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2011/09/24

ティントレットの最大の絵画

0922五日目になると、疲労が溜まってくるのかと思っていたがそれ程ではない。むしろ、イタリアの環境に慣れてきた感じだ。朝の食事をきちんと取っているためかもしれない。

このヴェネチアの宿は、親子二代で運営しているらしい。最も中心となってしっかりとマネジメントを行っているのは、母親と思われるかなり年配の女性だ。だいたい朝にフロントを務めていて、コンピュータの中の、各部屋の管理画面と睨めっこして、電話でかかってくる予約に対応していた。

09252このフロントは、天井の低い中世の宿の様相を呈していて、入り口をくぐって入るような感じだ。カウンターだけの部屋で、機能的な仕組みになっている。そこからは、階段が繋がっているのだが、たいていは荷物を持っているために、奥のエレベーターのほうへ行ってしまう。

0925_2ミラノのホテルもそうだったが、数百年も経ったような建物の内部に、エレベーターをつけるには、このような二人乗りのものが良いと思われる。エレベーターの左に行くと今朝も朝食を取った、中庭形式の食堂に至る。

0924_3今日の最終的な目的は、海事博物館を観ることと、昨日の続きで、ティントレットのすべてを踏破することだ。とは言ったものの、ものの本によると、まずはサンマルコ広場からはじめよと書いてあり、昨日の市場に続いて、政治の中心たるサンマルコ広場を外すことはできない。もちろん、フローリンなどの名だたる喫茶店文化も、観ておかねばならない、ということで、二日目の訪問は結果として、ドカーレ宮殿のティントレットということになった。

Photo1500年代になるころに、なぜヴェネティア派が栄える様になったのかについては、当然、スポンサーの存在は抜くことはできないが、そのスポンサーの要請の大半は、これまで宗教の要請が強かった。だから、これに政治的な要請が加わると、要請の程度は倍加することになる。

この意味で今日のドカーレ宮殿のティントレットには、重要な意味があったのではないだろうか。そして、彼はこれまでの連作に加えて、この宮殿の作品を仕上げることに関しては、組織的な対応を迫られたことになる。つまり、宮殿の絵画という大量で大作の絵画を仕上げるには、需要側のスポンサーの条件もさることながら、供給側のスタジオ制の整備も、重要な意味を持ってきたのだと思われる。

Photo_3このことを象徴的に表しているのが、世界最大の屋内壁画と称される「楽園」だ。このような宮殿の大広間という場が提供される必要性があったし、さらにキリストとマリアを中心とする数々の物語が、部分部分に小分けれて、それぞれの担当に配置されなければならなかった。

ひとつひとつの物語が部分的に完結し、なおかつ、全体としての物語も保持して、このホールの物語性を主導しなければならなかったからである。

楽園が主たるテーマであるが、ヴェネティアの成功の物語はどうしても必要な要素だったと思われる。ティントレットが描く、戦争の物語は晩年の新しいテーマだ。スペクタクルも、全体の統一は必要であるものの、部分的な物語の積み重ねで全体を描いていくことが可能である。

さらに、宗教で発揮した、序列的人間関係の描き方も、ひとりひとりはティントレットそのものだが、全体としての統一よりも部分的な詳細さをうまく描いている点は、ティントレットという工房の存在があればこそ、可能であったと考えられる。ティントレットには、何本の腕が存在していたのだろうか。

宮殿見学では、英国人の次はフランス人、次はドイツ人、さらに日本人と集団入り乱れて通り過ぎていく。ここでは、写真についてはたいへん厳しかった。ほかの美術館では、フラッシュは禁止されていても、写真はOKのところがあったのだが。そこで、事件が起こった。フランス人の流暢なガイドがしゃべっていて、その集団の中の人が写真を撮って、一度注意されたのだが、そのあとまた写真をとったのだ。そのときの監視員からの注意は、これまでに見たことがないくらい、激しいものだった。ヴェネチアとフランスの歴史を彷彿とさせるような、もちろんそんな歴史意識の問題ではないことはわかるが、攻撃的なものであった。

0924_4なんやカンやあって、牢獄の見学まで結局フルコースの見学となってしまった。従って、歴史の勉強は、またの機会に行うことにしようと思う。細い路地を入っていったところに、魚の美味しい店があるということだったので、入る。たぶん、夜になるとかなり高くなってしまうので、ランチをと考えたのだが、それでも内部で食べる人は少なく、もう一組がいただけだった。

09242料理はごくごく繊細な前菜と、飛びきり美味しい魚料理だった。ズキーニの花の中に、これまで食べたことのないような、クリームチーズが入っていて、周りのカリッとしたものとの調和が素晴らしかった。09243


魚はスズキを簡単に焼いたものだったが、ソースが淡い感じで、きゅうりとの取り合わせがうまく合っていた。

このあと、いくつかのオプションはあったのだが、ティントレットの墓のある教会など、どう観ても、このあとの時間からして間に合わない距離にあった。Photo_8そこで宿のそばにあり、ほぼ毎日散歩コースに当たっていて、趣のある館のグッゲンハイム美術館へ向かうことにした。

毎日、ルネッサンスばかりだったので、最後に現代へ戻る必要があった。ペギー・グッゲンハイムがニューヨークでの生活を切り上げて、娘と一緒に過ごす場所として、世界中でどこが良いのか、と考えてここが選ばれたのだと思われる。2ポロックは、やはり特別扱いで、一室が与えられていた。

美術館の最後の部屋に、1枚印象的な絵があった。U.ボッチョーニの少女を描いた線画だ。彼には「未来派」という先入観があったので、作者が違うのではないかと思えるほどだった。家族を描いたシリーズの1枚らしい。個人蔵となっていたので、今後観ることはできない1枚だろう。カンディンスキーにしても、同じように、具体的なものを描いても、相当に素敵な世界や人物を描き出してしまうのだ。またいつか、もう一度観てみたい1枚である。

0924_5夜には、クラシック・コンサートを予約していた。右の写真は、ヴィヴァルディが指揮者を務めていたピエタ教会であるが、ここをはじめとして、本島の数か所で、毎夜コンサートが開かれている。宿のすぐ近くで、朝のうちに予約を済ませておいたのだ。曲目は、やはり、ヴィヴァルディの「四季」、そして、バッハの「組曲2番」で、アンコールに1曲。

0924_6教会の建物は、祈りの音がグワングワンと響くように作られている。そこで、その共鳴を打ち消すような演奏が求められるのだ、と娘に教えられた。席の座り心地は極端に悪かったが、それを我慢してでも余りあるほどの、臨場感あふれる演奏だった。最後の夜にふさわしい、音楽だった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。