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2011/12/28

城や庭園の造りに、人間関係の複雑さを観た。

Photo_8   「花の生涯」がNHKの大河ドラマとして放送されていたのが、1963年だった。東京オリンピックの前年で、わたしは練馬区の大泉にあった中学校へ通っていた。だから、到底、テレビドラマなどは見ている暇はなく、遊びに一生懸命であったから、いくら視聴率が良かったとしても、ほとんど記憶に止めているはずがないと思っていた。けれども、実はところどころではあるが、これが覚えているのである。

後のちの再々放送でも見ていると思われるので、それが残っているのかもしれないが、特に「桜田門の変」での雪の降っている場面は、印象深い。当時は幕末期の思想変化についての知識に疎くて、なぜ尊皇攘夷が幕府側を襲うのか、わからないというお粗末な歴史認識だったから、名場面だったと思っても、それはドラマとして見ていたのだと思われる。と前振りをしたのは、じつは今日は彦根に来て居て、「花の生涯」の碑の前に立ったのだ。そして、なんと、昨日からの雪が80センチも積もっている。

Photo_12 この雪の中を歩いていて、堀の向こうに、井伊直弼が青春時代を過ごした「埋れ木舎」を臨みながら、馬屋の構えを見て、さらに細い坂を登って行くのだが、天守閣は下からは望めず、なかなか複雑な造りを見せていて、さらに実践的な構えがあり、このような建物のもとで暮らしたら、やはり建物を行き来する人間関係の複雑さを理解せざるを得ない状況に陥るだろうな、と思った。

Photo_11 この彦根的な複雑さの真骨頂は、彦根城の庭園である。二つあって、じつは工事中のほうに、特徴が現れているのではないかと思っているのだが、「玄宮園」ともうひとつが、「楽々園」ということで、その後者は「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」《論語》から取られており、智者が水の流れる如くに、物事を円滑に処理するようすと、仁者が、不動の山にたとえて、欲に動かされずに天命に安んずるようすを言っているとのことだ。

このような教訓の染み込んだ建物や庭園を持っているというのは、この地域特有の伝統であると思われる。「楽々」ということが、このようなエリートの教訓であるような井伊家というのは、厳しいなと思う。幕末の大老井伊直弼が傍系でありながら、選ばれて出てきた理由がわかった気がする。天才は何事もらくらくと、こなさなければならないのだ。楽の意味もたいへんという意味に転換するということだ。仕事は楽しくなければならない、という思想の一つの系譜の通っているのを観た。

Photo_13 この複雑さが視覚的にわかるのが、前者の「玄宮園」だと思われる。近づくと見えなくなり、遠のくと見えてくることという複雑性の考え方があるが、それがこの庭園の造りの真髄となっている。天守閣は、石垣に守られていて、近づくと姿を消すが、遠のくと、背景に見えてくる。天守閣と石垣を借景として、手前に中国の玄宗皇帝に習った庭を配している。壮大な眺めを収めた大きな庭だ。

ちょうど雪が降って、白の連続で背景をつなげていたので、さらに全体の世界を大きく見せている。ピラミッド的なパノラマを効果的に表している。この庭は、八景で構成されていて、世界の複雑さを凝縮させている。一瞬、全世界を鳥瞰したかのような錯覚に陥るが、それはすぐに打ち消され、池たる水と、城たる山と、そして今日は、真っ白な雪があって、きわめてシンプルな世界がそこに現れたのだった。

ここでその壮大さに十分驚いてしまい、また急に足も痛くなってきたので、本山である天守閣はパスしてしまった。これまでも、人生で何回もこのようなパスを繰り返してきたような気がするが、ようやくパスを気にしなくても良い年齢に差し掛かった。最後に、このような時にはせめて、すべての行程を全うしたかったのだが、遠くにあって想像することができるようになったのが、年を取るということである、と思い切りが良くなったこともあって、彦根城の見学は終了とした。

Photo_14 城の入り口付近に、Mという喫茶店があって、中に入ると、真ん中に薪ストーブがあって、暖かさそのものという空間があった。薪を集めるのはたいへんじゃないですか、と尋ねると、神社が回りにあって、何かと廃材が出るのだそうだ。印象に残ったのは、はじめテーブルに向かって腰掛けていた客たちが、少しずつ薪ストーブのほうへ向きを変え、さらに組んだ足を差し出し始めたことであった。

Photo_15 暖かさとは、ひとつには、燃えているものがあること。ふたつには、建物の周りが寒く冷たいこと。みっつには、ふわっと違う次元を広く包み込んでいることである。余裕ある建物に、ほかの何者かを同時存在させていて、たとえば、ここの半分は託児所的な空間になっていて、けれども長居できそうな空間を保っている。雪の中で、ゆったりした空間をらくらくと楽しんだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。