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2011/12/18

グーグル問題は「紙の書物」を絶滅へ追い込むのだろうか

Photo「グーグル問題」という問題群が存在している。わたしの理解では、簡単にいえば、各国の国会図書館が行っている著作物の「電子的保存維持・二次利用」などを、米国のグーグル社という一営利企業が行ってしまったという現実問題だと考えられている。

このことが、幅広い問題を連鎖的に惹起していて、ついにわたしのところへも影響が出始めた。他の人びとにとっては、たとえば、作家などは「被害」として認識される問題かもしれない。作者の立場からすれば、勝手にコピーされるのと同じだから、単純には許すことはできないだろう。他方で、解釈しだいでは、好ましい傾向も存在する。これまで限定的でありすぎた電子的利用が、情報の公共性の観点からは自由さが認められ、学問の自由にとっては格段の進歩がもたらされると言えるかもしれない。

じつはわたしは数年間に渡って、放送大学補助金をいただいて、放送大学テキストの電子化を行って、検索システムを作ってきている。もちろん、著作者からは許諾を得ている。そこでは、すべての言葉から検索して、その言葉がテキストの何ページに載っているのかわかるという擬似的な全文データベースを作成している。

何のために、こんな面倒なことを行っているのかといえば、一大学で使われている言葉群がどのような言葉の塊であるのか、その特性を知りたいためだ。たとえば、放送大学の授業で頻繁に使われる言葉はどのような言葉なのか、あるいは、あまり使われない言葉はどのような言葉なのだろうか、ということがわかってきているのだ。それは、大学で使われている言葉群の特徴を明らかにするためにも、どうしても必要な作業ではないかと勝手に思っている。たとえば、「教養」という考え方には、どのような言葉で、その時代の知識が伝わるのか、ということも重要な項目として含まれているのだと考えている。

グーグル問題がここで大きな問題を提起している。それは、通常「オプトインーオプトアウト」問題と呼ばれている現実があるからだ。電子化して二次利用する場合に、現行では、許諾が先でそれから利用が可能となるというオプトイン方式をとっている。それをグーグルは、利用してからあとで許諾を取るオプトアウト方式をとってしまったのである。この方式は妥当なのか否かをめぐって、ひとしきり議論が続いた。

考えてみるに、現在の常識からしても、オリジナルそのものは、それを生み出した本人のものだが、それ以降のコピー商品については、たいへん曖昧になりつつあるのが現状だ。書物というものがどこまでがオリジナルで、どこまでがコピーなのかは、たいへん悩ましい。もし電子書籍がもうちょっと出てくれば、現在のように書物の形態がすべてオリジナルであると認識されるとは限らないだろう。

このデータベース作りで、オプトアウト方式が認められれば、たいへん作業がやりやすくなるのだが、じつは作業のやり易さの問題ではない。ちょっと間違えば、エーコたちの書名にあるように「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」などということになってしまう。

そこでは、言葉の問題であるという認識が重要だと考えている。ちょっと視点を変えるならば、その言葉をどの程度、固有の文脈から切り離しても良いのかいう問題であるとも言えるかもしれない。言葉が意味を持つのには、文脈が必要であることはよく知られている。オリジナルという考え方は、言葉には固有値が存在するという考え方だとさえいえるだろう。赤という言葉があっても、それだけでは、何の赤なのかがわからない。信号の話をしていて、赤が出てくれば、止まれという意味がわかってくる。

それで、もともと言葉が意味を持ち始めるには、文脈に埋め込まれている必要がある。それをもう一度、その文脈から切り離して、別の使い方をした場合、それは著作権に抵触するか否かということが起こってくるのだ。厳密にいえば、別の使い方をしても、そもそもオリジナルな著作物というものがあって、あるいは、オリジナルな著作物を改変するという考え方があって、それだから、今日的な常識からは、それは、違反だということになってしまうだろう。けれども、検索システムのようなものは、オリジナルに対して、何か被害を与えるものでないし、むしろ、オリジナルを強化するものである。この場合でも、許諾が必要なのか、ということが起こってきてしまうだろう。

複製時代にあって、オリジナルとは、あるいはオリジナルの著作権とは、どこまでのことをいうのだろうか、今後ともに目を話せない問題となっている。わたしの立場からすれば、立場の違いを乗り越える方式を模索することを望みたいのだが・・・。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。