここで行なってみたい。俎上に登らせてしまったのは、映画「ヒミズ」と映画「パーフェクト・センス」である。日本映画と英国映画、若々しい映画と落ち着いた映画、小さな地域の映画と世界中に広がるという映画、などなど、これらの映画には、似ていないところのほうが多いといえる。だから、そんな比較は行うこと自体おかしい、ということはまさに明らかである。どちらがそうだとは言わないが、野蛮と洗練というほどの違いの目立つ、両方の映画である。

ところが、冷静に観ていくと、1つだけ共通点があって、それがほんとうにグッと来るのだ。とわたしは思う。映画的という規準に合ってくる。これを問題にしないで、何が問題になるのか、というほどの問題なのだ。「ひっくり返し」という映画描法について、観ておきたい。

両方の映画で、見事なひっくり返しが行われている。「ヒミズ」では、親子が親子の感情を持たないというひっくり返しである。もしこの映画で、主人公と父親、母親との関係が通常の人間関係として描かれていたとしても、何の違和感もないものとして、鑑賞したことだろう。それにもかかわらず、ここで「親子の関係」が赤の他人よりも「悪い」関係として描かれている。それは、映画なのだから、ひっくり返してもひっくり返さなくても同値として描くことができるのだ。しかも、それによって、かえって親子とは何かを考えさせる「強調」が行われていることにもなると思う。逆を描けば、その逆も真なり、という論法は、かなり古典的表現方法だが、今回もかなり有効に働いている。

Photo_2「パーフェクト・センス」でも、ひっくり返しが問題となっている。こちらは、いわば生物学的なひっくり返しであって、人間の五感が人類全体で失われるとしたら、どうなるのか、という近未来的設定である。五感の中で、「臭覚」がまず最初に失われる。つぎに、味覚が失われる。この程度であれば、他の感覚が発達して、トカゲの尻尾を切っても、また別の感覚が現れてくるのだ。そのへんまでは、想像が付いていくし、ドラマの素材として申し分ない。現場がレストランであり、シェフが準主人公であるから、なおさら設定が生きてきて、「強調」が有効に効く。

ところが、聴覚、視覚と進んでくると、かなり設定が難しくなってきて、想像力の限界が見えてきてしまって、映画として、「映画的だ」、を通り越してしまって、映画的な映画的になってしまって、リアリティが欠けてきてしまうのは、仕方ないことだろう。

さて、ここで問題にしたいのはひっくり返しを行ったあと、いかに元の現実に戻すことができるのか、それも、人為的であるものをいかに自然に見せかけつつできるか、ということになってくるのだろう。われわれ鑑賞者を感動に導くには、外連味たっぷりのひっくり返しを見せたからには、その落とし前をきっちりと行わなければ、ひっくり返しの倫理性、正統性を疑われることになりかねないだろう。ひっくり返しは荒唐無稽であっても、映画的であるためには、現実へうまく引き戻さなければ、リアリティが欠けてしまう。

さて、ひっくり返しの「元戻し」に関しては、「ヒミズ」のほうに軍配を上げたい。(これ以降、ネタバレになってしまうので、まだご覧になっていない方は、読まないほうがよいと思う。)主人公が自殺をする場面が何回か出てくるが、最後のもうダメかもしれない、という時に、準主人公が元に戻してしまうのだ。それは、それまで蓄積されてきた恨みを小石に込めて、何回か主人公の理不尽に寛容を発揮するのだが、最後の最後にそれを解放し、池に投げ込むことによって、ひっくり返った世界が元に戻るのだ。この小石というレトリックは、うまく働いていて、きわめて映画的であるな、と感心した。

これに対して、「パーフェクト・センス」のほうは、英国式理性主義に支配されていて、それが最後にストーリーとして破綻してしまうのだ。いくつかの場面でそれが出てしまうのだが、1つだけ例を示せば、最後に主人公と準主人公が再会する場面がある。両者とも、聴覚が失われていて、音が聞こえない状態なので、呼び止めることができないのだ。遠くにいる者が、相手を認知するには、どのような方法があるだろうか。

まだ、視覚が残っているのだから、相手の持ち物がそこに認められれば、そこに居ることが確認できる。たとえば、自転車に乗って、主人公がビルに到着する。準主人公はこの時点ではいないが、主人公がビルに入っている間に、乗用車で到着する。このとき、自転車が残されていれば、彼がそこに居ることがわかるのだ。ところが、どういうわけか、主人公はすでに自転車を持って、ビルの中へ消えて行くのだ。なぜ自転車を持って、ビルの中へ行くのか、たいへん不自然な動きがここで目立ってしまうのだ。シナリオがそうなっていて、一時的に双方が会うことができないことをわざと演出するために、自転車が邪魔だったのだ。けれども、それはないな、と思う。

というわけで、わたしの今回の判定は、理性主義をとるか、感性主義をとるか、ということだったが、はからずも感性主義に軍配を挙げることになった。もちろん、趣味を聞かれれば、グラスゴーのあの暗い雨模様の「パーフェクト・センス」に憧れる。映像に圧倒的に惹きつけられ、こちらが好きなのだが、けれども構成から見れば、圧倒的に「ヒミズ」に票を入れてしまうという矛盾したことになった。これが、今回の比較であった。ちょっとコジツケだったでしょう。コジツケついでに、もう一本逆転して見せる映画を観た。「ロボジー」だ。ふつう、人間を助けるためにロボットを作るという、世界がある。ところが、この映画では、ロボットを助けるために人間が代替するのだ。これも、ひっくり返しの変わった世界を描いて面白い。

414さて、K大の試験を今日行なって、今学期も閉じようとしている。一年間世話になった414号室に感謝を込めて。

2012/01/10

J.ポロックの「細密な線の重層的」な絵に、何を観たか

Photo昨日、じつは学生の方々と別れてからが、身体的には大変だった。昼は、同志社大学の学食でみなさんと一緒に済ませた。じつは上の階には、イタリアンのコース料理を出すレストランがあって、そちらへみんなで行ったのだが、時間がかかるらしいので昨日はパス。残念ながら、次の機会に回すことになった。

学食は好評で、会社の食堂よりずっと良いとのことだった。その理由が現実的だった。会社食堂の場合には、その会社の関連会社になりがちであるために、味が落ちるそうだ。大会社ほど、この傾向があるのだという。

Photo_2みなさんと別れてから、かねてより行きたいと狙っていた、愛知県立美術館で開催されている「ジャクソン・ポロック展」へ駆けつける。名古屋と京都との距離は、約30分で、ほぼ通勤圏の距離だ。織田信長の天下取り気分を醸成したのも十分理解できるところだ。

妻からはそんなに無理しなくても、ポロック展は東京にも来るから・・・。と数日前に言われていたが、まえにもそれで、見逃してしまった展覧会がいくつかあるので、思い立ったら吉日と考え、合宿3日分の洗濯物・荷物持参で、展覧会場へ走り込んだ。会場は大盛況で、ポロックがこれほど人気あるとは意外だった。しかも、代表作ではなく、初期や晩期の作品が中心である展覧会で、これだけの人が見に来るとは・・・。考えてみれば、具象画と違って、抽象画にはそれ自体に向い合って楽しめばよいという、気楽さがかえってあるのかもしれない。

Photo_3今回の展覧会では、前述のように、1950年ごろのポーリングを中心とした最盛期と言われる作品以外のものが数多く展示されていることが特色となっている。中には、ユング派の精神分析手法の影響を受けた作品も展示されていて、ポロックが早くから、潜在性に興味を持っていたことを示す作品も展示されており、この傾向を知ることができたのはたいへん興味深いことだったし、ラッキーだった。

Photo_4多層的である、という評価は、観て誰でも思いつく特徴だ。展示の説明パネルにも、ポロックの特徴として、「細密な線の重層的な」表現を挙げていた。幾重にも積み重ねられた、線と色とデザインとが様々な連想を生むし、色自体の連鎖を追っても楽しい。

Photo_6問題は、抽象の問題である。なぜ近代になって、具象から離れて抽象に至る絵画が多く現れてきたのか。ポロックの場合には、どのような問題を観ることができるか、という点が興味深い点である。抽象に至る筋道には、たとえば、カンディンスキーの内的必然性という理由や、モンドリアンの単純化という理由や、さらに有名なところでは、シュルレアリスムの自動化などがあって、これらはたいへん解りやすい抽象の必然性だ。もちろん、言葉にしてしまうと表面的なものになってしまうので、溢れ出るものはこれらの言葉では納められないことはわかるのだが。

Photo_10それで、ポロックでは、そのような溢れ出るものに、どのような特徴があるのか。ポロックの人気は、ポーリング(流し込み)にある。この表現方法が瞬間的で、それ自体完結しているような総合性を持っているところにあると思われる。この技法は、ちょっと模倣してみたいという気にさせられる。前衛的でパフォーマンスを行うには、格好の技法だ。なぜ人気があるのか、がこれでわかる。絵を描いたことのない人でも、このポーリングならば、できるんじゃないか、という錯覚を覚えるからだ。

Photo_9それで、今回の会場には、ポーリングを行なっているポロックの当時のビデオが流され、その隣にはニューヨーク州のスプリングスにあった制作スタジオが再現されている。とくに、ポーリングの液が垂れたあとの床が、そのまま写真で復元され、その床に裸足で上がることができるようになっている。ここだけは、写真撮影が許されているのだ。上から目線で観ていると、さっそくポーズを真似する人たちがいて、それで何がわかるのかは定かでないが、体験的な理解ができたという雰囲気だけは醸しだされていた。

抽象のもっとも良い理解は、「体験」だ、というかなりパラドキシカルな状況が、ポロックには存在する。その意味でも、抽象的な世界に生きなければならない現代人にとって、示唆するものが盛りだくさんのポロック展であった。

今回の展覧会の特色は、評論家のクレメント・グリーンバーグの評論解釈を大幅に取り入れた点である。彼のポロック解釈は、「オールオーヴァー(画面全体に均等に散りばめられた様相)」である、とするものだ。この解釈が世界中にヒットしたことになっている。たとえば、絶頂期に制作された、「インディアンレッドの地の壁画」をみれば、なるほどと思う方法だ。

http://hamajubiyama.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2011/12/16/s.jpg

このことは、たいへん逆説的なことだ。ポロックは若い頃から精神的に深く、さらに多層性を探求するような形で、絵を描いてきた画家だと思う。今回出品されている、初期の自画像や、「西へ西へ」などの絵にはじまって、精神分析医との接触からの描法へと発展させてきたことがわかる。ところが、1940年代後半になって、ほんの数年間描いたオールオーヴァーな絵が最も人びとに評価されることになったのだ。深く深くの絵画も反映されていないわけではないが、けれどもそれよりも、広く均等な絵画が評価されたことになる。

晩年には、全体的でオールオーヴァー的な絵画から、また個別で、深く深くの絵画へ帰っている。けれども、もはやこれらはあまり評価されなかった。ここには、批評と作家との葛藤を読むことができそうだ。人生には、このような逆説的なことがたびたび起こるということだろうか。この1950年頃のほんの数年間のポロックの、溢れでた、あの輝きはいったい何だったのだろうか。

Photo_11ポロック展のあと、せっかく名古屋まで来たのだからと、もう一つ展覧会を回った。さすがに、お腹が空いたので、濃厚な名古屋の味、味噌煮込みうどんを食べ、さらに、名古屋と言えば、Kのコーヒーとシロノワールで、休憩をたっぷりとって、新幹線で帰路についたのだ。

2012/01/09

京都人にはアンチ観光イズムがないのが不思議だ

Photo_25合宿の二日目である。外に出ると、この寒さの中、朝早くから観光客が街を散策している。自分がよそ者であることをすっかり忘れ、かつてベネチアで出会った、アンチ観光イズムが京都人にはないのかが不思議だとも思った。もっとも、わたしが関東在住なので、幸いにもそのような動きに出会ってないだけのことかもしれないが。

大阪出身の先生方に聞くと、それがイケズの本質だという、京都人は使い分けが上手いとのことだ、という説がある。また、京都千年の歴史がうまく融合する知恵をつけたのだ、という説もある。何れにしても、この観光客の多さをストレスだと感じない気質を、京都人は免疫として持っているということらしい。

Photo_26予定通り、午前中ゼミを行なって、二日間の幕を閉じた。学生の方から、時間が余ったら、先生方の話も行なって欲しいという要望が出ていて、T先生がそれに答えて、学生と対話しながらの参加型ショート講義を試みた。「モデルとしての現代的な発展型として、中国モデルとインドモデルとが存在すると仮定するならば、どちらのほうが妥当な発展モデルと、学生の方々は考えるか」という討論内容だった、学生の反応はほぼ半々だった。結果は2年後に開講されるT先生の授業をとっていただければ、説明されているとのことなので、参照していただきたいと思う。このような簡単な質問と対話のゼミも交えることは、このような合宿の際には有効かもしれない。

最後に、今年の夏にI先生の地元であるS県でゼミナール合宿を行わないか、という提起を行なってみたところ、数は少ないながら、賛成票が過半数を超えた。昨年の反対票の多さからすると、この変化には隔世の感がある。S県開催の可能性が出てきて、安堵した次第だ。参加者全体にも聞くことになるが、いまや「悲願」となっていたS県開催をぜひ勝ち取りたいと、わたし自身は思った次第である。どこかの都知事のオリンピック誘致活動のような様相を呈してきているな、とひとりで自嘲しきりだったのだが。

2012/01/08

One Purposeを借景にして、合宿ゼミナールを行なってきた

Photo_18宿を出て、地下鉄四条駅へ向かう。ずっと西へ西へたどると、駅に到達する前に、六角堂がある。立て札によると、聖徳太子に由来する古いお寺だそうだ。六角堂の名前のごとく、本堂部分が六角形となっていて、建物のどちらから観ても、同じ様相を持っていて、綺麗な形を保持している。

Photo_19平安京でも、中心地区に当たるところだから、飛鳥時代から続いて平安遷都を乗り越えて続いてきたものと思われる。当然ながら、時代が経るにしたがって、土地は削られて今日に至っていると思われる。まわりは、すべて近代的なビルに囲まれていて、おそらく庭園だったところも、他に取られ、本堂だけの今日の姿になっていると思われる。時代のなかで生き延びてきた秘訣は何なのかと想像してみることは可能だ。

ひとつは、時の勢力、時の文化と結びつくことである。政治勢力との結合は相当行われたことだろう。それから、後者のほうでは、池坊の起源に関わっているという記述もあり、まわりに、生花の道具を売る店がぐるっと並んでいる。何が驚くことなのかといえば、このような文化的な中核がちょっとした街歩きで、すぐに見つかるという点である。

Photo_20地下鉄に乗って、今出川へ出る。同志社の門をくぐれば、すぐに煉瓦作りの古い建物群が並んでいて、これに魅せられて、この大学へ入る人が居ても不思議はないだろう。それほど、魅力的な建物群だ。しかも、今回この建物群のなかの一室を借りてのゼミナールの開催だ。H先生に昨年はお世話をいただいたが、今回はN先生にすっかりご厄介になってしまった。ここを借りて、御礼申し上げる次第である。

Photo_21ゼミナールの様子は、N先生の観察に表れていて、いつも感心する。「今回のゼミナールには例年になく、優秀な方々が参加していて・・・」というところで、学生の方が「ホントですか」と質問すると、空かさず「けれども、そのなかの何人かの方は、最後まで続くか本当に心配しています・・・」と続けられたのだ。笑いを取っていたが、その笑いが失笑なのか、嘲笑なのかは確認しなかった。

Photo_22内容は、今年度は世情を反映して、金融問題が多かった。けれども、バブルの問題を扱う時代が過ぎてきていて、規制緩和から規制強化の時代を感じさせる傾向を感じさせるものだった。グローバリゼーション問題も陰に陽に、すべての方々の問題に影を落としていた。そして、その副作用は貧困問題にも及んでいて、このゼミナールで提起されている問題がすべて結びついてしまうかのような、つまり、何でも関係付けてしまう精神病に侵されたかのような状況均質的な状況に陥ってしまう、錯覚に囚われた。

Photo_23恒例の懇親会は、昨年と同じ、同志社大学の学生会館内にある素敵なレストランで行われた。大理石の大テーブルは健在で、写真のように、対岸とちょうど声の届く範囲での大きさを保持している。このような大テーブルが存在するということが、グループ性を保つためには必要な道具だと思われる。N先生のゼミナールでは、この大テーブルを利用するそうだ。頭の上には、同志社大学の校歌が刻まれた照明があり、校風を受け継いでいく工夫がなされている。全国大学のラグビー大会のときに聞いた覚えのあるフレーズ「One Purpase Doshisha」をN先生が口ずさんでくださった。

Photo_24すべて借り物であったのは残念だったが、最近富みに、地域主義・共同体主義的な傾向をゼミナールが持ってきていることを考えれば、放送大学の中にも、ちょっと違ったものでも良いから、このような時代をつなぐ工夫があるべきではなかろうか、すこし思った次第である。放送なので、空中に存在するという、空しい在り方もひとつの伝統だといえなくもないが、実在には勝てない部分があることを認め、今回のようなゼミナールを開くことの重要性をもっと認めることも時には、必要かもしれない。

2012/01/07

疲れたときには、ヴィトゲンシュタイン方式で、後に残らないアクション映画が一番良い

Photo_14早朝から、修士論文の面接審査である。四条の宿舎から、京都学習センターのある駅前のキャンパスプラザへ向かう。途中、コンビニへ寄って、今日の審査を終えた後、千葉へ論文を繰り返すためのダンボール箱を調達する。わたしの担当分でも十数冊になるので、全部を送り返すためには、中くらいの程良い箱が必要になる。

学習センターへ着いてみると、わたしの手違いで、昨年度同様に午後だけを予定していたのだった。けれども、明らかに今回は審査の数が多いので、午前中から部屋の予約を申し込んで置かなければならなかったのだ。学習センターの職員の方が、気を回してくださって、会議室を手配してくださっていた。胸を撫で下ろしたのだった。お土産に横浜のお茶菓子を持って行っておいて、良かったな。

面接審査それ自体は、体力の要求される、長時間労働のように見えてしまうが、わたしは労力以外に感ずることのできることがあって、これまで審査の最中に退屈したことがない。もちろん、当たり前のことだが。その理由は、論文の成長というものが読み取れるからである。当初の論文と、完成した論文を比較すると歴然とした違いがわかる。とくに、書き始めてから、グンと伸びる論文というのがあって、これは観る間に間に、磨かれて違ってくるのだ。この変調は音楽で言えば、変奏曲の如くで、変わっていく必然性が読み取れる場合は、かなり頭の中の思考実験としては、楽しめる過程である。

もしかすると、書いている学生本人よりも、こちらが没入することがある。今回しかできないと思われるが、論文を書き始めてからのメールのやり取りで、これまでの最高記録を更新した。一人に関して、都合25回。双方で50回以上のメールのやり取りを行った事態が起こったのだ。通常は、こちらも印刷教材の作成を抱えているので、これほどのことはできない。したがって、来年度以降はもう行われないと思われるので、今回が最後のことである。

Photo_15どのように記述が変化していくのか、手に取るようにわかるので、こちらの道しるべの出し方にも工夫の余地があり、楽しんで行うことができる。内容も、日本の経済政策から、南太平洋の小国の政策まで、さらにはゲーム論から費用便益分析まで多彩なメニューが並ぶ。審査は発表の時間を区切って行われるのだが、やはり面白い論文では先生方が話し込んでしまって、なかなか時間通りには終わらない。今回も大幅に時間を超過して、夕方から宵闇に変わる頃、ようやく終了した。

Photo_17京都駅の向こう側には、ショピングセンターができているので、そこで食事をして、いつものように出張映画に勇んで、出かけた次第である。このようなときには、ヴィトゲンシュタイン方式で観るのが良い。映画の種類も、後に残らないアクション映画が一番良い。

2012/01/06

葡萄との付き合いは長いが、いろいろと思い起こさせてくれた若冲の絵だった

Photo_2葡萄との付き合いは、深くはないが、長い。信州に生まれたので、乏しいときにも、秋になると近所の果樹園へ連れていってもらって、味覚を楽しんだ。リンゴをはじめとして、果物だけは豊かな土地に育った記憶がある。Photo_4とくに、葡萄は特別で、収穫の時にかならず農園に行って、蔓からたわわに実を付けているのを見ながら食べるのが、視覚も刺激を受け、味覚も増すのだった。祭りの要素は、果物のなかでも強かったのかもしれない。

年をとるにしたがって、葡萄酒を嗜むようになり、より身近な果物となっていった。けれども、農園に通っても、次から次へ出てくる品種改良の新種の名前を覚えるのは、苦手で主として味覚として覚えることにしていた。

Photo_5今、京都に来ていて、年末に予告していた相国寺の承天閣美術館に入って、若冲が鹿苑寺(金閣寺)大書院のために1759年に描いたとされる「葡萄小禽図床貼付」を観ている。禅の影響が著しいのは、正面に立ったときに、まず真ん中の白い空虚部分に圧倒されることだ。しかし、この空の空間をいかに認識させるのか、それがこの絵のすべてだと思われる。

http://www.shokoku-ji.jp/j_meihou_jaku_syouhekiga.html
良い写真は無いので、やはり実際に観ることをお勧めする。

Photo_6自然な空虚ということがあるならば、おそらくこのような描かれ方になるのではないだろうか、と想像する。もし構図のなかで、下方に何かが置かれていて、現実的な安定を想像させてしまったとしたら、空は現れなかったであろう。けれども、何かが描かれなければならない。そこで葡萄の持つ意味が出てくると思われる。

Photo_7葡萄の豊かさは、蔓にある。葡萄の蔓は上にあって、空のなかを自由に空間化している存在である。そして、葉と実を組み合わせた有機的な構成をポイントとポイントを繋ぎつつ、対比として、その間にポッカリとした白い空の空間を現出させている。もちろん、一様の白さというわけではないが、豊かな空だ。豊かな白さだ。それは、葡萄の豊かさがあって、その隣に何もないことで、豊かさだけが転移されているのだ。

Photo_8京都に在って、なぜ葡萄なのかと思う。やはり、この果物は昔にあっても、秋にしか得ることができない非日常的なものであって、特別な食べ物であったと考えられる。俗を離れて、聖に似合うものとして、葡萄は最適であったと、この絵を観ているとそのように思えてくる。メインテーマの芭蕉の図も、同じように、京都にはないものが選ばれて、非日常が自然に描かれている。

Photo_9江戸時代にあって、これほどシンプルかつ陰翳豊かな葡萄は、どこで観ることができたのだろうか。若冲は、錦小路の青物屋出身であるから、これらの植物をどこで観ることができるのかについては、豊富な知識を持っていたと思われる。Photo_13それにしても、この時代に入ってきて、俗から離れず、俗を超えるという、禅文化を理解し、なおかつ、相応の作品を寺に納めることができたという力量には見事なものがある。

Photo_11帰り道は、相国寺の裏から、出町柳へ通じる静かな街並みを歩んだ。ちょうど陽がくれてきて、出町柳の橋と駅に着く頃には、うっすらとした夕焼けと、7分ほどに満ちた月で、京都の黄昏を飾っていた。Photo_12噂に聞いていたクラシック喫茶「R」で、今日最後のコーヒーとケーキを食べる。最初はチャージを取られるということで、ちょっと敷居が高かったけれど、天井も高く、良い音が響いていて、曲目もちょうどバッハの無伴奏チェロ曲がかかっていた。その後あっという間に2時間ほどが経ってしまった。

2012/01/05

「平凡にして偉大なすべての父と母へ」というオマージュ

Photo「平凡にして偉大なすべての父と母へ」というオマージュというのか、映画の最後のキャプションにこのような文句が入った映画「海洋天堂」を観た。何が平凡かといえば、父と子の物語であるところが平凡であり、何が偉大かといえば、父と子の普遍的な物語であるからだ。けれども、この言葉に相当する平凡さを、これまで誰が実現できたであろうか。

ガンを患い、命の短いことのわかっている「父」と、自閉症で、この世で暮らしていくことができるのかわからない、けれども泳ぐことだけは抜群にうまい「子」がいる。この二人が最後にどのような関係に行き着くのか、さらに、この関係性が維持される可能性はあるのか、これらの点でたいへん興味深い二人関係を描いている。二人関係それ自体は「平凡」だが、描かれていることは、たいへん普遍的で、「偉大」だと思う。

ヒントは、母の死である。母も、この子の母として、泳ぎがうまかったらしい。ところが、溺れ死んだ、ということになっている。なぜ泳ぎ上手な母が、溺れて死んだのか。映画の中には表に現れてこないが、母と子の関係が第一段階で、この映画が描いている父と子の関係が、第二段階で、さらに、父の死後にもう一つの段階が描かれている。そこでは、海亀と子が第三段階を形成するのだ。

わたしたちは母や父からの庇護のあと、どのような親子関係を築くのだろうか、と考えると、この映画の構成が極めて多くの意味を含んでいることに気づく。たとえば、経済的に自立したからといって、親子の二人関係が終わってしまうわけではないのだ。それじゃ、どのような関係であれば、在りうるのだろうか。

自立以後の親子関係とは何だろうかを、この映画はかえって教えてくれる。父が亡くなって後に、親子関係が世の中に成立していることがかえってわかることになるのだ。この映画の答えは明瞭であって、「海亀」をひとつの象徴として見せている。それはわたしの勝手な解釈なのであるが、そう外れていないのではないかと思っている。

海亀に託すことのできる、平凡さは非凡だと思う。母に寄って、現実を知り、父に寄って、可能性を理解し、海亀と共に、自分を生きることに目覚めたのだと思われる。

2012/01/03

現代において、多様性の神話はいかに作られるか

Photo_14多様性に対していかに処すかということに、現代というものの行く末がかかっているといっても、ほぼ間違いないだろう。練習問題として、料理はどうだろうか。毎日毎日、お粥暮らしを続けなければならない病院生活が、いずれは訪れることは予想される年齢に到達している。病人が退院後真っ先に行うことは、旨いものに飛びつくことである。

料理には「驚き」が必要だという、強烈な主張をぶつけている映画「エルブリ」が上映されている。エルブリは伝説的な三ツ星レストランで、スペインのバルセロナ近郊にある。一年のうち半年だけしか営業しないにもかかわらず、年間200万件の予約が入るというレストランなのだ。それをスタッフの視点を追うことで描いた、ほぼドキュメンタリー映画として撮った作品である。

完全なドキュメンタリー映画ではないというのは、料理そのものの映画ではなく、あくまでオーナーシェフのフェランを中心とする、スタッフの動きに焦点を絞った点にあるからだ。この人間関係には、幾分料理的な演技の要素が含まれている。この結果、料理創作における人間関係を観るのに最適の映画となっている。たぶん、わたしにとっては、他の人がみるよりも、人間関係のいろいろなことを考えるうえで、たいへん勉強になったと言える。

美味しいか不味いか、ということを考えるならば、ふつうの家庭料理にだって、味覚の「驚き」は必要だ。舌で感じる味に、美味しさという驚きがなければ、料理は成り立たないのだが、その驚きは必ずしも常になくとも良いのだ。それがときどきあれば良いのだ。ふつうは、あまり驚く必要のないのが、家庭料理だ。

ところが、エルブリでは、つねに人を驚かすことを狙っているとフェランはいう。絶えず、多様な工夫を必要としている。多様性を最大限に実現し、かつ、美味しいという必要も求められている。たくさんの種類の美味しいを揃える必要があるのだ。

エルブリはこの点で、料理の「驚き」の要素をすっかり拡大してしまったといえる。美味しいか不味いかという基軸以外にも、熱いか冷たいか、硬いか柔らかいか、などなど、いくらでも評価の基準を広げることは可能なのだ。つまりは、味覚ではなく、食感を考えるのが、料理だ。これは、明らかに料理の概念を多様化してしまっている。

あまり詳しいわけではないが、1970年代のヌーベル・キュイジーヌの実験にちょっと似ていると感じた。当時は、料理人の直感で、新しさを作り出したのだが、エルブリは明らかに組織的に、これを生み出そうとしている。これは想像だが、料理は料理人の主観の強さで維持されてきた伝統があるが、これを超えようとしたのではないだろうか。

つまり、料理は実践知の部類に属するものであって、師から弟子へ身体で伝わっていく性質があると言われてきた。したがって、料理が選ばれて、さらに良いものとしてこれを残すためには、たいへん時間がかかってしまうことになる。ところが、エルブリでは、この過程をわずか半年でやってしまおうということになっている。どのようにして、このような神技的なことが、可能なのだろうか。映画では、この点がうまく描かれている。

多様性を制御するには、ひとたび広げておいて、その後は幾つものフィルタリングをかけることだ。たとえば、エルブリの素材選びは徹底している。バルセロナの生鮮市場で買い求められてきた食材やら、日本から取り寄せられたものやら、あらゆるものが食材として、幅ひろく集められる。そこから、どのような方向性を出してくるのかが、研究所の実験室のような隠れ家的場所で、スタッフによって問われることになる。たとえば、一晩のメニューは35品まで作られ出されるが、その24番に載っている「消えるラビオリ」が最終的なメニューとなるまでには、日本のオブラートまで食材として試されることになるのだ。

ここで想像されるのは、この無数の食材をいかに制御するのかということである。レシピは作られるが、PCへの入力がここでは強制される。また、写真による記録は必須である。つまりは、余りに多くの食材が使われているために、多くの人びとが同じ感覚で制御するためには、それ相当の管理が必要となってくる。台所での創作段階では、包丁を片手に、もう片手にはPCが必需品となっていた。さらに、世界中から集められた料理人たちが、これを半年間かけて、洗練していくのだ。組織論の教科書に載るようなスペクタクルだ。

さて、問題は、これで新しい食感という神話を作ることができたのだろうか、ということである。映画の最後に、35番までのメニューすべてが登場する。たしかに、芸術品として、観るに美しいことは認めるとしても、果たして食べて美味しいのだろうかということである。残念ながら、ここまでだ。あとは映画の限界である。次から次へ新しい料理を作ったことは認めるが、それが定番として残っていくものなのかは、映像だけではわからない。ほんとうに、人類が数千年かかった料理の歴史を、この半年に凝縮できたのだろうか。

2012/01/01

ガレットで今年の王様を占って、元日を祝う

Photo_5昨年の記憶の多くは、東北の震災であることは間違いない。そしてさらに、元日早々にも、東北から関東にかけて、幅広い地震があって、その記憶が蘇ってきた。朝の晴れた空のように、こころも晴れる日の来ることを望みたい。

Photo_6朝は、栗と柿でお茶をいただくのが、我が家の伝統となっている。それで、これは形式が重要で、朝になって、これを食べながら、一年の会話を通じることが、何か大切な手段であると、考えてきた。もちろん、その通りなのだが、今日はいつもと違う点があった。柿が甘く美味しいのだ。一年の最初から、欲望を抑えられないということは、恥ずかしいことだが仕方がない。今年のダイエットにとっては最悪だ。来客に残しておかねばならない分も、娘といっしょに片付けてしまった。

Photo_7それから、じつは母が高齢になって、次第に、お節料理を作るのが困難になってきていて、今年も昨年にも増して、盛んに手作りをやめたいと言っていた。ところが、暮れになって、年末に近づくにつれ、手が動き出すらしい。幸いに、わたしのほうもすこし手伝うことが面白くなってきていたので、煮物作りを手伝だった。御節こそ、よろず多様性の極致で、品数の多さが確保されていないと、お正月も詰まらないものになってしまう。風習というものはそういうものだと思っていて、ひとたびルールが大幅に変更されてしまうと駄目になるようなものなのだ。それに、家の味というものがあって、その標準を守ることは、大切な割には、やってみると難しいことがわかった。この味がなくなると、どういうことになってしまうのだろうか。

Photo_9午後には、妹夫婦が来て、屠蘇と雑煮をいただき、雑談に花が咲いた。お節を並べてみると、いつもと遜色ないところまで、品揃えは整っていた。いつもとは味の取り方は違っていたにもかかわらず、味も何とか水準を保っていた。さて、こう考えてみると、時間が経っていくことはあったとしても、味や好みは多少変わるとはいえ、お節のような伝統に沿った平常的な料理というものが、家にはあり、単に食欲を満たすだけでなく、それ以上にさらに、味の恒常性というものがあることがわかる。お節は保守的な心性を養うのだ。

Photo_10元日は、義弟のプレゼントである「ガレット」で、今年の「王様」を占ってからはじまるという、これが昨年からの習慣となりつつある。ケーキに忍び込ませ、当たった人の幸運を占うという「フェーヴ」は、今年は緑のたまたま模様の小さな陶器だったが、実際には、ケーキの中にアーモンドナッツが仕込まれている。じゃんけんをして、一切れずつとっていったのだが、結局「残り物に福がある」、という格言どおり、最後に選んだ義弟のところにナッツは入っていた。人生は、つねに豊かな結果をもたらすものだ。頭上に、王冠が光った。

Photo_11雑談をしていると、義弟の経営しているお菓子の店が、渋谷と麻布に進出するらしい。それで、近頃は大変忙しいと言っていた。じつは、わたしも放送大学の授業で渋谷進出だと告げると、偶然の一致に喜んでくれた。しかも、渋谷駅を挟んで、ちょうど東口と西口とに対峙しているところにビルがそれぞれあることがわかった。

Photo_13お正月恒例のカードゲーム大会が始まる。我が家では「どぼん」と呼ばれているゲームで、一年が明けることになっている。勝敗は時の運で、昨年の覇者が今年の最下位になることがあるのだが、例年標準的に負ける人が決まってしまうのは、どういうわけだろう。また、ゲームの終わり方に、波があって、時間が経つにしたがって、大きなうねりが起こってくるところがたいへん面白いところだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。