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2011/11/19

「ゲーテの恋」のように論文が書けたら

今日は、東京文京学習センターで大学院ゼミナールである。M2の人たちは、修士論文の締め切りが1ヶ月後に迫ってきているので、早々と論文作成のため欠席との通知が舞い込んでいた。けれども、考えてみると、例年11月には、もうゼミはM1だけのゼミになっていたような気がする。

M1の人たちも、ようやくターゲットの的が少しずつ狭まってきていた。あくまで論文を書くのであって、書籍を書くのではない、と比喩的に言っているのだが、これが比喩であるとは思っていないらしい。つまり、服装には、寒いときには暖かくなる格好が必要であり、暖かいときにはそれなりの格好が必要である、というに過ぎない。

それじゃ、論文らしい論文の書き方とはいかなるものなのか、これはこれで難しい。枚数で、短いから論文で、長いから書籍で、というわけにはいかないのが、論文の面白いところだ。ポイントが一つに絞られているのが論文で、多数のポイントが同居しているのが、書籍だ、などといったら、たぶん大反発に会うだろう。けれども、文化・風土というものがあって、論文文化は書籍文化とちょっとちがうところにあるのではないかと思われる。短編小説と長編小説とに違いにしているが、しかしながら繰り返しになるが、長さの問題ではない。

一つの観念をしっかりと前面に出したいということであれば、やはり論文が似合っている。起承転結の形式で、一つのことを言い切る、というのが論文だと思っている。

今年も新たな観念がいくつか生まれたと思う。観念と言われるまで、高められたものとして存在するならば、やっぱり論文という形式が最適ではないかと思われる。人間の活動を描写し、それが意味を持ってくる。これを一言で俳句のようにいうのは、困難だ。また、本のように、長くなってしまっては、何が追究されているのかわからなくなってしまう。

よく時間的、空間的、中心的、というが、この三つを一つの文章に閉じ込めることは、余程の文学者じゃないとできない。けれども、それぞれ別の文章にバラして、くみあわせれば、いちおう誰でも議論を行うことができるようになるのだ。これが、人間が言語を使い出した根本的な理由だと思われる。

過去の人がどのようなことを言ったのか。現世界の人びとが何を問題にしているのか。これらの中心に何が存在するのか。考えるだけでも、ムズムズしてくるだろう。

雨が激しくなってきたので、ゼミを前倒しして、最後までおこなって、遅めのランチへ向かう。前回もみんなで入ったインド料理で、今日はシーフードカレーとナン。風が出てきて、傘が飛ばされそうになる。

一人だけ都合で遅れてついた方がいて、面白い観点を持ち込んできたので、夕方までおつきあいする。今は現象を追求している段階だが、何となくこれが現代の日本社会にとって重要な観念に発達しそうな気になってきた。というような、思い込みがときには必要なのである。

結局、午前中からゼミを始めていたので、銀座に出る頃には、まだまだ帰宅までには時間があった。今週には上映が終了してしまう映画「ゲーテの恋」を観る。というと、消極的に聞こえてしまうが、この18世紀後半から19世紀に渡って活躍した文学者には、期に触れて読んできた。「親和力」「修行時代」などは、中学校、高校などで読んできたが、「若きウェルテルの悩み」は、読まされたというくらい、まわりのみんなが読んていた。今では、恋愛に古典的も何もないと言えるが、当時はこのような古典的な恋愛が、あり得るのかとさえ、思っていた。

ということで、現代でも、このような映画が成り立つのかは、大変関心のあることだあった。結論からいえば、やはり限りなく古典的だった。第一に、出会いが祭りだということだ。これは遭遇が神がかりであるということの象徴だ。第二に、経済的な理由、親との関係などの制約してくる条件が存在する。第三に、恋が破れて、それに共感する、という部分だ。誰にでも、共通に起こるかもしれないところを、掬いとっている。

むしろ、現代性は、ゲーテの相手役のロッテにあるかもしれない。恋は恋として、結婚は結婚として、さらには、出版をマネジメントする、という面を強調していた。現代の女性に対して、この映画を見てもらいたかったのかもしれないが、この意図もやはり古典的な気がする。

映画の中で、ゲーテが牢獄において、何も資料も見ずに一気に情熱に任せて、小説「若きウェルテルの悩み」を書き上げるシーンが出てくる。小説と論文とは、かなり異なるけれども、このような場所と時間と、そして、なによりも状況が揃っていて、時代背景が後押しするならば、凄いことだなと思う。そんな論文が書けたらな、という願望を抱かせるに十分な映画であることは間違いないだろう。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。