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2011/09/23

ヴェネチア本島の縦断

3今日は、ヴェネチアの本島を縦断して、街の成り立ちを建物を中心にして観てまわることに決めた。アカデミア橋を渡って本島に入った途端に、前も後ろも、湧いて出るように、観光客に囲まれてしまった。Photo

過去、千何百年に渡って、交易商人を引きつけ、さらに独特の文化と文明を築いて、世界中の人びとを引きつけて来た街がここにあると実感した。

0923それにしても、サンマルコ広場に着く頃には、狭い路地では身動きができないほどになった。店の多様性も驚くばかりで、どこにもあるような、相変わらずの観光客目当てや、職人工芸品を売る店はそれなりに客を集めていることは確かだが、Photo_4この多くの観光客の大半は庶民層であるのだから、価格の競争も激しさを増して来ているように見受けられる。

0922_2ブランド戦略についても、富裕層を狙うことも必要であるかもしれないが、それだけではこの人波として押し寄せてくる観光客にはに勝てないと思われる。

0923_2サンマルコ広場では、歴史があって名高い、フローリンなどの喫茶店を見物するだけにして、早々に今日の目的地のリアルト橋へ向う。ちょうどフローリンでは、この古さを映像に取り入れようとする広告や宣伝の映像を撮っていた。そして、楽団が広場へ向かって演奏しており、喫茶店という趣からは相当離れた存在と化していた。かつて、J.J.ルソーたちが寄ったころのフローリンに、できれば入りたいと思った。

0922_20観光客の波に押されながら、リアルト橋へ着く。この観光客に対して、地元の人でも反感を持つ人たちが居ることは察するところだ。写真のような、書付が裏のポスターなどに見られた。

0923_3シェイクスピアが「ベニスの商人」を描いた中心地がここで、取引所の意味ですでに、リアルトという名称が使われていた。この場所で、金を借り、返さねば、肉と引き換えるという証文が書かれたのである。

0923_5リアルト橋を越えると、聖ジャコモ教会があり、この辺で銀行というシステムが発生したことになっている。 

Photo_9この庇のしたで、当時の世界金融がやり取りされていたのだ。まさに、東西を結ぶ国際的な市場というものが発生したところだ。交易商人たちがここを闊歩して歩いた中世を想像してみた。0923_4市場には、公正を図る裁判所がかならず附属するのだが、その象徴とも言うべき、女神像が建物の角に立っていた。魚市場もかなり古い。

09232昼食は、リアルト橋の近辺の店を考えていたのであるが、穀物倉庫や商館を観て歩いているうちに、袋小路に迷い込んだり、運河に出て行き止まりになったりして、ほかの観光客に道を聞かれたりしているうちに、かなり魚市場や商店街から離れてしまった。

0923_6近くでレストランの固まっているところをみつけ、ラ・ズッカ、かぼちゃという名前の店にはいる。テラスもあったが、中に入ると、運河沿いの席を作ってくれた。注文をしていて、大方はメニューを観てわかったのであるが、飲み物を聞かれて詰まってしまった。09232最後に、水の種類を聞かれたのだが、聞き返したら、奥から日本人の女性が出て来て、エプロン姿で親切にも応対してくださった。

0923パスタとラザニアが美味しかった。とくに、ラザニアには微妙な味が良く出ていて、今回の旅行の食事のなかでも、かなり上位の味であった。

0923_9そのあとは、地図のまったく役に立たない、路地の世界に足を踏み入れてしまった。けれども、南へ南に進んで行くと、その探していた建物が現れて来るから不思議だ。道は人びとを発散させると同時に、まとめる力も持っているらしい。

0923_10S先生に推薦していただいた、聖ロッコのスクオーラにある、ティントレットの壁画群を観ることになる。一階と二階に展開するこれらの絵画は、並大抵の意識では成就できないほどの、仕事量だと思われる。この空間を提供したスクオーラの推進力はかなりの実力だと思われる。

今日注目した絵は、二つある。というとかなり効率が悪いように思われるかもしれないが、あまりに多過ぎてどれを選んで良いのか実際のところは、わからないのだが、ティントレットにこだわるならば、とりあえず二枚にしておこう。

0923ひとつは、二階の角に掲げられていた、最後の晩餐の絵だ。これまでの常識的な描き方に従えば、最後の晩餐では、キリストを中心とした大きなテーブル席を思い出す。ダ・ヴィンチの有名な絵でも、真ん中にキリストが配置され、左右に、弟子たちが展開するという、構図を崩したことがない。これに対して、このスクオーラの最後の晩餐は、斜めにテーブルが並んでいて、斜めの位置から描いているのだ。なぜこのような配置にしたのかは、明らかである。それまでの、常識的だった 絵画を引っくり返したいと考えていたからである。

時代と世界と、さらに、人々の考え方を変えたらどうなるのかということが、絵として描かれて、教会関係者たちに受け容れられて行ったことを示している。ヴィジョンということが、もし描かれるとしたら、このような過去の情報の組み替えがどうしても必要だったことがわかる。

時代が変わるということを、過去の情報の書き換えという手法で成し遂げている点で、時代を十分に変化させていると、考えることができる。過去の情報を書き換えて、過去から現在への同一性を保つことで、ヴェネチア共和国の伝統というものを繋いできていると考えられる。

この作業は、並大抵の仕事ではない。それまでの伝統を打ち消して、そのうえでさらに繁栄の物語を繋いでいかなければならなかったからである。ティントレット中に、ある時期から、明瞭にこのような歴史的な、とでもいうような、自覚が現れているのを観ることができる。

さて、もう一枚は、キリストの磔刑というかなり大きな絵である。壁画に近いほどの、大きさだ。しかも、かなり完成度が高くて、色彩の配合や塗り方に至るまで、洗練された絵となっている。

特別の部屋であって、この絵は、多くの寓意が隠されていると思われるが、勉強不足でどこまで理解できたかは定かではない。目立ったのは、ピエタにつながる文脈で、ティントレットはキリストに対するマリアの感情をかなり人間的な位置に引き下ろしている点だ。支援的なモデルケースからすれば、マリアがキリストの支援者として、ワンアップする位置から支援するのが過去の解釈であったが、それに対して、この絵の場合には、両方がダウンする構図で一貫している。同等たいぷのモデルであるということなる。

この構図は、磔刑のしたで嘆き悲しむマリアよりも、もう少し感情を表に出したものだと思われる。それに対して、いつも現れるのは、キリストを抱きかかえる第三の人物である。これがマリアである場合が多く、先日のロンダニーニのピエタのように、圧倒的にキリストとマリアの関係として、この期のキリストを描いてしまうことは可能である。

Photo_5けれども、ここはもう少し推理を入れることも可能かもしれない。第一の推理は、キリストの社会的な位置づけである。マリアとキリストだけの関係に閉じ込めてしまうと、それは家族関係で完結してしまうことになるのだが、それに第三者を入れることで、社会性を呼び込むことが可能になる。

Photo_7今日の最後に、本島で車の見ることのできるローマ広場へもまわってみた。ヴェネチア人も車を持っているのである。ただ、本島では使う場所がないというだけだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。